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第12話 筋肉、魔の森へ挑むっ!

 ジョビィ君からリアーナを救った一件以来、私の周囲には劇的な変化が起きていた。


「マッスルくん、その……お腹のお肉ってどうしたらひっこむのかな?」


「ねーねーマッスルぅ、太ももを細くしたいんだけどさー、どーすればいーの?」


「マッスルっち! 握力だけで石を砂にできるってホントッスか?」


 休み時間になるたびにクラスの女子たちが私のもとへと集まり、あれやこれやと話しかけてくるようになったのだ

 リアーナの話によると、みな私の筋肉に畏敬の念を抱きすぎていたせいか(意訳)、話しかけるタイミングを完全に失ってしまい、そのままズルズルと2年もの歳月が過ぎ去ってしまっていたらしい。


 ボディビルダーとは、トレーニングジムを除けばステージ上でしかお目にかかれないレアな存在。

 それが、あろうこかクラスメイトとして、ご学友としてそばにいたのだ。

 幼い少女たちが私に対し、


『あの筋肉に触れていいものなのだろうか……』


 と想い悩むのも致し方ないというもの。

 そんなのはあたり前のことである。


 優しくて力持ち、しかも気さく。

 そんなボディビルダーがクラスの人気者にならないはずがない。

 かくて、多くの友人を得た私は青春を謳歌していたのだった。


「最近みんなマッスルくんのことばかり話してるんだよ。昔からマッスルくんを知ってる幼馴染のあたしとしては、なんか複雑な気分になっちゃうなぁ」


 寮へと向かう帰り道。

 久方ぶりに私と下校時間が重なったエリィがぼやくように言う。


「ふむ、それはなぜなのだ?」


「え? そ、それは……。んーん、なんでもない! 友達いっぱいできてよかったね、マッスルくんっ!」


「うむ。2年かかったがやっとクラスのみんなと打ち解けることができた。これからもみなのクラスメイトとして恥ずかしくない筋肉を身につけねばならんな」


「そんな規格外の身体なのにまだトレーニング続けるんだね……」


「ハッハッハ、あたりまえじゃないかエリィ。親友の君なら私の人生の目標を知っているだろう?」


「え……と、『みすたーおりんびあ』だっけ?」


「そうだ。ミスターオリンビアだ」


「前から訊こうと思ってたんだけど……マッスルくん、その『みすたーおりんびあ』って、いったいどんなお仕事なのかな? この世界の名前はオリンビアだけど……なにが『みすたー』なの?」


「フッ、お仕事ではないよエリィ」


「え? じゃあなに?」


「それはな――」


 俺は日が暮れ、かわりに昇りはじめた月を眺めながら語る。


「それは、『最高の男』に与えられる称号なのだ。私は……私はそれがほしいっ!」


「ふーん。あたしにはよくわからないや」


「ハッハッハ、エリィも筋肉を鍛えはじめればわかるさ」


「あたしはそのっ、遠慮しておこうかなぁ……」


「そうか、それは残念だ」


「ご、ごめんね」


「なぁに、気にすることはない」


 この後、わたしとエリィは楽しく会話し、寮へと帰っていくのだった。



 ◇◆◇◆◇



 数日後、私は――いや、私を含めた学園の生徒たち(・・・・)はいま、広大な森の中にいた。


 遠足? ノンノン。


 林間学校? ノンノンノン。


 今日から4日間、学園の生徒たちは様々なモンスターが出る森――通称『嘆きの森』で、キャンプをはり、野外での集団生活やモンスターとの戦闘なんかを実地で学ぶ『野外訓練』を行うのだ。


 これは年に一度、3年生から5年生までの生徒が参加し、『実戦』を積むことで精神的にも肉体的にも逞しくなろうとする、ある種スパルタチックな学園行事で、いままで死者こそでていないものの、数多の負傷者をだしているとても危険な訓練なのだった。


 で、あるからして、いま森にいる生徒は、とりわけ今年が初参加となる私たち3年生は、みな一様に緊張した面持ちをしている。


「い、い、い、いいですかみなさんっ! せせ、先生や先輩方の指示をよく聞けば大丈夫です! ぜ、絶対に大丈夫です! わか、わかりましたねっ」


「「「「「…………」」」」」


 みなの緊張を解こうと担任のアレクサンドラ教師が無理やり笑顔をつくっているが、その顔は引きつりまくっており逆効果となっていた。

 アレクサンドラ教師も森での『討伐訓練』は初めてとの事。

 緊張するなと言う方が酷であろう。

 そんなのはあたり前の事である。


「ま、マッスルくん、がんばろうね」


 エリィが私の腕をぎゅっと握ってきた。

 その手は僅かに震えている。

 荒事が苦手なエリィは、訓練とはいえモンスターとの戦いを前に恐れを感じているのだろう。


「大丈夫だエリィ。モンスターが現れても私がエリィを守ろう」


「……ホント?」


「ああ、期待していい」


 そう言って微笑むと、少しは落ち着けたのか、エリィも笑顔を返してきた。


「あの、マッスルさん……」


「ん? どうしたんだリアーナ?」


「わたしもマッスルさんに守ってもらいたいです」


「なんだ、そんなことか。安心したまえ。リアーナどころかクラスメイト全員を私と私の筋肉で守ってみせようではないか」


「……ありがとう」


「うむ!」


 これからはじめる訓練に恐怖心を抱いていたのは、なにもエリィだけではなかった。

 リアーナも、アレクサンドラ教師も、そしてクラスメイト全員が心のどこかで恐怖を感じていたのだ。


 笑い出す膝を必死に抑え込み、震えだす肩を抱きながら、恐怖に立ち向かわんとしていたのだ。

 12~13歳の少女たちが命をかけてモンスターと戦うのだ。

 恐怖のひとつやふたつも抱こうというもの。

 そんなのはあたり前の事である。


 ならばこそ、ここはボディビルダーとして筋肉の見せどころである。

 私は常に笑みを湛え、余裕を持ってクラスメイトたちと接する。

 そんな時だった。


「おい筋肉お化け」

「む? ジョビィ君か」


 不意に賞賛の声をかけられふり返ると、そこに1コ上のパイセン(先輩)であるジョビィ君とその取り巻き2名が立っていた。


「よう筋肉オバケ、お前ら3年はモンスターとの戦闘訓練はこれがはじめてだよな?」


「うむ。初体験であるな」


「ヘッ、お前みたいな図体がデカイ奴に限ってモンスターに襲われたら泣き叫ぶんだ。『たすけてくれ~』ってな。だからよぉ、先に言っとくぞ後輩……」


 ジョビィ君が、顔を接吻ギリギリラインまで近づけ、口の端をつり上げる。


「その時はせいぜいイイ声で泣くんだなぁ。泣き方が気に入ったらよぉ、この魔法戦士科のエリートである俺様が気まぐれで助けてくれるかもしれないぜぇ」


「そーだそーだ。死にたくなかったらジョビィくんに助けをもとめるんだぞー!」


「助けてくれるかわかんないけどねー!」


「ククク、話は以上だ。ま、お前の体は食いでがありそうだからな。せーぜーモンスターに食い殺されないように気をつけることだな。この『嘆きの森』はよぉ…………『捕食者プレデター』がいっぱいいるからなぁ」


 ジョビィ君はそう言うと、取り巻きを連れて高らかに笑いながら去って行った。

 それを見送ったあと、すぐにエリィとリアーナが私の傍へと駆け寄る。


「マッスルくん! あんなひとの言うこと気にしちゃダメだよ!」


「そうですよマッスルさん! エリィの言う通りです。いくら先輩だからって……ひどいですっ」


「大丈夫だふたりとも。別に私は気になどしていない。むしろ…………いや、なんでもない」


 私は言葉を続けようとして、寸でのところで堪える。


「ん?」


「マッスルさん、なにか言いかけませんでした?」


「なーに、大したことではないよ。それよりアレクサンドラ教師のもとに戻ろう。グループ分けをしなくてはならないからな」


「う、うん」


「そうですね。戻りましょう」


 ふたりを促し、グループ分けを行っているアレクサンドラ教師のもとへと向かう。

 あぶないあぶない。危うく『むしろ、楽しみだ』と言ってしまうところだった。


 私はボディビルダーであって、戦士ではない。もっと己を律しなければ。

 この身の筋肉は、魅せるためにあるのだから。


「マッスル君、エイドリアンさんにリアーナさん、あなたたちのグループはここに書かれています。確認してください」


 アレクサンドラ教師が一枚の紙を渡してくる。

 そこに書かれたリストには、他の学科、上級生などが入り混じった15名からなる混成グループで、戦士・魔法使い・治癒師ヒーラー・グループリーダの魔法戦士と、バランスよく振り分けられていた。


「あ、マッスルくん、同じグループだよ!」


「わたしも……マッスルさんやエリィさんと同じグループですっ」


「一緒だねリアーナちゃん! よろしくね!」


「はい。こちらこそですっ」


 エリィとリアーナが、きゃっきゃうふふと飛び跳ねる姿を横目に見ながら、私は再度グループ表を確認する。

 3年生の神聖魔術学科からは私とエリィとリアーナが同じグループで、リストには生徒会長のスーザンパイセンの名も書かれていた。


「ほう生徒会長殿も一緒とは、な」


「え、それほんとマッスルくん?」


「ああ、見て見るといい。ほら、ここに名前が書かれてあるだろう」


「本当ですね。スーザン生徒会長も一緒なんて……心強いです」


 リアーナがそう言い、エリィが大きく頷く。

 ふたりは学園の『最強』であるスーザンが一緒のグループにいることで、やっと安心感を得れたのであろう。


「マッスルくん、そろそろグループの顔合わせだよ。いこ」


「ああ、行こうか」


「マッスルさん、がんばりましょうね!」


 こうして、私たちはモンスターが跋扈する嘆きの森で、『討伐訓練』をはじめるのだった。

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