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巨人  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
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第27章 虜になった資本家


有能であった彼が数千人規模の鉄道事業に携わりながら、ステファニー・プラトーの存在と行動の中に、いかにして大きな安らぎと満足を見出すことができたのかを記すのは興味深いことである。おそらく、彼女の中にリタ・ソールバーグの精神と個性がよみがえるものを発見したと言っても過言ではない。しかし、リタは不貞を考えなかった……散々浮気をされた後でもずっとソールバーグを裏切れなかったのと同じで、自分を好きでくれている限り、クーパーウッドを裏切ろうという気は起きなかった。ところが、ステファニーは、愛情は必ずしも貞操とは一致しない、自分はクーパーウッドを好きでいながら欺くことができるという奇妙な考えを持っていた……つまり、まだ彼を本当に愛していなかった。ステファニーは彼を愛していた、そして愛していなかった。何かの関係はあったが、ステファニーの態度は必ずしも重く沈んだトカゲのような獣性ではなくて、むしろ優柔不断な人のいい寛容さだった。ガードナー・ノールズとレーン・クロスはとても親切にしてくれたから、それがステファニーに二人との関係は断ちにくいと感じさせた。ガードナー・ノールズはいたるところで彼女を褒めちぎった。大役に抜擢してもらえるように街に来た本格的な劇団の主催者の間で名前を広めようとしていた。レーン・クロスは一方的にステファニーにのぼせ上がってしまい、それだけに別れるのが難しかったが、最終的には別れるのが目に見えていた。さらに別の男性がいた……フォーブズ・ガーニーという名前の若い劇作家で詩人だった。背が高く、色白で、情熱的だった。最近舞台で成功し、彼女を誘惑していた。いや、時々、彼女に誘惑されていた。何しろ彼女の時間は彼女だけのものだった。彼女は芸術を志す者としては道を誤り、姉と同じように学校に行くことを拒み、彼女の言葉を借りるなら自分の芸術の可能性を広げながら、ぶらぶらしていた。


クーパーウッドは当然、舞台生活の話をたくさん聞いていた。最初のうちは、演劇界の軽薄なロマンスに関わる情熱的な戯言として言うことすべてを割り引いて聞いていた。しかし次第に、ステファニーの行動の自由気ままなところや、あっちこっち転々とする軽さが気になった……レーン・クロスのアトリエ、ギャリック劇団の役者仲間をいつも受け入れているらしいブリス・ブリッジの独身アパート、上演後によくパーティーを開くノースサイド近くのガードナー・ノールズの家。控え目に言っても、クーパーウッドには、ステファニーがかなり勝手気ままな軽い存在に思えた。それでもそれは彼女を……彼女の魂の色……を正確に反映していた。しかしクーパーウッドは疑い、疑問を感じるようになった。


「昨日はどこに行ってたの、ステファニー?」ランチや夕方の早い時間帯、時には一緒に散歩やドライブに出かけようとノースサイドの新しいオフィスに彼女がやってきたときに、クーパーウッドは尋ねた。


「ああ、昨日の午前中なら、レーン・クロスのアトリエでインドのショールやベールを何着か試着してたわよ。あの人、そういうのをたくさん持っているの……最高にすてきなオレンジと青いのをね。あなたも私のそんな姿をご覧になるといいんだわ。ぜひ見てほしいわ」


「二人っきりでかい?」


「ほんのいっときよ。エセル・タッカーマンとブリス・ブリッジがいると思ってたんだけど、二人は遅くまで来なかったの。レーン・クロスって、そういういい人なんだから。時々、ちょっと愚かなところがあるけど、私、好きだわ。あの人の肖像画ったら、とても変てこなんだから」


ステファニーは、彼の派手だがそれだけにすぎない芸術を語り始めた。


クーパーウッドはレーン・クロスの芸術でもショールでもなく、ステファニーが入り込んだこの世界に驚いた。彼にはステファニーのことがさっぱり理解できなかった。いきなり終わったとステファニーが明言したガードナー・ノールズとの最初の一度の関係だって、クーパーウッドは納得いく説明をさせられなかった。クーパーウッドはそういう性格だったので、それ以来ずっと疑っていた。しかし、この娘はとても優しくて、子供っぽく、矛盾したところがあり、まるでさまようそよ風か淡い色の花のようだったので、どう考えていいのかよくわからなかった。芸術のわかる者は、魅力的な花の束とは争わない。ステファニーはクーパーウッドにとって天国のような存在だった。彼がひとりっきりのときにステファニーは時々そうするのだが、とろんとした目で、夏の楽しい気分にひたってやってきた。彼女はいつも何か芸術的なものを持って、嵐、風、塵、雲、煙の形、建物の輪郭、湖、舞台の話をした。彼の腕に寄り添って『ロミオとジュリエット』、『パオロとフランセスカ』、『指輪と本』、キーツの『聖アグネスのイブ』から長い一節を引用した。クーパーウッドは彼女と喧嘩したくなかった。彼女は野バラか何かの自然の中の芸術のようなものだった。彼女のスケッチブックは、常に新作でいっぱいだった。マフや、夏に着る薄絹のショールには、時々何かの作った像が隠されていて、不安げな子供のような顔をして取り出した。そしてもしそれをクーパーウッドが欲しがるか気に入れば自分のものにできた。クーパーウッドは深く考え込んだ。何を考えていいのかよくわからなかった。


留まらざるを得なかった疑心暗鬼の常態が、徐々に彼を苦しめ怒らせるようになった。ステファニーはクーパーウッドと一緒にいるときはべったりしている感じだったが、離れているときは、それはもう明るく幸せいっぱいだった。これまでの多くの情事で自分が占めていた立場とは大違いだった。気づいてみれば最初から、相手からの同じ質問に答える代わりに、自分の方が相手に、私のことを愛しているのと尋ねていた。


クーパーウッドは、自分の財力、地位、将来性に物を言わせて、いったん自分という人間に引き寄せてしまえば、ほとんどどんな女性でも自分に縛りつける力があると考えた。しかし、ステファニーはかなり若く夢見がちだったので、富や名声にはあまり惑わされなかった。それにまだ彼の魅力に十分に捕らわれていなかった。自分の変わったやり方で彼を愛していた。しかし最近現れたばかりのフォーブズ・ガーニーにも興味を感じていた。茶色の目と淡い茶色の髪をした、この背が高くて物憂げな青年は、とても貧しかった。出身はミネソタ州南部で、報道や詩作、演劇の仕事が好きで、自分の将来についてはまだ未定だった。今の仕事は、家具会社の分割代金の集金係で、だいたい午後三時には体が空いた。ぼおっとした態度でシカゴの新聞業界に入ろうとしていたところ、ガードナー・ノールズの目にとまった。


ステファニーが彼を見たのはギャリック劇団の楽屋のまわりだった。後光のような柔らかい縮れ毛の髪、上品で大きな口、深くくぼんだ目、形のいい鼻の面長の顔を見て、物欲しそうというか、生への渇望の雰囲気に感動した。ガードナー・ノールズはかつて彼から借りた詩を持ってきて、集まった仲間、ステファニー、エセル・タッカーマン、レーン・クロス、イルマ・オットリに朗読した。


ノールズはそれをポケットから出しながら「これを聞いてほしい」と突然叫んだ。


それには、淡い花の香りが漂う月を仰き見る庭、神秘的な池、喜びを示す何かの古代の象徴、震えるルシディアンの調べに関係していた。 

 


 不気味な笛の音、リズミカルに爪弾く

 弱い音の弦、太鼓の響き 

 


ステファニー・プラトーは自分に似た性質にとらわれて、黙って座っていた。それを見たいと言って黙読した。


「すてきだと思います」ステファニーは言った。


その後はフォーブズ・ガーニーの身近をうろうろした。だが、ろくに口をきけなかった。歓心を買おうというのではなく、ただ近づいて、舞台の仕事や自分の演技や野心について話しただけだった。クーパーウッドや他の人たちにしたように彼をスケッチした。するとある日、クーパーウッドは彼女のノートの中にフォーブズ・ガーニーの絵が三枚きれいに描かれて、そこに恋心が感じられることに気がついた。


「これは誰なの?」クーパーウッドは尋ねた。


「ああ、劇団に来ている若手の詩人よ……フォーブズ・ガーニーっていうの。とても魅力的なんだから。とても青白くて、うっとりしちゃうわ」


クーパーウッドはしげしげとその絵に見入った。目が曇った。


「ステファニーのファンがまた増えたね」からかうように言った。「私も並んでいる長い行列だ。ガードナー・ノールズ、レーン・クロス、ブリス・ブリッジ、フォーブズ・ガーニーか」


ステファニーはただ不機嫌に口をとがらせた。


「何、言ってるのよ! ブリス・ブリッジ、ガードナー・ノールズですって! そりゃ、みんな好きよ、でもそれだけのことよ。ただの優しい大切な人たちよ。あなただってレーン・クロスのこと気に入るわ。あの人はそういう愚かなお年寄りなんだから。フォーブズ・ガーニーはね、時々あそこに来る大勢の一人よ。私はあまり彼のこと知らないわ」


「なるほどね」クーパーウッドは悲しげに言った。「だけど彼の絵を描いてるね」どういうわけか、クーパーウッドはこれを信じなかった。心の底ではステファニーを全く信用も信頼もしなかった。それでもステファニーのことが大好きだった……おそらく、このせいで前よりも好きになった。


「真実を話すんだ、ステファニー」ある日のこと、せっつくように、それでいて事を荒立てないように話しかけた。「私はきみの過去なんかまったく気にしてないんだ。きみと私は、完全に理解できるくらい親密だからね。なのに、きみは自分とノールズのことをすべて私に話しませんでしたね? さあ、真実を話してください。私は気にしません。どうしてそうなったのか、十分理解できますから。そんなことでは私の気持ちはこれっぽっちも変わりませんよ、本当です」


ステファニーはいったん構えを解いて、本気でやり合う態勢ではなくなった。クーパーウッドや本当に好きな人たちと真っ直ぐ向き合いたいと思いながら、いろいろな関係のことで時々悩んでいた。クーパーウッドと彼の問題に比べたら、クロスやノールズは大したことはなかったが、それでもノールズのことは気になった。クーパーウッドに比べたら、フォーブズ・ガーニーは青二才の物乞いだった。それでもガーニーにはクーパーウッドにはないもの……悲しい詩的な魅力……があった。ガーニーは彼女の同情心を呼び覚ました。そういう孤独な青年だった。クーパーウッドはとても強くて華麗で魅力的だった。


おそらく、(みそぎ)を済ませようと考えたのか、ステファニーはとうとう言ってしまった。「ええ、そのことはちゃんと真実を話しませんでした。少し恥ずかしかったんです」


ノールズのことだけの不完全な告白が終わると、クーパーウッドはある種の怒りがこみ上げ燃え上がった。嘘つきの売春婦を相手にしてどうする気だ? 彼女が二十一歳の取るにたらない自由恋愛の徒であることが完全に明らかになった。それでも、この娘には何か不思議な大きなもの、とても魅力的なものがあった。この娘には彼女ならではの美しさがあったのでクーパーウッドを彼女をあきらめようとは思えなかった。彼女はクーパーウッドに自分を思い出させた。


「ねえ、ステファニー」クーパーウッドは罵倒するかとっちめるかして追い払いたい衝動を足で踏みつけながら言った。「きみは変だよ。どうして今まで教えてくれなかったの? 私は何度も尋ねただろ。私を大事に思ってると本当に言えるのかい?」


「よくそんなことが言えるわね?」ステファニーは告白したのが愚かだったと感じながら、責めるように尋ねた。もしかしたら、彼を失うかもしれない。それはしたくなかった。クーパーウッドの目が嫉妬に凝り固まって輝いたので、ステファニーは急に泣き出した。「ああ、あなたに言わなきゃよかったわ! とにかく、話すことは何もないわよ。話したくなんてなかったのに」


クーパーウッドは困惑した。彼は人間の本質も女の本質もよく知っていた。彼の常識がこの娘は信頼できないと語っていた。それなのに彼女にひかれてしまった。ひょっとしたら、彼女は嘘をついておらず、この涙は本物かもしれない。


「じゃあ、これがすべてだって……この前には誰もいなかったし、これからも誰もいないって断言してくれるね?」


ステファニーは涙を枯らした。二人はランドルフ・ストリートの彼の部屋にいた。そこはいろいろな情事のための別室として彼が自分で用意しておいた独身者向けアパートだった。


「あなたは私のことなんてちっとも大事にしてないわ」ステファニーは、悲しそうに、責めるように言った。「あなたが私を理解しているとは思わない。あなたが私を信じるとは思わないわ。話したってどういうことだかあなたにはわからないのよ。私は嘘をついてないわ。私にはつけないもの。これでも疑うんなら、あなたはもう私に会わない方がいいかもしれないわ。私だって正直に言いたいわ、でもあなたが私を……」


ステファニーはつらそうに、鬱々と、とても悲しそうに口ごもった。クーパーウッドは一種の憧れの思いで相手を見た。ステファニーはクーパーウッドに対し何とも不可解な魅力を持っていた! 彼女を信じてはいなかったのに、諦めることができなかった。


「ああ、どう考えたらいいかわからないな」クーパーウッドは憮然として言った。「別に質問攻めにしてきみから真実を聞き出したいんじゃないんだ、ステファニー。頼むから私を騙さないでほしい。きみほどの人はいないんだ。きみ次第で私はきみにたくさんのことをしてあげられるんだからね。そこのところをわかってくれないとね」


「でも、私はあなたを騙してないわ」ステファニーはうんざりして繰り返した。「あなたならわかると思うんですけど」


「きみを信じますよ」クーパーウッドは自分の賢明な判断に逆らって自分をだましだまし続けた。「でも、きみはこういう自由で型破りな生活をしてるからね」


「ああ」ステファニーは考えた。「多分、私はしゃべり過ぎなんだわ」


「私はきみのことが大好きなんだ。きみはとっても魅力的だよ。本当に愛してる。だから私を騙さないで下さい。こんなくだらない馬鹿どもと遊び歩くのはやめてください。本当にきみにはふさわしくない連中だ。私は近いうちに離婚するだろうから、そのとき、きみと結婚できたらうれしいな」


「でも、あの人たちとは、あなたが考えている意味で、遊び歩いてるんじゃないわ。ただ楽しいから一緒にいるだけでそれ以上のことは何もないもの。そりゃもちろん好きですけど。レーン・クロスはあの人なりに大事な人です。それはガードナー・ノールズも同じです。みんな私に親切にしてくれるんです」


彼女がレーン・クロスを大事な人呼ばわりしたものだから、クーパーウッドは胸くそ悪くなった。腹の虫が治まらなかったがそれでもクーパーウッドは平静を保った。


「私と付き合う限り、きみとこの連中との間にはもう何も起きないと約束しますか?」まるで懇願だった……彼らしくない役回りだった。「きみを他の誰とも共有したくない。ご免ですよ。過去にしたことは仕方がないが、今後は不貞を働かないでほしい」


「何言ってんの! するわけないでしょう。でも私を信じないなら……あなた……」


ステファニーはつらそうにため息をついた。クーパーウッドの顔は、うまく隠れていたが怒りと疑惑と嫉妬で曇った。


「いや、ステファニー、これからはきみを信じるよ。きみの言葉を信じることにする。でも、もしきみが私を騙してそれがわかったら、私はその日のうちにきみと別れる。私はきみを他の誰とも共有したくない。私には理解できないんだが、私のことが大切なのに、どうしてこんなにいろんなことにこんなに関心を持てるんだい? きっと、きみを駆り立ててるものは、芸術への献身ではないんだね?」


「ねえ、私と喧嘩を続けるつもりなの?」ステファニーは素朴に尋ねた。「私が愛していると言っても、あなたは信じないのね? それじゃ……」しかしここで演技力が味方してステファニーは激しく泣きじゃった。


クーパーウッドは両腕で抱きしめた。「大丈夫だよ」クーパーウッドはなだめた。「私は信じてる。きみは私を大切に思ってるよ。ただ、こんなに気が多くなかったらいいのにと思っただけなんだ、ステファニー」


これでしばらくこの持病は治まった。



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