珠、休息をとる
太田さんのところに行くための道を、照兄の家臣さんに教えてもらいます。
なんでも、武蔵国には、府中や鎌倉へ行くための道が昔からあって、枝道が無数にあるそうです。
その代わり、私たちが照兄のお城に来るために使った道のように、泊まるところが限られているということはないそうです。
いろんな道を使う人が多いから、いろんな場所に小さな旅籠があると言っていました。
夜になる前に、旅籠に着けるのは有り難いですね。
道順を家臣さんが地図を描きながら説明してくれました。
最初に、滝山城の目の前にある大きな川を渡ります。
この滝山城から、所澤という大きな集落の先にある本郷城までは、伝馬のために整備してあります。
特に難所はないらしく、歩いて二刻ほどかかるそうです。
私がいるので、二刻半から三刻はかかるかもしれませんが、お昼前には着けそうですね。
本郷城から先が、複雑になります。
目的地である岩付城まで、三つの川を越えないといけないのです。
枝道も、急な坂が続く道や崖を通る道があるらしくて、規兄はそれを却下しました。
結局、東川、内川を渡り、富士見という集落を通り、入間川を渡って、武蔵一宮に続く大きな道を行くそうです。
いっぱい地名を言われても、まったくわからないんですけどね!
何事もなければ、今決めた道を行くそうですが、天候や道の状況によって変えるかもしれません。
雨で川が増水して、何日も渡れずに足留めされることもあるそうです。
晴れることを祈るしかないですね。
そうだ!てるてる坊主を作りましょう!
早速、てるてる坊主を作ろうと思ったら、照兄がお嫁さんを紹介してくれるそうです。
照兄に案内され、二の丸の屋敷を出て、その下に見える別の屋敷に行くそうです。
「あちらが三の丸で、あの屋敷があるところは千畳敷と呼んでいる」
二の丸の方が高いので、下の様子がよくわかります。
改めて見ると、お堀や土塁が複雑に組み合わさっています。
二の丸の先には、中の丸、本丸とどんどん高くなっていきます。
本丸からの景色は凄いぞと照兄が言っていましたが、あそこまで登るのは大変そうです。
千畳敷の屋敷に着くと、照兄のお嫁さんが出迎えてくれました。
「比佐にございます」
小梅姉や苗姉とは違い、凛とした感じの佇まいから、水仙のようです。
「珠です!」
こういうときの挨拶って、なんて言えばいいのですか?
「氏規と申します」
規兄は普通ですね。
身内なので、堅苦しい挨拶はしないってことでしょうか?
「お二人のことは、殿からよくお聞きしております。よろしければ、娘にも会ってあげてください」
…娘?
あ!照兄の子供ですね!!
もちろん、会いますとも!
比佐姉に案内されたお部屋には、乳母と思われる女性に抱かれた赤ちゃんがいました。
「かわいいっ!」
「千代という。大きくなったら、仲良くしてやってくれ」
「もちろんです!」
照兄に言われなくとも、遊びにきたときには思いっきり遊んであげますよ!
千代ちゃんのほっぺをツンツンすると、凄く柔らかくてプニプニしていました。
千代ちゃんは、小さなお手で私の指をぎゅっと掴みました。
可愛いです!
妹ができたみたいで、なんか嬉しいですね。
乳母さんに補助してもらいながら、千代ちゃんを抱っこしてみました。
意外にずっしりと重いです。
落としてしまう前にお返ししましょう。
「千代も、珠のように愛らしく育ってくれるといいのだが」
照兄…それではまるで、千代ちゃんが可愛くないみたいではないですか!!
「千代ちゃんは、ひさねぇににた美人さんになるの」
目元なんかは照兄に似ている気もしますが、お母さん似の美人さんに決まっています。
「そうかそうか。珠は母上に似た美人になるだろう」
…この兄は人の話を聞かないですね。
母上に似ているのなら、美人になれると思うのですが、私はどちらかというと父上似なのです。
美人になれるでしょうか?
「てるにぃ、父になったのだから、子を一番に思わないとだめっていいましたよね?」
千代ちゃんが生まれたばかりくらいのころに、照兄が小田原に来ていたのですが、私の方が可愛いなどと言っていたので説教をしたのです。
子を一番に思わない親がどこにいるのかと。
「珠、落ち着け。まぁ、氏照兄上の気持ちもわからんでもないが…」
「のりにぃまで何を言うのですか!まさにぃをみならった方がいいですよ」
香ちゃんも生まれてくる子も愛するという、政兄の爪の垢でも煎じて飲ませた方がいいかもしれませんね。
「兄上の方が酷いと思うが…」
照兄が何かぼやいていますが、政兄がどうかしましたか?
「姫様、大丈夫ですよ。殿との婚姻が決まったときに言われておりますので。父君とご兄弟のことを優先すると」
比佐姉は、私たちのやり取りを柔らかい笑みで見ていましたが、私が怒っているのを察してか、照兄の助太刀をしました。
ですが、こんな夫でいいのですか!?
いや、こんな時代なので、照兄も間違ってはいないのですが…。
なんかこう、納得できないのです。
「ひさねぇはそれでいいのですか?」
「良いも悪いも、殿は北条の方ですから。兄弟思いだということは、以前より知っておりましたし」
他国にまで有名とは聞いたことありましたが、そんな昔からブラコン・シスコンだったのですか!?
恐ろしいですね、私の兄上と姉上たちは。
比佐姉と千代ちゃんと別れると、照兄が今日泊まるお部屋に案内してくれました。
夕餉もここに運んでくれるそうです。
本当は宴を開いてやりたいと言ってくれていましたが、戦が起こるかもしれない状況ですのでお預けです。
戦を回避できたら、お祝いとして宴をしようってことに。
ご馳走がかかっているとなれば、頑張るしかないですね!
あ、てるてる坊主を作るの忘れていました。
すでに端切れを照兄からもらっているので、頭の部分を作って、布をかぶせるだけです。
筆で顔を描いて、紐で吊るします。
しんちゃんに肩車をしてもらい、軒先に括りつけました。
「…首吊り人形?」
「てるてるぼうず!」
首吊り人形などと、なんて恐ろしいことを言うのですか。
「この子がはれにしてくれるのよ」
「いや、怖いだろ」
むぅぅ。てるてる坊主で怖いって言っていたら、春姉からもらった雛人形なんてもっと怖いじゃないですか。
「しかし、珠はこういったことをどこで覚えてくるんだ?」
てるてる坊主をどこで覚えたか?ですか。
「じぃに聞いたと思う」
知識として知っているので、どのでと言われると答えられないのです。
だから、こういうときはじぃに押しつけると、みんな納得してくれます。
じぃは博識ですからね!
「じい様か…。俺はちょっと苦手だ」
規兄は綱成おじじだけでなく、じぃも苦手なんですね。
じぃにちくってあげましょう!
きっと、いっぱいお勉強を教えてくれると思います。
「これで明日はきっとはれます」
「だといいんだがな」
規兄、信じていませんね。
朝です!
太陽が顔を出し始めました。
朝靄がかかり、まだ空気もひんやりしていて、とても気持ちのいい朝です。
てるてる坊主、いい仕事をしてくれましたね。
お城の遠くに山が見えます。
ここも山みたいなものですが、山があるならあれをしなければなりません!
「やっほー!!」
山に向かって、大きな声で叫びます。
ですが、やまびこは返ってきませんでした。
子供の声だと届かないのでしょうか?
「珠姫様、どうされたのですか?」
一人で叫んでいたので、どうやら怪しまれたようです。
朝の稽古をしていたしんちゃんが、様子を見にきてしまいました。
あ、しんちゃんと一緒に叫べば、やまびこが返ってくるかもしれません!
「あの山にあいさつしているの。しんちゃんもやろう!」
「山に挨拶ですか?」
「そう!やっほーってさけんでね」
「やっほー?」
しんちゃんが怪訝そうな顔をしていますが、山へのかけ声はやっほーしか知りません。
他に何かありましたっけ?
「せーの…」
「「やっほー!!」」
…うーん、やっぱり返ってきませんね。
山が遠すぎたのかしら?
「あの山には、山彦がいないようですね」
「やまびこがいない?」
いないってどういうことでしょうか?
「山には、声まねをする山彦という妖怪がいると言われています。声まねがないということは、あの山には山彦が住んでいないのでしょう」
やまびこって、妖怪だったのですか!?
反響という現象が妖怪になったってことですか?
それとも、本当に妖怪がいるのでしょうか?
いたら、捕まえてみたいです!
「おーい、朝餉の準備ができたってよ」
妖怪の話をもっと聞こうと思ったら、こたが呼びにきてしまいました。
歩いているときにでも、聞いてみましょうかね。
朝餉を食べたら、岩付城へ向けて出発です!
操作ミスにより、書き溜めていた分がすべて消えてしまい、モチベーションがダダ下がりでした。
なんとか持ち直せてよかった。
補足
てるてる坊主:江戸時代中期に中国から伝わったらしく、地域によって呼び方が異なる。
童謡のてるてる坊主の三番の歌詞が恐ろしい…。