エピローグ
私がミスター・オリンビアの称号を得たあの日から2年。
両軍がひとつになったあの瞬間を境に、世界は変わった。
人類連合と魔族との間で友好条約が結ばれ、互いの領土を自由に行き来出来るようになり、希望するなら移住まで可能となったのだ。
条約が結ばれてたからといって、諍いは未だ絶えない。しかし、決して争いにまで発展することはなかった。
なぜなら、主義や主張がぶつかったときは『ボディビル勝負』で決着をつけることが法律で決まっていたからだ。
小競り合いを起こしている集団がおもむろに衣服を脱ぎ始め、交互にポージングを取っては通りすがりの人々にジャッジをしてもらう。
決して血が流れることのない、ガチンコの真剣勝負。
もちろん決着がついたあとにはハグをし合い、互いの健闘を称えガチンコからダチンコになる。
世界は、少しだけ優しくなっていたのだ。
そして今日、私は友人たちと共に学園の卒業式を迎えていた。
「卒業生、起立であるっ」
私の指示で卒業生が一斉に立ち上がる。
スーザン先輩より生徒会長の座を引き継いだ私に、ご出席のみなさま方の視線が集まる。
「在校生諸君、そしてお世話になった教師の方々、本日私たち5年生は夢と希望を余すことなく大胸筋に詰め込んで学園を巣立っていくのである」
私の次なる言葉を待ち、静まり返る卒業式会場。
「眼を閉じれば、学園で過ごした青春の日々が鮮明に蘇ってくるのである」
私は瞳を閉じ、楽しかった日々を想い返す。
「入学式のあの日、魔力測定の水晶球を爆ぜ散らしたのは?」
「「「「「筋肉っ!!」」」」」
「横暴な先輩の攻撃魔法を受け止めたのは?」
「「「「「筋肉っ!!」」」」」
「蟲王を捕食したのは?」
「「「「「筋肉っ!!」」」」」
「魔族との戦争を止めたのは?」
「「「「「「「「「「常軌を逸した筋肉っっっ!!!」」」」」」」」」
「どれも全て大切な想い出でであるっ。在校生の諸君、私たちは次のステージに上がる時がきた。次は諸君の番である。いまよりもずっと素晴らしい学園に、そしてより素晴らしい筋肉を目指して欲しい。卒業生代表、マッスル・ジョー・アームストロング」
会場中から拍手が鳴り響く。
私は片手を上げ拍手に応えてから着席し、卒業式を無事に終えたのだった。
◇◆◇◆◇
「みんな元気でね! 絶対にまた集まろうね!!」
「わたし同窓会の幹事やる!」
「ちょっと、気が早いって。もー」
「でもぉ……」
校門の前は、別れを惜しむ卒業生で溢れかえっていた。
「マッスルくん、あっという間の5年間だったね」
「うむ。本当に……あっという間だったなエリィ」
「……うん」
エリィがしみじみと頷く。
私がエリィとふたりで学園の校舎を感慨深く眺めていると、
「マッスルさーん!」
「おお、リアーナ」
「リアーナちゃん!」
グラウンドの方からリアーナがやってきた。
後輩たちに贈られたのだろう。手には沢山の花束を持っている。
中には恋文の類も混じっているようだが……想い人へ卒業式の日に告白するのはお約束。
そんなのは当たり前のことである。
「マッスルさん、卒業生代表としての答辞、お疲れ様でした」
リアーナが私に労いの言葉をかける。
「なあに、代表として当然のことであるよ」
「マッスルくんぜんぜん緊張しないんだもん。ちょっとガッカリしたよねー?」
「うふふ。エリィさんったら、そんなこと思ってもないくせに」
エリィとリアーナが顔を見合わせ、笑いあう。
この仲良しなふたりは、王都にある治療院に就職が決まったそうだ。
学園で学んだ回復魔法を使い、怪我や病気で苦しむ人々を救うのだと意気込んでいた。
面倒見の良いエリィと、聖母のように優しいリアーナにはピッタリな職場といえるだろう。
談笑するふたりを見ていると、向こうから手に花束を持った美女がこちらへ近づいてくる。
「アームストロング君、卒業おめでとうですわ」
「スーザン先輩……。ありがとうございます」
美女は成長し、でらべっぴんさんになったスーザン先輩だった。
「今日は父上がアームストロング君にお話があるそうですわ」
「む? 国王陛下が?」
「ええ。さ、父上」
「ああ、すまんな」
スーザン先輩の背後から国王陛下が姿を現す。
「これはこれは陛下――」
「救世の英雄よ、畏まらなくて良い。楽にしてくれ。スーザンの友たちもな」
国王陛下そう言って優しい笑みを浮かべた。
「承知しました」
「「は、はい」」
エリィとリアーナが緊張でガチガチなのはご愛敬。
「救世の英雄マッスルよ、今日はお主に頼みがあってきたのだ」
「頼み? 私にですか?」
「左様」
「ふむ。いったいどんな頼みでしょう?」
「なぁに、簡単なことだ。スーザンの婿となり、この国の王となってもらいたい」
「「「な、なんですってーーーーーーーーーーーーーーー!?」」」
この場にいる女人3名の声がきれいに重なる。
国王陛下の爆弾発言。
これにはスーザン先輩をはじめ、エリィとリアーナもびっくらこいていた。
「救世の英雄よ。この世界にお主ほどスーザンの婿に相応しい者はおらぬ。どうかスーザンと夫婦になり、私の後を継いで王となってもらいたい。頼む……」
国王陛下が私に向かって首を垂れる。
この国最高権力者が、また15歳の少年でしかない私に向かって頭を下げていたのだ。
注目を集めないわけがない。
やはりというか、周囲の人々が何事かとこちらを注視していた。
「むう……」
さて、どうしたものか?
私が頭を悩ませていると――
「オイオイオイ、王さまよ、なーに勝手に俺の息子を婿にしようとしてんだよ」
卒業式に出席していた親父殿と母殿が会話に待ったをかけた。
「勇者殿……」
「ダメだぜ王様よ。なんせアームストロング家は恋愛結婚するのが家訓なんだ。王様の娘とうちの息子が恋愛してんならいいけどよ、そーじゃねぇなら黙って見守ってやろうじゃねぇか。子供の恋愛や結婚に口出ししないのが、『良い親父』ってもんだぜ」
「……そうか。いや、そうだな」
国王陛下はそう呟くと、再び私に頭を下げてきた。
「すまなかった英雄よ。私はお主を欲するあまり、お主と娘の気持ちを蔑ろにしていたようだ。さっきの言葉は忘れてくれ」
「はっはっは。そうお気になさらずに」
「そう言ってもらえると助かる。ところで英雄よ、聞くところによるとお主は進路をまだ決めていないとか?」
「おや、誰がそんなことを?」
「王の立場を使って少し、な。そんなことより英雄よ、貴殿が働き口を探しているのならば、私が口をきこうか? 英雄殿ほどの力を持ってすれば、騎士団長にも将軍にもなれるぞ。どうだ?」
国王陛下はそう言い、さりげなく己の配下へと勧誘してくる。
さすがはこの国のトップ。なかなかにやり手ではないか。
「せっかくの申し出なのですが、私は既に進路を決めております」
「なんだと? いったいどんな――」
国王陛下の問いかけに被せるようにして、
「トレーナー! 物件、契約してきたー!」
ガガ(ムキムキ)が声をあげ、嬉しそうな顔で私の方に走り寄ってきた。
「ありがとうガガ。して、どんな物件かな?」
「トレーナーに言われたように広くてキレイな建物契約してきた。これで『とれーにんぐじむ』を開ける」
「おおっ、でかした!」
私とガガは拳を握り、ガツンと打ち合わせる。
肉体関係(筋肉的な意味で)を持つ私たちにだけ赦された、ワイルドな挨拶だ。
「英雄よ、いったいなんの話をしておるのだ?」
「陛下、実は私はここにいるガガとトレーニングジム、即ち体を鍛錬する道場を開こうとしているのです」
「道場だと? 英雄であるお主がか?」
「ええ」
私は驚きの顔をしている国王陛下に大きく頷く。
「やはりボディビルダーとして、マイ・トレーニングジムは夢ですからね。いずれは世界中にトレーニングジムを出店するつもりです。誰もが笑顔で筋肉を鍛えられるように」
「マッスルくんずっと言ってたもんね。『とれーにんぐじむ』が欲しいって」
エリィが呆れたように笑い、隣のリアーナが楽しそうに微笑む。
「マッスルさんの考えた体を鍛える道具、ドワーフの鍛冶職人がつくっているんですよね? 道場が完成したらエリィさんと一緒に通わせてもらいますね」
「えぇっ!? あたしは行かな――」
「一緒に行きましょうよ、エリィさん!」
「も、もー、しょーがないなー。リアーナちゃんがそんなに言うなら付き合ってあげるわよ。というわけでマッスルくん、あたしも通うからよろしくね」
「うむ。ふたりとも大歓迎である!」
「アームストロング君、わたくしも通っていいかしら?」
「もちろんですよスーザン先輩。一緒に筋肉を躍動させましょう!」
「ガガもみんなと筋肉鍛えられの嬉しい。待ってる」
「あーあ、けっきょくみんな筋肉を鍛えるのかー。マッスルくんに乗せられちゃったよ」
エリィがやれやれと首を振り、肩をすくめる。
その仕草がみんなのツボに入ったらしく、私たちは大きな声で笑いあった。
ひとりツボに入らなかった国王陛下が慌てたように割り込んでくる。
「え、英雄マッスルよ! なぜだっ!? なぜ救世の英雄であるお主ほどの者が、街道場なんかでそんなにも満足そうにしておるのだ!? お主が望めばもっと高い地位に就けるのだぞっ? 地位も名誉も思いのままなのだぞっ? それなのになんで――なんで街道場なんかにっ!?」
国王陛下が矢継ぎ早に訊いてくる。
「なぜかですって? ふっ、そんなの決まっているじゃないですか」
私はとびきりの笑みを浮かべ、続ける。
「私がボディビルダーだからだよ」
やっと脳内に常駐していた物語を成仏させることができました。
こんなバカバカしい物語に最後までお付き合いいただき感謝です!