第11話 筋肉、クラスメイトを守るっ!
多くの生徒たちが遠巻きに見守る中、私を威圧せんとジョビィ君が叫ぶ。
「おい筋肉おばけ、後悔したってもうおせぇからなっ!」
「ふむ。学園内での私闘は禁止されていたと記憶しているのだが?」
「ヘッ、コレは私闘なんかじゃねぇよ」
ジョビィ君が小ばかにするような笑みを浮かべ、肩をすくめる。
「ほう。ではなにかな?」
「生意気な後輩を躾ける『教育』に決まってるだろ?」
「……ふむ。教育、であるか」
「その余裕こいてるツラがずっと気に入らなかったんだ。誰にケンカを売ったか……しっかり教えてやるよぉ!」
ジョビイ君の手に魔力が集まり、メラメラと炎が生み出される。
すでに詠唱を終え、発射準備は整っていたらしい。
あとは撃ち出すだけといったところか。
「マッスルさんっ!」
「案ずることはない。私の広背筋の後ろに隠れていなさい」
「は、はいっ。かく、隠れましたっ」
「うむ。ではそのまま――」
「筋肉バカがっ! 消し炭になっちまいなっ。フレイム・ランスッ!!」
ジョビィ君が発動となる言葉を唱え、攻撃魔法が解き放たれた。
「でたぁぁぁ! ジョビィ君の十八番、フレイムランスだぁっ!」
「これで筋肉おばけもおしまいだ―!」
ジョビィくんの取り巻きが勝利を確信し、円錐状の炎が複数本私に迫る。
「マッスルさんっ!?」
広背筋に隠れたリアーナが悲鳴をあげた。
私はリアーナの悲鳴に構わずかかとを地面につけて直立し、つま先をやや外側に向ける。
――フレイム・ランスが迫る。
次に両手で拳を握り、腰骨の前面に握った拳の親指を当て両肘を後方へ引く。
――フレイム・ランスが更に迫る。
最後に広背筋に力を入れ、そのまま限界まで広げていき――
「フロント・ラット・スプレッドッ」
ポージングが完成すると同時にジョビィ君の攻撃魔法が着弾した。
攻撃魔法が爆ぜ、炎が立ちある。
「あはははは! あいつバカだ! ジョビィ君の攻撃魔法をまともに受けてらぁ!」
「ざまーみろー! いっくら筋肉を鍛えたって魔法にはかなわないん―――――え?」
ジョビィ君の取り巻きがあげていた歓声が、途中で途切れる。
それは、炎の中から出てきた私が平然としていたからだろう。
驚愕に目を見開いたのは取り巻きだけではない。
ジョビィ君もまた、目を大きく開き、瞬きすら忘れあらわになった私の筋肉に視線が釘付けとなっていた。
「やれやれ、制服が燃えてしまったではないか」
さすがは炎系統の攻撃魔法、といったところかな?
私の着ていた制服の一部が焼け落ち、大胸筋と腹直筋がむき出しになってしまったではないか。
事の成り行きを遠巻きに見ていた生徒たちもみな私を指し示し、驚いた顔であらわになった筋肉に目を向けている。
「な、なんでダメージを受けてねぇ!? 直撃だったはずだぞっ!!」
ジョビィ君が動揺を隠そうともしない顔で言う。
私の洗練された大胸筋を見てしまったことにより、自分の大胸筋との差に動揺してしまったのかもしれない。
あるいは私と自分との腹筋と比べてしまい、ショックに打ちのめされでもしたのだろう。
そんなのは当たり前のことである。
「なに、大したことではない。筋肉が防いでくれたにすぎんよ」
「き、筋肉だと!? なにバカなこと言ってやがる!!」
「ジョビィ君! 筋肉おばけの言葉に惑わされちゃダメだ!」
「そーだよジョビィ君! そいつは神聖魔術科なんだっ。きっと防御魔法でも使ったに決まってる!!」
「っ!? そ、そうかっ! あぶねぇ……騙されるとことだったぜ」
額の汗をぬぐい、そう言ったジョビィ君の顔にはいくらか余裕が戻ってきた。
敢えて私の顔を睨みつけることによって、刺激の強いむき出しの筋肉から目を晒すことにも成功している。
「さっきは手加減してやったんだ。こんどはもう容赦しねぇぞ! 俺が持つ最強の攻撃魔法で――」
ジョビィ君がそう熱く語っている時だった。
「マッスルくん! リアーナちゃん! たすっ、助けを呼んできたよっ!」
エリィが息を切らせながらやってきてそう声をあげたではないか。
その後ろには、背の高い美しい女人を連れている。
はて? あの女人、どこかで見覚えが……。
「双方そこまでですわ! 学園内での私闘は固く禁じられていましてよ。これ以上続けるというのであれば……」
エリィの後ろにいた女人は、一歩前へずいと出て言葉を続ける。
「生徒会長であるこのスーザン・ボイ・ルートンが相手になりますわっ!」
スーザンと名乗った女人が威風堂々と胸を張る。
大胸筋はそれほどでもないが、目力がとても強く、その眼光は他者を威圧するには十分なものだった。
なによりもその声が美しい。
まるで天使のような澄んだ声音だった。
「…………チッ」
ジョビィ君が悔しそうに舌打ちすれば、
「生徒会長……よかったぁ」
私の広背筋に隠れるリアーナが安堵する。
なるほど。通りで見たことがあるはずだ。
あの仁王立ちしているスーザンなる女人は、この学園の生徒会長殿ではないか。
「……おい筋肉、今日は終いだ。だが憶えておけよ。行くぞ、お前ら」
「あ、待ってよジョビィ君!」
「おいてかないでー」
ジョビィ君とその取り巻きは、そう捨て台詞を残して去って行った。
確か生徒会長殿はこの国の王女殿下でもあり、富と権力をお持ちになっている女人だ。
町長のボンボン息子であるジョビィくん如きがイキれる相手ではなかったのだ。
「貴方はどうなさいますか? マッスル・ジョー・アームストロング君」
立ち去るジョビィくんの背を見送ったあと、スーザン先輩が静かに訊いてくる。
なぜ彼女が私のフルネームを知っているかは、あえて問うまい。
ボディビルダーはそこにいるだけで視線を集めてしまう存在なのだから。
「私は――」
「ま、待ってください生徒会長! マッスルさんは、上級生に無理やり連れていかれそうになったわたしを助けてくれただけなんですっ」
「…………そういうことでしたのね」
リアーナのべっぴんさんな顔を見てなにやら合点がいったのか、スーザン先輩は一度だけ頷くと、私の三角筋に手を置いて優しく微笑む。
「上級生相手にクラスメイトをよく守りましたね。貴方のような後輩がいることを、わたしくは誇りに思いますわ」
「なに、クラスメイトとして当然のことをしたまでですよ、先輩」
「ふふ。見た目は常軌を逸しているほど自己主張が強いのに、性格は謙虚なようですわね」
スーザン先輩は楽しそうに笑うと、
「今後、困ったことがあればわたくしを頼ってくださいな」
「しかし――」
「わたくしは生徒会長ですのよ? それに貴方たちの先輩でもあります。遠慮なんかいりませんわ。アームストロング君の背中に隠れている貴方もね」
「あ、ありがとうございますスーザン先輩!」
「…………承知した。私の筋肉が及ばぬ時はスーザン先輩の助けを借りることにしますよ」
「ふふふ、約束ですわよ?」
「うむ」
スーザンは私にそう念を押すと、「一応、あの4年生のことは教師に報告しておきますわ」と言って、校舎へと歩いて行った。
「……やれやれ、騒がしい先輩だったな」
「もうっ、ちゃんとスーザン先輩って言いなさいよね。マッスルくんたちを助けてくれたんだよ」
「わかっているさエリィ。生徒会長殿にはちゃんと感謝しているとも。もちろん、エリィにもな」
「う、うん……」
私がエリィと楽しく談笑していると、
「あ、あの……マッスルさん」
リアーナが遠慮がちに話しかけてきた。
「ん、どうしたリアーナ? 掴まれていた腕が痛むのか?」
「う、ううん。腕は大丈夫です。そ、その……マッスルさん、」
「?」
「助けてくれて……ありがとう」
心底安堵したといわんばかりの笑顔を浮かべるリアーナに、私は、
「気にすることはない」
と言い、こちらもとびきりの笑顔――ビルダースマイルで応じるのだった。