第30章 障害
大きくなり続けるキャリアを妨げようと持ち上がる障害は、尋常ではないし、いろいろなものがある。場合によっては、人生の横波は全て力強く泳ぎ切るしかない。人にチャンスや力があるのか、運よくチャンスが人に結びつくのか、人はまったく無意識にそれとつながって、自分を導く流れがあることに気がつく。神の意志か? そうとは限らない。それについてはさっぱりわからない。守護霊か? 自分たちを破滅させるものなのに、そう信じる者はたくさんいる。(マクベスが証人だ。)正義、美徳、義務の方向に無意識のうちに流れるだろうか? そんなものは人間がつくった旗印に過ぎない。何も証明されていないのに、全てがまかり通っている。
例えば、クーパーウッドがウエストサイドの支配者になって間もなく、彼の会社と、レドモンド・パーディという名の不動産投資と不動産取引と金貸しを生業とする一市民の間でひと悶着あった……それはシカゴに衝撃を与えた。ラサール・ストリートとワシントン・ストリートのトンネルはもう稼働していた。しかし、ウエストサイドは北南に広いため、ヴァン・ビューレン・ストリートとブルーアイランド・アベニューにケーブルを敷く必要ができ、ワシントン・ストリートの南のどこか、おそらくヴァン・ビューレン・ストリートに三番目のトンネルが必要になった。ここだとビジネスの中心地にもっと直にアクセスできた。クーパーウッドはこのトンネル建設に積極的だったが、現在交通量が多くて橋が揺れるヴァン・ビューレン・ストリートの通行権を市から確保する方法で悩んでいた。いろいろと複雑な事情があった。第一に、川の下にトンネルを通すには、ワシントンの陸軍省の同意を得なくてはならなかった。第二に、橋の真下の掘削はどうしようもないほど大変で、橋の閉鎖か撤去が必要だった。ラサールとワシントンのトンネルを譲り受けてから、サーチライトで照らすように動きをいちいち追い続ける新聞各紙の敵対的とは言わないが批判的な態度があったため、クーパーウッドは今回は特別な配慮を市に求めず、代わりに橋の真北の重要な土地の所有権を購入することにした。そこなら何の支障もなくトンネルの掘削を進めることができた。
この目的に最適の土地は川岸から少し離れたところにある百五十×百五十ほどの一画で七階建てのロフト・ビルディングが占拠していた。所有者は前述のレドモンド・パーディという、細長く、骨ばった、汚らしい人物で、セルロイドの襟と袖をつけて、鼻声で話をした。
クーパーウッドは、適正な価格で土地を確保しようとしている一見無関係に見える別働隊を使っていつものように申し入れを行った。しかし、守銭奴のようにしみったれで、ネズミ捕りのように鋭いパーディは、このトンネルの計画を嗅ぎつけた。大儲けができるものだから生き生きしていた。各地で活躍するクーパーウッドの不動産仲介人のシルヴェスター・トーミー氏の代理人が近づいても「だめ、だめ、だめ」の一点張りだった。「売りたくないんだ。帰ってくれ」
シルヴェスター・トーミー氏もとうとう切羽詰まってしまいクーパーウッドに泣きついた。クーパーウッドはさっそく暗い荒海でも立派に道を示してくれる灯台のヴァン・シックル将軍とケント・バロウズ・マッキベン議員を呼び寄せた。将軍はこのところ少し切れ味が悪くなっていた。クーパーウッドは彼に年金を出す考えでいた。しかし、マッキベンは全盛期だった……こぎれいで、凛々しく、必死で、人をそらさなかった。トーミー氏と話し合ってから二人は見込みのある計画をたずさえてクーパーウッドのオフィスへ戻ってきた。州控訴裁判所判事のひとりであり、ここでは述べる必要がない手段でクーパーウッドの偉業に加わって久しかったネイハム・デッケンシーツが、この緊急事態にその幅広い専門知識を活かすように説得された。彼の提案で、さっそくトンネル掘削工事が始まった……最初は東のフランクリン・ストリート方面で、次は八か月掘り進めてから、西のカナル・ストリート方面だった。実際にパーディ氏のビルの裏側約三十フィートのところ、ビルと川の間に縦穴が掘られた。この御仁は目に困惑の光を浮かべてこの挑戦的なやり方を見守った。自分の土地を加えなくてはならないときが来たら、〈ノース&ウエスト・シカゴ鉄道〉は法外な金額を払わざるを得ないだろうと確信していた。
「ああ、いまいましい」と、よくひとりごとを言った。どうすれば自分の無茶な要求が回避されるか彼にはわからなかった。それでも時々、妙に落ち着かない気分だった。みんながほしがっているこの土地をこれ以上の遅れを出さずにどうしても確保しなければならないときがきて、クーパーウッドはそこの占有者を呼び寄せた。相手は儲け話を期待して喜び勇んでやってきた。これは彼にとっては一財産になるはずだった。
「パーディさん」クーパーウッドは弁舌を振るった。「私が必要としている川向こうの土地の一画をあなたはお持ちですが、それを売っていただけませんか? そろそろ何か円満な形でこの問題を解決できませんか?」
クーパーウッドは微笑んだ。一方でパーディは、実際にはどのくらいせしめることができるだろうと考えながら、鋭い狼のような視線を周囲に投げかけた。建物は内装設備すべてと土地一切込みで、およそ二十万ドルの価値があった。
「なぜ、私が売らなきゃいけないんだい? 建物はいい建物なんだ。お前さんに役に立つように、こっちにだって役に立ってるんだ。こっちはそれで稼いでいるんだからな」
「そうですね」クーパーウッドは答えた。「でも、私は正当な対価を支払うつもりでいます。公共事業がかかっているんです。このトンネルは、ウエストサイドにとっても、そちらであなたがお持ちかもしれない他の土地にとってもいい影響を及ぼすでしょう。私が払う金があれば、あの近所でもよそでももっと大きな土地が買えるし、そこからいい儲けを出せますよ。このトンネルは今のところに設置する必要があるんです。そうでなかったら、わざわざあなたと議論したりしませんよ」
「それだよ、それ」パーディは断固として答えた。「こっちに相談もなく先にトンネルを掘っておいて今度は立ち退きを要求するのか。まあ、お前さんを喜ばせるためだけに、こっちが立ち退きを求められる筋合いはないね」
「ですが、私は正当な対価を払うつもりですよ」
「いくら払おうっていうんだ?」
「いくら欲しいんですか?」
パーディ氏はキツネのような耳を掻いた。「百万ドルだ」
「百万ドル!」クーパーウッドは叫んだ。「少し無茶だとは思いませんか、パーディさん?」
「全然」パーディは賢しげに答えた。「この線は譲れないね」
クーパーウッドはため息をついた。
「残念ですね」クーパーウッドは考えるように答えた。「でも、これは吹っかけすぎですよ。今現金で三十万ドル受け取って、この件を終わらせる考えはありませんか?」
「百万だ」パーディは厳しい顔で天井を見ながら答えた。「わかりました、パーディさん」クーパーウッドは答えた。「非常に残念です。私が期待したような取り引きができないとはっきりわかりました。妥当な金額であれば支払うつもりですが、あなたの要求は桁外れ……非常識にもほどがある! 考え直したほうがよくありませんか? トンネルの位置を変更するかもしれませんよ」
「百万ドルだ」パーディは言った。
「それは無理です、パーディさん。それだけの値打ちはありません。まともにいきませんか? 現金で三十二万五千ドル、今夜、小切手を切りましょう」
「今夜だろうが何だろうが、クーパーウッドさん、くれるっていっても、五、六十万じゃ受け取らないよ。自分の権利のことならわかってるんだ」
「いいでしょう、それじゃあ」クーパーウッドは答えた。「話はおしまいだ。売らないというのなら、売らなければいい。おそらく、後で考えを改めるでしょうがね」
パーディ氏は出て行った。クーパーウッドは弁護士とエンジニアを呼んだ。一、二週間後のある土曜日の午後、問題のビルから人がいなくなると、運搬車、つるはし、シャベル、ダイナマイトと一緒に三百人の労働者が到着した。翌日の日没までに、レドモンド・パーディ氏の私有財産だったこのすてきなビルは完全に取り壊され、その跡地は大きな穴になった。(この日は日曜日、法定休日であり、裁判所は開いておらず禁止命令を出せる状況ではなかった。)この同じ日曜日の午前九時頃に、自分のビルがほぼ完全に撤去されたことを知らされたとき、当然、セルロイドの袖と襟の紳士はひどく狼狽した。熱く興奮したパーディが到着したときには、まだ壁の一部が残っていた。そして警察が呼ばれた。
しかし、不思議なことに、これはほとんど機能しなかった。彼らは、ネイハム・ディッケンシーツ判事に主宰された最高裁の権限で発行された禁止命令の令状を見せられた。これはあらゆる人の干渉を制限するものだった。(その後、別の裁判所が照会したところ、この重要な文書が消失していることが判明した。実在しなかった、あるいは全く作成されていなかったという話だった。)
解体と掘削は続いた。それから弁護士たちが、親しい判事を軒並み訪ねて回った。頬は紅潮し、目は爛々と輝き、息を呑んだ。その一方で、この犯行の極悪さがあちこちで騒がれていた。しかし、法は法である。手続きは手続きである。裁判所が開いていない法廷休日に、禁止命令の令状を発行したり撤回したりはできなかった。それでも、午後三時までには、この恐ろしい犯罪を食い止める禁止命令を発行することに同意した親切な治安判事が見つかった。しかしその頃にはもう建物はなくなり掘削は完了していた。後はただ〈ウエスト・シカゴ路面鉄道〉が、最初の禁止命令を無効にする禁止命令を確保するだけだった。社の権利、特権、自由などが干渉されないように祈りながら、この件が間違いなく勝てる州控訴裁判所に自然に持ち込まれる争いを起こしているのだ。数年にわたって、無数の禁止命令、誤審令状、疑義、再考の申し立て、憲法上の特権で州から連邦裁判所にこの問題を移すという脅迫などがあった。パーディ氏はこの頃にはもっと分別のある人間になっていたからこの件は最終的に示談になった。しかし、その間に新聞各紙にこの取り引きの詳細があまさず伝えられ、クーパーウッドに対する非難の嵐が起こった。
しかし、レドモンド・パーディ事件よりも厄介なのは、新しいシカゴの路面鉄道会社との競争だった。カリフォルニアから来た意志の強い西部の青年ジェームズ・ファーニバル・ウールセンの頭に浮かんだアイデアが、徐々に、新しい路線の敷設が提案された市の最南西部の様々な通りの住民三分の二の合意をとりつけて請願へと発展した。このジェームズ・ファーニバル・ウールセンは野心家でもあり、そう簡単に引き下がる相手ではなかった。クーパーウッドが簡単に逃げられない合意や請願の他にも、当時いくつかの小さな都市で試行されていた新型の交通手段があった……架線とトロリーポールを使った電力推進という方法で、とても経済的で、ケーブルよりも便利で、馬よりも安いと言われた。
いつだったか以前に、クーパーウッドはこの新しい電気システムについてひととおり聞いたことがあった。これは路面鉄道の事業全体に革命を起こす見込みがあったので、最大の関心をもって数年間これを研究してきた。しかし、つい最近優れたケーブル・システムを完成させたばかりだったので、これを放棄することが得策だとは思わなかった。トロリーはまだ新しすぎた。自分のところでその導入の目処が立つまではそれがシカゴに導入されるのは確かに好ましくなかった……まずはローカル線で、それから広めようと考えていた。
しかし、クーパーウッドがウールセンに適切な対策を講じきれないうちに、高度な想像力を持つ口の達者なこの魅力的な成上りの青年は、これこそクーパーウッドから金を巻き上げるために天がくれたチャンスととらえたトルーマン・レスリー・マクドナルドや、クーパーウッドのせいでガス戦争で大金を失ったかつての北シカゴのガス会社社長のヨルダン・ジュールズなどの利害関係をもつ投資家たちと提携してしまった。自分たちが敵だと考える男を追い立てるなら、この二人以上の適任者は想像できなかった……陰湿で、意地悪で、疑り深くて、嫉妬深い目をした、スリムな体で血気盛んなトルーマン・レスリーと、チビで、デブで、砂っぽく、薄く脂ぎった明るい髪がコートの襟にかかるほど伸び、額からてっぺんがピカピカに禿げ、探るようにじろじろ見る執念深い青い目をした病人のようなヨルダン・ジュールズ。彼らは順番に、かつてのサウスサイドのガス会社社長サミュエル・ブラックマン、地元の鉄道経営と株式投資で有名なサンダーランド・スレッド、ダグラス信託の社長といっても、財務代理人にすぎないノリエ・シムズを訪ねて回った。クーパーウッドの防衛策……市議会が議決しないように働きかけること……には簡単に対抗できると大雑把に感じていた。
「まあ、そのことなら、すぐに解決できると思います」ある朝の会合でマクドナルド青年が声高に言った。「我々が奴らをいぶし出せばいいんです。ちょっと宣伝をするだけで大丈夫ですよ」
マクドナルドは〈インクワイヤー〉編集長の父親に訴えたが、父親は息子が利害でやっていると見てしばらくの間行動をとることを拒否した。議会の何もしない態度に業を煮やしたマクドナルドは、議会に乗り込み、依然として指導者でいるダウリング市会議員に、どうしてこのシカゴの一般条例が未だに審議されないでいるのかを問いただした。ダウリング氏は、青い目をした、鋼の体の、ふくよかな笑顔をした、大柄で感傷的なおとなしい男で、大小の通りにかかわる委員会の委員長だったが、この件については何も知らないと教えてくれた。「最近はあまり注意を払ってなかったからね」が答えだった。
マクドナルド氏はこの同じ委員会の残りのメンバーにも会いに行った。みんな要領を得なかった。この問題を調査しなくてはならない連中だろうに。中には嘆願書に不備があると言い出す者までいた。
このどこかで不正が働いたのは明らかだった。クーパーウッドのせいなのは疑いなかった。マクドナルドはブラックマンとヨルダン・ジュールズと協議し、議会を攻撃して義務を果させるしかないと結論づけた。これは合法的な企業だった。新しくて今より優れた交通手段が街から閉め出されていた。一口勧められたシュライハートは、新しい企業を支配できる絶好のチャンスができたので、条例の可決に賛同した。その結果、新聞が再び騒ぎ始めた。
シュライハートの〈クロニクル〉、ヒソップとメリルの各紙、そして〈インクワイヤー〉を通じて、このような状況は容認できないと論評がなされた。クーパーウッドのような邪悪な実力者の要請をうけて、与党が郊外の交通に関する法案をすべて凍結するのであれば、残された方法はひとつしかなかった……悪党を追い払うよう街の有権者に訴えることだ。こういう政治的策略と財政の不正を記録に残すようでは、政党は生き残れなかった。マッケンティ、ダウリング、クーパーウッドたちは、不当に議事進行を妨害し、品位を落としている勢力とレッテルを貼られた。しかし、クーパーウッドはただ微笑むだけだった。こんなものは敵がわめきちらしているだけだった。その後、法的措置をとってでも議会に義務を果たさせるとマクドナルド青年が脅しをかけてくると、クーパーウッドとその仲間たちはあまり明るい顔をしていられなかった。どんなに無駄だろうと、職務執行令状を求める手続きが取られれば、新聞に絶好のチャンスを与えることになる。その上、市議選が間近に迫っていた。しかし、マッケンティとクーパーウッドは決して手をこまねいてはいなかった。彼らには事務所、労力、資金、きちんと組織化された政党組織、酒場、たまり場、夜の遅い時間は投票箱が無造作に詰め込まれるそういう暗い部屋があった。
クーパーウッドはこういうことに関与しただろうか? しない。では、マッケンティは? しない。立派なツイードと上質のリネンで身をかため、彼らは〈シカゴ信託〉の事務所や〈ノース・シカゴ路面鉄道〉の社長室や、クーパーウッドの書斎で、たびたび話し合った。そこではこれまで暗いシーンは上演されなかった。しかし結局、シュライハート=シムズ=マクドナルド編集長連合は勝たなかった。マッケンティ氏の党が票を獲得した。大勢の目に余るほど堕落した市会議員が敗れたのは事実である。しかし、そのへんにいる市会議員はどうなのだろう? たとえ選挙前に公約や誓いをしても、新たに選出された議員たちは、あっけなく買収か説得されてしまった。それに、クーパーウッドに反対する要素は以前のままだった。しかし、彼への反感はこれまでよりもかなり強まっていて、クーパーウッドの路面鉄道経営手法にはどこか問題があるという憂慮すべき感情が市民の中で大きくなった。




