第17話 筋肉、弟子を育てるっ!
スーザン先輩の働きかけにより、ガガは寮の小間使いとして働かせてもらえるようになった。
獣人は蔑みの目で見られることも多いと聞くが、この国の王女殿下であるスーザン先輩と、同世代では次元が違う筋肉量を誇る私と親しくしているため、逆に周囲から一目置かれているようだった。
ガガはがんばり屋さんであった。
日が昇る前に目を覚まし寮の掃除をはじめ、空いた時間で厨房で私達寮住みの学生たちの食事をつくる。
当初は距離を置いていた学生たちもガガのひたむきさに心打たれたのか、いまでは誰も彼もがガガと親しげに話している。
行動というものは、時に言葉よりも雄弁に語るものだ。
そんなのは当たり前のことである。
ガガをテイクアウトしてから一ヶ月。
そろそろ新生活に慣れてきたなと感じた私は、彼女を放課後の裏庭に呼び出していた。
「ガガ、どうやらみなと馴染んでいるようだな」
「ぜんぶ……ご主人さまのおかげ」
「いや、ガガ自身の頑張りによるものだ。さて、今日呼び出したのは他でもない。ガガの『呪い』についてなのだが……」
「っ……」
ガガが身を強張らせるのがわかった。
「たしか、『身体能力半減』の呪いにかかっているのだったな?」
「…………うん」
ガガがこくりと頷く。
「生まれたときから……ガガこの呪いにかかってた。レデイの里も……呪いのせいで追い出された」
ポツリと、衝撃の過去をカミングアウトしてくる。
なるほど、な。そんな理由で故郷から遠く離れたこの王都にいたわけか。
ガガにとって『呪い』とは、己の人生を捻じ曲げた忌むべきものでしかないのだろう。
「ガガ、獣人なのに人間族より力弱い」
「うむ」
「ガガ、獣人なのに人間族より足遅い」
「うむ」
「ガガ、獣人なのに人間族より……人間族より……」
ガガの瞳から涙が溢れ出る。
呪いがコンプレックスとなり、獣人としての誇りを持てず心を蝕んでいるようだった。
「もういい。もう、泣かなくていいのだガガよ」
私はガガに近づき、優しくその頭を撫でる。
「ご主人さま……」
「前に言っただろう? 私がその呪いをなんとかしてみせると」
「……え?」
「いいかね? ガガよ、たたったいまこの瞬間より私は君を鍛え始める」
「きた……える?」
「そうだ。身体能力が半減に成る呪い? フッ、そんなもの――」
私は自身に満ち溢れた笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「筋肉を鍛えればいいだけじゃないかっ!」
「っ!?」
「そうと決まればトレーニングを開始するぞ。いまから私のことは『ご主人さま』ではなく、『トレーナー』と呼び給え」
「と、とれーなー」
「ふっ、少しむず痒いが……よい響きだな。さあ、はじめるぞ。私がガガをしっかりボディメイクしてあげよう」
「お、お願いします」
「よし! ではまず基礎的なトレーニングとしてスクワットからはじめるとしよう。さあガガ、私と同じように動き給え」
「う、うんっ」
「ではいくぞー! いーち、にー、さーん、深くだ。深く腰を落とすのだ」
「うんっ!」
こうして、ガガが私のトレーニング仲間に加わったのだった。
◇◆◇◆◇
時が流れるのは早いもので、私がガガを鍛え始めて半年が過ぎた。
私が編み出した筋肉トレーニングと回復魔法を複合させた『マッスル流トレーニング』の指導をマンツーマンで受けたガガの筋肉は、トレーニングを開始して三ヶ月ほど経たあたりからメキメキと頭角を表しはじめ、また、獣人としての血故か、たった半年で見違えるほど逞しい肉体へと変貌していた。
150センチ程度しかなかった身長もすくすくと伸び、いまでは190センチはあるように見える。
190センチの骨格に『マッスル流トレーニング』で育った筋肉が搭載され、目算による体重は120キロほどだろうか?
バトルサイボーグと呼ばれていたフランス人格闘家と同じような体格をしている。
可能ならガガから体重を訊き出したいものだが……女人に体重を訊くのは失礼に当たる。
そんなのは当たり前のことである。
いかに私がトレーナーといえども、ガガから体重を訊き出すことにためらいを憶えてしまうのだ。
「トレーナー。いま戻った」
「うむ。お帰りガガ。今日は冒険者資格試験の日だったな。結果はどうだったかね?」
ガガは住み込みで寮で働きつつも、将来を見据えて冒険者の資格を取得しようと頑張っていた。
今日はガガの今後を左右する、ある種人生の分岐点ともいえる冒険者資格試験の日。
ガガと肉体関係(※筋肉的な意味で)を築いてきたトレーナーとしては、合否が気になってしかたがなかったのだ。
そんなのは当たり前のことである。
「冒険者になれた。それも、最初からSランク冒険者に」
「ほう。Sランクは冒険者の中でも最高位と聞く。いったいなぜいきなりSになれたのか聞かせてもらえるかな?」
「うん。ガガが受けた冒険者の試験、ホーン・ラビットを5匹狩るだけの簡単なやつだった。ガガ、試験を受ける人たちと一緒に森に入っていった。そこには試験官もいた」
「ふむ」
冒険者の資格を取得する試験は、試験官が同行するタイプのもののようだな。
おそらくは不正を働かせないためでもあるのだろう。
「ガガも試験受けてる人たちも、ホーンラビット探してた。そしたら、オーガ・ロードとかいうモンスター出てきた」
「ほほう。モンスターが出たか」
「うん。出た。みんな慌ててた。試験官も慌ててた」
「おや、試験官もかね?」
「うん。なんか『Sランクモンスター』っていってた。冒険者いっぱいいないと倒せないって泣いてた」
「なるほどな。想定外のモンスターが出現してしまったわけか。さぞや驚いたことだろう」
「みんな泣くだけで逃げなかった。だからガガ、代わりにオーガ・ロードの前に立った。オーガ・ロード、ガガに襲いかかってきた」
「ほう。それでガガはどうしたのだね?」
「オーガ・ロード、叩いたら壊れた」
「壊れたのか?」
「うん。ぐしゃってなった。せっかくだからガガ食べてみた。あまり美味しくなかった」
「そうか。しかし……話を聞く限りそのオーガ・ロードというモンスターはずいぶんと脆かったようだな。おっとすまん、脱線してしまったな。続けたまえ」
「うん。ガガ、オーガ・ロード壊したらホーン・ラビット見つけてないのに試験に受かってた。冒険者ギルド戻ったらSランクの資格もらえた」
「なるほど。事情は理解した」
Sランクモンスターのオーガ・ロード。
それを単独で捕食したガガには、Sランク冒険者に相応しい実力があると認められたのだろう。
指導した者が最高の結果を出す。
トレーナーとしてこれ以上嬉しいことはない。
そんなのは当たり前のことである。
「これも全部トレーナーのおかげ。ありがとう」
「フッ、気にすることはない。私もトレーニング仲間ができて嬉しいからな。それよりも……」
私はガガの首に巻かれている『従属の首輪』を見据え、話題を変える。
「ガガよ、そろそろその首輪を取ってみるか?」
「え? 『従属の首輪』を?」
「そうだ」
「それは……できない。この首輪には魔法が込められてる。外そうとしたら……雷の魔法が発動する」
従属の首輪にはつけている者が逆らわないように、また、外せないように雷の魔法が込められているそうだ。
早い話が、逆らったり外そうとしたりするとビリビリするのだ。
「知っている。だが、それを承知の上であえて言っているのだ」
「…………」
「恐れるなガガ。君ならできる。いまの君なら必ずできる!」
私の叱咤激励を受け、ガガが伏せていた顔をあげる。
「……わかった。トレーナーがそこまで言うなら、ガガやってみる」
ガガが従属の首輪に手をかけ――
「ふんっ………」
無理やり外そうと力を力を込める。
瞬間、従属の首輪に込められていた魔法が発動され、ビリビリがガガを襲う。
だが、私もガガも慌てたりしない。
なぜなら、私はガガを信じ、ガガもまた私を信じているからだ。
ガガと共に育て上げてきた筋肉たちを、信じているからだ。
首輪を外させないための雷の魔法?
そんなもの鍛え上げた筋肉の前には電気治療でしかない。
身体能力半減の呪い?
そんなもの倍の筋肉をつければ解決する些細な問題でしかない。
大切なのは折れないハート。
前へ進む意思。
そして筋肉を鍛える決意だ。
そんなのは当たり前のことである。
「くっ……あ、あ、あ、ああああぁぁああああああああああああぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁんんんんんんんんんんんんんんっっっ!!!!!!!!!!!!!!!」
ガガの上腕二頭筋が倍近く膨れ上がり、魔法金属でできた従属の首輪を粘土細工のように引き千切る。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………と、トレーナー」
ガガが引き千切られた首輪を見て、信じられないと言わんばかりの顔で私を見上げる。
私はそんなガガにサムズアップし、
「コングラッチュレーション」
と言って初めて出来た弟子を褒め称えるのだった。