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珠、初めてのお外 三の巻

「待て」


急にたかじょーが歩みを止めました。

すると、かちゃりと音がして、誰かが刀に手をやったようです。


「十人ほどか?」


「のようです」


緊迫した空気が流れていますが、私には何が起こっているのかわかりません。

ただ、危険なことが迫っていることだけはわかります。


清志郎(せいしろう)蓮次郎(れんじろう)、行け!」


こたこたが、短く命令する声がしました。

こたこたの指示に従い、せいちゃんとれんちゃんが動きます。

側にあった影がなくなったので、動いたとわかりますが、一つも音を立てないその身のこなしはさすがです。


「俺も行く。頭領は姫様を頼む」


今度はこたの声が聞こえました。

いまだ元服はしていませんが、実はこたも風魔衆の中ではかなりの実力者らしいです。


康次(やすつぐ)殿、灯りを消してくだされ」


すると今度はしんちゃんの声です。

それと同時に、提灯の灯りがなくなりました。

真っ暗ですが、灯りを消しちゃってよかったのでしょうか?

しかし、真っ暗な中で戦っているのか、悲鳴が上がりました。

その悲鳴に驚いて、お馬さんにしがみつきます。


「大丈夫だ。心配はいらん」


規兄(のりにぃ)がそう言ってくれましたが、自分自身がどうこう言うよりも、明らかに殺されているという現状が恐ろしいのです。

殺生など、話でしか知りませんし、戦の話もほとんど聞いていませんでしたから。


しんちゃんは、お馬さんが怯えないよう、しきりに体を撫でてあげていました。

そうですよね。

多分、この中で一番怖い思いをしているのはお馬さんですよね。

私には規兄もしんちゃんも、みんながいてくれるので、そういった命に関わる恐怖というのは感じていません。

私も、しがみついたままで、お馬さんを撫でます。


そうこうしているうちに、悲鳴の他にも剣戟の音が聞こえてきました。

いつの間にか、たかじょーもいません。


「夜目に慣れてしまえば、こちらが不覚を取ることはない」


だから、灯りを消したのですね。

しばらくすると、戦っていた人たちが戻ってきました。

つぐりんが、再び提灯に灯りを点けます。

みんな、怪我はしていないようで一安心です。

せいちゃんとれんちゃんは、着物に血のようなものがついていますが、返り血ってやつですか?


「どうやら、ただの賊のようです。残党がいるかもしれませんので、先を急ぎましょう」


たかじょーがそう言い、再び歩き始めます。

少し行くと、地面が黒くなっている部分がありました。

ですが、死体は見える範囲にはありません。

もしかして、どこかに捨てたのでしょうか?

幽霊になって、出てきたりしませんよね?

とりあえず、成仏できるよう、手を合わせておきましょう。

幽霊になりませんように。南無南無。


「姫様、襲ってきたやつのために合掌してどうする」


こたが、いつものように、呆れた口調で聞いてきました。

そのあと、ゴツンという痛そうな音が…。

どうやら、こたこたにげんこつされたようです。

かなり痛かったのか、こたは頭を押さえて(うずくま)ってしまいました。

こた、置いていきますよ?


「珠姫様は、お優しくあられますな」


「ああいった(やから)は自業自得ですので、お気になさらぬよう」


たかじょーとのりりんと会話に入ってきましたが、優しいとかではないのです。


「ゆうれいになったら、こわいのです。だから、ちゃんとじょうぶつしてもらいたいの」


「そうでしたか。ですが、幽霊となって出てきても、拙者が成敗いたしますぞ」


たかじょー、幽霊も倒せるのですか!?

以前、竹兄(たけにぃ)が神仏の加護を得た武器なら、魑魅魍魎のたぐいも倒せるというお話をしてくれましたが、たかじょーの刀もそうなんですかね?

私を安心させるための嘘とかは、なしですよ?


「ゆうれいが出たら、おねがいします!」


その後は危険な目に遭うこともなく、無事に橋本に到着しました。

時間も時間なので、夕餉は握り飯ですませて、早く寝ることにしました。

さすがに今日は疲れたのです。


「明日は峠を越えることになる。しっかりと休んでおけ」


規兄に言われなくても、もうまぶたが持ち上がりません。

峠って、やっぱり大変ですかね?



気がつけば朝でした。

いつの間にか寝てしまい、気づけば陽が昇っています。

寝坊してしまったのかと慌てましたが、今日は半日ほど歩けば照兄(てるにぃ)のお城に着くそうです。

なので、のんびり出発するみたいです。


しかしですね、今日が一番きつかったのです!

峠というより、私には山登りです。

上り坂が続くので、お馬さんの負担を軽くするために歩きました。

昨日よりももっと頑張りましたが、一番上まで持ちませんでした。

結局、規兄としんちゃんにおんぶしてもらい、峠を越えました。

峠を越えたところにも町があったので、少し休憩です。

ここまで来れば、本当にあとちょっとらしいです。

お昼すぎには到着できるだろうと、規兄が言っています。

では、のんびり行きましょう!


のんびりとした結果、午の刻を過ぎて、未の刻を告げる時鐘(じしょう)が鳴ってしまいました。

照兄のお城は、滝山城というらしいです。

小田原城と比べると、やはり小さいですが、小山の上に建っているので、眺めはよさそうです。

大手門へ向かうと、人がたくさんいました。

あ!照兄見つけました!!

しんちゃんにお願いして、お馬さんから降ろしてもらい、照兄のもとへ急ぎます。


「てるにぃ!」


「珠!無事で何よりだ」


照兄に駆け寄ると、すぐに高い高いをしてくれました。

うぅぅ。くらくらします。

少しは手加減してください。


「氏照兄上!」


「氏規、よう来た」


照兄と規兄は、再会を喜びあっていますが、こうして見ると、本当にそっくりですね。

一発で血が繋がっているとわかりますよ。


「氏照様、お久しゅうございます」


たかじょーやのりりんたちも、一通り挨拶を終えると、お城の中に案内してくれました。

まずは、会議ということで、二の丸に向かいます。

また、ここでも登山気分を味わえました。

大手門から登り、何か曲輪(くるわ)っぽい広場と、やや広い広場の間の道を行き、また登ります。

徐々に景色がよくなってきていますが、今は楽しむ余裕がありません。

坂道も多いし、ここで暮らすの無理じゃないですか?

だって、あっちの方なんて、段々畑みたいになってますよ!


最後の力を振り絞り、ようやく二の丸に到着しました。

やはり、こちらのお屋敷も、小田原城に比べるとこじんまりしています。


大広間に入ると、上座に照兄が座ります。

照兄の前に、規兄と私、その後ろにたかじょーとのりりん、しんちゃんとこたこたという並びです。

こたとせいちゃん、れんちゃんはさらにその後ろに控えています。


両側には、照兄の家臣さんと思しき人たちが並んでいます。


「とりあえず、ことの次第を説明してもらおうか」


照兄への説明は、規兄がしてくれました。

私が家臣である風魔衆を助けに行きたいと言った(くだり)では、照兄の家臣さんたちがざわつきました。

照兄は照兄で、はぁーっと大きなため息を吐きましたよ…。

迷惑をかける妹ですみません。


「てるにぃ、きょうりょくしてくれますか?」


ここまで来て、駄目だと言われたら、悲しくて泣いてしまいます!


「父上のお許しが出ているのであれば、致し方ない」


おぉ!やっぱり、父上を説得しておいてよかったのです!!


「しかしだ、珠たちだけで、三田のもとへ行かせるわけにはいかぬ」


さっきと言っていることが違うではないですか!


「三田の前に、太田資正(おおたすけまさ)殿に会い、助力を願え」


太田資正さんって、誰ですか?

私の疑問が顔に出ていたのか、照兄が教えてくれました。

照兄によると、太田さんは元々上杉さんのところの家臣だったそうですが、河越での戦いの際に、我が北条家に下ったそうです。

河越の戦いもたくさんあってややこしいのですが、多分、綱成(つなしげ)おじじが大活躍した戦いのことだと思います。

一番最初の河越の戦いは、お祖父様の代とのことで、じぃがお祖父様の活躍をそりゃあもう、壮大に語ってくれました。

じぃの話はいいとして、あの長尾さんとの戦いのときに裏切るだろうと言われていたらしいです。

父上は最初から、太田さんを厚遇していたようですが、私が父上に言った言葉の影響か、ずっと文を送っていたようです。

その文のやり取りを通して、太田さんは北条に残ってくれることになったとか。

それで、照兄の考えとしては、三田さん家にも(つて)を持っている太田さんに力を貸してもらいなさいと。

但し、太田さんもそう簡単には力を貸してくれる人ではないので、説得して来なさいってことでした。

…して、その太田さんは、どちらにいらっしゃるのでしょうか?

岩付城(いわつきじょう)ですか…。


「ここからだと、一日(いちじつ)と少しというところか」


つまりは、泊りがけってことですね。

また、旅しないといけないのですか!?


珠の旅は、まだ終わってはいなかった(笑)


補足

滝山城:照兄の居城。現在は、八王子市の滝山城址公園となっている。


太田資正(おおたすけまさ):史実では、長尾景虎による、小田原遠征の際に離叛(りはん)している。

作中では、何を考えているのか不明だが、一応北条家のもとにとどまっている。


岩付城(いわつきじょう):太田資正の居城。現在のさいたま市岩槻区にあったお城。今は岩槻城址公園となっている。

江戸時代には、岩槻藩主の居城として利用されていた。

ちなみに、江戸時代以前は岩付、江戸時代から岩槻の字が使われているようです。

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