珠、笑われる
太田さんと太田さんの護衛役二人を加えて、照兄のお城へ戻ります。
一緒に旅をするのに、いつまでも太田さんだと他人行儀ですよね。
あだ名を付けましょう!
太田資正だから…すけさん!
だと、かくさんが欲しくなりますねぇ。
それに、息子さんもすけさんになっちゃいます。
まさ…まさ…まさやんにしましょう!
息子さんはふさやんです!
意気揚々と歩き、私は馬ですが…。
富士山を拝み、順調に進んでいたのですが、徐々に雲が増え、雨が降ってきました。
てるてる坊主の効果もここまでですか。
急いで旅籠屋に向かい、今日はそこで一泊です。
明日になってもやまなければ、しばらく足止めかもしれません。
川が増水して渡れない可能性もあります。
足止めは困りますね。
急ぎたいのもありますが、ご飯が…。
最初は物珍しかった質素なご飯も、すぐに飽きてしまいます。
大根はもういいです。めざしみたいな焼き魚じゃなくて、大きいお魚が食べたいです。
新鮮なお魚が食べられるって、贅沢なことだったんですね。
とうやくの塩焼き、くろぶたの煮物、旬のお魚が食べたいです!
夜ご飯を食べながら、お屋敷で食べるご飯に思いを馳せます。
ご飯に文句をつけたから、罰が当たったのでしょう。
口に入れたものが、苦いのとえぐいのと臭いのと、なんとも言えない味が鼻から抜けていきました。
声も出ず、半開きになった口としかめっ面で凄いことになっています。
「どうした?」
規兄が異変に気づいてくれましたが、しゃべることができません。
ですが、規兄は言わずとも原因をわかってくれました。
「口に合わなかったのか?ほら、出せ」
限界を越えて、ぼろぼろと涙を流しながら、言われるがまま吐き出しました。
すると、お味噌汁のお椀を渡され、私はすぐさま飲み干します。
お味噌汁の優しい味が癒してくれますが、まだ鼻の奥に残っているような感じがするのです。
規兄が私が吐き出したものを、躊躇なく食べました。
規兄の手に吐き出してしまったことに驚いて、さらにそれを食べたことに驚いて。
でも、驚いているのは私だけってどうしてですか!?
食べ物を粗末にするのはよくないですが、ぺっしたものですよ!
「確かに苦いな」
当たりを引いたなって笑っていますが、私はどうすればいいのでしょう?
というか、私、いったい何を口にしたんですか?
「これ、なんのおひたし?」
「蓬だ。若葉なら美味いんだが、この時期は育っているから苦いんだよ」
よもぎだったんですか!!
「それが好きな方もいますけどね」
のりりんがそう言うと、なぜか山菜談義が始まった。
あれが美味い、これが美味いと言っていますが、全員の意見が一致したのはたらの芽でした。
大人の味方はよくわかりません。
だって、山菜って美味しくないです。
賑やかな食事も終わり、寝支度をして、お布団に入ります。
明日は晴れますようにと祈っておきました。
しかし、ご不浄に行きたくて、夜中に目が覚めてしまいました。
辺りは真っ暗です。
規兄はいびきをかいて熟睡しているので、こたを起こしてついて来てもらいました。
しんちゃんとこたこたの姿がなかったので、見回りでもしているのでしょうか?
「よかったな、雨上がっているぞ」
こたに言われて空を仰ぎみれば、満天の星空が広がっていました。
天の川まで見えます。
「きれー!」
ちょっと星座でも探してみますか。
んーっと、大きな三角形は…。
「ゆっくりしていると心配されるから、早く戻らねぇと」
こたが言うには、私が起き上がった時点で、のりりんとたかじょーが目を覚ましたらしいです。
やっぱり、強い人はいろいろと敏感なんですね。
結局、星座は一つも見つけられずに、お布団へ戻りました。
翌朝はよく晴れて、心配だった川も、なんとか渡れました。
渡しの人たちは大変そうでしたが。
やっとの思いで滝山城に着くと、すぐに照兄のもとへ。
「照兄、ただいま戻りました!」
「無事で何よりだ」
ちゃんと下座の方にいたのに、照兄が膝をぽんぽんしてきます。
これが父上だったら遠慮はしませんが、やっちゃっていいのでしょうか?
照兄の威厳がなくなるかもしれませんよ?
迷っていたら、規兄から行ってやれと言われたので、照兄のところに行きます。
ひょいっと持ち上げられ、膝の上に乗せられました。
周りを見ると、みんな微笑ましそうにしています。
…妙にしっくりきますね。
そういえば、ほとんど父上か兄上たちの膝の上に乗せられていました。
定位置ってやつですね!
「三田のもとまで、妹についてきてくれるそうで。兄として礼を言う」
「礼には及びませぬ。己の好奇心もございますので」
うー、なんかピリピリしていますね。
照兄はまさやんを警戒しているのでしょうか?
ここは一つ、私が取り持つべきですね!
「てるにぃ、まさやんが犬とあそばせてくれたの!小さいのがたくさんいてね、とってもかわいかった!!」
「……まさやん?」
それがあだ名だと気づくと、照兄は堪えきれなくなったのか、大きな声で笑いました。
うー、一生懸命考えたあだ名なのに、笑わないでください!
「…失礼した…」
まさやんはわけがわからないようで、愛想笑いを浮かべています。
うちの兄がすみません。
「妹は変わった呼び名をつけるのが癖で…」
って、まだ笑ってますよ!
何がそんなにつぼだったんですか!
「はぁ。その、まさやんというのが私のことですか?」
「そのようだ」
「むすこさんはふさやんなの」
この言葉に、今度はまさやんが笑い出します。
だから、なんで笑うのですかー!
「失礼。倅がそのような可愛らしい名になるとは思わず…」
一人不貞腐れていると、照兄が謝りながら頭を撫でてきました。
ご機嫌を取ろうとしてもだめです。
許さないです!
「そう怒るな。お前が呼び名をつけるほど、太田殿に懐いたということなのだろう?」
う?警戒が解けましたか?
なんだか納得いきませんが、雰囲気がよくなったのでよしとしましょう。
「して、いつ頃発たれるか?」
「今、風魔に探らせているので、それが情報を持ち帰り次第です」
規兄が答えました。
「その情報があれば、三田を落とせると?」
「珠の力を借りれば、なんとか」
私の力って…石けんですよね?
だったら、よっしーたちのおかげなんですけど。
「では、その風魔が戻ってくるまで、休むとよい」
というわけで、しばらく滝山城に泊まることになりました。
そして、照兄からご褒美が!
お風呂に入っていいって言われました!!
小田原のお屋敷でも、数日おきしか入れないのです。
小田原は父上が水を引いたりしていましたが、それでも綺麗な水は大切ですからね。
この滝山城はすぐ横に大きな川がありますし、燃料となる薪も豊富です。
「おっふろ〜おっふろ〜」
規兄とお風呂に向かいます。
お風呂と言っても、湯釜からの蒸気を浴びて汗をいっぱいかくやつです。
最後にかけ湯をすると、凄くさっぱりするんです!
「こらっ!全部脱ぐんじゃない!」
う?結局、着替えるのでいいじゃないですか。
規兄に肌襦袢を着せられて、渋々風呂場に入りました。
もくもくした蒸気には、檜の香りがついています。
いい匂いです。
体が温まったら、手拭いでごしごしして、背中は規兄にお願いします。
お返しに私も規兄の背中をごしごししますが、大きいので大変です。
規兄、腕が疲れました!
最後に湯釜のお湯を盤に移し、水を足して丁度いい温度にして、ざばーっと頭からかぶります。
「ぷはぁ」
規兄にかけてもらい、さっぱりです!
私たちのあとは、まさやんやたかじょーたちも入ったようです。
私はもうお布団で寝ていたので、男同士の裸のお付き合いがどうなったのかはわかりません。
お待たせいたしましたm(_ _)m
こちらも頑張って更新していきたいと思います。
補足
のりりん:松田憲秀
たかじょー:北条康成
とうやく:シイラの地方名称
くろぶた:イサキの地方名称
戦国時代の風呂:蒸し風呂でした。お風呂用の部屋を大きな釜でお湯を沸かし、その水蒸気でサウナ状態にしていたそうです。
部屋を檜で作ったり、生木を燃やして香りをつけたりもしていたらしい。
風呂と言えばこの蒸し風呂で、浴槽に浸かるのは湯というとか。
江戸時代から銭湯となり、戦後くらいから各家庭に浴槽ができました。
そして、温泉は湯治が目的ですが、温泉は別格ですよね!