第18話 筋肉、卒業式に出席するっ!
季節は巡り、今年も別れの季節がやってきた。
「マッスルくん、スーザン先輩……かっこいいね」
「うむ。さすがは学園の主席卒業生。凛々しい姿であるな」
ここは学園のグラウンド。
広いグラウンドにはいま、学園から巣立っていく卒業生と、それを見送る私たち在校生。それにご来賓の方々がいた。
そう。今日は卒業式なのである。
スーザン先輩は卒業生たちの先頭に座し、背筋をピンと伸ばしている。
その顔は自身に満ち溢れ、正に主席の名に恥じない威風堂々とした振る舞いであった。
卒業生も在校生も私語は厳禁。
なぜなら、ご来賓の方々のネームバリューが凄まじかったからだ。
優秀な人材を育てる育成機関として王国が援助しているため、卒業式と入学式には毎年国王夫妻と――
「そんなわけで、俺の跡を継ぐ『勇者』がお前たちの中から出てくることを祈ってるぜ。俺の話は以上だ。これからもガンバレよ」
『勇者シド様の祝辞でした。卒業生起立! 礼! 着席!』
なんと私の両親がゲストとして招かれているのだった。
親父殿はかつてこの王国を魔王の手から救った勇者で、母殿はその背を支えていた大神官。
この王国の――とりわけ、この学園の生徒たちから絶大な人気を得ている英雄なのである。
卒業生と在校生の拍手を受けながら、親父殿が壇上から降りる。
もうそろそろ卒業式もクライマックスのようだ。
「卒業生、起立」
スーザン先輩の掛け声のもと、卒業生たちが一斉に立ち上がる。
「本日、わたくしたちは希望に胸を膨らませ、当学園を巣立っていきます」
しんとした会場にスーザン先輩の美声が響く。
「瞳を閉じると、5年間の思い出がまるで昨日のことのように蘇ってきますわ」
しばしの間を置き、再びスーザン先輩の美声が響く。
「緊張した、」
「「「「「入学式っ!」」」」」
「繰り返し練習した、」
「「「「「剣術や魔法っ!」」」」」
「不安で眠れなかった、」
「「「「「野外自習っ!」」」」」
「常軌を逸した、」
「「「「「「「「「「筋肉っ!!」」」」」」」」」」
「みんなみんな、素敵な思い出ですわ。在校生のみなさん、わたくしたちは旅立ちのときを迎えました。今度はあなたたちの番です。より素晴らしい学園にしてくださいな。卒業生代表、スーザン・ボイ・ルートン」
わっと、会場中から歓声と拍手が沸き起こった。
スーザン先輩は優雅に一礼し、着席する。
『では最後に、旅立つ卒業生のみなさんに国王陛下からお祝いのお言葉を――――え? な、なんですかあなたはっ!? 今は卒業式のさいちゅ――』
司会進行を努めていた男性教師から、突如乱入してきたボロボロの兵士がマイク(音声を拡散する魔法道具)を無理やり奪い取る。
ボロボロの兵士はマイクを握ると、ただ一言こう言ってきた。
『みんな逃げろーーーーー!! いますぐここから――王都から逃げるんだ!!』
これに驚いたのは国王陛下だった。
なにせ自分の見せ場を奪われたのだ。
憤るのも致し方なし。
そんなのは当たり前のことである。
「いったい何事だっ!?」
国王陛下は声を荒げ、ボロボロの兵士に問い詰める。
「陛下! 陛下も急ぎお逃げください」
「だから何事かと訊いておる。説明せよ!」
「ハッ!」
ボロボロの兵士が跪き、絶望に満ち満ちた声音で説明をはじめた。
「陛下……『深遠なる幻獣』が現れました」
「な、なん……だと。ま、真かっ!?」
「はい。私は『深遠なる幻獣』の来襲を王都に知らせるために東の国境から転移魔法でここに送られてきました。『深遠なる幻獣』は国境を超え、真っ直ぐここ、王都を目指しています。今のうちに避難なさってください」
「なんてことだ……」
国王陛下が崩れ落ち、膝をつく。
どうやら只ならぬ自体のようであった。
「よう兵士さんよ、『深遠なる幻獣』はいつここに着く? 俺たちにはあとどれぐらい時間が残されている?」
そう兵士に問いかけたの親父殿だ。
「勇者殿……。進行速度から察するに、今日の夕刻にはここに着くかと思われます」
「そうかい。……ちっくしょう、もうあんま時間がねぇじゃねぇか」
「あなた……」
「ああ、わかってる」
親父殿と母殿が目配せをし、頷きあう。
「王様よ、あんたたちは逃げてくれ。もちろん、王都の住民も連れてな」
「勇者、お主……」
「ほら、立った立った。膝をついてる時間なんざないぜ。急ぐんだ」
「しかし勇者よ、お主らは――」
「安心しな、『深遠なる幻獣』は俺が足止めする。まあ、さっすがに相手は『深遠なる幻獣』だ。倒すなんて口が裂けても言えねぇが……なんだ、命がけで足止めぐらいはしてみせるさ」
「勇者……すまぬ」
「気にすんなよ。俺は『勇者』だからな。自分の役目を果たすだけだ。ほら、そうと決まれば行った行った。もうとっくに昼は過ぎちまってんだ。夕刻なんてあっという間だぜ」
「うむ。ルートン王国の国王として、民は必ず守ってみせる。皆の者、ゆくぞ!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
国王陛下が直属の騎士団を連れ教師に何事か伝えてから、足早に会場を後にする。
避難指示を出すため、一度城に戻ったのだろう。
『生徒とご来場のみなさん! 聞いてのとおりです! 王都から避難しますので冷静に行動してください。まずは一年生から――――……』
アレクサンドラ教師がマイクを使い、次々と指示を出していく。
会場は、にわかに騒がしくなった。
「ま、ま、マッスルくん! 『深淵なる幻獣』が王都に向かってるんだって!! どうしよう……ねぇ、どうしよう!!」
エリィの慌てっぷりがパない。
ガクガクと震え、目には涙をいっぱいに浮かべていた。
「エリィ、その『深淵なる幻獣』とはいったい何者なのかな?」
「知らないのっ!? 7人の魔王を統べる大魔王よりずーっと強い幻獣なんだよ!! 授業で習ったでしょ! この世界の触れてはならない禁忌のひとつ、って!!」
「ふむ。生憎と私は筋肉のこと以外はあまり興味が持てなくてな……きれいさっぱり憶えていないのだ」
「もうっ! マッスルくんがやっけたカオス・マンティスがSSSランク。7人の魔王がSSSSSSSランク。その上に立つ大魔王でもSSSSSSSSSSランクって言われてるの。でもね……『深遠なる幻獣』はSSSSSSSSSSSSSSSSSランクもあるのよ!」
「ふむ。SSSSSSSSSSSSSSSSランクであるか……」
「もーっ。『S』が2個も足りないよ! SSSSSSSSSSSSSSSSSSランクって言ったでしょ!!」
「おっと、それは失礼した」
「まったくー」
エリィがご機嫌斜めちゃんだ。
それだけ緊急性が高い事態なのだろう。
人類の天敵である大魔王よりもなお強い存在。
きっと、この世界においてロールプレイングゲームにおける裏ボスのような存在なのであろう。
「マッスル」
「親父殿、母殿……」
私を見つけた親父殿と母殿が近づいてくる。
「マッスル、お前を抱きしめていいか?」
「親父殿? 私は一向に構わぬが――おっと」
言い終わらぬうちに、親父殿が私を抱きしめてきた。
生憎と腕は背中まで回りきらなかった(※筋肉量が多いため)が、それでも強い想いが伝わってくる。
「マッスル、お母さんにもあなたを抱きしめさせて」
親父殿に続き、母殿も私を抱きしめてきた。
「いいかマッスル? 親父として長男のお前に頼みがある」
「なんでしょう?」
「マッスル、ミーガンとリズのこと任せたぜ」
「マッスル、あなたはお兄さんなんだから、弟のミーガンと妹のリズを守ってあげてね」
「親父殿……母殿……」
なんなんだこれは?
これではまるで――
まるで――
――別れの言葉みたいではないか。
私から手を放した母殿は、隣に立つエリィをも抱きしめる。
「エイドリアンちゃん、マッスルのこと……よろしくね」
「おばさま……」
「我が子ながら筋肉にしか興味のないちょっと残念な子だけど、いい子だから。マッスルと……ずっと仲良くしてあげてね」
「……はいっ」
想いの込められた母殿の言葉に、ぞれ以上の想いを込めてエリィが返事をする。
「マッスル、お前の偉大なる親父様からの命令だ。……強く生きろよ」
「マッスル、元気でね」
親父殿と母殿はそう言い、強い意志を宿した表情で王都の東側に視線を投げた。
「さて、往くかナンシー?」
親父殿が言い、
「ええ、あなたとならどこまでも」
母殿が答える。
そして夫婦仲睦まじく手をつなぎながら歩き出そうとしたその背に、
「シド、ナンシー、お前たち二人だけでいくつもりか?」
不意に声がかかった。
「お前は……ジョニー」
「久しぶりだな、二人とも。『深淵なる幻獣』と踊りにいくんだろ? オレも一緒に連れてってもらおうか」
そう言ったのは、豪華な鎧に身を包んだ大柄な騎士だった。
胸にはルートン王国の紋章が描かれている。
「ジョニー、お前はこの国の将軍だろ? 仕事投げ出してんじゃねーよバカ」
「そう言うな。それに陛下より賜った剣はお返ししてきた。オレはもう将軍でも騎士でもない。お前たちと一緒に無茶やった『荒くれジョニー』に戻ったのさ」
「……ったく、この大バカ野郎が。死んじまうぞ?」
「それはいい! 黄泉の国で歴戦の猛者と剣を交えるのが楽しみだ」
豪快に笑い、ジョニー氏は親父殿の右隣に並び立った。
まるでそこが、自分の定位置であるかのように。
「3人とも待ってよー! オイラもいくってばよー!!」
「……スティーヴ」
「僕もいますよ」
「グレン!」
「やれやれ、どうやらわたしも同行せねばならぬようですね」
「ポールまで!?」
続々と集まる中年男子たち。
彼らからは古強者のオーラが溢れ出ていた。
おそらくは、そう。
この6人こそが、かつて魔王を退けたといわれる生ける伝説の勇者御一行様なのだろう。
なによりまとっている雰囲気やオーラが違う。
戦闘の素人である私がひと目でわかるほどだ。
「ままま、マッスルくん! 勇者さまたちが揃ったよ! 史上最強のパーティ『セクロスピストルズ』の再結成だよ!! すごいっ」
「うむ。そのようだ」
これにはエリィも大興奮。
鼻息が荒くなってスピスピ鳴っている。
「ったくよ、勇者パーティは大バカしかいないのかよ」
「一番の大バカであるお前には言われたくないな」
親父殿をディスってくれるジョニー氏に鉄拳制裁を加えたい衝動に駆られるが、私はそれをぐっと堪える。
元日本人として、空気は読まなくてはならない。
そんなのは当たり前のことである。
「仕方ねぇ……そんじゃ、いきますか」
「はい、あなた」
「久方ぶりに全力が出せる」
「オイラ、みんなとまた一緒に戦えて嬉しいなー」
「僕の全てを……『深遠なる幻獣』に叩き込んでやる」
「やれやれ、また杖を振るうことになるとは……人生はわからないものですね」
東に向かって歩き始める勇者御一行。
そのときだった。
「あなたっ、あれを見てください!」
「ん? ――んなっ!? 『深遠なる幻獣』がもうあんなところまでっ」
「待てシド! なんか2体いないか? それともオレの見間違いか?」
「オイラにも2体いるように見えるなー」
「これは……困ったね」
「やれやれ、1体で大陸を滅ぼせる幻獣が、もう1体とは……」
王都の東側から強大な影がふたつ、こちらへ近づいて来てくるのが見えた。
「マッスルくん……」
強大な影を見たエリィが私の制服を握る。
「エリィ、あれが……SSSSSSSSSSSSSSSSSSランクの『深遠なる幻獣』か」
「うん。あの大きいのがSSSSSSSSSSSSSSSSSSランクの『深淵なる幻獣』だよ」
強大な影はみるみる近づいてきている。
夕刻どころか、ティータイム前に王都に到着しそうな勢いだ。
「くっ、マッスル! ミーガンとリズを探し出してすぐに逃げろ!!」
親父殿が叫ぶ。
双子の弟妹であるミーガンとリズも同じ学園に通っているから、このグラウンドのどこかにいるはずだ。
しかし――
「うわぁぁぁぁぁ~~~~ばけ、バケモノだ~~~~~!!」
「にげろーーーーーー!!」
「せんせーーーー! せんせぇぇぇぇぇぇ!!!」
強大な影がまる見えになったことにより、グラウンドは大パニック。
押しくらまんじゅう状態であった。
「お前たち! 急ぐぞ!!」
「「「「オウッ!!」」」」
「命を捨てて『深遠なる幻獣』を押し留めるぞ!!」
「「「「オウッ!!!」」」」
親父殿たちが駆け出す。
『グガァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!』
凄まじい咆哮があがった。
空気がビリビリと震える。
『深遠なる幻獣』が咆哮をあげたのだ。
「む? いまのは……」
「マッスルくん! ミーガンくんとリズちゃん見つけたよ!」
「「兄さん……」」
エリィが私の弟妹を見つけ、手を繋いで確保している。
その後ろには、弟妹探しを手伝ってくれたのか、リアーナとガガの姿もあった。
「マッスルさん、いまスーザン先輩が生徒たちを落ち着かせ避難させています。わたしたちも行きましょう」
「トレーナー。はやく逃げよう」
リアーナとガガが王都から離れるよう急かしてくる。
しかし、私は片手をあげてそれを制した。
「ふむ。どうやら、逃げる必要はなさそうだ」
「マッスルくん、どういうこと?」
「フッ、それはな……ハァッ!!」
私は落ちていたマイクを拾い、跳躍。
学園で一等高い建物である、鐘が吊るされている塔の上へと降り立つ。
開けた視界の先、そこには『深遠なる幻獣』の姿がハッキリと見て取れた。
『ガアア! グガァァァァァァァァ!!(兄者ー! 兄者はどこだーー!!)』
『ガオオオォォォンッ!!(兄様ー! 兄様はいずこにおわしますのーーー!!)』
体長100メートルに達した義妹と、130メートルに達した義弟。
なんという巡り合わせだろうか。『深遠なる幻獣』の正体は、乳幼児時代を共に過ごした私の家族たちだったのだ。
私は大きく息を吸い込み、マイクロフォンを握りしめて声を張り上げた。
『ガオッガオガァァァァァァッ!!(弟よ! 妹よ! 私はここにいるぞーーーー!!)』