珠、川を満喫する
三田さんのところからの帰り道、規兄の提案で少し川遊びをすることになりました。
緊張から解放されて、はしゃいでいるようです。
流れの緩やかな場所を見つけると、すぐに褌一丁になって飛び込んでいきました。
規兄に続いて、れんちゃんやせいちゃん、こたと川へ入っていきます。
うぅぅ、羨ましいです!
私は、しんちゃんと二人で足だけつけて、小さな日陰で涼んでいます。
水が気持ちいいですねぇ。
足をちゃぷちゃぷさせていると、川底にキラッと光るものがありました。
一つだけでなく、いくつも光っています。
「しんちゃん、あれ何かな?」
「鮎でしょう」
おぉ!あの鮎ですか!
食べたことはないですが、きっと美味しいんでしょうね。
「あちらの方で、憲秀殿と康成殿が釣りをしておられるます。鮎を釣り上げるかもしれません」
しんちゃんに言われて、少し上流の方を見ると、確かに二人が釣りをしていました。
どこから釣竿を調達してきたのでしょうか?
でも、鮎ってそんなに簡単に釣れるものでしたっけ?
鮎じゃなくてもいいので、美味しい川魚が食べたいです!
「あ!かに!!」
座っていた石の隙間から、そこそこ大きな蟹が出てきました。
淡水の蟹といえば、沢蟹ですかね?
素早く横歩きする姿が可愛くて、追いかけてみることにしました。
それにしても、丸みのある石を器用に登ったり下りたり、どうして落っこちないんでしょうか?
「姫様、危ないですから」
しんちゃんが注意してきますが、時すでに遅しです。
苔に足を滑らせてしまい、勢いよく川に落ちてしまいました。
「姫様っ!!」
幸い、すぐにしんちゃんが助けてくれたので、怪我もなく無事です。
流れが緩やかで、そこそこの深さがあったのがよかったのでしょう。
足がつかないという恐怖を一瞬味わいましたが、一瞬ですんで何よりです。
「びっくりしたー」
「驚いたのた私の方です」
私が落ちた音に気づいたのか、規兄たちも集まってきました。
「珠、大丈夫か!?」
「はい。しんちゃんが助けてくれたので」
大事にいたってないことを確認すると、規兄が着物を脱ぐように言ってきました。
いや、規兄、それはちょっと…。
姫として、身内以外に肌を見せるのはよくないと思うのです。
私がぐずっていると、規兄はてきぱきと帯を外していきます。
なんか、手慣れてますね。
すると、こたこたがどこからともなく現れ、お着替え一式を置いていきました。
「万が一を考えて用意させておいた」
なぜ着替えがあるのか不思議に思っていたら、規兄が用意してくれていたのですね。
ただ、万が一って、私が川に落っこちることを想定していたのでしょうか?
素早く肌を手拭いで拭くと、これまた素早く肌襦袢を着せられます。
髪を手拭いで落ちないよう留めると、着物を着せ、帯まで結んでくれました。
規兄、どうして着付けができるのか謎ですよ。
あとは髪をまとめるだけですが、濡れたままでは上手くいきません。
仕方ないので、手拭いをくるくる巻いて帽子のようにしました。
騒動を聞きつけて、のりりんとたかじょーもこちらに戻ってきました。
「つれましたか?」
「えぇ。数匹ですが…。珠姫様、お怪我はございませぬか?」
のりりんは心配してくれますが、それよりも手に持っているお魚が気になるのです。
籠ではなく、枝にお魚を刺しているんですよ!
じーっとお魚を観察しますが、模様からするとヤマメでしょうか?
…鮎はいませんね。
「あゆじゃない…」
「姫様、鮎が食べたいのですか?」
私のがっかりした様子に、しんちゃんが聞いてきました。
「うん…」
でも、考えてみれば、鮎は鮎がないと釣ることはできなかったです。
岩の苔を食べるので、虫とかじゃなくて、投網でがばーっとしないと獲れません。
「清志郎、蓮次郎、二、三匹獲ってこい」
しんちゃんの言葉にびっくりしました。
しんちゃんが誰かに命令するのって初めてですよ!
丁寧な言葉じゃないのも、初めて聞きましたよ!!
こたにですら、丁寧な言葉を使っているしんちゃんがですよ!!
「どうかされましたか?」
「しんちゃんがめいれいしててびっくりした…」
意外な一面というか、しんちゃんの素はそっちなのかもしれない。
せいちゃんとれんちゃんは、しばらく川の中で立ったままじーっとしていました。
どうやって鮎を獲るのか、不思議に思っていると、それは一瞬のことでした。
ぱしゃっと音がしたら、何かが飛んで来ました。
元気よく飛び跳ねるそれは、たぶん鮎です。
それを何度か繰り返し、四匹の大きな鮎が獲れました。
「すごい!!」
岸へと戻ってきた二人を称賛します。
二人は少し照れた様子を見せましたが、今度は手に何かを持ちました。
こたこたも手伝って、枝を串のように細く鋭くして、鮎に刺します。
のりりんたちが獲ったヤマメも内臓を取り除いてから洗い、串に刺しました。
凄く手際がいいですね。
しんちゃんが串に刺さった鮎を持ってくると、匂いを嗅いでみてくださいと言ってきました。
うーん、なんか嗅いだことのある匂いが……。
西瓜というか、きゅうりに近いですかね。
この香りが鮎の特徴なんだそうです。
苔を食べて育つので、いい匂いがすると聞いてはいましたが…。
確かに、魚の匂いというよりは、野菜とか植物っぽい匂いでした。
あぁ、冷やしたきゅうりに塩を振って食べたいですね〜。
そういえば、きゅうりを見たことないです…。
探してみますか!
私が鮎を嗅いでいるわずかな間に火を起こし、火の周りに魚を並べていきます。
塩とか炭って、どこから出てきたのでしょうか?
これも、万が一で用意していたんですかね?
火の周りで、水遊びをしていた面々も着替え、鮎が焼けるのを待ちます。
ぱちぱちと爆ぜる音が、とても食欲をそそります。
香ばしい匂いもしてきました。
…まだですかね?
……もういいですかね?
そわそわしている私の様子が面白いのか、こたが笑いを堪え……きれずに大笑いしています。
こた、背後にいますよ、こたこたが。
案の定、ごちんとやられたこたは、頭を抱えて悶えています。
それにしても、こたこたのげんこつは本当に痛そうです。
焼けた鮎をしんちゃんが取ってくれました。
「熱いですので、すぐには食べないでください」
しんちゃんの忠告を守り、まずは匂いを楽しみます。
先ほどのきゅうりに似た匂いはなくなり、焼き魚特有の匂いがします。
それでも、海の魚とは違い、鼻に残らない感じです。
鮎がほどよく冷めたところで、思い切りかぶりつきます。
……うっ、うまーい!!
皮がぱりぱりいいますよ!!
白身もふっくらで、塩がまたいい塩梅です。
腹の部分には苦味がありますが、食べられないほどではありませんでした。
あっという間に頭だけになってしまいましたが、規兄は頭もばりばりと食べています。
…食べられるんですか!?
一口かじってみましたが、骨が刺さって痛かったので、諦めます。
たぶん、鮎の頭は大人の味なのです。
一口かじった鮎の頭を規兄にあげ、のりりんからヤマメを一口もらいます。
お?おぉ!
ヤマメの方が味が濃いような気がします。
ご飯が恋しくなる味です。
太刀魚に少し似ている気もしますが、どちらかと言うなら鮎の方が好きですね。
魚の中だと、太刀魚が一番好きですが。
貝だとハマグリですねぇ。
…海の幸が恋しくなってきました。
早く、小田原に帰りましょう!!
あ、その前に、しず姉に会わないといけません!
お久しぶりの珠ちゃんです!
珠ちゃん、びしょ濡れになるのが持ち芸みたいになっている(笑)
皆様は、川魚と海魚、どちらが好きですか?
海育ちな私は海魚です!