第16話 筋肉、料理を作るっ!
奴隷少女ガガをテイクアウトした私は、エリィたち3人と共に学生寮へと戻ってきていた。
寮母のおばちゃまは健全な男子たる私がお年頃のガガをテイクアウトしてきたことに非常に驚き、また、尋常ではない憤りを見せていたが、生徒会長でもあるスーザン先輩が、
「あ、アームストロング君は、ひどい仕打ちを受けている彼女を見捨てることができなかったんですわっ。彼はこちらのガガさんの身を案じて解放されたのです!」
と事情を説明してくれたことにより、寮母のおばちゃまの手のひらがくるり。
晩御飯抜きの刑を回避することに成功した。
となれば、次にやることはガガの体を洗うことである。
ガガは悪臭を放つボロボロの服を着ていたため、早急にキレイキレイしなくてはならない。
そんなのは当たり前のことである。
「エリィよ、すまないがガガを風呂にいれてやってはもらえないだろうか?」
「え? あ、あたしが?」
「うむ。年頃の男女が一緒の風呂へ入るわけにはいかないからな。頼む、このとおりである」
私は手を合わせエリィに頼み、
「もうっ、しっかたないなー」
エリィもこれを快諾してくれた。
「おいでガガちゃん、一緒にお風呂はいろ」
「あ……」
「エリィさん、わたしも一緒に入ります」
「やれやれ、仕方ないですわね。それならわたくしもご一緒しますわ」
ひとりが風呂に向かえばワタシもアテクシもと続くのが女人の性質である。
女人は周囲に合わせて行動するもの。
そんなのは当たり前のことである。
寮の浴場に向かう4人を見送った私は、食堂に移動し、厨房をお借りしてガガの夕食を作ることにした。
見たところガガは碌に食事を与えられていなかったようだ。
ここは豪勢な料理をご馳走して栄養をつけてもらいたいところではあるが……ノンノン。そんなことをしては逆に臓器への負担となってしまう。
まずは汁っ気ったぷりの胃に優しい食事からはじめ、消化器官が強くなるまで慣らしていかなくてはならないのだ。
「さて、はじめるか」
私は鶏肉からダシを取り、米っぽいものをお湯で煮立て最後にとき卵を落としてかき混ぜる。
そう。おじやを作っていたのである。
出来うることなら炭酸抜きコーラも欲しいところではあるが、ここは異世界。
あまり多くを望んではいけない。
「よし、できた」
丁度おじやが完成したタイミングで、4人の女人たちが湯上りの良い香りを漂わせながら食堂へとやってきた。
湯上がりのガガはさっきまで着ていたボロボロ服ではなく、エリィに借りたらしき小奇麗な服を着ていた。
さすがは私の親友だ。
孤児院育ちのエリィは面倒見がよく、また誰よりも優しいのだった。
「出たか。では食事にしよう」
「は、はい」
ガガは己をお買い上げした私にまだ緊張しているのか、顔が強張っているように見える。
私とガガはまだまだ初対面といってもいい関係だ。
トレーニングジムにいるボディビルダーのようにフレンドリーになれ、といっても難しいのだろう。
「マッスルくん、なにを作ったの?」
エリィが訊いてくる。
「おじやだ」
「オジヤ?」
「発音が惜しいなエリィよ。O・ZI・YA、だ」
「お・じ・や」
「うむ。パーフェクトだエリィ」
「えへへ、やったぁ」
「マッスルさん、それはご飯ですか?」
喜ぶエリィの隣で、リアーナが興味津々といった顔で問うてくる。
「うむ。いきなり重い物を食べては胃によくないからな。まずはこう汁っ気たっぷりなもので胃を慣らしていかねばならんのだ」
「へぇ~。わたし知りませんでした」
「アームストロング君は見た目と違って博識なんですわね」
リアーナとスーザン先輩が感心する。
「たくさん作ったから、よければみなも一緒に食べていくかね?」
「いいのマッスルくん!?」
「モチのロンだ」
「さっきデザート食べちゃったけど、マッスルさんの手作り料理……。す、少しなら食べれます」
「わたくしも庶民の味に興味がありますわ……」
どうやらみんな私が作ったおじやを食べていくようだ。
若い胃袋は遠慮という言葉ををしらないらしい。
正に成長期といった感じだ。
「さあ、席に着こう」
私が促し、女人たちが椅子へと腰かける。
しかし、そんななかガガだけが床に座り込んだではないか。
「むう。どうしたガガ? なぜ椅子に座らないのかね?」
「あ……が、ガガは奴隷……。ご主人様と同じテーブルに座っちゃ……いけない」
「む、ご主人さま? いったい誰のことかね?」
「え? あ……ガガを買ってくれたから、ご主人さまが……ご主人さま」
ガガが私に向かって跪く。
これは驚いた。
私はガガを解放したつもりだったのだが、ガガ自身は私専属の奴隷になっただけと勘違いしているらしい。
これはいけない。間違いは即刻正さねばならない。
そんなのは当たり前のことである。
「ガガ、よく聞くのだ」
「……はい」
「私は君を奴隷だなどとは見ていない。ちょっとばかり不幸が重なった少女、としか見ていないのだ」
「…………」
「理解したなら君も椅子に座るといい。みなで食事を摂ろうではないか」
「……も」
「む?」
「……でも、ガガにはこの首輪がついてる。この――『従属の首輪』がついてる」
そう言い、ガガは己の首に付いている首輪にそっと触れた。
従属の首輪。
それは、奴隷であることを周囲に示すための身分証であり、また、お買い上げした『主人』に逆らったり、自分で外したりできないよう特殊な魔法が込められたマジックアイテムでもあるそうだ。
ガガをお買い上げした時、私は奴隷商の主に首輪を外すよう言ったのだが、国の法により外すことはできないと拒否されてしまったのだった。
「だから……ガガは奴隷。一生……ご主人さまの奴隷」
「むう……」
ガガは気分が沈んでいるのか、表情が暗い。
そして私を見る他の女人たちの視線が、なぜか厳しいものへと変わっていた。
これはよろしくない空気だ。
なんとかしなくては。
「ガガよ、よく聞くのだ」
「はい」
「ではまず主人として命じる。共に食卓を囲み、みなで夕食を食べよう」
「っ!?」
「いいな?」
「でも……でもガガは奴隷」
「いまはまだ、な。案ずるな私が必ず君を奴隷の身分から解放させてみせよう」
「ご主人さまが……?」
「より正確には、君自身の力でだ。ふふ、詳しいことはこんど話すとしよう。それより早く椅子に座り給え。せっかくのおじやが冷めてしまうからな」
「は、はいっ」
ここまで言って、やっとガガは椅子に座ってくれた。
私は全員におじやとスプーンがいきわたっていることを確認し、手を合わす。
そして――
「いただきマッスル」
「「「ッ!?」」」
幼馴染であるエリィを除いた、リアーナ、スーザン先輩、ガガの3人が私の言葉に過剰反応する。
「あ、アームストロング君」
「なんでしょうスーザン先輩」
「いまの『いただきマッスル』というのはなんですの?」
「ああ、そんなことですか。『いただきマッスル』とは、私たちの生きる糧となってくれる動植物たちへの感謝の祈りなんですよ」
「感謝の……祈り」
「ええ。食べものとなってくれた動植物が私たちを生かし、こうして筋肉となってくれるのですからね……」
スーザン先輩たちは、しばらく黙ったあと、
「素晴らしいですわ」
「はい。わたしも大切なことだと思います」
「ガガよくわからないけど、その祈り好き」
「うむ。ではみなも祈りを捧げよう! では――」
私たち5人は手を合わせ、唱和する。
「「「「「いただきマッスル!!」」」」」
糧へ感謝の祈りを捧げる。
そんなのは当たりマッスルのことである。