珠、決心をする
さて、私が遊んでいる間に、こたこたが頑張ってくれました。
三田さん家の嫡男さんの調査報告が届きました。
その報告書によると、三田十五郎さんは民からも人気があり、堅実的なお人のようだ。
当主の三田綱秀さんは、一族への思いが強いようで、長尾景虎さんとの戦いでは、三田家の凄さを知ってもらうためにも、景虎さんと共に行動していたらしい。
「ひとまず、ふみを出してみますか」
さすがに、私の字では読めないかもしれないので、しんちゃんに代筆してもらいました。
内容は、十五郎さんを当主にして、三田一族を残すので北条につきませんか?といった具合です。
「そんなんで大丈夫なのか?」
「う?なるようになるのです!」
相手の出方を見ないことには、こちらも動けないのですよ。
お手紙、密書という扱いになりますが、それをこたこたに託します。
どのようなお返事がくるのか、楽しみですね。
兄上たちと帆船について相談していたときでした。
こたこたから、急な報らせが入ってきたのです。
三田さん家に潜入していた風魔の者が、捕まってしまったとのことでした。
そして、三田十五郎さんからのお返事を預かったと…。
これには、兄上たちにも緊張が走ります。
「三田からの文だと!」
「珠、何をやったのだ?」
政兄も規兄も顔が恐いです。
「じゅうごろうさんに、文をかいたの…」
だって、父上が三田さんをどうにかできたら、船を見にいくの許してくれるって…。
三田さんにお手紙を書くにいたった経緯を説明すると、政兄が頭を抱えてしまった。
「珠、今度から兄弟以外に文を出すときは、私に言いなさい」
「はーい」
早速、お手紙を開けてみると、またしても読めなかった。
「なんてかいてあるの?」
「其方が何者であるかはわからぬが、北条所縁の者であるならば、辛垣城に来られよ。さすれば、捕らえてある者は返す」
規兄が読み上げてくれたのですが、そう来ましたか。
「…しもだに行くよりもむずかしいです」
下田であれば、長きにわたり北条が支配している領地ですので、他の土地よりは安全です。
しかし、敵のど真ん中に行くと言えば、父上からも母上からも怒られるに決まっています。
さて、どうしましょうか?
「行かなくてもいいだろう」
「そうだな。捕らえられた者の存命もわからぬ。文面も、来ないことを前提に書かれているようだしな」
兄上たちがそれぞれの意見を言い合います。
「私は行きたいです!」
「「ならぬ」」
同時に却下されてしまいました。
ええ。予想はしていましたよ。
それにしても、兄上たち、仲がよいですね。
「だけど、とらわれているのは、わたしのかしんです。その者をどうするのか決めるのは、私でしょう?」
この件でつけ入る隙があるとすれば、捕らわれている者が風魔で、風魔衆は私の家臣であるというところです。
見殺しにするにしろ、救出するにしろ、私の意見が重んじられるはずなんですけど。
「母上には黙っておくという手もあるが、それでは父上を説得できぬだろう」
ですから、三田さんを説得してみろと言ったのは父上なのですよ?
男に二言はないとも言っていましたね。
「できます!父上をせっとくしてみせます!」
力強く宣言すると、規兄が深いため息を吐きました。
「しゃあねぇな。珠に付き合ってやるか」
う?
規兄、一緒に怒られてくれるのですか?
「こうなりゃ、武蔵国だろうが、下田だろうが、一緒に行ってやるよ」
規兄の言葉で、ようやく意味を理解して、規兄に抱きつきました。
「のりにぃ、だいすきです!!」
感謝を表すために、ぎゅーっと力を込めます。
「珠、首絞まってる…」
息苦しそうに規兄が言ったので、慌てて離れました。
今、規兄に死んでもらっては困りますからね!
私ごときの力で、規兄が死ぬとは思えませんが…。
「致し方ない。同行する者は、私の方で用意しよう。風魔からも、腕の立つ者を連れていきなさい」
ついに、政兄も折れてくれました。
あとは、父上を落とすだけですね。
「では、のりにぃ!父上のもとへまいりましょう!」
規兄を引っ張り、父上のもとへ急ぎます。
父上は二の丸の方でお仕事中だというので、政兄もついてきてくれました。
話し合いの時間を確保するため、急ぎの仕事だった場合、政兄が父上の代行するそうです。
ありがたいですね。
取り次いでもらい、父上のお部屋に入ると、どこか疲れた様子です。
「父上、だいじょうぶ?」
「珠の顔を見たら、疲れもどこかへ行ってしまったわ!」
それならいいのですが…。
「して、用件はなんだ?」
うぅぅ。覚悟を決めるのです!
「みたさんにとらわれたふうまを助けるために、からかいじょうに行かせてください!」
「……状況を説明せよ」
駄目だと怒鳴られると思ったのですが、父上の殺気を抑え込んだ声は余計に恐ろしいです。
私の代わりに、政兄が説明し、三田さんからのお手紙を渡しました。
「俺もついて行きますゆえ、お許し願えますか?」
そう言って、規兄が父上に頭を下げます。
「私からも、お願い申し上げます」
政兄も頭を下げてくれました。
私も慌てて、兄たちに続きます。
「三田のもとへ行くことが、どれだけ危険かは承知しておるのか?生きて帰れぬやもしれんぞ」
つまり、殺されることもあるかもしれないということですね。
「私は父上のむすめです!父上の名にはじぬ、あるじでいたいのです。だから、行かせてください!」
私はこたと出会ったとき、父上に言いました。
己を見ぬ君主に忠誠は生まれないと。
だから、私は見捨てません!
「珠、よう言った!さすが、儂の娘じゃ!」
いきなり、父上が大声を出したので、びっくりしました。
しかも、父上、泣きそうになっていませんか?
「氏規、珠を頼むぞ」
これは、許してもらえたということですかね?
「お任せくだされ」
政兄も規兄も、きりっとした表情で、再び頭を下げました。
「ありがたきにぞんじます!」
私もしっかりと、父上に感謝を伝えます。
「お前の母のことは、儂に任せておけ」
おぉ!
母上の説得まで引き受けてくれるのですか!
「どうなさるおつもりで?」
「なに。小笠原のもとへ挨拶へ行くとでもしておけば大丈夫であろう。帰りに寄れば、嘘にはならん」
そういうのを屁理屈と言わないですかね?
しかし、小笠原さんって誰ですか?
「では、そのようにいたしまする」
政兄はどこかほっとした様子ですし、規兄も嬉しそうにしています。
「よかったな、珠。帰りには、しず姉上にも会えるぞ」
…しず姉ですと!?
私が会ったことのない姉上ですね!会いたいです!!
これは、何がなんでも、無事に帰ってこなければなりませんね。
最終的に、父上の命令ということで、二日後の出発まで決まりました。
しかも、お供にたかじょーとのりりんをつけてくれるそうです!
細かいことは、規兄がやってくれるそうなので、私は政兄に三田さんのことを教わることになりました。
ですが、小難しいお話だったので、よく覚えていません。
たぶん、私の代わりにしんちゃんが覚えてくれていると思うので、問題ないですよね?
「どうして、父上はゆるしてくれたのかな?」
政兄のお部屋に戻っているのですが、疑問に思ったことを政兄に問います。
そうそう許してくれないだろうと思っていたので、怒られていないこともあわせて不思議だったのです。
「子供の成長が嬉しくない親はいないよ」
「まさにぃもうれしい?」
政兄も香ちゃんという娘と、小梅姉のお腹にいる赤ちゃんの父親ですからね。
やっぱり、親になると違うのでしょうか。
「もちろんだとも。香の成長も、生まれてくる子の成長も、お前の成長だって嬉しく思っているよ」
私の兄上たちの不思議なところは、妹と我が子を同列かそれ以上に持ち上げることですね。
というか、北条の血筋は我が子より兄弟に愛情が向かうのでしょうか?
父上も兄弟仲よかったと、よく叔父上たちの話をしてくれますし。
我が一族ながら、変わってますよね。
珠が大仕事に挑みます!
というか、父上、珠が本当にやるとは思っていなくて驚いたが、それ以上に娘の成長が嬉しくて涙。
のりりんとたかじょーには、必ず珠を生きて戻すことを厳命されている。
補足
のりりん:松田憲秀
たかじょー:北条康成
小笠原:しず姉の旦那さん。小笠原康広