第22話 筋肉、最強に物申すっ! 後編
視界に色が戻ってきた。
四肢を動かし、筋肉に欠損がない確認。
…………筋肉、オールグリーン。
破滅竜が放ったブレスの直撃を受けて尚、私の筋肉には傷ひとつついてはいなかった。
しかし――
『ほう。地虫如きが我のブレスに耐えてみせたか。だが……』
「へっくちゅんっ」
『神の防具は全て塵となったようだな。ククク……』
私はいま、全裸となっていた。
親父殿から受け継いだ、『勇者の盾』と『勇者の鎧』。
母殿とエリィにリアーナ、それとポール氏から付与されていた防御魔法。
人類が持ち得る最高レベルの力を結集した、守護りの力。
それを、破滅竜はただ一撃で打ち破ってみせたのだ。
『さぁて地虫よ、もう貴様を守るものはなにもないぞ。そのような姿になってもまだ我に歯向かうか? それとも惨めに命乞いをするか? どちらにせよ、貴様に待つのは死のみだがなぁ』
「ふむ。『守るものはなにもない』、であるか。どうやら貴殿の目は節穴のようであるな」
『……なんだと?』
「貴殿には見えぬのかな? 私の全身を覆うこの筋肉の鎧が?」
私はやや前傾姿勢を取り、両腕で輪を作り全身に力を込める。
そう。『最も力強い』という意味があるマシュキュラーのポージングを破滅竜に見せつけたのだ。
『……ク、ククク…………阿呆が! 絶望を前にして道化を演じ、赦しでも乞うつもりか?』
「絶望? ふふ、貴殿はひとつ大きな勘違いをしている」
『なんだと?』
「我々ボディビルダーにとって、衣服は拘束具でしかない。にも関わらず、私は『勇者の鎧』を装備して貴殿と相対していた。例えるなら、巨大な鉄球を四肢につけた状態で貴殿の攻撃に耐えていたようなのも」
『…………』
「ボディビルダーの体は繊細であるからして、たった1枚のポージングトランクスであっても筋肉の動きが99.999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999%制限される、とボディビル界隈では云われているのである。それが……いまはどうであるか? いま私は、どんな姿になっている?」
いまの私は、この世界に生まれ出たままの姿であった。
あらゆる意味で剥き出しなのであった。
ステージ上でもお目にかかれない、純度100%の、一糸まとわぬボディビルダーがここに顕現したのである。
『この期に及んでまだほざくかっ! 不遜な地虫めっ! 我の前から消えよ!!』
破滅竜の尻尾が振るわれる。
迫る巨大な尻尾。
だが――
「遅いのである」
私は音すら置き去りにするマッスルダッシュで間合いを詰めると、右の拳を無造作に破滅竜へと叩き込んだ。
右の拳が、オリハルコンより硬い(※ご本人談)と言われた鱗を叩き割り、そのまま深く突き刺さる。
『ぐっ、ぐわぁぁぁぁぁぁっぁあああああああああ!?』
破滅竜が悲鳴をあげた。
『な、なんだ!? なんだコレはっ!? いったいなにが起こった!?』
「ほう……。どうやら貴殿は『痛み』というものを知らなかったようであるな」
『い、痛みだと!?』
「左様。いま貴殿を襲っているその苦しみこそが、貴殿が人々に与え続けてきた『痛み』というものである」
『っ!?』
「不憫であるな。『最強』であるが故にいままで痛みを知らなかったのであるか。ならば――」
こんどは左の拳を破滅竜に叩き込む。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああっ!?』
「私が貴殿に『痛み』を、他者を傷つけることがどんな意味を持つのかっ。その身に刻み込んであげるのである!」
『地虫がっ。調子に――――のるなぁぁぁぁぁッ!!』
「むう!?」
今までとは比べ物にならない速度で前脚が振るわれた。
私は両腕を交差し、クロスアームブロックでこれを受ける。
破滅竜の前脚が両腕の筋肉とぶつかり、私は後方へ大きく弾き飛ばされた。
轟々と破砕音を響かせ、背後にあった巨大な岩石に私の肉体がめり込む。
『殺す! 殺してやるぞ地虫!! 貴様ら地虫は根絶やしにしてくれるっ!! よくも……よくも我にっ、この最強である我の体に傷をつけ――』
のそりと、めり込んだ岩石より体を出す。
右手を首にあて、コキコキと関節を鳴らす。
そして――正面から破滅竜を見据えた。
「10パーセントだ」
『む?』
「いま私が貴殿に見舞った一撃、あれはまだ10パーセントである」
『なっ!?』
「次は20パーセントを御見舞しよう」
私は腕をぐるりと回し、不敵に笑う。
「ふんっ!」
『ぐわぁぁぁぁぁぁあああああああああああぁぁぁぁぁッ』
「次は――30パーセント!!」
『ぎゃぁぁぁぁぁああああああああっ!!』
「40パーセント!! からの――50パーセント!!」
『ほげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええっ!!』
「ふぅ……。そろそろ体が温まってきたのである」
私は腰をぐりんぐりん。
次いで膝を曲げて屈伸など、各部位のストレッチを行う。
「さて、破滅竜殿。次は……60パーセントである」
『させぬ! これ以上はさせぬぞ!! 我は最強なのだ! 我に敵うものなど――』
破滅竜の戯言は聞き流し、私は精神を集中。
筋肉のエキスパートであるボディビルダーは、あらゆる格闘技の動きを見ただけで筋肉の動きを完璧にトレースし、より昇華することができる。
「一子相伝のマッスル流格闘術を受けてみるのであるっ」
腰を落とし、拳を構える。
魅せるための筋肉を、闘うための筋肉へシフト。
そう。私はこのとき初めてフェイティングポーズを取ったのである。
古今東西ありとあらゆる格闘技をベースに作り上げた、一子相伝の『マッスル流格闘術』。
無論、創始者はこの私である。
「マッスル流格闘術! 初伝、奥許し――――パンチッ!!」
私は地を蹴り、拳を破滅竜に突き刺す。
『ぎゃああああああああああああああああああああああああああっ!!』
「まだまだぁ! 次は70パーセントであるっ。マッスル流格闘術! 中伝、奥許し――――パンチッッ!!」
『ぐううぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
「80パーセントォッ! マッスル流格闘術! 奥伝、奥許し――パンチィッッッ!!!」
『ぐっぎゃぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああっ!!』
「まだまだこれからであるっ! はぁぁぁぁぁぁぁあああっ!! 90パーセントォォォ!! マッスル流格闘術! 極伝、奥義ノ極――――パンチィィィッッッ!!」
『ぐはぁぁぁぁぁぁあぁあああっ!!』
破滅竜がその巨体で地面を転がり、のたうち回る。
やがて、荒い息を吐き、口から大量の血を流しながらもその巨体を起こす。
恐れと怒りが入り混じった双眸が、私に向けられた。
『何故だっ!? 何故だぁぁぁぁっ!! 我は最強なのだぞっ! この世界で何よりも強い存在なのだ! その――その我をっ、貴様は最強の我よりも強いと云うのかっ!?』
「フッ、何を言うかと思えば、そんなことであるか」
『っ!?』
「破滅竜殿、貴殿に衝撃の事実をお教えしよう……」
私は大きく息を吸い込み、叫ぶ。
「筋肉を鍛えまくった私が異世界で最強なのは当たり前のことであるっ!!」
『っっ!?』
「なぜならっ、我々ボディビルダーにとって『最強』などというものはただの通過点! 筋肉を鍛えていれば誰もが自ずとたどり着く場所でしかないのであるっ!!」
『っっっ!!!!!?????』
「最強を誇る? フッ、バカバカしい。最強なんてもの…‥ボディビルダー界隈にはいくらでもいるのであるっ!」
『最強が――いくらでもだとっ!?』
「然り。だが貴殿と違い、ボディビルダーは『最強』などというチンケなものに毛ほどの興味も持たないのである。なぜならっ!!」
私は目を見開き、私が――全ボディビルダーが目指す先を破滅竜へ告げる。
「我々ボディビルダーが目指すのはいつだって『最高』。最強の遥か先に在る最高を目指しているのである!! 最強などというチンケな存在に満足し、その場に留まり続ける貴殿が――最高を目指すボディビルダーの私に敵うはずもなしっ! そんなのは当たり前のことであるっっっ!!」
『う、うわ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああっ!!』
私の気圧された破滅竜が上空へと飛び上がる。
雲よりなお高い空の彼方。
『認めぬっ! 我は我より強いものの存在など認めぬぞっ! 我の全身全霊を込めたブレスで、貴様を大陸ごと消滅させてくれよう!!』
翼を広げた破滅竜が私を必死の形相で見下ろす。
『如何に貴様でも翼がなくば空にいる我に拳は届くまいっ! 地虫が! 地虫がっ! 地虫は地虫らしく天にいる我を見上げ、地に這いつくばったまま死ねいっ!!』
破滅竜の顎門が大きく開かれる。
顎門の正面に幾何学的な魔法陣が現れ、途方もないほど膨大な魔力が収束していく。
破滅竜が放つ、全力の一撃。
ならばボディビルダーとして応えぬわけにはいかない。
「ふんっ!!」
私は跳躍して破滅竜の頭上へと飛び上がる。
本気を出したボディビルダーの垂直跳びは、優に成層圏すら超えることができるのだ。
前世で初めて月に降り立ったのがニール・アームストロングならば、今世で最初に月に降り立つのはこのマッスル・ジョー・アームストロングにおいて他にない。
そんなのは当たり前のことである。
『なんだとっ!?』
驚愕に目を見開く破滅竜。
しかしながら、流石は破滅竜といったところか。
どんなに驚愕しようとも、顎門は私を捉えたままだ。
私は破滅竜の全力に応えるべく拳を握りしめた。
100パーセントを出す。
口で言うのは簡単だが、いざ実行に移すとなるとこれが非常に難しい。
なぜなら、人間の脳には100パーセントの力を出さないよう常にストッパーがかかっているからだ。
このストッパーを外すには、表層意識である『私』と、深層意識にいる『もうひとりの私』がシンクロしなくてならない。
私は目をつむり、深層意識にいるもう『ひとりの私』に語りかけた。
「リトルマッスルよ! マキシマムでいくぞ!!」
リトルマッスル『OK、マッスル』
かくて、もうひとりの私は応えた。
表層意識と深層意識。
このふたつの意識が同じ方向を向き、遂に私の筋肉が100パーセントの力を出す時がきたのだ。
『マッスル、マキシマムモードへ移行』
「了解である!」
『シックスパックライン、全段直結』
キュインキュイン……(※筋肉が収縮していく音)
『パンチングフォーム、ジョイント、ロック』
キュインキュインキュイン……(※筋肉が収縮していく音)
『ヒッティングマッスル、正常加圧中』
キュインキュインキュインキュイン……(※筋肉が収縮していく音)
『各ジョイント、回転開始』
キュイィィィィィィィィィッ(※筋肉が収縮しまくってる音)
『………………打てます』
「終わりにしよう。破滅竜殿」
『うおおおおおおっ!! 地虫がぁぁぁぁぁあああああっ!!』
破滅竜が渾身のブレスを放った。
光の奔流が私に迫る。
私は光の奔流に向かって拳を放ち――
『馬鹿なっ!? 我のブレスが掻き消えただとっ!?』
ブレスを消滅させるも私の拳の勢いはいささかも衰えず、そのまま拳を破滅竜の眉間に叩きつけ――
「私の全力――――持っていけえぇぇぇぇぇいい!!」
『ぐわぁぁぁぁぁぁあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああっ!!』
私の拳を受けた破滅竜が大気摩擦で身を焦がし、流星のように堕ちていく。
そして――
星が震えた。
破滅竜が墜落した地点を中心に半径数キロにも及ぶ強大なクレーターが生まれ、遠くの山々が噴火し、溶岩が溢れ出てきているのが見える。
その光景はあたかも大地が――この星の全てが私の筋肉に興奮しているかのようであった。
「ふむ」
私は大地に着地すると、クレーターの中心――破滅竜へと歩み寄る。
『ぐ……が……』
「……ふう。よかった。無事であったか破滅竜殿」
『きさっ、貴様……何故……これほどの力……を?』
「なぁに。大したことではない。日々欠かさず筋肉を鍛えていたに過ぎんさ」
『最……強の……我が……ガハッ』
破滅竜が吐血する。
出血量が尋常ではない。
これはまずいと思いたち、私は直ちにヒール(小)をかけて破滅竜の傷を癒やす。
『…………』
「うむ。回復してなによりなのである」
『…………』
「おや? 破滅竜殿、なにか言いたそうな顔をしているが、私になにか?」
『何故……我を助けた? 我は貴様ら地虫――ニンゲンの敵なのであるぞ』
「はっはっは、ナイスジョーク。貴殿は、もう敵などではないのである」
『っ……貴様が我を打ち倒したからか? 我如きは敵ですらない、と。そう申すか?』
「ノンノン」
私は首を振り、破滅竜に笑顔で語りかける。
「貴殿の顔を見ればわかる。いまの貴殿は、私と戦う前の貴殿とは違うのである」
『違う……だと?』
「ええ。いまの貴殿は『痛み』を知った。痛みがどれほど苦しいものかを知ったのである。であれば……もう無益な殺生はしないのではないかな?」
『っ……』
「フッ、それでも退屈だと言うのであれば、貴殿も私のように筋肉を鍛えてみるといい。筋肉を鍛えるということは、それ即ち己との戦い。退屈なんて感じる暇もないのである」
『ク……ククク……なんとまあ、だが……そうか。我より強者がいたか』
「私などまだまだである」
『何を謙遜する。我を打ち倒す程の力を持っているだろうに』
「私はまだ13歳。10年後には最低でもいまの100000000倍は強くなっている予定である」
『なん……だと!? クク…………カーッカッカッカ!! やめだやめ! ニンゲンと戦うのはもうやめだ。貴様のようなモノがいては、命がいくつあっても足りぬではないか』
破滅竜は大いに笑い、やがて、出会った時とは違う澄んだ眼差しを私に向ける。
『ニンゲン、もう一度名を聞かせてもらえるか?』
「私の名はマッスル。マッスル・ジョー・アームストロングである」
『そうか、マッスルよ、最強である我を唯一打ち負かした『最高』のニンゲンよ。どうか我と友になってはくれぬか?』
「もちろんですとも。一度筋肉をぶつけ合えば、それはもうダチンコなのである。破滅竜殿、今後とも宜しく頼むのである!」
私は右手を差し出す。
『む?』
「これは『握手』というものである。人が親愛を示す行為のひとつなのである」
『そうか……。これでいいのか?』
私は破滅竜が伸ばしてきた右前脚を掴み、ぶんぶんと上下に振る。
「これで私と破滅竜殿は、ダチンコなのである!」
『ク……ククク………カーーッカッカッカ!』
「ふふふ……あはははははっ」
私と破滅竜はお腹がよじれるほど笑いあった。
戦いで荒れ果てた荒野を照らす、茜色の夕日がとてもきれいだった。