第6話 筋肉、友だちができるっ!
私は5歳になり、体の成長と共に筋肉もより一層大きくなった。
しかし、言葉を覚える大切な時期を森で過ごしていたため、人間の言葉を喋ることに大きな遅れを取ってしまっていた。
ヒヤリングは十二分にできているのだが、いざ話そうとすると上手く言葉が出てこない。
焦る私を、父と母は安心させるように優しく微笑みながら「ゆっくりでいいんだよ」と言ってくれているのだが、同世代の子供たちと比べるとどうしても負い目を感じずにはいられない。
両親に申し訳ない気持ちで胸が締め付けられてしまうのだ。
その結果、私は近所子供たちからひとり距離を置き、筋力トレーニングに没頭することでなんとか自己を保っていたのだった。
そう。私はコミュ障になったのである。
私が心を開ける相手といえば、両親と双子の弟妹たちぐらいなもの。
5歳児としては常軌を逸した筋肉を有していたため、近所の子供たちからいじめられるようなことはなかったが、私は自分から近所の子供たちに距離を置き、近所の子供たちもまた、私に距離を置いていた。
そうした理由から、私には友人と呼べる存在が皆無であった。
であるからして、私は今日も今日とてひとりで町はずれに行き、巨大な岩を抱え上げながらワンレッグ・スクワットを黙々と行うのだった。
片方の足に負荷をかけつつ同時にバランス感覚も養えるこの素晴らしいトレーニングをしていると、近くにある教会の裏手からなにやら言い争うような話声が洩れ聞こえてくる。
なぜかそれがひどく気になった私は、持ち上げていた岩を脇に置き、ワンレッグ・スクワットからストレート・レッグクランチに切り替えながらこっそりと耳をすます。
「おいエイドリアン、おまえまだこの町にいたのかよ。おまえみたいな親なしは町からでてけよなっ!」
「そーだ。そーだ。ジョヴィくんのいうとーりだ。親なしはでてけー!」
「でも……あたしはここしか居場所がなくて……」
「あっ、こいつはんこーしたなっ? ジョヴィくんのおとうさんは町長なんだぞ! えらいんだぞ! だからジョヴィくんの言うこときけよなっ、この親なしむすめめっ!」
「そーだそーだ! 親なしむすめー!」
町はずれには教会ぐらいしかなく静かなため、その会話は内容が丸わかりになるほどによく聞こえてくる。
それによれば、どうやら町長の息子のジョヴィくんとやらが、仲間とともにひとりの少女をいじめているようだった。
町長の息子と言うからには、さぞ不自由なく育ったのだろう。
ボンボンなのだろう。ボンボンのジョビィくんなのだ。
「しっ、神父さまはずっとここにいていいって言ってくれてます!」
「あんなジジイなんかしるかよ。おれはこの町におまえみたいな親なしがいるってだけで気にくわないんだよ! 『せんそーこじ』だがなんだがしらないけど、パパの町からでてけよなっ!」
「そんなこと言われても……」
「うるさい! 町からでていかないなら……こうだっ!」
「いたいっ、ぶつのはやめて!」
「ふんっ、やめてほしかったらでていくんだな。でていく気になるまでなぐりつづけてやる! おい、デビィット、リッチー、おまえたちもエイドリアンをなぐってやりな!」
「まかせてよジョヴィくん!」
「へへへ、泣いたってゆるさないからな。かくごしろよ……」
「いや……いや……ゆ、ゆるして……」
どうやら緊急事態なようだ。
コミュ障な私ではあるが、弱いものいじめを見過すような腐った人間にはなりたくない。
私は即座にネックスプリングで立ち上がり、走りだす。
少女が涙声で許しを乞うているのを聞く限り、あまり猶予はなさそうだ。
日々鍛えている下半身と背筋から送り込まれた爆発的な加速を得た私は、一瞬でトップスピードへと到達するとそのままの勢いで教会の裏へと回り込む。
なんとか間に合ったようだった。
見れば、ジョヴィくんらしき少年とその取り巻きらしきふたりは手を振り上げたまま、突然あらわれた私に驚き固まってしまったようだ。
いじめの対象であった少女は、これから振るわれるであろう暴力から身を守るように両腕で頭を抱え込み、地面に縮こまっている。
「なっ、なんだよおまえは!?」
「やばいよジョヴィくん、こいつ……『筋肉おばけ』だよ! ほら、勇者シドさんのこどもの……」
「ええ!? 『筋肉おばけ』だって!? こ、こいつがそうなのか……」
「やばいよやばいよー」
いじめっ子グループの少年たちは口々にそう言い、羨望の眼差しを私の筋肉に向けてくる。
しかし……言うに事欠いて『筋肉おばけ』、とはな……。
まさか私が陰でそう呼ばれているとは知らなかった。
確かに5歳児としては卓越しすぎた私の筋肉を見て、称賛を送りたくなる気持ちは分からなくもないのだが……いまは状況が状況だ。
如何に私の肉体を褒め称える者であったとしても、見過ごすわけにはいかない。
人として恥ずべき行為をするというのなら、その間違いを正さなくてはならない。
それが幼い子供であるのなら尚のこと。
そんなのは当たり前のことである。
「ナニ、ヲ……シテ、イル……?」
私は、ともすれば緩みそうになってしまう口元を必死になって引き締めつつ、ジョヴィくんに問う。
「な、なんだよおまえは!? かんけーないだろ! あ、あっちいけよな!」
ジョヴィくんがそう叫ぶが、いかんせんその声は震えていた。
きっと間近で見る『筋肉おばけ』の肉体に、感極まっているのだろう。
「そ、そーだそーだ! あっちいけ! ジョヴィくんのお父さんは町長なんだからなぁ。おまえなんかよりえらいんだぞ!」
「おまえおれたちより年下なんだからゆーこときけよなっ! さっさといなくなれ!」
取り巻きの少年たちも、ジョヴィくんに追従するかのようにまくし立ててくる。
まだ思春期を迎えてもいない少年たちにとって、私の肉体はいささか刺激が強すぎたのだろう。
3人が三人とも必死の形相となり、私に立ち去るよう提案してきた。
確かに私の肉体に影響され、正しい知識もなくまだ体もできあがっていない時期からトレーニングをはじめてしまっては、逆に体を痛めてしまう。
その気持ちはわからなくはないのだが、いまの私はいじめという卑劣な行為をやめさせるためにここにきたのだ。「はいそーですか」と、去るわけにはいかない。
例え、私の肉体が少年たちにとって目に毒であったとしても、だ。
そんなのは当たり前のことである。
私は義によって立っているのだから。
「あ……あ、あ、あっちいけってッ!!」
私の肉体から発せられる刺激についに耐えられなくなったのか、ジョヴィくんが足元に転がっていた石ころを拾いあげ、私に向かって投げてきた。
しかし、その石はてんで的外れな方へと飛んでいく。
どうやらジョヴィくんの投擲能力は低いようだな。
「おまえたちも投げろ! あいつをおっぱらうんだよ!」
「う、うん!」
「わかったよジョヴィくん!」
ジョヴィくんの命令に従い、取り巻きの少年二人も私に向かって石を投げはじめた。
「えい!」
「このぉっ!」
「あっちいけー!」
次々と石が飛んでくるが、あいにくとひとつも当たりはしない。
きっと心のどこかで、私の肉体を傷つけることに恐れを抱いているのだろう。
だが、このままではらちがあかない。
私は飛んできた石のひとつを左手でキャッチし、力任せに握りつぶす。
「「「ええっ!?」」」
驚愕に目を見開く3人。
その3人の前で、私は握りつぶした石を握力だけで砂へと変える。
広げた手の平から、サラサラと砂の粒が零れ落ちていった。
「う、うそだろ!?」
「……ば、バケモノだ」
「に、にげろ……逃げろー!!」
ジョヴィくんが涙声で叫ぶと、3人は我さきにとばかりに駆け出し走り去っていった。
「イッテシマッタカ……サテ、」
私は3人を見送ったあと、未だに縮こまっている少女へと近づいていく。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
頭を抱えて震え続けている少女は、どうやらジョヴィくんたち一同が立ち去ったことに気づいていないようであった。
ずっと顔を伏せ謝罪の言葉を呟き続けていたから、おそらくは私の存在にも気づいていないのであろう。
「モウ……ダイジョウブ」
私は少女の肩を優しく叩き、そう言葉をかける。
「ごめんなさいごめんなさいごめ…………え?」
少女が顔をあげ、私を見あげる。
「モウダイジョウブ。コドモタチ、イナクナッタ」
私の言葉を聞き、少女はやっとジョヴィくんたちがいなくなったことに気づいたようだ。
「あなたが……たすけてくれたの?」
「トオリカカッタダケ。ソシタラ、コドモタチ、ドッカイッタ」
「そうなんだ……でも、たすけてくれてありがとう」
少女が涙をぬぐい、微笑む。
「わたしはエイドリアン。あなたは……マッスルくんだよね?」
「シッテ……ルノ?」
「うん。だってあなたは町では有名だもの。勇者シドさまの子どもで、その……とってもたくましいから」
「ソウ……ナンダ」
「ふふ、そうなんだよマッスルくん」
私は自分で思っている以上に、この町では有名であるようだ。
まあ、父が勇者なのだから当然といえば当然なのかもしれない。
私の顔は父に似ているそうだしな。
「ねえマッスルくん、」
「ン? ナニ?」
「マッスルくんていつもひとりでいるよね? 友だちとかいないの?」
なかなか痛いところを突いてくる少女だった。
子供は幼いがゆえに正直で、時に残酷だ。
しかし、その悪意のない純粋な興味からきた質問に、私は誠実に向き合うことにした。
「マダ……ジョウズニ……シャベレナイ。トモダチ、デキナイ。ダカラ、イツモ、ヒトリ」
「……そうなんだ。わたしもね、お父さんとお母さんが戦争でしんじゃってひとりなんだ……」
「…………」
「だから……だからねっ、もしマッスルくんさえよかったらわたしと友だちになってくれないかな? たまにでいいからっ、ひ、ひまなときにお話するだけでいいの! だからっ、だから…………ダメかな?」
エイドリアンが私を見上げ、おそるおそる聞いてくる。
その瞬間だった。
私の心臓がドキンと脈打ち、両の目から涙が滝のように流れ落ちてきたのだ。
「え! え!? ごめんなさい! わたしと友だちなんて……いや……だよね?」
突然の涙に動揺するエイドリアン。
私はブンブンと首を振り、洩れでてくる鼻水をすすりあげ、嗚咽交じりに言葉を紡ぐ。
「チガウッ。ウレシイ。トモッ、ダチ、ナル。ウレシイ……」
友だちになろう。
その一言が嬉しすぎて感情が昂ってしまったのだった。
いままでずっと友人がいない、ぼっちなうだったのだ。
涙だって自分の意に反して流れ落ちようというもの。
そんなのは当たり前のことである。
「ホント!? ホントにうれしい?」
嗚咽を漏らす私の背中をさすりながら、エイドリアンが顔を覗き込んでくる。
私はコクリと頷くと、昂る感情のままに涙を流し続けた。
「わたしも……わたしもうれしいよマッスルくん。これからよろしくね」
「グス……ウン」
「わたしのことは『エリィ』って呼んでくれると嬉しいな。お父さんとお母さんがね、そう呼んでくれてたから……」
「ワカッタ。エリィ、トモダチ。マッスルノ、トモダチ」
「うん。友だちだよ。ありがとうマッスルくん」
転生して5年。
こうして、私は初めての友人を得たのであった。