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巨人  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
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第29章 家庭内騒動


この関係が破局を迎える直前に、ある不穏な情報が無邪気にステファニー・プラトーの実母によってアイリーンに伝えられるというハプニングがあった。いつだったかクーパーウッド夫人を訪ねた折にプラトー夫人は、ステファニーが徐々に演技力を向上させていることや、ギャリック劇団が多くのトラブルを抱えていたことや、ステファニーがすぐに新しい役……中国人の何か……で出演する予定だと言った。


「あなたが娘にくださった翡翠のアクセサリーはすてきでしたわ」夫人はにこやかに切り出した。「先日初めて拝見いたしました。娘ったらそれまで全然言ってくれなくて。あんなに大事にするほどのものなら、私からもあなたにお礼申し上げないといけない気がします」


アイリーンは目を見開いた。「翡翠ですって!」アイリーンは不思議に思って言った。「さあ、覚えがないですね」すぐにクーパーウッドの悪い癖を思い出して、疑念を抱き、取り乱した。当惑ぶりが顔に出てしまった。


「あら、そうですか」プラトー夫人は答えた。アイリーンが驚いて見せたのが夫人を戸惑わせた。「イヤリングとネックレスなんですけどね。娘はあなたがくださったと言ったんですけど」


「そうでした」アイリーンは間一髪のところで気を取り直して答えた。「今思い出しました。でも実際にさしあげたのはフランクでしたのよ。気に入ればいいんですけど」


アイリーンは優しく微笑んだ。


「娘はそれを美しいと思ってますわ。それがまた娘によく似合うんです」プラトー夫人は自分の想像したとおりに、すべてを理解しているつもりで、楽しそうに続けた。実は、ある日ステファニーは自宅でついうっかりして化粧箱を開けっぱなしにしてしまった。母親は娘の部屋で何か探しものをしていたところ、それを発見して穏やかに娘に突きつけた。母親は翡翠の価値を知っていた。一瞬困惑したステファニーは外見ではなく内面の落ち着きを失い、アイリーンがいてお祭り騒ぎに体よく付き合わされたクーパーウッド邸でのある晩の話を不用意に口にした。


アイリーンにとって残念なことに、この問題はそう簡単に収まらなかった。ある日の午後、テイラー・ロードに紹介された社交的な若い彫刻家、リース・グリアーのパーティーに出かけたときに、顧みられぬ妻が世間でどう見られているかを思い知らされた。この時アイリーンは、外套などを隠すために立てた仕切りの陰で、二人の女性が話しているのを偶然聞いてしまった。「ねえ、クーパーウッド夫人が来てるわよ」片方が言った。「あの鉄道王の奥さまが。ご主人の方は昨年の冬から春にかけて、プラトーとかいう娘と遊び歩いてましたわね……ギャリック劇団の」


もう一人はアイリーンの華麗な緑色をしたビローのガウンをしげしげ見ながら、うなずいた。


「奥さんこそご主人を裏切らないのかしら?」アイリーンが耳を澄ましていると女は尋ねた。「見るからに大胆そうよね」


アイリーンは後で会話の主の目を盗んで、何とか相手の姿を垣間見た。怒りと反感の入り混じった顔をして見せたが、そんなものは何の役にも立たなかった。口さがない連中が一番深く彼女を傷つけた。アイリーンは、傷つき、怒り、途方に暮れた。クーパーウッドに節操がないせいで、こんなゴシップにさらされるとは! 


プラトー夫人と会話してからそんなに経っていないある日のこと、アイリーンはたまたま自分の寝室のドアの外の、下のホールを見渡せる階段のてっぺんに立っていて、使用人の二人がクーパーウッド家に限った話題とシカゴの生活全般の話をしているのを耳にした。一人は背が高くてごつごつした多分二十七、八歳の若い部屋を担当するメイドで、もう一人は背が低く太った四十歳の女性で、家政婦の助手という役割を担っていた。小声で交わされる噂話が目的で集まったくせに、二人は埃を払うふりをしていた。背が高い娘は最近まで、〈シカゴ西部鉄道〉前社長で今は新しい〈ウエスト・シカゴ路面鉄道〉取締役アイマー・コクランの家で雇われていた。


「だからびっくりしちゃった」アイリーンはこの娘が話すのを聞いた。「まさかここに来ることになるだなんて。その話を聞いたときは自分の耳が信じられなかったわよ。だって、ミス・フローレンスは週に二、三回は彼に会うために外出してたんだもの。母親が気づかないっていうのが不思議よね」


「まったく」相手は答えた。「女のこととなると見境なしね」(アイリーンはこれと一緒に手が上がったのは見なかった。)「ここによく来ていた娘さんがいたでしょ。その父親はこの通りの先に住んでるのよ。ハグエインって名前なんだけど。あの朝刊〈プレス〉のオーナーで、この通りの少し先に立派なお屋敷を構えてるわ。まあ、最近あまり見かけないけど、この部屋でキスしてるところを見たのは一度じゃないのよ。きっと奥さまは全部ご存知だわ。絶対。奥さまったら、一度、どっかの女とすごい喧嘩をしたの。旦那さまがその女と遊び歩いていたそうよ。この家にも連れて来ていたわ。私、奥さまが女を折檻したときの恐ろしい物音を聞いたんだから……悲鳴とか泣きわめく声とかも。まったく、女のこととなると男って見境ないわよね」


どこかで小さな物音がしたので二人の噂好きはそれぞれの持ち場に戻った。しかしアイリーンはこれだけ聞けば十分に状況がわかった。どうすればいいだろう? 自分が全然聞いたこともなかったこの新しい女たちのことをもっと知るにはどうしたらいいだろう? この使用人がコクラン家で働いていたことは知っていたからアイリーンはすぐにフローレンス・コクランを疑った。そして、二人が最も仲良くしていた編集者の娘のセシリー・ハグエイン! そんな娘にまでクーパーウッドがキスしていたとは! 彼の浮気……彼の裏切り……が終わることはないのだろうか? 


アイリーンは悩んだり悲しんだりしながら、自分の部屋に戻った。そこで夫と別れるべきか、公然と非難すべきか、また探偵を雇うべきかをじっくりと考えた。それで何の効果があるだろう? かつて探偵を雇ったことがあった。それがステファニー・プラトーの件を防いだだろうか? 効果はなかった。この先の他の不倫を防いでくれるだろうか? 防ぎそうもなかった。クーパーウッドとの家庭生活は明らかに終局、悲惨な結末を迎えようとしていた。このままでいいはずがなかった。リリアン・クーパーウッド夫人があまり彼に相応しくなかったから信じられなかったが、おそらくは最初のクーパーウッド夫人から彼を奪ったのは間違いだった……これが報いだった! アイリーンがもし迷信深いか、信心深くて聖書を知っていたら、『あなたが量るそのはかりで自分もまた量られるだろう』という新約聖書のとても宿命的な言葉を自分に引用したかもしれないが、彼女は知らなかった。


女性の間を自由にさまようクーパーウッドの懲りない性癖が、長い目で見て、何か納得行かない結果を招かないはずがないのは確かだった。ステファニー・プラトーを失うと同時にクーパーウッドは、最も誠実で最も共感できる報道の支援者ハグエイン編集長のような立派な男性の魅力的な娘や、よりによって大勢が彼の策略と呼んだものの犠牲者となったアイマー・コクランの娘などと様々な浮名を流し始めた。実際は、ほとんどの場合、挑発したりされたりだったので、責任はどっちもどっちだった。


セシリー・ハグエインとは簡単に親密になった。家族ぐるみの古い友人で、父親の家によく行くことがあったので、この気の多い娘は簡単におちるとわかった。この当時二十歳だった元気な金髪娘は、大きなすみれ色の目をして、かなり警戒心が旺盛で、丸々と太っていた……かわいいだけの愚かな娘でクーパーウッドは存分に楽しめる相手だとわかった。彼女が学校に通っていたまだ子供だった頃、二人の間にはふざけてはしゃぎまわる関係が存在していたし、大学時代もたまたま休みで帰宅したときはいつもそんな調子だった。最近ではハグエインの書斎で、ジャーナリストであり新聞の経営者である彼と、市民に正当性を訴えたかったある活動について相談しているときに、クーパーウッドはセシリーにかなり目を向けていた。ある夜、父親が運営権に関連した市議会の事前の活動を調べに外出していたときに、多少の共感と合意を含んだ視線をちらちら続けて送っていたセシリーが、突然調子に乗ってたまたま手にしていた新しい小説をクーパーウッドの顔に向けてふざけて振ったところ、彼がそれに応えて、なでるように彼女の両腕をつかんだ。


「そう簡単に私をとめられないわよ」セシリーはからかうように言った。


「なあに、できるさ」クーパーウッドは答えた。


ささやかな抵抗があったが、多少の気まぐれで見て見ぬふりをしたのをいいことに、何とか両腕で抱き込んで、頭を肩にもたれかけさせた。


「それで」不安と挑発が半々の目で相手を見上げながら、セシリーは言った。「今度はどうするの? もう放してちょうだい」


「今すぐというわけにはいかない」


「さあ、放して。父がすぐ戻って来るわ」


「じゃあ、それまでは放さない。おとなしい()でいるんだ」


セシリーは抵抗こそしなかったが、心配と期待を半々に相手を見つめた。するとクーパーウッドは頬をなでて、それからキスをした。父親が戻る足音がこの場を収めた。しかし、ここから完全な合意へ向かうか向かわないかは簡単に決まった。


〈シカゴ西部鉄道〉社長のアイマー・コクランの娘フローレンス・コクランの場合は……この時期の二件目は……始まり方が少し違うだけで結果は同じだった。印象を簡単に言ってしまうと、この娘はセシリーとは違ったタイプの金髪だった……上品で、絵になり、幻想的だった。この頃は少し才気走っていて、マーローやジョンソンを読みふけっていた。〈ウエスト・シカゴ路面鉄道〉の仕事で忙しく父親と相談していたクーパーウッドが、フローレンスにはエリザベス朝時代の偉人に思えた。お仕着せの何から何まで整った生活に彼女は一応反発していた。クーパーウッドはその気分を察知して盛んに振り回し、目をのぞき込んで、自分が求める反応を見つけた。アイマー・コクラン老人も、誰からも尊敬されるその妻もこれまで発見しなかったものだった。


その後アイリーンはこの最新の展開を振り返って、ある観点から実際に喜んだというか安堵した。数が多いというのは常に安全である。もしこの調子で続けるつもりなら、結局、クーパーウッドは誰のことも本命にできないと感じた。そしてすべてを考えた。他の条件が同じであり続けるなら、結婚を続けるも続けないもクーパーウッドには同じことかもしれないのだ。


しかしせっかくの自分の魅力はどうなんだ、と考えざるをえなかった。ずっと続く運命に思えた理想の結婚の終焉だ! 若い頃は、魅力、実力、美貌で自分はどんな娘にも負けないと考えていたこのアイリーン・バトラーが、こんなにも早く……まだ四十歳なのに……若い世代に押しのけられるとは。こんな愚かな青二才ども……ステファニー・プラトー! セシリー・ハグエイン! フローレンス・コクラン!……どう見ても青白い顔の駆け出しだ! ここにいる自分は活気があって、きらびやかで、顔も体もすべすべで、額、顎、首、目もとには皺がなく、髪は豊かな赤みがかった金色で輝き、足取りは軽やかで、ごく標準的な身長に対し体重は百五十ポンドもなく、完璧な品ぞろえの化粧棚、宝石、衣裳、センス、素材選びの技術などすべての面で有利なのに……こんな成り上がりどもに押しのけられている。到底信じられなかった。あまりに理不尽だった。人生はとても残酷だった。クーパーウッドは一か所に落ち着かない(たち)だった。神さま! まさかこれが真実だなんて! どうしてこのあたしを愛さないのかしら? アイリーンは時々、鏡で自分の美しさをチェックした。何度も腹が立った。なぜ、この体があの人には十分ではないのかしら? なぜ、誰かをもっと美しいと思わないといけないのかしら? あたしのことが大事だと何度も言ったくせに、なぜその言葉を守らないのかしら? 他の男性は他の女性に忠実なのに。あたしの父親はあたしの母親に誠実だったのに。自分の父親と、自分の行為に対する父親の意見を考えると、アイリーンはひるんだ。だからと言ってそのことが、自分の現在の権利についての見解を変えることにはならなかった。この髪を見るがいい! この目を見るがいい! このなめらかで、つややかな腕を見るがいい! なぜ、クーパーウッドはこのあたしを愛してくれないのかしら? 一体、どうしてなの? 


その直後のある夜、寝室に座って読書をしながら夫の帰宅を待っていると、電話のベルが鳴り、遅くまで事務所にいなければならなくなったと連絡があった。その後で、三十六時間ぐらいピッツバーグに行かざるを得なくなったかもしれないと言ったが、きっと帰りは今から三日目になってしまうのだ。アイリーンは悔しがった。声にそれが出ていた。夫婦でホエクセマ夫妻と一緒にディナーに出かけて、そのあと劇場に行く予定だった。クーパーウッドは、ひとりで行くことを勧めたが、アイリーンはかなりきっぱりと断った。おやすみの一言さえ告げずに受話器をかけた。その後十時に、また電話をくれて、気が変わった、もしどこか、遅い夕食とかに行きたければ服を着るように、さもなければ、自宅で過ごすつもりで帰宅する、と言ってきた。


楽しみにしていたにちがいない何かの計画が頓挫したとアイリーンはすぐに判断した。せっかくの夜を台無しにしてしまったから、この機会にできるかぎり点数稼ぎをするために帰ってくるのだ。これがアイリーンを激怒させた。夫の愛情が不確かなことがアイリーンの神経をぴりぴりさせていた。いつ来てもおかしくなかった嵐が襲来した。クーパーウッドは少ししてからせわしげに現れて、アイリーンが前に出るとそっと抱き寄せ、口にキスをした。見せかけだがそれでも優しい態度で、アイリーンの両腕をなでて両肩を軽くたたいた。顔をしかめるのを見てクーパーウッドは尋ねた。「どうかしたのかい?」


「あら、いつもと変わらないわよ」アイリーンはいらだたしげに答えた。「そんな話はやめましょう。夕食は食べたんですか?」


「ああ、それなら済ませた」マッケンティ、アディソン、自分とで済ませていた。この話は本当だった。今回は正直な立場だが、少し弁明しておく必要があると感じた。「今夜は避けられなかったんだ。この仕事で時間の大半が取られるのが残念だが、いつか近いうちにそこから抜け出すつもりだ。物事は落ち着くものだからね」


アイリーンは夫の抱擁から離れて化粧台のところへ行った。一目で髪が少し乱れているとわかったので梳かして整えた。顎を見てから、本に戻った……かなりご機嫌斜めだとクーパーウッドは思った。


「ねえ、アイリーン、どうしたんだい?」と尋ねた。「私がここにいるのにうれしくないのかい? 最近、大変だったのは知ってるけど、過去は過去として少し将来を信じたくないかい?」


「将来! 将来ですって! あたしに将来の話をしないでちょうだい。どうせあたしを待ってるものは大したものじゃないんだから」アイリーンは答えた。


クーパーウッドにはアイリーンの感情が荒れ始めているのがわかったが、自分の説得力と、アイリーンが基本的には自分を愛していることを信じて、なだめすかした。


「こういう行動をとらないでほしいな」クーパーウッドは続けた。「私がずっときみを大事にしてきたことは知っているだろう。これからもずっとそうだとわかっているだろう。今回のように私が家にいることを妨げる小さな要因がたくさんあるのは認めるが、だからといって私の気持ちが同じである事実は変わらないんだ。きみにもそのくらいのことはわかると思うんだが」


「気持ち! 気持ちね!」いきなりアイリーンはからんできた。「ええ、あなたにどれほどたくさんの気持ちがあるか、あたし知ってるわ。他の女性に翡翠や宝石をまとめてあげたり、出会った愚かな小娘みんなと浮気する気持ちがあるのよね。他にどこへも行けなくなったからって、十時に帰宅して、あたしへの気持ちを語らなくてもいいわよ。どれほどたくさんの気持ちがあなたにあるんだか、あたし知ってるから。ふん!」


アイリーンはぷりぷりしながら椅子に反り返って本を開いた。クーパーウッドは表情を硬くしてアイリーンを見つめた。いきなりステファニーの話が出てきたからだ。この女のやることは時々異様に癪に障ることがあった。


「一体どういうことだい?」クーパーウッドは、慎重に、さも心当たりがないように言った。「私は誰にも翡翠や宝石をあげたことはないし、きみの言うような『小娘』と浮気したこともないんだが。何の話をしているのか私にはわからないよ、アイリーン」


「まあ、フランク」アイリーンは、もううんざり、信じられない、といった顔で言った。「そうやって嘘をつくのね! どうしてそんなところにつったって嘘をつくのかしら? もううんざりよ、そういうのってむかつくわ。それが真実でなかったら、ここの使用人はどうやってたくさんの話を知り得たのかしら? あたしがプラトー夫人をお招きして、どうしてあなたがあの人の娘さんに翡翠のセットをあげたかを尋ねたわけじゃないのよ。あなたがどうして嘘をつくかはわかってます。あたしを黙らせて余計なことを言わないようにしておきたいからよ。あたしが、ハグエインさんやコクランさんやプラトーさん、あるいは三人全員のところへ行くのが心配なのよ。でも、その点は安心してもいいわ。そんなことはしませんから。あたしはあなたにもあなたの嘘にもうんざりなのよ。ステファニー・プラトー……あの細っぺらの棒っきれ! セシリー・ハグエイン……あのガムくず! フローレンス・コクラン……あの死んだ魚みたいな娘!」(アイリーンは時々、人物描写に才能を発揮した。)あたしがフィラデルフィアで家族にあんな態度をとってなかったら、これが噂にならないのなら、あなたに及ぼす経済的ダメージがなければ、明日にでも実行したわ。あたし出て行くわ……そうするのが一番ね。あなたが本当にあたしを愛してるとか、あなたが誰でもいいけど女性を永遠に大事にできるんだ、とすっと信じてきただなんて。馬鹿よね! でも気にしないわ! 続けなさいよ! でもこれだけは言っておくわ。あたしがこれまでと同じように、このまま我慢していると思わないでよね。そのつもりはないわ。そういつまでも騙そうったって駄目よ。あたしは我慢するつもりはないわ。あたしはまだそんなに老いてませんから。あなたが注目してくれなくても、喜んであたしに注目する男性はたくさんいるのよ。あなたがあたしに誠実でないなら、あたしだってあなたに誠実でいないって前に言ったわよね。あなたなんて知らないわよ。思い知らせてあげるわ。あたしは他の男性と生きていくわ。きっと! きっとよ! 誓ってもいいわ」


「アイリーン」こうなった以上は嘘を重ねても無駄だとわかったので、クーパーウッドは穏やかに下手に出て頼んだ。「今回は許してくれないか? 今度ばかりは勘弁してほしい。時々、自分でもわからなくなることがあるんだ。私は他の男性とは違うだろ。きみと私は今までずっと一緒にやってきたじゃないか。猶予をくれたっていいだろ? チャンスをくれよ! 私が変わらないかどうか見てほしい。変わるかもしれないだろ」


「へえ、猶予ですって! 変わる。あなたが変わるかもしれないの。あたし、待ちませんでしたか? あなたがここにいないとき、夜な夜な床の上を歩いていたんじゃなかったかしら? 勘弁しろって……はい、はい! じゃ、あたしの心が砕けそうなときは、誰があたしと一緒に耐えてくれるの? ああ、神さま!」アイリーンは突然いきり立ってつけ加えた。「あたし、惨めだわ! 惨めったらありゃしない! 心が痛むわ! 痛いのよ!」


アイリーンは胸をつかんで、かつては夫を魅了し今もそうであるあの元気な足取りで部屋から飛び出した。ああ、なげかわしい! 今度はクーパーウッドに伝わったが、とても狡猾で残酷な世界の一部としてしか伝わらなかった。クーパーウッドは後を追って部屋を飛び出し(リタ・ソールバーグの時と同じように)ウエストに腕をすべりこませたものの、アイリーンは怒って振りほどいた。「いや、いやだってば!」アイリーンは叫んだ。「放っといてよ。もううんざりなのよ」


「これじゃあんまりだろ、アイリーン」気持ちも誠意も存分に見せつけた。「きみは私たちの間にあったひとつの出来事で、自分の視点を塞いでいるんだ。ステファニー・プラトーにしろ他の女にしろ、私はきみを裏切ってないと約束するよ。少しは軽はずみなことをしたかもしれないが、本当に何もないんだ。よく考えてごらん? 私はきみが塗り立てるほど黒くないんだ。私は大きな仕事をやっている。それは私はもちろんきみや未来のためになる大きなことなんだ。分別を持ってもっと見方を広げてごらん」


散々言い合った……いつもの非難と応酬があった……しかし、アイリーンの心は疲弊し、クーパーウッドは愛撫を続け、どうせ問題は解決の見通しがたたないから、結局アイリーンは、まだ多少愛情の欠けらが残っていると説得する時間をしばらくクーパーウッドに与えてやった。アイリーンは心労と悲痛に苛まれた。アイリーンをなだめようとしたクーパーウッドでさえ、自分の愛情が実在することを相手に信じさせるには、もっと大きな努力をして楽しませたり慰めたりしなければならないことや、今のこんな気分で、しかも女に見境がなくなっている状態では、事実上これができないことをはっきりと気がついていた。一時的に平和は保たれるかもしれないが、アイリーンがクーパーウッドに期待したものと、彼女の情熱と自分本位な性格を考えるとそんなことはありえなかった。クーパーウッドは続けるに違いないだろうし、もし必要ならアイリーンが彼と別れなければならなくなる。しかしクーパーウッドはやめるはずも引き返すはずもなかった。クーパーウッドはあまりにも情熱的で、あまりにもきらびやかで、あまりにも個性的で複雑だったので、誰であろうと一人の人間のものにはなれなかった。



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