第4話 筋肉、ケダモノと遭遇するっ!
それは漆黒の熊だった。
熊の体長はどちらも2メートルほどだろうか。私の倍以上は大きい。
深い闇のような体毛をもつ二頭の熊。
それが瞳に好奇の色を湛えて私を見ている。
まるで、『おもしろい玩具を見つけた』、とでもいうように。
おそらくこの熊たちは、私を狩ろうと考えているに違いない。
自分よりも小さい獲物を狩り、己の糧とする。
自然界においてそんなのは当たり前のことである。
いま1頭の熊が後足だけで立ち上がり、前足を突きあげた。
少し遅れてもう一頭も同じく後足で立ち上がり、前足を天へと向かって突きあげる。
熊が威嚇する時にみせるポーズであり、相手に己を大きく見せ怯ませようとしているのだ。
しかし、私は怯まない。
それどころか、その威嚇のポーズにもうひとつの意味を見出しはじめていた。
両腕を天に向かってまっすぐに突き上げられたことで見える、腕とウエスト。そして脚。
それらを一度に見せつけることができるポージングはそう多くない。
「おぎゃあ――」
見間違うわけがない。『オリバー・ポーズ』である。
自身の強みである腕の太さと絞られたウエストにたくましい脚。
それらを同時に100%魅せることができるポージングであり、このポーズの創始者でもある『伝説』オリバの最も得意としたポージングでもある。
いま、私に向かって2頭の熊がオリバー・ポーズをしている。
……なるほど。
この熊たちは私にボディビル勝負を挑んできているのだな。
ならば……それに応えぬわけにはいくまいよ。
私は両の踵を合わせてまっすぐに立つと、熊たちと同じように両腕をつき上げた。
ここでのポイントは手首を曲げて拳を左右外側に向けることだ。
そして私は全身の筋肉を引き締め、熊たちに向かって前面の筋肉を魅せつける。
オリバー・ポーズに対して、真っ向からオリバー・ポーズで応えてみせたのだ。
2頭の熊は動揺したかのように慌てはじめるが、私はポージングをやめはしない。
それどころか、熊たちのオリバーポーズに欠けていた『笑顔』まで加えてポージングしてみせる。
笑顔を浮かべてポージングする生後3ヶ月の幼児。
それがこの瞬間の私である。
私のポージングを見た熊たちが取り乱しているのが手に取るように分かるが、熊たちもいまさらポージングを解きはしない。
自然界において敵に背を見せるということは、即、死を意味するからだ。
先にポージングを解いたほうが殺られる。
そんなマンガのようなシチュエーションが、いまこの場で起こっていた。
斯くて、私と熊たちとの命を懸けたポージング合戦がはじまり、その激闘は実に半日にも及んだ。
無論、勝利したのは私だ。
そんなのは当たり前のことである。
戦いに敗れた熊たちは荒い息を吐きながら崩れ落ち、地に伏してブルブルと震えている。
私がゆっくりと近づいていくと、全てを諦めたかのような瞳でごろりと腹を向けてきた。
動物が従属を示すときにみせるサインである。
この熊たちは、私に命を差しだしてきたのだ。
好きにしてくれ、といわんばかりに。
だが私はそんな熊たちの手(前足)を取り、立ち上がらせる。
熊たちは瞳に戸惑いの色を浮かべているが、私はニッコリと笑い、熊たちの健闘を称えた。
真に『強い男』とは相手を屈服させるのではなく、弱きもの、敗れたものにも手を差し伸べ、優しく包み込むべきだからだ。
そんなのは当たり前のことである。
熊がペロっと私の顔を舐めてくる。続けてもう1頭も。
そしてじゃれつくように、ぐいぐいと頭をこすりつけてきた。
うむ。熊に触れるのは初めてのことであるが、なんとも可愛いらしいものではないか。
私は半日もの間ポージングし続け、憔悴している熊たちに私が仕留めた鷹を惜しむことなく与えた。
まだ歯が生えそろっていない私では、良質なタンパク質を摂取することができないからだ。
熊たちはバリバリと音を立てて鷹のような鳥を咀嚼している。
その微笑ましい光景を見て気が緩んでしまったのか、ふいに私のお腹が「ぐうぅぅ」と鳴ってしまった。
振り返る熊たち。赤面する私。
熊たちは「ぐるる」「がるる」と話し合っているようなそぶりを見せたあと、その内の一頭が私を背に乗せどこかへと歩きはじめた。
振り返ると、もう1頭も後からついてきている。
この熊たちは、いったい私をどこに連れて行くつもりなのだろうか?
◇◆◇◆◇
熊の背に揺られ1時間ほど経った頃、私はその答えを知ることになる。
目の前に立つ、見上げるほど大きな熊。
おそらく体長100メートルは下らないだろう。
地球では考えられない、怪獣のようなバカげたサイズの熊が目の前に立っていたのだ。
その巨熊に向かって、私を乗せている熊が「ぐるる」と咆えれば、巨熊が訝しげに「ごるるる」と返す。
私には分からないが、いま両者の間ではなにか重要な話し合いが行われているようだ。
そのやり取りをしばらく眺めていると、不意に巨熊が後足だけで立ち上がり、前足を天へと突きあげた。
言わずと知れたオリバー・ポーズである。
ならば応じなくてはなるまい。
私は跨っていた熊の背から飛び降りると、巨熊に対してオリバー・ポーズを持って応えた。
無論、笑顔も忘れない。
そんなのは当たり前のことである。
私と巨熊とのポージング合戦は、実に丸1日にも及んだ。
『がるるる……』
巨熊があげていた前足を降ろし、私を見つめる。
この時私は、なぜか目の前の巨熊が笑っているように感じたのだ。
『がる……がるる』
巨熊が前足の爪で私を器用に掴み、己の胸元へと引き寄せる。
ふと眼下を覗き見ると、私を連れてきた2頭の熊たちも巨熊の胸元へとよじ登っているところだった。
いったいなぜ?
『がるっ』
疑問に思う私をよそに巨熊はそうひと鳴きすると、胸元から飛び出ているドス黒い突起物を私の目の前に持ってくる。
これはまさか……おっぱい?
見れば、よじ登ってきていた熊たちも他の突起物にむしゃぶりつき、ゴクゴクと音を立ててお乳を吸い上げているではないか。
そうなのだ。私をここまで連れてきた熊たちはまだ乳離れできていない子熊でしかなく、しかも私を抱き上げるこの巨熊は己の乳を私にも与えようとしているのだった。
「ばーぶー」
私は巨熊と、私を母熊の元へ連れてきてくれた子熊たちに感謝しつつ、ドス黒い突起物を口いっぱいに吸い込み野性味あふれる母乳をめいいっぱい堪能するのであった。