第26章 愛と戦い
ステファニー・プラトーに熱烈な関心を寄せたクーパーウッドが、これまでのめり込んだどれにも負けない真剣な情事を始めたのは、シカゴの路面鉄道にかかわった初期の段階のことだった。数回密談をしてからすぐに、こういう問題で彼が好んで用いる策を弄して、ダウンタウンの単身者アパートを便利な密会場所にした。ステファニーと何度か話してみたが、思ったほど啓蒙的ではなかった。彼女はすばらしかったが……この退屈な西部の環境では一種の芸術性に富んだ天の恵みだったが、かなり謎めいていて、わかりにくくもあった。ランチで会って数日話しているうちに、彼女の演劇にかける野心とか、彼女を信頼してその信頼関係によって彼女を励まそうとする相手に求めた、精神と芸術面の支援のようなものをさっそく学んだ。ギャリック劇団、家族の親密度や交友関係、劇団内部で持ち上がっている対立などすべてを学んだ。血が湧き知性が働かなくなっているひとときに、クーパーウッドは自分が見つけたお気に入りの目立たない安らぎの場所で二人が座る間に、彼女に経験の有無を尋ねた。
「一度ね」ステファニーは素直に認めた。
これはクーパーウッドには大きなショックだった。てっきり純真無垢とばかり思っていたのだ。ステファニーはそれをまったくのハプニングで、不本意だったと説明した。ステファニーがその全貌を、あまりに深刻に、情感をこめて、感傷的に、さも心の中を振り返るように、陰鬱に、瞑想するように描写するので、クーパーウッドは驚いて、ある意味感動した。残念なことだ! それがガードナー・ノールズのしわざだとステファニーは認めた。しかし彼にも大きな非はなかった。単なるハプニングだった。彼女は抗議しようとした。しかし……彼女は怒らなかったのだろうか? いや、怒ったが、そのときはガードナー・ノールズを傷つけるようなことをするのがかわいそうだった。とても魅力的な青年だったし、すてきな母親と妹がいた。
クーパーウッドは驚いた。クーパーウッドは、女性が最初の純潔をなくすことはあまり大きな問題ではないという考え方に到達していたが、ステファニーの場合は彼女がとても魅力的だっただけに、残念で仕方なかった。しっかり監視しないでステファニーがこの芸術の空気に染まるのを容認するとは、プラトー家は何て愚かなんだと思った。それでも、これまで見てきて、ステファニーは監視しづらいかもしれないと思うようになった。彼女は根本的に無責任だった。そう見えた……芸術的側面はあまりはっきりしないし、ガードはあまり固くなかった。そんな調子だからこんなならず者と親密になったりするんだ! しかしその後二人の間には何もないと彼女は言い張ったが、クーパーウッドには到底信じられなかった。ステファニーは嘘をついているにちがいないが、それでも大好きだった。彼女が語った、とてもロマンチックで辻褄が合わない流れは、クーパーウッドを驚かせ、面白がらせ、魅了さえもした。
「でもね、ステファニー」クーパーウッドは詮索した。「これには何か続きがあったはずだ。何があったの? きみはどうしたの?」
「何もしなかったわ」ステファニーは首を振った。
クーパーウッドは微笑むしかなかった。
「でもその話はしないで!」ステファニーは頼んだ。「話したくないのよ。つらいんだもの。それ以上のことはなかったわ」
ステファニーはため息をつき、クーパーウッドは黙って考え込んだ。不幸はすでに起きてしまった。もし少しでも気にかけてやるなら、自分にできる最善のことは見過ごしてやることだった……そして見過ごした。クーパーウッドは変だと思いながらも、不思議そうに彼女の様子を見た。とにかく、何てチャーミングなんだ! 何て素朴なんだ……何て浮かない顔をしてるんだ! 彼女には素質がある……あふれてる。その彼女を諦めたいのか?
クーパーウッドはわかっていたかもしれないが、特にいったん不特定多数を相手にするようになって、何か夢中になれる情熱に支配されてないとなると、このタイプに手を出すのは危険だった。ステファニーはこの二年間、あまりにもちやほやされ、たっぷり愛情を注がれてきたので、そう簡単に夢中になれなかった。それでも、とにかくしばらくはクーパーウッドの大きさに魅了された。これほど立派で、力のある男性が自分を大事にしてくれることはすばらしいことだった。ステファニーはクーパーウッドを、実業家というよりもむしろ彼の分野の偉大な芸術家だと考えた。クーパーウッドはすぐ後でこの事実を知り、それに感謝した。うれしいことに、ステファニーは予想していたよりもずっと美しい体だった……くすぶり続ける情熱的な娘が、薄暗いが彼の炎に匹敵する炎を燃やして向き合った。ステファニーは、彼が贈るすべてのものを物憂げに受け取るという点で、これまでに彼が知っていた誰とも違っていた。リタ・ソールバーグと同じくらい機転が利いた……それ以上だった。しかし時折、異常なほど無口になった。
「ステファニー」クーパーウッドは叫んだ。「話してごらん。何を考えているんだい? アフリカの原住民のように夢を見ているね」
ステファニーはただ座って暗い笑みを浮かべるか、彼のスケッチをするか、像を作った。座って彼を見るか、目を伏せて黙って考え事をしようとするときは、自分の血の熱で動かされるまで絶えず鉛筆で何かを描いていた。それから、クーパーウッドが求める手を彼女の方に伸ばすようなときは「ええ、いいわ、いいわよ!」とため息をついた。
これがステファニーと過ごした楽しい日々だった。
ヒソップ、ブラクストン、リケッツなど、微妙に批判的と判明した他の編集者たちの態度と、息子の方のマクドナルドが五万ドルの有価証券を要求してきた問題について、クーパーウッドはアディソンとマッケンティに相談した。
「あいつらしいな」マッケンティはそれを聞いて簡潔に言った。「とにかく、ある意味では父親よりやり手だ。おそらく、あいつの方が金を稼ぐだろう」
マッケンティは今までに一度だけマクドナルド老将軍に会ったことがあり、気にいっていた。
「もし将軍がそれを知ったら、どう思うか知りたいところだ」老編集者を高く買っていたアディソンは言った。「よく眠れなくなると思うな」
「ひとつだけ問題があります」クーパーウッドは考え込んで言った。「この青年はいつか必ず〈インクワイヤー〉を手中におさめるんです。簡単に侮辱を忘れない人に見えるんですがね」クーパーウッドは苦笑いした。マッケンティとアディソンもつられて笑った。
「それはともかく」アディソンは言った。「あいつはまだ編集者ではない」クーパーウッド以外の者には決して本心を明かさないマッケンティは、クーパーウッドが独りになるまで発言を控えた。
「奴らに何ができる? あなたの請願は妥当なものだ。なぜ市があなたにトンネルを譲ってはいけないんです? 現状では誰の役にも立ってないものだ。それにループだって他の鉄道が今持っている以上のものじゃない。あなたに反対しているのは〈シカゴ・シティ鉄道〉とあのステート・ストリートの金持ちどもとガスの関係者だと思いますよ。前にも聞いたことがあります。欲しがっているものを相手に渡すんですからちゃんと正当な理由になります。それを他の人に渡したら、何かと問題でしょうけどね。そんな奴らを気にしちゃいませんよ。こっちには議会がついている、条例を成立させればいい。それが自発的でないことは証明のしようがないんですから。市長は物わかりがいい男です。署名しますよ。言いたいことがあるのなら、マクドナルドには言わせておけばいい。あまりうるさく言うようなら、父親の方に言ってやればいいんです。ヒソップの方は、とにかく老いた祖母がいる。シュライハート、メリル、アーニール、あのグループの誰かが望まない限り、シカゴにとって本当にいい公共整備でもあいつが賛成した話は知りませんね。あいつらは古いんですよ。前に進んであいつらのことは気にしないことをお勧めします。くだばればいい連中ですから! あなたがあいつらと肩を並べる実力者になってしまえば、ちょろいもんです。あいつらは将来、代償を払わずに何も手に入らなくなりますよ。私が望んだことを先に進めるためにこれまであいつらがしてきたことはほとんどありませんから」
しかしクーパーウッドは冷静に考え込んだままだった。マクドナルドの倅に払ってやるべきか? と自分に問いかけた。倅には及ぼせる影響がないことをアディソンは知っていた。結局、散々考え抜いた末に、計画どおりに進めることに決めた。その結果、市庁舎や議員会館の周辺にいてマッケンティの院内総務トーマス・ダウリング市会議員と連絡を取っていた記者たちと、ノースサイドにあるクーパーウッドの快適な新しいオフィス、〈ノース・シカゴ路面鉄道〉のオフィスに時々……実際はかなり定期的に……通っていた記者たちは、二つの条例がまもなく議会に提出されることをこのとき知らされ把握していた。……一つはラサール・ストリートのトンネルを無期限に無償で使用すること認めるもの(事実上の贈与)と、もう一つはラサール、マンロー、ディアボーン、ランドルフの通りに、ループ計画の通行権を認めるものだった。クーパーウッドはとても派手な会見をひらいた。その中で〈ノース・シカゴ鉄道〉が実施中のことと実施しようとしていることを熱心に説明し、それがノースサイドとビジネスの中心地にどんなすばらしい発展をもたらすかを明らかにした。
すぐに、シュライハートとメリル、〈シカゴ西部鉄道〉の関係者が新聞社やクラブで、リケッツ、ブラクストン、マクドナルド青年、他の編集者たちに不満を言い始めた。この男の華麗な躍進への妬みが、この問題の原因に他ならなかった。クーパーウッドが皮肉をこめて指摘したように、これはシカゴの他の大企業が要求し、無償、無対価で受け取ったことと少しも違わなかった。どういうわけか、彼のシカゴのガス事業を巡る経歴と、シカゴの社交界入りを果たそうとして頓挫した大胆な活動と、自分でも認めているフィラデルフィアでの前科が、超保守派の敏感なグループを震撼させた。シュライハートの〈クロニクル〉に『見え透いた市のトンネル強奪案』という見出しのニュースが掲載された。これはとても辛辣な内容で、クーパーウッドをひどくいらだたせた。一方、〈プレス〉(ハグエイン氏の新聞)は、ループ構想に最も好意的だったが、トンネルの無償譲渡の是非については少し歯切れが悪く見えた。ヒソップ編集長は、トンネルには単なる名目上の代償以上のものが課されるべきである、ループ条例にはノース・シカゴの会社に対し該当する大通りの保守点検と照明の充実を義務づける『追加条項』が盛り込まれるべきである、と主張することが求められていると感じた。〈インクワイヤー〉はマクドナルド・ジュニア氏とデュボイス氏のもとで、ぐだぐだ反対していた。記事は唱えた。トンネル無償譲渡反対。ダウンタウンの中心地の特権を無償で認める条例反対。クーパーウッド個人への言及は何もなかった。ブラクストン氏の新聞〈グローブ〉は、トンネルの権利は無償で供与されるべきではないことと、ループにはもっと適したコース……もっと広域でもっと公益性の高いもの、ステート・ストリートかウォバッシュ・アベニュー、もしくは両方を含むもの、要するにメリルの店の所在地……が見つかるはずだ、とはっきり報じた。こんな調子だった。こうした独自の見解の多くで、市民の権利がどの程度考慮されているかが、はっきりと見て取れた。
クーパーウッドは孤高にして自分を頼りとしどんな反対もまったく意に介さなかったが、自分の提案の受けとめられ方に多少怒りを感じた。しかし困難を脱する最善の方法は、マッケンティの助言に従い、まず権力を握ることだと感じた。いったんケーブルを敷いて、新しい車両を走らせ、トンネルを改修し、照明を明るくし、橋の渋滞を解消させれば、市民はどれだけよくなったかを理解して自分を支持するようになるだろう。最終的にすべての準備が整い、条例は強行採決された。マッケンティは成立を少し危ぶんで、条例が審議に付されている時間ずっと、本会議場にロッキングチェアを持ち込んだ。物見高い傍聴人と思われたかもしれないが、実際には議事進行を直々に仕切る司令官としてこれに座っていた。干渉するには手遅れになるまで、クーパーウッドも他の誰もマッケンティの行動を知らなかった。新聞のニュース欄にあざ笑うように掲載された記事を読んで、アディソンとビダーラは眉をつり上げて皺を寄せた。
「私にはかなり荒っぽい仕事に見えるんだが」アディソンは言った。「マッケンティならもっと上手にやると思ったのに。あれじゃ彼の若い頃のアイルランド流のやり方だ」
クーパーウッドを崇拝し支持しているアレキサンダー・ランボーは、新聞が嘘をついているのか、世論を蹂躙するような重大な政治協定をクーパーウッドがマッケンティと結んだというのは果たして本当だろうか、と考え込んだ。ランボーは、クーパーウッドの提案がとてもまともで合理的だと考えたので、なぜ大反対が起きなくてはならないのか、なぜクーパーウッドとマッケンティがこのような手段に訴えなければならないのか、理解できなかった。
しかし、ループに必要な通りは承認された。トンネルは年間五千ドルという形ばかりの金額で九百九十九年間賃し出された。ステート、ディアボーン、クラークの各通りに架かる古い橋は、修理か撤去されると理解された。しかしこれを無効にする「条項」がどこかに混じっていた。さっそく〈クロニクル〉、〈インクワイヤー〉、〈グローブ〉が猛反発したが、クーパーウッドはそれを読んでただ微笑むだけだった。「文句くらい言わせてやるさ」と、ひとりごとを言った。「私はあいつらの前にとても合理的な提案を出したんだ。どうしてあいつらが文句を言わなきゃいけないんだ? 私は今〈シカゴ・シティ鉄道〉よりも大きなことをしているんだ。こんなのは嫉妬だ、それだけのことだ。もしこれを要求したのがシュライハートかメリルだったら、文句は全然出なかっただろう」
マッケンティは〈シカゴ信託〉のオフィスに立ち寄って、クーパーウッドにお祝いを言った。「若い連中がやるだろう思ってたらそのとおりになりましたよ」マッケンティは言った。「あの中の十人くらいが土壇場で造反しそうだという話を聞いたので私もあそこに詰めてなくてはなりませんでした」
「おかげでうまくいきました!」クーパーウッドは陽気に答えた。「こんな騒ぎはすべておさまりますよ。我々が要求したときは、いつだってこうなるんです。いずれ解消するでしょうけどね。我々はみんながこの騒ぎを忘れて我々にトンネルを渡してよかったと思えるようなすばらしいサービスを提供するつもりです」
ただ、認可の条例が成立した翌朝は、有力者の間では侮蔑的な意見が多かった。新聞の経営者を通じて安全なところからクーパーウッドを糾弾していたノーマン・シュライハート氏は、会った折にリケッツを厳かに見つめた。
「さて」いずれ自分の路面鉄道管内に恐るべき攻撃があると想像したこの大物は言った。「我々の友人のクーパーウッド君は、議会を相手にやりたい放題だね。自分の欲しいものを得るために、奴が消防士のように湯水の如く金を使っているのは恐らく間違いない。ウナギと同じで捕らえ所がないんだ。奴と市役所周辺の政治家か、奴とマッケンティの間に、共通の利害があることを我々の手で立証できたらうれしいんだが。奴はこの街の政治と経済を支配し始めたんだと思う。絶えず目を光らせておく必要があるだろうね。世論が奴に反旗を翻すようにできれば、そのうち駆逐されるかもしれない。シカゴが奴にとっていたたまれない場所になればいい。私はマッケンティを個人的に知ってるが、一緒に仕事をしたいタイプの男じゃない」
シュライハート氏の市役所で交渉方法は、サウスサイドの会社に雇われている、一定の評判はあるがどうも仕事が遅い弁護団を通すことだった。彼らではマッケンティ氏に全然たどり着けなかった。リケッツはまったく同じ意見を繰り返した。「あなたの言うとおりだ」ゆるくなったベストのボタンを調整し、袖口を直しながら、フクロウのように気取って言った。「彼が政治家を仕切ってるんです。彼を罠にかけるんなら、気をつけないといけませんね」シュライハート氏に大恩がなかったら、リケッツ氏はよろこんでクーパーウッドに寝返っていただろう。クーパーウッドに特別な思い入れがあるわけではなかったが、前途有望だと見込んでいた。
〈インクワイヤー〉のオフィスでクリフォード・デュボイスと話をしながら、私的な通話がいかに効果がなかったかを反省していたマクドナルド青年は、意地の悪い皮肉屋になっていた。
「うーん」マクドナルド青年は言った。「我々の友人のクーパーウッド君は我々の忠告を聞かなかったようだ。あいつは名を成すかもしれない、だが〈インクワイヤー〉は絶対にあきらめないぞ。あいつはこの先も市から他のものを欲しがるだろうからな」
クリフォード・デュボイスは好奇の目でこの意地悪な若い上司を見た。クーパーウッドと交わしたマクドナルドの私的な通話については何も知らなかったが、自分がマクドナルドの立場だったら、この狡猾な資本家とどう取り引きをすればよかったかわかっていた。
「ええ、クーパーウッドは抜け目ないですね」デュボイスは言った。「うちの政治担当のプリチャードが言うには、市役所の道は市長とマッケンティまでまっすぐ地ならしができていて、クーパーウッドはいつでも欲しいものを手に入れられるそうです。トム・ダウリングが子飼いになっているわけだから、その意味はわかるでしょう。ヴァン・シックル老将軍が何らかの形であいつのために働いてます。森に死骸がないのに、あの老いたハゲタカが旋回するのを見たことがありますか?」
「ずる賢い奴だな」マクドナルドは言った。「しかしクーパーウッドの奴は、こんなことをいつまでも続けられないぞ。あいつは飛ばしすぎだよ。欲張り過ぎだしな」
デュボイス氏はこっそり微笑んだ。クーパーウッドがマクドナルドと彼の反対を押しのけた……しばらくは〈インクワイヤー〉を相手にしない……と知って彼は面白がった。もし老将軍が自宅にいたらこの資本家を応援しただろう、とデュボイスは自信を持って信じた。
ラサール・ストリートのトンネルを手に入れ、ループ用にダウンタウンの大通り四本をせしめて八か月とたたないうちに、クーパーウッドは計画の第二段階の達成に目を向けた。ワシントン・ストリートのトンネルと、いまだに古い馬車鉄道体制下でうろうろしている〈シカゴ西部鉄道〉の乗っ取りである。それはノースサイドの会社の話の繰り返しにすぎなかった。ある種の株主……平均的な株主は、極めて神経質で、繊細で、臆病だった。彼らは、あの特定の二枚貝、ハマグリと同じで、少しでも厄介な圧力を感じたら殻に閉じこもって全活動を停止してしまう。市の税務課は、西の会社に対する訴訟手続きに着手し、これまで体よく見過ごされてきた様々な未納の路面鉄道税を払うように迫った。市の高速道路課は、道路の保守を怠っているとして、この会社を絶えず非難していた。市の水道課は、何かのいんちきで、この会社が水を盗みつづけてきたことを発見することを業務にした。一方で、クーパーウッド、カフラス、アディソン、ビダーラたちの笑顔の代理人が、もしも会社が持ち株の五十一パーセントを……額面価格二百ドルの千二百五十株の五十一パーセントを……一株につき六百ドルという魅力的な金額、そして取得しなかった全ての株式に対しては三十パーセントの利息で貸し出しさえすれば、〈シカゴ西部鉄道〉にすばらしい日がやってくる、とうまい話をもって次々に役員や株主に接近していた。
誰が抵抗できただろう? 片方では犬を飢えさせて叩き、もう片方では甘い言葉をかけて撫でて目の前に肉を置く。するとすぐ実行に移せるようになる。クーパーウッドはこれを知っていた。彼の災いと幸福を運ぶ使者は疲れを知らなかった。結局……大して時間はかからなかった……〈シカゴ西部鉄道〉の経営陣と大株主は屈服した。突如〈シカゴ西部鉄道〉によって全資産が〈ノース・シカゴ路面鉄道〉に貸し出され、今度は、クーパーウッドがワシントン・ストリート・トンネルを取得するために作った会社〈シカゴ・シティ旅客鉄道〉が借り主になった。彼は一体どうやってこれを成し遂げたのだろう? この疑問は、すべての金融関係者の口にのぼった。旧西部鉄道の持ち株千二百五十のうちの六百五十株に対して、一株あたりの六百ドルと、残りの全てに対する年三十パーセントを支払うのに必要な巨額の資金を提供している人物、もしくは組織は何者だろう? この路線すべてをケーブル式にする資金は、どこから来ているのだろう? 考えれば簡単だった。クーパーウッドは将来性を資本にしているだけだった。
新聞や市民が当然の抗議をあげられるようになる前に、市のビジネスの中心地では昼夜を問わず大勢が作業に従事していた。燃え盛るバーナーと響き渡るハンマーが、その地域に発作的な喧騒の世界を作っていた。彼らは最初の大がかりなケーブル式ループを敷設し、ラサール・ストリートのトンネルを修理していた。ノースサイドとウエストサイドは状況が同じだった。コンクリートの溝が敷き詰められ、新しいグリップやトレラー車両が作られ、新しい車庫が建ち、大きくてピカピカの動力施設が設置された。古い橋の渋滞や、デコボコの線路を走る、藁が散乱し、竈のない馬車鉄道に慣れ親しんだ都市は、この新サービスが、どれほどすばらしいのものになるのか見極めようとわくわくしていた。ラサール・ストリートのトンネルは、すぐに白い石膏と電灯で明るくなった。ノースサイドの通りという通りには、コンクリート製の溝と頑丈な線路が敷き詰められた。動力施設が完成し、システムが稼働した。その一方で、ウエストサイドが変貌を遂げる契約が交わされていた。
シュライハートと彼の仲間たちは、この迅速な行動と、目まぐるしく変わる幻影のような資金繰りに驚いた。シカゴの保守的な鉄道関係者には、この東部から来た若い巨人がこの都市全土を食べ尽くすつもりでいるように見えた。クーパーウッド、アディソン、マッケンティたちが地方債発行の大事な局面を操作するために設立し、彼の支配下にあると噂された〈シカゴ信託〉は大盛況だった。明らかに、今クーパーウッドは数百万の小切手でも切ることができた。なのにシカゴにいる彼の年長者や保守的な大富豪の誰の恩も受けていなかった。最悪なのは、このクーパーウッド……成り上りで、前科者で、自分たちが全力で資金繰りを圧迫し社会から追放しようとしたよそ者……が、今やシカゴ市民の目には、魅力的で、輝きさえ放つ人物になってしまったことだった。ほとんどどんな話題でも彼の見解や意見は遠慮なく引用された。新聞は、最大の敵対紙でさえ、あえて彼を無視しなかった。新聞のオーナーたちは、自分たちの剣を向けるに値する新しい商売敵が現れた事実に、もう完全に気づいていた。




