第8話 筋肉、学び舎へ行くっ!
春がきて10歳になり、身長もうっかり2メートルを超えてしまった私は、気づけば同世代の少年たちとは隔絶した肉体と筋肉を有するほどにまで成長していた。
今日は学園の入学式。
前世での日本と同じくこちらも学園への入学時期は春だそうで、いま私はエリィと共に王都にある学園へと向かっているところである。
故郷の田舎町とは違い、石畳によって舗装された道をエリィと肩を並べて歩く。
「マッスルくん、なんかドキドキするね」
「うむ」
「友だちできるかなー」
「ああ、できるに決まっているさ。エリー、どうせなら目標は友だち1000000人だ!」
「やだなあ、いくら学園でもそんなに生徒はいないよー。もうっマッスルくんたらぁ」
エリーととりとめのない話をしていると、やがて前方に大きな建造物が見えはじめた。
おそらく、あれこそが今日から私たちが通う学園であるに違いない。
「ここが……学園……」
エリィが石造りの大きな門と校舎を見上げ、ごくりと喉を鳴らす。
「ふむ。どうやらそうらしいな」
「今日から……あたしたちここに通うんだね」
「ああ。そうだな。そして新しい生活がはじまる」
この学園には遠方に家がある生徒たちのために寮があり、私とエリィが住む町は学園から遠く離れていたため、今日から寮に入ることになっていた。
いま私の背には自分だけでなく、エリィの荷物も一緒に背負われている。
衣服をはじめとした日用雑貨に専門書物、あげくには自作のウェイト器具まで持ってきてしまったため、いま私の背には膨大な荷物が背負われていた。
新生活をはじめるには様々な品が必要となってくる。
そんなのは当たり前のことである。
門をくぐった私たちは係の者の指示に従い講堂へいき、入学式を迎えた。
まあ、先に寮へいかなかったせいで膨大な荷物を持つ私は悪目立ちしてしまったが、そんなこといちいち気にしてはいられない。
なぜなら鍛え抜いた肉体を持つボディビルダーにとって、周囲の視線を集めてしまうのは日常的なことであるからだ。
◇◆◇◆◇
入学式は、思っていたよりも簡素なものだった。
日本の学校のように煌びやかで格式張った式などではなく、学園長の挨拶が済んだらそこで式が終わってしまったのだ。
なんだか肩すかしを喰らったような気分ではあるが、式終了後はそのまま新入生たちの魔力有無の確認へと移行していったので、おそらくは100人近い新入生全員の魔力を調べるために時間を詰めなくてはならなかったのだろう。
ご苦労なことである。
「では新入生のみなさん。これからみなさんの魔力を調べます。名前を呼ばれたひとから順番に水晶球の前へ立って下さい」
「「「はーい」」」
新入生たちが五つの列に別れたあと、先頭の者から順に水晶球へ手を置いていく。
手を置いた水晶球が光りを発すると、その者には『魔力が備わっている』ということらしい。
魔力測定はスムーズに行われていった。
水晶球が光らず残念がる者。光りを発した水晶球を見て喜ぶ者。自身の秘められた才能を知り泣き出す者など、その反応は様々である。
魔力測定の結果によって希望する科の選択肢が増えるのだから、みな真剣だ。
「次の生徒、前へでなさい」
「わわっ! あ、あたしの番だ」
頭髪が心許ない中年男性に呼ばれ、エリィが水晶球の前へと立つ。
「さあ、水晶に手をおきなさい」
「は、はい」
エリィが緊張している。
彼女はすでに回復魔法を使えるため水晶球が輝かない、ということはないのだが、どうやら水晶球の発する光りの強さによって魔力の総量がわかるらしく、その顔は強張っている。
魔力の強さは才能によるところが大きいと聞く。
筋肉と違い努力でどうこうなるものではないのだ。
自身の資質が問われる瞬間である。
だからこそエリィは緊張しているのだろう。
そしていま、エリィが触れた水晶球から強い光が発せられ、頭髪が心許ない中年男性の頭頂部を明るく照らし不毛地帯をキラキラと反射させた。
「おお! なんて強い光だ!」
周囲の者たちが眩しそうに目を隠せば、頭髪が心許ない中年男性が恥ずかしそうに頭頂部を隠す。
この反応を見るに、エリィの魔力はかなりのものなのだろう。
その証拠に、中年男性の不毛地帯は今日一番の輝きをみせていた。
「エイドリアンさん、あなたの魔力はAランクです。素晴らしい才能ですよ!」
「あ、ありがとうございましゅっ!」
中年男性の言葉にエリィが喜びのあまり噛んでしまう。
ふふ、おっちょこちょいなヤツめ。
それにしてもエリィがAランクとは驚いた。
魔力はその総量によって五つのランクに別けられているそうだ。
一番下がDランクでC、B、Aと上がっていき、一番上がSランク。つまりAランクとは二番目によい結果なのだ。
ちなみに、なぜランクの表記がアルファベッド? などとは考えてはいけない。
そんなのは当たり前のことである。
「では次の生徒、前へ」
「うむ」
私はエリィと入れ代るようにして水晶球の前へ立つ。
「手を水晶球に。前の生徒の結果は気にしなくていいですからね。貴方は貴方なのですから」
まだ魔力測定していないにも関わらず、剥げ散らかした中年男性がそうフォローを入れてきた。
おそらくは他生徒より卓越した体を持つ私を見て、魔力を必要としない肉体派だとでも思ったのだろう。
心なしか顔が引きつっている。
「さあ、手を」
「ふむ。これでいいのかな?」
私は自分の岩のようにゴツゴツとした手を水晶球へと乗せた。
するとどうだ? エリィの時よりも遥かに強い輝きをはなつではないかっ。
「ば、バカな! この光はSランク!? そんなの……こ、この国に何人もいないぞっ!?」
私の魔力量は衝撃だったらしい。
剥げ散らかした中年男性が素になっている。
「Sランクだって!? ……ウソだろ」
「なんて強い輝きなの!」
「アイツ誰だよ? 誰か知ってるヤツいないかっ?」
「ちょっとヤダ、なにあの筋肉ぅ」
この場にいる全員が私に目を向け、驚きの声をあげた。
みなの視線が私に釘づけになっている。
やはりボディビルダーはその場にいるだけで注目を浴びてしまう定めらしい。
ならば――
私は水晶球を掴み、軽く力を込める。
そして次の瞬間、水晶球が爆ぜた。
「す、水晶球が砕けだぞ!! アイツどんだけ魔力あんだよ!」
「こんなの初めて見たわ!」
「何者なんだ……」
うーむ。私が魔力だけではなく筋力もあるところをアッピールしたかっただけだったのだが……どうやら裏目に出てしまったようだ。
みな私の魔力の影響で水晶球が砕けたと勘違いしてしまった。
唯一、エリィだけが困ったような笑みを浮かべている。
さすがは友であるエリィ。
話さずとも私が筋力だけで水晶球を砕いたことに気づいてくれている。
「もういいかな?」
「あ、ああ。君の魔力量はわわ、分かった。つ、次の者と変わりなさい」
「うむ」
私は次の者と代わり、エリィの隣へと移動した。
「こらー。マッスルくんやりすぎだよぉ。あの水晶球ってとっても高いんだよ」
周囲に聞こえないよう、小声でエリィが話しかけてくる。
「そうなのか? それは悪いことをしてしまったな」
「もうっ、ぜんぜん悪いと思っていないでしょ?」
「ふふふ、バレてしまったか」
「まったくー」
そう私を叱り、頬を膨らますエリィ。
教会で幼い孤児たちの面倒をみていたからか、エリィはこうして私に対してもお姉さんぶるところが多々あるのだ。
「でも、これであたしたち同じ学科に進めるね」
「ああ。これからも一緒だぞエリィ」
「ちょ、ちょっとっ、急になにいうのよ……マッスルくんの……ばか」
「ん? なにか言ったか?」
「な、なんでもないよ! ほら、次は神聖魔術科の先生のところに申請しにいくよっ」
そう言ったエリィは私の手をぐいぐいと引っぱっていく。
その顔は、なぜか夕日のように赤く染まっていた。