珠、三田さんのもとへ向かう
さて、比佐姉と千代ちゃんと一緒に遊んだり、滝山城を探検しているうちに、三日過ぎました。
ようやく、風魔が戻ってきたので、作戦会議です。
「おつかれ様でした」
戻ってきた風魔を労ると、畏れ多いと土下座されました…。
私って、怖い人なのでしょうか?
気を取り直しして、こたこたの進行で会議が進みます。
こたこたが、これらの情報は推測も含むので注意されたしと前置きしました。
三田さんに捕まっている風魔がいるので、三田さんの近くでは活動しづらいそうです。
この情報も、先ほどの風魔と三田さんの動向を調べるために何年も前から潜り込んでいる風魔によるものなんだそうです。
それだけ危険を冒して集めてきてくれた、大切な情報です。
規兄、有り難く思ってください!
その情報ですが、規兄が頼んだ木材の種類と価格。
楢、樫、赤松、樅といった種類だそうです。
確か、大工さんたちの話によると、楢や樫は船の中に使うとか言っていました。
外側は杉がいいらしいですが、やはり使い慣れた木材というのもあるのかもしれません。
船に使える木材は欲しいですよねぇ。
次に人口ですが、山の中ということもあり、少なく感じました。
しかし、そんなものかもしれません。
人が多くても仕事がなければ生きていけませんから。
その人口の年齢層に規兄が反応したようです。
「思ったよりも、若い者が多いな」
規兄が見ている紙に、いろいろと書いてあるようですが、私に読めたのは数字だけでした。
竹兄や苗姉に教えてもらって、だいぶ読めるようになったと思ったのですが…。
まだまだってことですね。
「この若い衆を出稼ぎとして小田原に来させたいな」
「半数とまではいきませんが、ある程度なら集まると思います」
情報を集めてきた風魔がそう言いました。
ある程度って、どのくらいなんでしょうか?
言い方からして、人材確保にしては多く感じるのですが。
しかし、若手がいない集落って、限界集落とかって言いましたよね?
それに、私としては玄人に来てもらいたいのです。
あの大工さんたちみたいな職人がいいのですよ!
「のりにぃ、しょくにんさんの方がいいの!」
「職人?」
いきなり職人って言われてもわからないですよね。
「あのね、木こりさんも木をあつかうしょくにんさんでしょ?だったら、長くやっている人の方がくわしいし、人にも教えられるから」
「なるほどな。木樵にしか知られていないことがあれば、船大工たちに教えるということか」
「それに、あとをつぐ人にもけいけんさせないと!」
これが一番重要だと思います。
職人たちが得た経験や知識を、後世に残す。
技術とは使わなければ廃れる一方なので、後継者を絶やさないようにしたいですね。
そして、後継者である若手たちが活躍できるようにもしたいです。
やっぱり、人に認められてこその職人ですから!
「経験豊富な者を小田原に呼び、彼らがいない間を若い衆に任せるということか」
規兄は理解してくれたようですが、たかじょーがそれでは意味がないと言いました。
「若い衆を小田原に呼び寄せるのは、三田の兵力を削ぐことが目的では?」
え!?そうだったのですか?
でも、戦をすると確定したわけではないのですが…。
「おおくのわかい人がいなくなったら、みたさんにあやしまれますよ?」
「さすがに検地は行っているだろうが、そこまで領民の数を把握しているとは思えん」
照兄が言う検地ってなんでしたっけ?
私がわからないという顔をしていたからか、しんちゃんがこっそりと教えてくれました。
「治める領地の田畑の広さやものが穫れる量を測ることです」
う?それに住んでいる人の数も入っているんですかね?
「人も?」
「大まかにではありますが」
すると照兄が簡単に説明してくれました。
その地検というのは、早雲さんの時代から始めたことで、だいたい数年に一度やるそうです。
その畑の大きさや米などがどれだけ穫れるかを調べ、年貢や賦役を決めるそうです。
我が北条家では、分限帳というものにまとめてあるそうです。
戦のときに誰がどれくらいの兵力を用意するのかが決めてあるので、すぐに動けるというわけです。
北条でも、領民の数をはっきりとは知らないってことですね。
なので、三田さんにばれる可能性は低いかもしれませんが、今は友好的にいきましょうよ!
そもそも、論点が違う気がするのです!
どうやって、捕らわれた風魔を助け出すのかなのです!!
あちらにとっては、人質ですよね?
人質を解放して欲しければ、何かを要求するってなりませんかね?
一番ありがちなのはお金です。
身代金とも言いますね。
あとは…やっぱり石けんですか。
いつまでも話し合いをしていては、らちがあかないのです。
行ってみて、三田さんの要求を聞く方が早いと思います。
「もう、みたさんに聞きましょう!」
「…こうしていても、答えは出ぬか」
照兄が諦めたような顔をしているので、折れてくれたみたいです。
「三田の言う辛垣城はここから二刻半ほど歩いた山にある」
おや、意外と近いです。
「この川に沿って行けば、迷うことはないが…。勾配がきついところもある。珠には厳しい道のりだぞ」
しかも、足場が石だらけの場所もあるので、お馬さんは連れていけないそうです。
それでも、山の中の道を通るより、山と山の間を流れる川を辿る方が楽らしいです。
一番の危険は、やはり雨なんだとか。
ここら辺で雨が降らなくても、上流で降れば水かさは増します。
なんだか、私が規兄やしんちゃんにおんぶされている姿が容易に想像できますね。
でも、頑張るのです!!
そして翌日。
辛垣城に向けて出発です。
さすがに、どこか緊張をはらんでいる雰囲気ですが、天気は良好ですよ!
滝山城を回って、大きな川に出ます。
拝島の渡しの場所ですね。
今回は渡らずに、川の近くをひたすら歩きます。
「そういえば、この川はなんという川ですか?」
また案内役としてついて来てくれた狩野さんに尋ねてみました。
「いろいろと呼び名があるのですが、岩瀬河や丹波川、最近では珠川と」
う?珠川??
「殿が、音が似ているのだから、珠川でよいだろうと」
狩野さん、凄く複雑な顔をしています。
照兄が無茶を言ったのですね。
我が兄ながら、申し訳ないです。
というか、こんな大きな川の名前まで私を関連させるとか、照兄が恐ろしいですよ!
自分と同じ名が付けられた川を、なんとも言えない気持ちで眺めます。
この川もよく氾濫すると聞きましたが、私も同じように思われているのでしょうか?
じゃじゃ馬だと…。
結局、半刻も持たずに、しんちゃんにおぶわれるはめになりました。
不甲斐ない主ですみません。
川に沿って、うねうねする山間を行くと、ようやく目的地付近に到着しました。
おぶわれ続けるのもしんどいですね。
なんでも昔、ここら一帯で大きな戦があったらしいのです。
こんな山の中で戦?とも思いましたが、確かに開けてはいました。
しかし、周りには山しかありませんけど。
「あちらの山にある城が辛垣城です」
そう指し示す先には山。
お城と言われても、わかりません。
山の頂上が少し禿げているかな?っていうくらいです。
山の麓にある集落では、大きな木が運ばれてくるところでした。
他所者が珍しいのか、凄く見られてましたけど。
「立派な大木だな」
「あれを運ぶとなると、骨が折れますね」
そんな視線を気にすることなく、たかじょーとのりりんはのんきに会話をしていました。
さて、お城へ行くには、どうやら山登りをしなければならないようです。
照兄の滝山城より、険しそうですけど。
比較的なだらかな道を登って行くと、門が見えてきました。
当然、門番が守っています。
のりりんが三田さんからもらった文を手に、門番へと話しかけます。
三言ほど話したあと、門番が消え、別の人が出てきました。
待つこと四半刻。
ようやく、門の中に入れてもらえました。
ただ、めちゃくちゃ警戒されています。
刀を持った人たちに囲まれています。
しかし、規兄やたかじょーたちは気にした様子もなく、実に堂々としています。
度胸や胆力といったものが違うんでしょうね。
頂上近くまで来ると、お城らしい光景になってきました。
周りの木々もなくなって、お馬さんも通れるようにはしてあります。
禿げていた頂上部分が結局お城だったとは。
それにしても、斜面が急ですね…。
このお城を攻めるとなると、この斜面を甲胄着て登るのでしょうか?
周りをきょろきょろと見て、小田原とも滝山とも違うことに驚きます。
山の地形を活かした細長い縄張りなんですが、あっちの山に続いている道は凄く細いです。
一歩間違えれば、落っこちてしまいそうです。
本丸と思われるところには、いつくも建物がありました。
そのうちの一つ、一番大きなお屋敷に通され、待つことしばし。
うぅ。緊張してきました。
ちゃんと、できるでしょうか?
ガラリとふすまが開き。
「よう、来られた」
補足
狩野:照兄の家臣
分限帳:小田原衆所領役帳のこと。
役職に応じて、戦の際にどれだけ兵士を連れてくるかなどを定めたもの。
珠川:現実では多摩川ですよー!
辛垣城:東京都青梅市にある三田氏の城。