珠、のりりんの謎を知る
頑張りました!
私と小豆、頑張りましたよ!!
来るときにも通った橋本を過ぎ、当麻という集落で一泊します。
午前中にのんびりしすぎたせいで、到着したときは陽が落ちてしまいました。
寝て起きたら、すでに朝ですよ。
ちょうど、お日様が昇ってくる時間です。
ご来光を眺めつつ、次に向かうは川です。
行きでも渡った馬入川らしいです。
しかも、その川を下るんですよ!
船に乗って川下りです!
「危ないので、真ん中にいてください」
大きな船ですが、これも丸木舟らしいです。
本来なら渡しだけしかやっていないそうですが、のりりんが漁師さんにお願いして運んでもらっています。
漁師さん、帰りはどうするのでしょうか?
川の流れは穏やかなので、頑張って漕げば上れるかもしれませんが…。
さて、問題は小豆だったのですが、規兄が金に物を言わせ…。
いや、漁師さんに丁寧にお願いして、別の船で運ばれています。
小豆と一緒にたかじょーも乗っていますが、川に落ちてしまった場合、たかじょーが陸路で追いかけることになっているそうです。
まぁ、小豆は大人しく藁を食べているので、しばらくは問題ないでしょう。
ゆっくりまったりとしながら、風景を楽しんでいると、あっという間に目的の渡しについたようです。
戸田の渡しでは、たくさんの人がいました。
「あちらの方には大きな神社があるのですよ」
のりりんが教えてくれましたが、神様がいる場所には、自然と人が集まるのかもしれませんね。
ここからは比較的楽らしいので、距離を稼ぐと言っていました。
なんでも、大山という山の近くまでは、参拝者の道があるのです。
その道を使い、波多野まで向かいます。
道中、のりりんがいろいろなことを教えてくれました。
大山の頂上近くには、お不動様のお寺があったり、薬師様のお寺があったりと、信仰深い人たちがお参りに行くそうです。
大山も名前の通り大きな山でしたが、その向こうにもたくさん山が連なっていました。
今は濃い緑ですが、季節によって色が変われば、また綺麗なんでしょうね。
まもなく波多野に着くというところでは、弘法大師が修行したお山があるそうです。
竹兄に教わったような気もしますが、偉いお坊さんとしか覚えていません。
波多野で一泊するのですが、ここであることに気づきました。
しず姉のお家にこんな大人数で押しかけて大丈夫なのでしょうか?
「泊まるのはしず姉上のところではなく、別のところだ」
それがどこかは教えてくれないのですか?
「まぁ、楽しみにしてろ」
規兄に上手く誤魔化された気がします。
楽しみにしていろってことは、私が楽しめる場所ってことですよね?
わからない方がわくわくしてきました。
明日はいい一日になりそうです!
なんて考えは甘かったようです。
「ここからは私が先導いたします。山道が続きますので、姫様、きつくなったらすぐに申してくださいね」
そう言ってきたのは、のりりんでした。
のりりんは迷うことなく、細い道を案内していきます。
あー、のりりんの言う通り、ずっと山が続いています。
照兄のところも山が多かったですが、こちらは山しかないって感じです。
その山々の合間を縫うように道があり、わずかな隙間に集落があります。
波多野から一刻ほど過ぎた頃、小豆から下りてからだと四半刻も経っていないくらいですが、脱落しました。
しんちゃんの背中にお世話になってます。
「もう少しです。あの峠を越えたらすぐですよ」
のりりん、その峠が遠いですよ。
えっちらおっちらと一生懸命歩きます、みんなが…。
私は、しんちゃんの背中から、こたこたの背中へと移動しています。
小豆も歩きにくい道を頑張ってついてきてくれます。
「これほど体力があって、性格も大人しいとは。いい馬だ」
たかじょーが小豆を褒めます。
確かに、川下りにも怯えることなく、のんびりと餌を食べていました。
おしゃべりをしながら歩き続け、陽もてっぺんに差しかかる頃でした。
「姫様、見えてきましたよ」
う?
しず姉のお家ですか?
のりりんが指差す方向を見ると、小さなお城とその周囲に集落がありました。
あの中のどれかですかね?
集落につくことはできましたが、しず姉のお家はどこですか?
「我が松田領へ、ようこそお出でくださいました。松田家当主として、珠姫様を歓迎いたします」
「う??」
どういうことですか?
意味がわからなくて、規兄を見つめます。
「面白い顔になっているぞ」
顔はどうでもいいので、のりりんが言ったことを説明してください!
「憲秀は、ここら一帯を任されている松田家の当主だ。早雲公が伊豆国に来られる前から、地元に根づいた武将だ」
つまり、歴史ある武将さんってことですか?
「とりあえずは、屋敷に参りましょう。姫様には、そこでお話しますよ」
というわけで、のりりんのお屋敷にお邪魔しました。
「氏規様、珠姫様、ようこそお出でくださいました」
お屋敷のお部屋に通されると、そこにはびっくりな人がいました。
「のりりんが二人いる!!」
「こら、珠」
規兄に怒られてしまいましたが、だって瓜二つなんですよ!
驚かない方が無理です!
「弟です。そして、私の影でもあります」
「かげ?」
「私が動けないときに、私の代わりを務めてくれる存在です」
のりりんの言い方だと、影武者とか身代わり的な意味ではないようです。
のりりんの代わりに、のりりんとして指示を出したりしているのかもしれません。
「頼秀と申します」
おぉ!声もそっくりです!
双子なんでしょうか?
「珠です。のりりんとよりひでさんはふたごなんですか?」
「珠!」
先ほどより強く、規兄に名前を呼ばれました。
「えぇ、そうです。父は忌子である私を、憲秀と同等に育ててくださいました」
「…いみこ」
「馬鹿馬鹿しい話だが、同時に生まれる赤子はよくないものとして扱われるのだ」
規兄の顔が凄く険しくなっています。
このことを本人たちに言わせたくなかったのでしょう。
だから、私をとめるために怒ったんですね。
そんな配慮を無碍にしてしまいました。
「同時に生まれようと、血を分けた兄弟には違いない。それを引き離すなど」
兄弟思いな規兄だから、よけいにそう感じるのでしょう。
「よくないものなんかじゃないよ!兄弟よりももっとすごいんだよ!」
というか、双子だからよくないとか、いったいいつの時代ですか!!
「氏規様と姫様なら、頼秀を受け入れてくださると思っておりました」
「まさにぃもてるにぃも、父上だってそう思うよ!」
規兄だけでなく、私の家族なら双子がよくないものだなんて思わないはず。
精一杯そう告げると、二人は顔を見合わせ微笑みました。
「私もそう思います。現に、大御屋形様は私たちのことを知ったあとも、変わらずにお側に置いてくださっています」
さすが私の父上です!
これで双子をよくないとか言っていたら、父上のことを嫌いになるところです。
「ご安心ください。我々は北条家に生涯の忠誠を捧げます」
「珠姫様、こやつらの忠誠は恐ろしいですよ。現に今も…」
たかじょーが何か言いかけましたが、何が恐ろしいのですか?
「松田一族は歴史も古く、各地に散らばっておりますので、その伝手を使っていろいろとやっているだけですよ」
うーん?
のりりんの笑顔がちょっと怖いのですが…。
ひょっとして、のりりんって母上みたいに怒らせるとまずい人でした?
夕餉の前に、のりりんと頼秀さん…よりりんから松田一族の歴史を教えてもらいました。
「我が一族は、古くは藤原の血をひいておりまして…」
藤原さん?
はて、そんな武将さんいましたっけ?
「藤原姓の祖である、藤原鎌足から始まり、傍流ではありますが、藤原公光という方が相模守に就かれたのです」
よりりんがのりりんの言葉を引き継ぎましたが、息がぴったりですね。
それで、藤原鎌足さんでしたっけ?
竹兄から聞いたことがあったと思います。
よく覚えてはいませんが、とにかく凄い人だとわかっていればいいのです!
「藤原から波多野と姓を変えた一派から、さらに松田が枝分かれしたのです。源平のときにいろいろとあったようで、本来なら宗家が相模にいなければならないのですが、源頼朝から出雲に拝領したこともあり、宗家の松田は備前にいるのです」
おぉ!源頼朝さんなら知っていますよ!
鎌倉幕府の人です!
で、安芸とか備前ってどこですか?
しんちゃん曰く、備前は早雲祖父ちゃんの出身地で、京よりもさらに西だそうです。
…京の西?瀬戸内海辺りですかね?
「曽祖父と祖父は早雲公についてこちらに来たのち、相模の松田家を継いだのですよ」
松田家とはいったい何十年のお付き合いなんでしょうか?
いや、百年は越えているかもしれません。
そう考えると、家臣の一族も家族と同じかもしれませんね。
だって、世代が代わっても一緒にいてくれるって凄いことですよね!
みんなで仲良く夕餉をいただいて、規兄に体を拭いてもらってさっぱりしたところで暇になりました。
のりりんがお屋敷は自由に歩いていいと言うので、早速こたを引き連れて散策しましょう!
お庭に出てみると、お外は夕闇が支配していて、お空にはいくつか星が瞬いています。
「おぉ。お空が広いです!」
「いや、当たり前だろ」
こたは風情というものを理解していませんね。
星は冬の方が綺麗ですが、夏の星も天の川とか織姫と彦星とか、素敵なものがいっぱいなのですよ!
「じょうちょがないと、女子にきらわれますよ!」
「別に嫌われたっていいね」
まったく。そうやって粋がっていられるのも今のうちだけですよ。
元服したら、嫌でも縁談とか持ち込まれるのですから。
…あれ?その縁談の世話をするの、私の役目だったりします?
こたとしょうもないやり取りをしながら歩いていると、前方に人影が。
一瞬、幽霊かと思ってびっくりしてしまいました。
「よりりん?」
声をかけると、振り返ったのはよりりんで間違いありませんでした。
「だから、勝手に変な呼び方するのやめろよな」
こたがぶつくさ言っていますが聞こえません。
「私のことですか?」
「はい。のりりんなので、よりりんです」
「姫様は、私のことを気味が悪いと思わないのですか?」
う?
急にどうしたのでしょうか?
顔にも元気がありませんね。
「どうしてですか?」
「憲秀と同じ顔、畜生のように同じ腹から生まれたのですよ。本当であれば、生まれたときに殺されてもおかしくはありません。今もなお、私は頼秀ではなく、憲秀として過ごす時間の方が多いくらいです」
よりりんはよりりんで、いろいろと苦しんできたのでしょう。
双子が不吉ということで、養子に出されたり、捨てられたり、殺されることだってあるなかで生かされたゆえに。
「それでも、よりりんはよりりんです。のりりんにも、兄上たちにも、よりりんは必要なのです」
「必要…ですか?」
「はい。信じられなくてもいいですが、のりりんのことは信じてあげてください。あなたたちには、兄弟とはまたちがう、見えない何かでつながっているんだと思います」
よりりんは思うところがあるのか、言葉を発しません。
なので、私はそのまま続けました。
「きずなや情とかではでなく、もっと強いものです。それはお二人にしかわからないもので、すばらしいものだと思います」
きっと、のりりんたちの父上は、どちらか一人にはしたくなかったのでしょう。
いつ死ぬともしれぬご時世です。
跡継ぎがというよりは、父親が死んだあと頼れる身内がいないというのを危惧したのではないでしょうか?
想像にすぎませんが、早雲祖父ちゃんのときから我が北条について来てくれた一族です。
家族を大事にすることが、いかに重要かを知っていてもおかしくはありません。
「もし何か言われたら、この珠がせいばいします!だから、よりりんは自分のやりたいことをやってください」
「…姫様が成敗するのですか?」
「はい!じっさいにやるのはふうまですが、命令するのは珠なので、せきにんは持ちます」
「やるのは俺らかよ…」
こた、うるさいですよ!
「あぁ。風魔は姫様についたのでしたね」
「一人でかかえこんじゃだめですよ。よりりんは一人じゃないのです。のりりんも兄上たちも、珠だって、よりりんの味方です!」
「一人じゃない…。そうですね。私だけで答えが出るものではありませんね。憲秀にも、話してみることにします」
最初よりも、柔らかい表情になったよりりんを見て安心しました。
「引き止めてしまって、申し訳ありません。お体が冷えてしまいましたね」
部屋まで案内してくれるというので、よりりんと手を繋ぎ、明日しず姉に会えるのが楽しみだと話しながら戻った。
部屋に戻ると、すでに規兄は寝ていました。
せいちゃんとれんちゃんも隅っこの方で寝ています。
珍しいことに、こたこたも横になっていましたが、私たちが戻るとすぐに起きてしまいました。
「起こしてしまいましたか?」
「いいえ、大丈夫です。信太郎と交代して参ります」
そういえば、しんちゃんがいませんね。
どこで見張りをしているのでしょうか?
こたこたは、こたに二刻したら交代だと告げて出ていってしまいました。
少し早い気もしますが、私も寝ましょう。
着物を脱いで襦袢だけになると、肌寒く感じました。
やはり、外にいたので冷えてしまったのでしょう。
こういうときは、一人で寝ると風邪を引いちゃうので、規兄の寝床に潜り込みます。
規兄が布団代わりとなってぬくぬくです。
明日はようやくしず姉に会えます!
どんな人なのか、楽しみですねぇ。
珠ちゃんで、今年の締めくくりです!
補足
松田家:大化改新で有名な中臣鎌足こと藤原鎌足さんを祖とし、相模守の藤原公光の娘を娶った佐伯経範が波多野を名乗ったとか。藤原を名乗っていたとか、養子になったとか、諸説あるようです。
その子孫が鎌倉時代にいろいろありまして、領地を没収されたけど、一部だけ戻してもらえたのが松田郷(現在の足柄郡松田町)です。
そこから、松田姓を名乗るようになったのですが、今度は出雲の方に領地をもらえたので(一族の中から何人ももらえちゃったらしい)、拠点を出雲周辺に移し、勢力拡大したのが備前松田家。
その後、松田郷は親戚の波多野さんたちがお手伝いしていたっぽいのですが、大槻成家さんが俺が松田になると言って松田郷を引き受けたらしい(本当かはわかりませんが)。
松田になった成家さんが相模松田家の初代となります。
しかし、七代目は備前松田家の出で、幕府の命で関東に来て、相模松田家の養子となり継いだ。備前時代には、早雲と武者修行をしたこともあるらしい。
当時相模で力を持っていた大森さんとも仲良くできないし、早雲も来たから早雲についていこうってなり、今にいたる。
作中では宗家を備前松田家にしていますが、本当はどちらが宗家かはわかっていないようです。
松田頼秀:オリジナルキャラ。松田憲秀の双子の弟。
のりりんがスーパーマンだったので、分身させてみました。
のりりんの仕事の一部は頼秀が行なっており、父上も政兄も知っている。
昔の双子:忌子として、最悪の場合は殺されていたようです。当時の風習として、子供は七歳までは神の子と言われていたので、殺しても神様の元へかえると免罪符にしていたのでしょう。
また、双子を産んだ母親も畜生腹(たくさん子を生む動物のような腹)と蔑まれていたようです。
松田家の歴史については、サイトの「松田家の歴史」様を参考にさせていただきました。