第13話 筋肉、魔物の群れと遭遇するっ!
野外活動がはじまり、1日が経ち、2日が経ち、3日が経った。
開始時には緊張でガチガチに硬くなっていた生徒たちの心に、幾分かの余裕が戻りはじめた4日の夜、事件は起こった。
考えうるなかで最悪の事態。
そう。モンスターの襲撃である。
「お、起きろー!! みんな起きるんだぁぁぁっ!! はやっ、早く起きろぉぉぉ!!」
その夜、夜番についていた生徒の悲鳴と、危険を知らせる鐘の音が周囲に響き渡った。
24時間体制で集団生活を強いられトレーニングが出来ず、筋肉を持て余し気味だったせいでなかなか寝付けずにいた私はすぐに体を起こす。
「はて、いったい何事かな?」
手早くピチピチの運動着に着替え、寝床であるテントから出る。
そして周囲を見回すと――
「みんな起きろー!! もも、モンスターの大群がでたぞー!!」
「逃げろぉぉぉ!! 死にたくなかったら逃げるんだぁぁぁぁぁ!!」
「どっちへ! どっちへ逃げればいんだよぉ!!」
「モンスターのいないほうだよ!」
「だからどっち!?」
「うわああぁぁぁぁぁぁ!! せ、せんせーーー!! どどど、どうすれば!?」
「お、落ち着くんだ! ここは私たち教師に任せて君たちは西に向かって走るんだ!! 出来る限り遠くへ!」
「は、はい!」
なにやら夜番の生徒たちと見回り先生が盛り上がっているところだった。
「モンスター? ふむ……」
我先にと逃げまどう生徒たちのずっと後ろの方で、様々なモンスターが大挙して押し寄せてくるのが見える。
これはいったいどうしたことだろうか?
モンスターの種類に統一性はなく、ゴブリン、スライム、ホーンラビット、フォレストウルフ、オーク、オーガ、触手だらけの特殊な本に出てきそうなモンスターと、てんでバラバラであった。
あろうことか、天敵同士のモンスターですら肩を並べて向かってきているではないか。
「さては人間を見つけて一致団結したのかな?」
モンスターにとって人間は相容れぬ敵でしかない。
そんなのは当たり前のことである。
いまこそ種族の壁を超え、共に手や前脚や触手なんかを取り合って人間と戦う時!
そんなスローガンの下、彼のモンスターたちは一致団結して向かってきているのかも知れない。
ひとりそんな事を考えていると、
「ま、マッスルくん! もも、モンスターだって! モンスター!」
「マッスルさん! 良かった……無事だったですね」
私を見つけたエリィとリアーナが走り寄ってきた。
「ふたりとも、よく私を見つけることができたな」
時刻は深夜。しかも周囲はパニックになった生徒たちで溢れている。
この状況下て私を見つけるのは困難を極めたに違いない。
「なに言ってるのよ。マッスルくんみたいに大きい男子が目立たないわけないでしょ」
「わたしもすぐにマッスルさんを見つけましたよ」
「おやおや、そうだったか」
私の身長は既に2メートルを超えていたから、見つけるのはベリーイージーだったらしい。
学園内に置いて、私の存在は時として待ち合わせ場所として指定されることもあるぐらいだからそれも当然か。
「それよりもマッスルくん! 早く逃げないとっ」
「いまアレクサンドラ先生が馬車を用意しています。それに乗って――」
「モンスターがきたぞーーーーー!!」
リアーナの言葉は、誰かが発した警告によってかき消されてしまった。
モンスターの集団がまるで津波のように向かってくる。
ひー、ふー、みー……ふむ。たくさんいるな。
場合によっては軍隊でも対処しきれない数かもしれない。
「ふたりとも、私の広背筋の後ろに隠れるんだ!」
「で、でもっ、それだとマッスルさんが――」
「いいから早く!」
「リアーナちゃん! マッスルくんの言うとおりにしましょ。大丈夫。マッスルくんを信じて!」
「う、うん」
エリィに押しきられる形でリアーナが了承する。
まずリアーナが私の左広背筋の後ろに、続いてエリィが右広背筋の後ろに。
そして私は――
「……来るがいいモンスターたちよ。いくら数を集めたところで私の腹直筋ひとつすら破れぬことを教えてあげよう」
私はモンスターの大群にサイド・チェストのポージングを取って迎え撃つ。
一番手は、私よりなお大きいオーガだった。
オーガはなかなかの筋肉量を持つ右腕を振りあげ――
「サンダーボルトッ!!」
『グガァァァァァッ!?』
私に叩きつけようとした直前で吹っ飛んでいった。
横から飛んできたビリビリする魔法により、弾き飛ばされたのだ。
「無事でして、アームストロング君?」
「……スーザン先輩。あなたでしたか」
魔法を打ったのは学園の現生徒会長で、課外授業において私が所属しているグループのリーダでもあるスーザン先輩だった。
「危ないところでしたわね。怪我はありませんこと?」
「すすす、スーザン先輩!!」
「生徒会長っ!」
私の広背筋の陰からエリィとリアーナがとび出し、ひしっとスーザン先輩に抱きつく。
「よしよし、怖かったわよね。さあ、ここはわたくしたちに任せて貴方たちはお逃げなさいな」
「え……? わたくし『たち』ですか?」
「そうよエイドリアンさん。わたくしたち――生徒会にね! みなさん、やりますわよ!!」
スーザン先輩が声を上げると、
「「「「「応ッ!!」」」」」
あちこちから威勢の良い声があがった。
彼らは生徒たちから『生徒会』と呼ばれる、スーザン先輩が集めた学園でも選りすぐりの実力者たちから成る集団だ。
「ニックとハウィーは前衛でモンスターを抑えなさい」
「任せな!」
「心得た」
「アレキサンダーとブライアンは漏れ出たモンスターを倒してくださる?」
「へっ、なんなら俺ひとりでやってもいいんだぜ?」
「よせブライアン。過信は禁物だぞ」
「チッ、わーったよ」
「ケヴィンはわたくしと一緒に後方から魔法で援護しますわよ」
「スーザンと共に戦えるなんて光栄だ!」
「各自、役割に固執せず状況に応じて臨機応変に対応しなさい。さあ――生徒たちを守りますわよ!!」
「「「「「応ッ!!」」」」」
先輩たちは見事な連携を取り、迫りくるモンスターの群れをバッタバッタと打ち倒していく。
「すごいわ……」
「これが……先輩たちの実力なんですね」
エリィとリアーナが憧れの眼差しを生徒会に向ける。
「この場はわたくしたち生徒会が承りましたわ。先生方は生徒の避難をお願いします」
「すまない、助かる」
「お気になさらなくて結構ですわ。これも生徒会長の務めですから」
生徒会が現れたことにより余裕の出来た教師たちが生徒の避難指示を出し、誘導をはじめた。
鬼神のごとく戦うスーザン先輩たちの活躍により、モンスターの進行が一時的に弱まったからだ。
これは押し返せるのではないだろうか?
そう思った生徒たちが多かったのだろう。
4年生と5年生のなかで腕に憶えのある生徒たちが武器や杖を手に取り、スーザン先輩たちと共に戦いはじめたではないか。
生徒会のおかげで形勢は傾きつつある。
であれば、これはワンチャンあるかも知れない。
そう思ってしまうのも当然のこと。
そんなのは当たり前のことである。
「じょ、ジョビィくん……ホントに僕たちも戦うの?」
「あたり前だろ!! モンスター如きにやられてたまるかってんだ!」
「ジョビィくん……でもぉさぁ……」
「んだよっ。ビビってんならとっとと逃げな。俺様の足手まといだぜ。じゃあな!」
「あっ!? ジョビィくーーーん!!」
イキり勢代表のような少年ジョビィ君もまた、ワンチャン狙ってしまったひとりだった。
「おらおらおらおらーーーーーーー!!」
ジョビィ君は魔力を纏わせた剣を振り回し、モンスターに斬りかかっていく。
「ほう。ジョビィ君もなかなかやるではないか」
「マッスルくん! あたしたちはどうしよう?」
「エリィとリアーナは馬車に乗り、ここから離脱するんだ」
「マッスルさんはどうするんですか?」
「私はここに残り、先輩たちを私の持つ筋肉で激励しようと思う」
「「…………」」
「いいかいふたりとも? 人というものはな、後ろに逞しい筋肉が控えているだけで安心できるものなのだよ」
「「…………」」
エリィとリアーナの反応が芳しくない。
さて、どうしたものか?
私が話題を変えるため、渾身の僧帽筋ジョークをカマそうとしたタイミングでソレは現れた。
「す、スーザン!! 蟲王だ! 蟲王がでやがったぞ!!」
生徒会のひとりが悲鳴にも似た叫びをあげた。
森の彼方より、地響きを立てて大きな影が近づいてくる。
「蟲王ですって……? それじゃあまさかっ、このモンスターたちは蟲王から逃げていただけというのですかっ!?」
スーザン先輩の顔が絶望に染まった。
未だに押し寄せるモンスターの大群。
このモンスターたちは、蟲王なるものから逃げているだけだったらしい。
見れば、呆然と立ち尽くす先輩たちの脇を、モンスターたちはなにもせず素通りしていくではないか。
どうやら本気で逃げに徹しているようだ。
「生徒会長! 蟲王カオス・マンティスはSSSランクのモンスターだ。王国の軍隊じゃないと戦いにもならない! はやく逃げないと」
「ニックのいう通りです、生徒会長。あんな災害級のモンスター……僕たちじゃ――いいや、王国の騎士団だって敵わない」
蟲王が真っすぐに近づいてくる。
ここまであと500メートルほど。
その巨体がハッキリと見える距離だ。
「ひ、ひぃぃぃぃ!!」
最初に悲鳴を上げたのはジョビィ君だった。
ジョビィ君は腰を抜かし、這うようにして蟲王から逃げよとしている。
だか、それも致し方ないのかもしれない。
木々よりもなお背が高い蟲王の体高は、目算で30メートルほどだろうか。
身長が175センチほどしかないジョビィ君が恐れおののくのも理解できる。
ひとは本能的に巨大な存在に恐怖を抱くものなのだから。
「お、お、お、前たち!! 俺様を連れていけ!!」
「無茶言わないでよジョビィくん……。ジョビィくんに肩かしていたら……」
「オイラたちが逃げれなくなっちゃうよ!!」
「な、なにを言ってやがる! 俺は町長の息子なんだぞ!!」
「ごめんよ……ジョビィくん」
「ま、待て! 待てよぉぉぉ!!」
ジョビィ君は取り巻きのふたりに見捨てられ、置いていかれてしまった。
「待って……くれよぉ……」
涙を流してうずくまるジョビィ君にリアーナが近づき、手を差し出す。
「ジョビィさん、一緒に逃げましょう」
「お前は……」
「もうっ、リアーナちゃんは優しいんだから。仕方ないなぁ。あたしも肩かしてあげるよ。ほらっ、立つわよ」
「お前まで……」
「言っておくけど、昔あなたにイジメられたこと忘れてないからね」
「…………」
エリィとリアーナが肩を貸し、腰の抜けたジョビィ君を左右から支える。
「さ、いくよリアーナちゃん」
「うん!」
「ほら、マッスルくんも逃げるよ!」
エリィが後ろから声をかけてくる。
しかし、私の視線は蟲王に釘付けとなっていた。
「生徒会のみなさん、そしてこの場にいる全ての生徒たちに生徒会長として告げますわ! ――全力でお逃げなさい!! あの蟲王カオス・マンティスは人の力が及ぶモンスターではありませんわ。各自散会して逃げれば……僅かにでも助かる可能性があるかもしれません」
スーザンが戦っていた生徒たちに指示を出す。
だがしかし、それでもなお私の視線は蟲王に釘付けだった。
30メートル越えの、巨大なカマキリのようなフォルム。
なるほど。あのモンスターはカオス・マンティスという名だったのか。
「さあ、みなさん! 力の限り走りなさい! ――生き残るために!!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
この場にいる、私を除いた27名の生徒が元気よく返事をし、一斉に駆け出した。
同じ方向ではなく散会し、バラバラになって逃げていく。
少しでも生存率を上げるためだ。
そんなのは当たり前のことである。
いまだこの場に留まっているのは、
「マッスルくん! はやくっ!」
親友のエリィと、
「マッスルさん! はやく逃げないと!」
親友の親友で友人のリアーナと、
「おいっ! はやく逃げろって!!」
イジメっ子のジョビィ君と、
「アームストロング君、貴方もお逃げなさい」
生徒会長のスーザン先輩をいれた4人。
その4人に対し、私は口元を綻ばせる。
「いや、私は逃げない」
そして両手を広げ、迫りくる蟲王カオス・マンティスと向き合うのだった。