第9話 筋肉、自己紹介するっ!
神聖魔術学科の教師がいるところへ移動した私とエリィの2人は、魔力判定の結果を提出し、申請用紙に記入しはじめた。
「ではエイドリアンさん、あなたはここにサインをして下さい」
「はい!」
「え……と、アームストロングさん、あなたも本当に……その、神聖魔術学科を希望するのですか?」
「うむ。私は回復魔法を学びたいのだ」
「そ、そうですか」
私の言葉を聞いた神聖魔術学科の教師が、少し困ったような表情を浮かべた。
教師は整った容姿を持つ二十代半ばぐらいの女性で、白いローブを着ている。
「アームストロングさん……本当にいいのですか? あなたほど体格に恵まれていれば、当学園のエリート学科、魔法戦士学科へも入れると思いますよ?」
「教師殿、御忠告はありがたいのですが、私は他者を傷つける力など求めていない。私は……傷ついた筋肉を癒す力こそ欲しているのです」
「そうですか……わかりました。ではエイドリアンさんとアームストロングさんの申請を受理いたしましょう。あなたたちふたりは今日からこのわたし、アレクサンドラの生徒です。よろしくね、ふたりとも」
アレクサンドラ教師はそう言って笑うと、器用にウィンクしてみせた。
「せ、先生よ、よろしくお願いしましゅ!」
「うむ。よろしく頼むのである。アレクサンドラ教師よ」
「じゃあふたりとも、今日はもう寮に戻っていいですよ。荷解きも……あるでしょうからね」
アレクサンドラ教師の視線の先には、私が背負っている荷物がある。
「は、はい! じゃあ先生、明日からよろしくお願いします!」
「ふふ、先生は厳しいですよ。覚悟しておいてね」
「望むところである」
エイドリアンはアレクサンドラ教師のことが気に入ったらしい。
寮に向かって歩き出してもすぐ立ち止まり、何度も振り返っては手を振っていた。
◇◆◇◆◇
寮についた私たちは自分の荷物を持って別れ、自室へと向かう。
中に入って気づいたのだが、寮はふたつの建物が食堂を挟んでそれぞれ建っていて、向かって右側が男子寮。左側が女子寮となっていた。
健全な男女が別々の建物で生活をする。
そんなのは当たり前のことである。
寮の管理人である初老の男性から自室の鍵を受け取り、階段をのぼって自室へと向かう。
最上階である五階に、私の部屋はあった。
事前に受けた説明では、部屋は二段ベッドをふたつ設置した四人部屋で、基本的には同じ学科の生徒と同室になるらしい。
鍵を開けて中にはいる。
部屋にはまだ誰もいなく、また、荷物も置かれてはいなかった。この状況から考えるに、私がこの部屋で一番乗りだったということだろう。
私は荷物を部屋の隅に置き、同室となる学友を待つ。
「ルームメイトがどんな筋肉をしているか……フッ、楽しみであるな」
そんな私の呟きとは裏腹に、日が暮れ太陽が山々の間に消えても部屋に入ってくる者はついぞあらわれはしなかった。
◇◆◇◆◇
翌日、私は食堂でひとり朝食を取っていた。
周囲の生徒たちは、みな楽しそうに友人たちとおしゃべりしているのだが、同部屋の者がいなかった私には話す相手がいない。
5年ぶりのぼっちなうなのであった。
小山のように盛り上がった肉体と、けた外れな食事量をみせる私に話しかけてくる生徒などいるはずもなく、私はひとり黙々と食事を取り、腹八分目になったところで食堂を後にする。
エリィと出会う前のコミュ障だった自分の姿がフラッシュバックしてくるが、頭を振ってそれを追い出す。
自室で授業の準備をし、部屋を出て鍵を閉める。
管理人に鍵を預け寮を出ると、そこにはエリィが私を待っていた。
「エリィ……」
「マッスルくんおそいよー!」
そう頬を膨らませながら手を振ってくる。
私は友人の存在に感謝しながらも、足早にエリィの元へと向い、並んで歩いていくのであった。
今日から授業がはじまる、教室を目指して。
◇◆◇◆◇
「皆さん、おはようございます。わたしが神聖魔術学科の教師を務めるアレクサンドラです。わたし自身、教師としての経験は浅いのですが、皆さんと共に学んでいければと思っています。これから5年間、一緒に頑張っていきましょう」
「「「はい!」」」
生徒たちの元気のよい返事にアレクサンドラ教師はニコリと笑うと、教室を見まわして生徒全員の顔を見る。
一番後ろの席に座る私と(体格がよすぎて後ろの生徒が前を見れないから)目が合うと、少しだけ困ったような顔をしていたが、その意味はなんとなく察することができる。
寮に同室の生徒がいなかった時点で薄々感づいてはいたが、神聖魔術学科の男子生徒は私ひとりだけだったのだ。
アレクサンドラ教師が困ったような顔をしたのは、女子生徒に囲まれる私を不憫に思ったからであろう。
「では、授業をはじめる前に自己紹介をしていきましょう。これから5年間、一緒にがんばっていく仲間なのですからね。じゃあ、まずは先生から、」
アレクサンドラ教師はそう言うと、コホンとせき払いしてから、自己紹介をはじめた。
「先生の名前はアレクサンドラ・スー・タンです。歳は21。得意な魔法は回復魔法と防御力をあげる補助魔法。趣味は読書です。えーっと……こんなところかな?」
「せんせーしつもーん。せんせーは結婚してるんですかー?」
「先生は未婚です」
「なら彼氏はいるんですかー?」
「きゃー、それあたしも気になるぅ」
生徒たちから、さっそく下世話な質問が飛び交った。
女子生徒ばかりだからか、きっと噂に名高い女子高のうようなノリなのだろう。
「その質問は秘密です」
「えー? どーしてですかー!」
「先生の自己紹介は終わりました。では右側の生徒から自己紹介していって下さい」
アレクサンドラ教師にそう言われ、教室の右側に座る生徒から順番に自己紹介がはじまった。
「わ、わたくはリアーナっていいます。趣味は――」
名前に趣味、特技などを交えながら自己紹介ししていく女子生徒たち。
笑いを誘う者。緊張しているのか、声の小さい者。あるいは己の目標を語る者など、様々だ。
お、次はエリィの番だな。
エリィは立ち上がり、クラスメイトたちからの視線を受けて少しだけたじろぐが、唇を引き締めると、胸に手をあてて一礼する。
「あ、あたしはエイドリアン。教会でお世話になった神父様の勧めでこの学園にきました。よ、よろしくお願いしましゅっ!」
残念。最後で噛んでしまった。
だが、クラスメイトたちから微笑みと温かい拍手を受けているのを見る限り、なかなか良い印象を持ってもらえたようだな。
「じゃあ、次は……あ、アームストロング君、自己紹介してもらっていいかしら?」
「承知した」
アレクサンドラ教師に促され、立ち上がる。
なぜかエリィの時とは違い、誰もが私から目を逸らして顔を伏せっているが……おそらくは筋肉の刺激が強すぎて直視できないのだろう。
幼い少女とは、ともすれば簡単に恋に落ちてしまう無垢な生き物だ。
それが、突如として少女の園に異性である私が舞い降りたのだ。
それも類まれな肉体を持ってして。
恥ずかしさから目を逸らしてしまう。
そんなのは当たり前のことである。
「私の名はマッスル・ジョー・アームストロング。趣味は筋肉。特技は筋肉だ。よろしく頼む」
そう自己紹介を終えたにも関わらず、誰からも――アレクサンドラ教師からも拍手は起こらなかった。
ただひとり、友であるエリィをのぞいて。