第19話 筋肉、疾走するっ!
『ガオガー!! グルガァァァ!!(兄者ー!! 兄者―!!)』
『グルゥガァ!! グルガァァ!!(兄さま!! お久しゅうございます!!)』
『グガァガッガッガ(ハッハッハ! ハッハッハ! 久しいな弟妹達よ)』
王都の東門前で、私はじゃれついてくる弟妹(クマの方)たちとの再会を喜んでいた。
学園の塔の上から背の高い建物目掛けてジャンプを繰り返して移動し、私の指示で王都の東門前で行儀よく待っていた弟妹(クマの方)たちと合流を果たす。
実に、11年ぶりの再会であった。
『ガオガー!!(会いたかったぞ兄者!)』
『ガオンガオン!!(わたくしもです兄さま!!)』
『ガッガッガ。グガグッパオン(よせよせ、くすぐったいではないか)』
出会ったときと同じようにじゃれついてくる弟妹(クマの方)たち。
あの時と違うのはサイズぐらいか。
特に弟なんか、母上よりも大きくなっていた。
オスはメスよりも体が大きくなるもの。
そんなのは当たり前のことである。
「ま、マッスル!? なにしてる! 危険だ! 『深淵なる幻獣』から離れるんだ!!」
東門から、親父殿を含めた『セクロスピストルズ』の面々が王都の外へ出てきた。
どうやらマッスルジャンプを繰り返すうちに、いつの間にか抜き去ってしまっていたらしい。
「マッスルこっちへいらっしゃい!」
母殿が悲鳴にも似た声音で叫ぶ。
「親父殿、母殿、心配ご無用。この存在たちと私は義兄弟の契を交わしています。攻撃の意思はないので安心してください」
「どういう……ことだ?」
「マッスル、説明してもらえるかしら?」
「ええ、もちろんです」
私は親父殿と母殿、それと両親の友人たちであるセクロスピストルズの方々に、
「あれはそう、親父殿と母殿にとっては私の空白期間のときのことです。当時の私は――――……」
もうひとつの家族のことを話しはじめた。
まだ乳飲み子だった頃、いちゃつく両親に気づかれぬまま鷹に攫われたこと。
鷹を仕留め、弟妹(クマの方)たちとボディビル勝負をしたこと。
母上と引き合わされ、実の子と同じように育てられたこと、などなど。
みな、0歳児の胸がパチパチするドキドキアドベンチャーは衝撃だったようだ。
鷹に攫われたくだりで親父殿と母殿は気まずそうに顔を伏せ(他の四人は批判的な目で両親を見ていた)、ボディビル勝負の部分でみな一様に首を傾げていた。
「そういうことだったのか。まさか『深遠なる幻獣』がマッスルを育ててくれたなんてな……。感謝しかねぇや」
「そうですね、あなた」
親父殿の言葉に母殿が頷く。
「それでマッスルよ、このでっかい弟熊と妹熊はなにしにお前に会いに来たんだ?」
「おっと、これはうっかり。そういえばまだ理由を聞いていなかったのである」
「訊いてみてくれ」
「承知」
親父殿に促され、私は弟妹(クマの方)たちにここに着た理由を問い、また、親父殿たちに向かって同時通訳をはじめる。
『ガウガウガー。ッガッガグルルゥ(いったいなぜ私を探していたのかね?)』
『ガルォガァッ! グガァァァ!(そうだった! 兄者、大変だ!)』
『グガ?(む?)』
『グガァ! グガアァァァ!!(兄さま! 母さまが死にそうなんです!!)』
『ガ、グガルゥ!?(な、なんだとっ!?)』
『ガルル! グガーガー。グルガァァァァグガァ?(母者が兄者に会いたがってるんだ。巣立っていった兄者に戻ってきてくれなんて言うのが間違っていることは重々承知の上だ。頼む兄者……母者が死ぬ前に会ってやってくれないか?)』
『グガァ……グガガァ(兄さま……最期に母さまに会ってやってくださいまし)』
『ガァ……(お前たち……)』
私は涙で肩を震わせる弟妹たちをメンタル重視で抱き寄せる(※サイズ的に無理があったので)。
そして私は、
『グガァ。グルガァァァ!(当然だ。母上の下へ急ぐぞ弟妹たちよ!)』
と言って大きく頷く。
『グガーガー、ガァオォォン!(そうと決まれば兄者、俺の背に乗ってくれ!)』
『グルゥーガー(わかった)』
そう言い、弟の背に乗ろうとした私に、
「マッスル! どこにいくつもりだっ?」
親父殿から待ったの声がかかった。
「親父殿、それに母殿も、私はこれから幼児の私を育ててくれた母上に会いにいきます。もう……あまり時間がないそうなんです。どうか止めないでください」
私の言葉を聞いて、親父殿と母殿は互いに顔を見合わせ、同時に頷く。
「マッスル、でっかい弟の背中にはまだ空きがあるよな? 俺たちもいくぜ」
「親父殿……しかし――」
「いけませんよマッスル。あなたを過剰なまでに逞しく育ててくれたもうひとりのお母様にお礼を言いにいくのは、実の母親として――親として当然のことなんですからね」
「………わかりました。親父殿、母殿、好きな場所に乗ってください。弟の背中は、ほらこの通り、嫌になるほど広いですからね」
「おう。そんじゃ邪魔させてもらうぜ。さあ、ナンシーも」
「ええ。…………うわぁ、まさか『深遠なる幻獣』の背中に乗る日がくるなんて、思ってもみなかったわ」
「おいおいシド、まさか家族だけでいくつもりじゃないよな?」
「ジョニーたちも来るか?」
「へっ、そうこなきゃな――っと」
「オイラもいくよー!」
「なら……僕も同行しよう」
「やれやれ、この稀代の大魔導師であるわたしをおいていくつもりですか? わたしもいきますよ」
弟の背にセクロスピストルズのみなさまが乗り込む。
さて、そろそろ私も乗ろうか、と思ったところで、
「マッスルくーーーーん!」
「マッスルさーーーん!」
「トレーナーーーー!!」
「アームストロングくーーーーん!」
「「兄さーーーーん!」」
エリィにリアーナ、スーザン先輩にガガ、それに弟妹(人間)たちもやってきたではないか。
「アームストロング君、事情は理解しましたわ。わたくしたちも同行させてもらいますからねっ!」
スーザン先輩が有無を言わせぬ様子で言い放つ。
ここでやいのやいの揉めるのは時間のムダである。
私は一刻も早く今際の際にいる母上に会わなくてはならないのだ。
そんなのは当たり前のことである。
「よし。みなで行こう!」
こうして、私たちは弟の背に乗り走り出すのだった。
懐かしき、母上に会うために。
◇◆◇◆◇
私たちは弟の背に乗り地を駆けていた。
130メートルの巨体が全力で疾走しているのだ。
馬どころかどんな騎獣よりも遥かに速かった。
しかし――
「ぬう……。まだか。まだつかないのか」
私は母上のことが気になりすぎて、弟の速度を持ってしてもひどく遅く感じてしまっていた。
「このままでは着くのは深夜になってしまう」
いてもたってもいられず、私はすっくと立ち上がる。
「マッスルくん、立つと危ないよ。ちゃんと毛に掴まってなきゃ」
「エリィ、私のことは気にしなくていい。それよりもしっかり毛を体に巻き付けておくんだ。振り落とされないようにな」
「う、うん」
エリィが弟の体毛を腰のあたりにしっかりと結ぶ。
「それでいい」
弟に乗り込んだみなの安全を確認したあと、私は、
「ふんっ!」
その背から飛び降りた。
『グガァ!? (兄さま!?)』
『グガァ!? グルゥゥ――(兄者!? いったいなにを――)』
『ふたりとも、私の背に乗れ!!』
『『ッ!?』』
『兄者……正気か?』
『無論だ。兄に二言はない』
『兄さま、兄さまが潰れてしまいます!』
『フッ、兄を舐めるでない。ふんっ』
『おわぁ!?』
私は弟を片手で持ち上げてみせる。
『兄さま……すごい……』
『ほら、平気だろう? 申し訳ないがお前たちでは足が遅い。私がお前たちを背負い走ろう。さあ、早く私の背にっ!』
『お、おう』
『わかりました』
私の背に弟が起用に乗り、弟の背に妹が乗り、更にその背に血の繋がった家族やエリィたちとセクロスピストルズの皆さま方が乗る。
フフ、まるで前世で幼き日に読んだブレーメンの音楽隊のようではないか。
前世での幼き私は、皆を支えるロバの強靭さに強く憧れたものだ。
『よし! 走るぞ!!』
『兄者、無理はしないでくれよ!』
『兄さま! いつでもわたくしが代わりますからねっ』
『フッ、ボディビルダーにはこれぐらいの負荷がかかっているぐらいがちょうどいいのだよ。では……ゆくぞ!!』
背に皆を載せた私は、さしずめブレーメンのマッスル隊といったところか。
だが、よくよく考えてみればブレーメンはドイツの都市の名称であるため、私はブレーメンのマッスル隊には決してなれないのだ。
そんなのは当たり前のことである。
「マッスルダーーーッシュ!!」
私は走り出した。
『疾い! 疾いぞ兄者! 俺より遥かに疾い!!』
『当然だ。私は長兄なのだからな。いいか? しっかり掴まっておくのだぞ。いまから……『音の壁』を超える』
私は更にスピードをあげた。
いい感じに体が温まってきたことにより、筋肉がほぐれてきたからだ。
『へ? 兄者、オトノカベとはいった――へぷっ』
ドンッ!!
私は脚は音速を軽々と超え、音の壁を力任せに突き破る。
周囲に衝撃波を撒き散らしながら、私は一心不乱に駆けた。
街道から外れていたため、周囲に人がいなかったからこそ全力を出せる。
そんなのは当たり前のことである。
かくて、私は日が沈む前に懐かしきもうひとつの故郷である森へとたどり着いた。
森の深層部。
そこに、母上が血まみれで横たわっていた。