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第14話 筋肉、舌鼓を打つっ!

「……来るがいい。蟲王ムシキングよ」


「マッスルくんダメだよ!」


 悠然と立つ私に、エリィが悲痛な叫びをあげた。


「カオス・マンティスは蟲系モンスターの王なんだよ? 最強クラスの捕食者プレデターなんだよ!? いくらマッスルくんが力持ちだっていっても――って……マッスルくんヨダレすごっ!! こ、こんなときになんでヨダレ垂らしてるのよっ。ばかっ!!」


「おっと、いけないいけない。これは見苦しいところを見せてしまったな。失礼した」


 私はエリィの指摘を受け、口からとめどなく溢れ出ていた涎を手の甲で拭う。


「アームストロング君、貴方まさか……カオス・マンティスを前にして呆けてしまったのですか?」


「マッスルさん……」


 スーザン先輩とリアーナが心配そうな声をだす。

 私がカオス・マンティスという強大なモンスター――すなわち絶望を前にして、頭がパッパラパーになってしまったのではないか? おそらくはそう思ったのであろう。

 そんなのは当たり前のことである。


「案ずるな。私は正気だ」


「じゃあそのヨダレはなんなのよっ!?」


「ふふ、いまその理由を『見せて』あげよう」


 やけくそ気味に問うてきたエリィに対し、私は余裕しゃくしゃくの笑みを返す。


「マッスルくん……いったいなにを言って――いけない! そんなことより早く逃げないとっ!!」


 カオス・マンティスはこちらを目指し真っすぐに向かってきている。

 複眼が私を捉えたのがわかった。

 ギザギザの顎を開き、前肢の鎌を振り上げ、一気に加速したではないか。


「なんてこと……予想以上のスピードですわっ!」


 カオス・マンティスとの距離はもう幾ばくも無い。


『キシシシィィィィッ!!』


「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」


 カオス・マンティが振り上げていた鎌を水平に振るう。

 女子たちの黄色い悲鳴が響き渡る中、森の木々をスパンスパンと斬り裂きながら鎌が迫る。


 私はその鎌を――


「ふん」


 外腹斜筋(脇腹)であっさりと受け止めてみせた。


『キシャァァァ?』


 まさか己の鎌に斬れぬものが存在するとは予想だにしなかったのか、カオス・マンティスが首を傾げる。


「ふっふっふ。捕まえたぞカロリーよ」


 私はカオス・マンティスの鎌に腕を回し――


「ほっ!」


 ボキン。

 そのままへし折ってやった。


『キシャァァァァァァァアアアアアアッ!?』


「マッスルくん!?」


「マッスルさん!?」


「アームストロング君、貴方……」


 女子たちが驚きの声を漏らす。


「カロリー……じゃなかった、カオス・マンティスよ」


 私は前肢を失い、パニックを起こしているカオス・マンティスを見あげる。


「君は自分のことを捕食者と思っているようだが……残念だったな」


 私はへし折ったカオス・マンティスの前肢を得意げに掲げたあと、口を大きく開けてかぶりつく。

 バリバリとカルシウム満載な音を鳴らしながら咀嚼し、ごっくんと飲み込む。

 美味なるものには音がある。

 そんなのは当たり前のことである。


「うむ。久しぶりに食べたがやはり美味い」


 私は口のなかいっぱいに広がる香ばしさと風味を存分に堪能する。

 まだ1歳児だった頃。

 育ての母と、その子である義弟や義妹と一緒に狩りに出かけては、目の前のカオス・マンティス(当時は『カロリー』と呼んでいた)をよく捕まえては食したものだ。


 懐かしさから笑みを浮かべる私に、カオス・マンティスはもう一方の鎌を振り下ろしてきた。

 こんどは垂直斬り。


「無駄だ」


『ッ!?』


 私は片手をあげ、鎌を前腕筋で受け止める。


「こっちも貰おうか」


 キャッチからホールド。


 ――ボキン。


 メインウェポンである両の鎌を失ったカオス・マンティス。

 私はカオス・マンティスからボッシュートした前肢を噛み千切り、咀嚼し、飲み込む。

 ここでやっとカオス・マンティスは気づいたらしい。


 ――どちらが真の捕食者プレデターであるのかを。


『キシャアアアァァァァァァァアアアアアアッ!?』


 カオス・マンティスは私に背を見せた。

 ふり返りもせず一目散に逃げ去ろうとしている。

 だが、私が久方ぶりに出会えたカロリー……もとい、カオス・マンティスを見逃すはずがない。


「逃さぬよ」


 私は縮地すら置き去りにするマッスルダッシュでカオス・マンティスに追いつくと、一本一本脚を毟っていく。

 蟲だけに毟っていったのだ。


 ……正直滑ってる気がしないでもない。

 そんなのは当たり前のことである。


 そんなマッスルジョークを脳内で楽しみつつ、わたしはカオス・マンティスの足を全て引っこ抜く。


『キシャァァァァ!! キシャアアアアアアアアアアアアッ!!!』


 六肢をもがれ、頭部と胴体だけになったカオス・マンティス。


「案ずるなカロ、じゃなかった、蟲王カオス・マンティスよ、君の体は一片の無駄もなく使わせてもらう」


 私はそう告げると、カオス・マンティスの頭部を両腕で掴み、


「ふん!」


 すっぽんと引っこ抜く。

 そしてこれがトドメとなり、カオス・マンティスはしばらく痙攣したあと、その動きを止めたのだった。



 ◇◆◇◆◇



 固まった女子たちのなかでいち早く我に返ったのは、やはり親友のエリィであった。


「マッスルくん! そ、そんなもの食べたらお腹壊しちゃうよ!!」


 バリバリと音を立て、スティック菓子感覚でカオス・マンティスの肢を食べる私を見てエリィが慌てる。


「おふぁ、らいしょうぶらへりぃ(なぁに、大丈夫だエリィ)」


「なに喋ってるかわからないよぉ!」


「――ごっくん。ふぅ……」


「ごっくんじゃないよ、もうっ」


 エリィは頬を膨らませ、プリプリと怒っている。

 ご機嫌斜めちゃんであった。


「わかっているさエリィ、エリィもこれを食べたいのだろう? 安心していい、さすがの私もこの量は全部は食べきれないからな。みんなで仲良く分けようではないか」


「いらないわよ!」


 私が差し出したカオス・マンティスの一番美味しい部分(頭)を、エリィがパチンと手で払う。


「む、蟲なんか食べれるわけないでしょ!」


「はっはっは、そんなことはないぞエリィ。蟲は高タンパクな上、必須アミノ酸や鉄分、それにミネラルとビタミンも豊富に含んでいる。ある種、完全パーフェクトな食品なのだよ?」


 ちょっとばかし高カロリーなのがたまにキズだが、ボディビルダーの筋肉増量時には消費カロリーを上回るカロリーが必要になるときもあるため、昆虫食はうってつけともいえるのだ。


「さあ、なんでもものは試しだ。エリィも食べてみるかい?」


「いらない!」


「仕方がない。持って帰るとするか」


 私は前肢をボリボリ食べつつ、さて、この巨体をどうやって寮まで持って帰ろうか、と頭を悩ます。

 人間の部位の中で最もカロリーを消費するのは脳だ。


 頭を悩ます私の脳がカロリーを求め、求めに応じる私は肢をボリボリ食べる。

 そんなことをしていると、不意にスーザン先輩が大きな声を出した。


「あ、アームストロング君いけませんわ!」


「スーザン先輩、あなたも昆虫食には反対派でしたか……」


「確かに蟲を食べるなんて嫌ですけど……ううん。いまはその話をしたいわけではありません!」


「ふむ。ではなにを?」


「いいですかアームストロング君? よくお聞きなさい」


 スーザン先輩は咳払いを一つしてから、カオス・マンティスを指さす。


「カオス・マンティスの素材は高く買い取ってもらえるんですのよ! それを食べてしまうだなんて……非常識ですわ!」


「ほう……。飲食店にですか?」


「違いますわ! 商人にです! カオス・マンティスの素材から作られた武器や防具には計り知れない価値がつきますの!」


「なんと……。武器に……」


「そうですわ。だからカオス・マンティスを食べるのはお止めなさい!」


「ぬう、ではあと一本だけ――」


「いけません!!!」


 スーザン先輩に強く言われた私は、カオス・マンティスを食するのを諦めざるを得なかった。


 だが代わりに学園に戻った私は素材を売り払い、大金を得たのだった。

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