珠、三田さんと対峙する 一の巻
怖いおじいちゃんの登場に、もう泣きそうです。
こうして見ると、父上はまだ怖い顔ではなかったんですね。
母上の怒った顔より怖いです。
「ほぉ。太田殿もご一緒とは…」
「お久しぶりにございますな、三田殿」
えーっと、なんか冷たい空気が流れてますけど…。
「お招きいただき感謝いたす。北条氏康が子、氏規と申す」
「珠です」
「其方が珠姫か」
うぅぅ。怖いです。目がきらんってなりましたよぉ。
「倅より話は聞いておる。鼠を返して欲しいとな…」
怖いですが、ここは頑張りどころです!
負けてはならないのです!!
「はい。かえしてほしかったら、おしろにこいと言われたので来ました!もちろん、ただでかえせとは言いません」
よし、ちゃんと言えましたよ!
「面白い。珠姫は我々に何を差し出すと?」
「今、けつだんできるのは、そちらのもくざいをかいとることです」
まずは小出しにするしかありません。
三田さんの反応を見逃さないようにしないとです。
「まぁ、木ならたくさんあるからな。しかし、それで金は入るかもしれないが、その売った木を使い、城でも建てられては堪らんな」
帆船のことは、けして口にするなと厳命されています。
木の使い道を言うわけにはいきませんが、お城は思いつきませんでした。
「…あ、おしろもたてられるの?」
お城といえば土塁やお堀なので、木をたくさん使い…ますね。
櫓やお屋敷には、木が必要でした。
「城に使うつもりがないというのであれば、何に使うつもりだ?」
「なんにでもつかいますよ?」
橋を作ったり、父上が作った水道みたいなのや、お皿とか桶とか、大小様々なことに使えます。
フリスビーをたくさん作ってもいいし、他におもちゃ…積み木も面白そうですよね!
「話にならんな」
うぅぅ。
ここで泣いてはだめです。
「三田殿、其方にお世話になっているものは、無事でしょうか?」
規兄が尋ねると、三田さんは命はまだあると言いました。
一瞬、拷問という言葉がよぎりましたが、生きているのなら可能性はあります。
「しかし、お主らも変わっておる。たかが鼠のために、殺されるかもしれぬ土地へ来るとは」
たかがなどと…!
すかさず規兄に宥められましたが、三田さんはそんな私たちを面白そうに見ています。
「妹の願いを叶えるのは、兄の特権なのでね」
「あの噂は違わずということか」
だーかーらー!
どこまで噂が出回っているんですか!
照兄のせいですね!!
しれっと言ってしまう規兄もどうかと思います!!
「まぁ、愚かな主を持つと、下は苦労する」
…先ほどから毒を吐いてきますが、わざとなんでしょうか?
どうも、こちらを怒らせにきているような…。
うーん。
「では、おろかにならないほうほうはございますか?」
「切り捨てることよ。要らぬものは捨てる。決断の速さが戦況すらも変えることがある」
ほうほう。
気が短いのかなとも思えますが、上の決断が速いと下は安心しますね。
ものによっては、下を振り回すことにもなりますけど。
「では、私もみたさんをみならいます!」
「ん?」
「とらえたものをかえしてもらうには、何をすればいいのですか?」
腹を探りあっても答えが出ないのであれば、単刀直入に聞くべし!
「そうきたか!」
がははっと豪快な笑い声を上げていますが、その笑い方もちょっと怖いです。
「北条であるお主らに、求めることはない!」
敵だからですかね?
それはそれで困るのです。
「さぁ、どうする。珠姫よ」
「しばらく、時間をもらいたい」
私の代わりに規兄が答えましたが、時間をもらってどうするのでしょうか?
「別に構わぬ。部屋も与えよう。ただし、部屋から出るようなことがあれば、問答無用で叩き斬る」
「えぇ。構いませぬ」
というわけで、話し合いのため、別の部屋に移されました。
まさやんだけが三田さんに呼び止められ、私たちとは別行動になってしまっています。
こたは、北条からの離反を促すのだろうと言っていましたが、まさやん大丈夫でしょうか?
別室は、庭らしきものに面した角部屋でした。
外に面したふすまを開けると、縁側になっています。
冬は寒そうですね、この部屋。
「言葉通り、動けるものなら動いてみろというところですか」
「わざわざ外に出れる部屋を用意するあたり、そうだろうな」
こんな状況でも、のりりんとたかじょーは余裕です。
「さて、珠。お前には選択肢が二つある。捕らわれた風魔を諦めるか、石けんのことを持ちかけるかだ」
「あきらめることはできません」
即答です。
ここで諦めるくらいだったら、はなから来ていません。
「だろうな。だとすると、石けんをどう切り出すかだな」
「現物を見てもらうのが一番でしょうが、今はありませんからね」
手元にあるのは、シャボン液ですからね。
でも、手を洗うくらいはできますよ?
「いざとなれば、小田原まで走らせるか。こちらは拘束されるだろうが」
「ここまで来た以上、三田と手を結ぶか、滅ぼすかしか、我々が生き残る道はないと思われますが?」
たかじょー、物騒な発言は止めて欲しいです。
「まぁ、そうなるだろうな」
きっと、規兄やたかじょーは、今の戦力でどうやってこの城から出るかを考えています。
私は、シャボン液でどうやって三田さんを口説くかを考えているのですが、シャボン液も結構優秀だと思うのですよ。
遊ぶこともでき、手も洗え、洗濯もいけますよね。
「あれ?」
お外から、笛の音が聞こえてきました。
高く透き通るような、美しい音色です。
「ほぉ。なかなかのものだな」
規兄も気づいたようで、笛の音を褒めます。
兄上や姉上たちは、じぃからいろいろと教えてもらっているので、笛も嗜み程度は吹けます。
というか、じぃが笛にめちゃくちゃはまっているので、半強制的に教わるのです。
私も教わりましたが、吹けたことがありません。
そういえば、じぃに作ってもらった笛、どこにしまったんでしょう?
気になって、お外を覗いてみます。
どこから聞こえてくるのか、よくわかりません。
ふすまを開け、身を乗り出そうとしたとき、しんちゃんとこたに止められました。
「これ以上はなりません」
「斬られたいのか?」
うぅぅ。
そうでした。お外に出ると斬られるのでした。
「きれいなねいろなのに…」
じぃの笛より音域が高く、繊細で、いつまでも聞いていたくなります。
どんな人が吹いているのでしょうか?
ずっとお外を見ていると、音色が止んでしまいました。
すると、女性が歩いてきたので、とっさに呼び止めます。
「あの、先ほどのふえ、だれかごぞんじですか?」
急に声をかけたせいか、とても驚いた顔をしています。
「え?…子供?」
そして、私が子供なことにも驚いています。
どうしてでしょう?
「あの…」
「…あ、笛でしたらわたしですが…」
おぉ!笛の人でしたか!
「ずうずうしいのですが、ふえを聞かせてください!」
ふすまの隙間から頭だけを出したまぬけな状態なので、ちゃんと頭を下げられなくてすみません。
「珠!」
規兄が不審に思ったのか、ふすまをぱーんと開けました。
規兄が姿を見せると、女性が怯えてしまったのです。
私は座っていますが、規兄は仁王立ちしています。
余計に怖いですよね。
「のりにぃ、こわい顔しちゃだめ!」
「…怖い?…俺の顔、怖いか?」
あ、規兄を傷つけてしまったようです。
「のりにぃはかっこいいよ!でも、こーんな顔だと、母上みたいだから…」
こーんな顔、指で目尻を吊り上げて、母上の怒った顔を再現します。
母上、美人だから、怒った顔がめちゃくちゃ怖いんです。
殺気まで放たれると、本気で命の危険を感じます。
「似てる似てる」
笑いながら、母上に似てると言ってくれましたが、なんか複雑です。
褒められてないですよね?
規兄だけでなく、こたやたかじょーも笑っていますが、女性の柔らかな笑い声も聞こえました。
「仲がよろしいのですね」
「はい!」
よかったです。
規兄に怯えていましたが、笑顔を見せてくれました。
「珠ともうします」
「笛です」
おぉ!お名前も笛なんですね!
「失礼した。北条氏規と申す」
「北条!」
やっぱり驚きますよね。
ここにいるってことは、三田さんに所縁のある方でしょうし。
「三田殿の姫であろう?ここにいては怒られぬか?」
「はい。三田十五郎の娘です」
規兄の言う通り、お姫様でしたか。
私が言うのもなんですが、怒られませんかね?
護衛も付けていないようですし。
「よびとめてしまって、ごめんなさい。おこられてしまいますね」
ちゃんと見えるように頭を下げます。
「大丈夫です。笛を吹いていたと言えば、怒られません」
そう言うと、笛姫が笛を吹いてくれました。
笛姫の笛は横笛で、じぃの笛とは違います。
「見事だな。氏照兄上よりも上手いかもしれん」
照兄も笛が上手なんですか。知りませんでした!
今度、吹いてもらいましょう!
笛姫が吹き終えると、余韻に浸るようにほぅっと息を吐きます。
「やっぱりすごくきれいです!」
「有り難きお言葉です」
何かお礼ができればいいのですが…。
そうだ!!
「ちょっとまっててください」
自分の荷物から水筒を取り出し、こたの水筒も奪います。
こたの水筒の中身を庭に捨て、私の水筒の中身を移しました。
問題はストローですね。
うーん、半分に切っても大丈夫ですよね?
「しんちゃん、これを半分にして!」
ストローを差し出すと、しんちゃんは目的をわかってくれたのか、受け取ったあと空中で真っ二つにしてくれました。
軽くぽいっと投げたと思ったら、短刀でスパッです。
ストローも短いですができたので、さっそく笛姫に差し出します。
「…これは?」
「シャボン玉です!ふえのおれいです!」
突然、シャボン玉と渡されても、困りますよね。
見本として、私がシャボン玉を作ります。
「こうやってあそぶのです」
ふーっと息を吹いて、シャボン玉を飛ばしました。
「まぁ!」
ふわふわと飛んでいくシャボン玉を見つめ、笛姫が目をキラキラさせています。
掴みはよし!って感じです。
「でも、こんな貴重なもの、いただくわけにはいきません」
謙虚ですね。
私だったら、喜んでもらっていますよ。
「じゃあ、会えたときにふえを聞かせてください。そして、お友だちになりましょう!」
次いつ会えるかはわかりませんが、お友達になってしまえば、どうにかできると思うのです。
そして、友達の証としてもらってください。
「友…。そんなこと言われたのは初めてです。友になれるでしょうか?」
「なれます!ふえひめと珠は友だちです!」
では、さっそく、シャボン玉で遊びましょう!!
補足
じぃの笛:一節切と呼ばれる竹製の縦笛。尺八の原型と言われる。
じぃは一節切の名手で有名だが、珠はそれを知らない。
笛姫:三田綱秀の孫。
作中では、珠の初めてのお友達。
笛姫にとっても、初めてのお友達が珠という。
史実では、三田氏が負けた際に、綱秀が家宝の笛を形見として持たせ逃した姫。
のちに、氏照と遭遇するが、笛の腕前と、若い娘ということもあり、氏照が保護する。
笛が趣味という共通点から、仲良くなるが、浮気を疑った比佐に殺されるという、不遇のお姫様である。
ただ、この一件は照兄が悪い!!