珠、墓穴をほる
船を見に、下田城へ行きたいと、母上にお願いしなければならないのですが、その前に根回しが必要です。
なので、一番権力を持っている、父上に味方になってもらうことにしました。
しかし、ここで大問題が発生しました。
「ならぬ」
「ちちうえ〜」
まさか、父上に反対されるとは思いませんでした。
うぅぅ。ちょっと泣いてしまいそうです。
「いいか、珠。伊豆は祖父様の代より統治しておるが、道中が安全とは限らん。他国の間者が紛れておったり、山賊もおるだろう。可愛い娘を危険な目に遭わせたくはない」
う?
つまり、安全面を納得させれば、許してくれるってことですか?
「ふうまをつれていきます!」
「風魔だけで、お前を守れるのか?」
風魔の技量を持ってすれば可能だと思うのです。
でも、それだけではまだ不安要素があるということですよね?
規兄は保護者としてついてきてもらうとして…。
あ、規兄は新婚さんでした!
苗姉と離ればなれは、可哀想ですね。
政兄とでは、ますます反対されそうですし。
「では、父上のかしんをかしてください!」
さすがに、綱成おじじは無理かもしれませんが、たかじょーやのりりんならば名前も知られているので、引率者にぴったりだと思うのです。
「して、誰を望む?」
…たかじょーって何て名前でしたっけ?
「たかじょーかのりりん…」
「康成殿と松田憲秀殿です」
しんちゃんが、父上にこっそりと伝えていますが、聞こえていますよ。
「康成と憲秀か…」
「だめですか?」
父上の表情が、渋い顔になっています。
「今はちと無理だな。三田の動きがきな臭くて、戦になるやもしれん」
…えーっと、三田さんって誰ですか?
そもそも、また戦をするのですか?
長尾さんとの戦いも、まだ記憶に新しいのですが。
「武蔵国の一部を支配していたのが三田一族です。先の戦いで、上杉勢に加勢していたのですが、北条につくのを拒んでいるようです」
しんちゃん、何でも知っているんですね。
武蔵国といえば、照兄のところではないですか!
照兄には、石灰と漆を探してもらうという、大事なお仕事があるのです!
戦をしてもらっては困ります!!
「三田が動けば、今は大人しくしている太田も動き出すだろう。やれやれ、楽はさせてくれぬようだ」
太田さんも知りませんが、余りいい状況ではなさそうですね。
うーん、どうやって戦を回避させましょうか?
ここは一つ、お手紙でも書いてみますか!
「たまがふみをかいてみます!なかよくしましょうって!!」
「珠が儂や氏照の身を案じてくれるのは嬉しいが、そう簡単にはいかぬぞ?」
いえ、父上や照兄のことは心配していませんよ?
戦になったとしても、負けるとは思っていませんから!
「うー、やってみないとわからないのです」
「左様か。ならば、好きになってみるがいい。三田との戦が回避できれば、康成と憲秀をつけて、下田へ行くのを許そう」
あ!
やられました!
戦が終わったらではなく、戦を回避できればという、難しい条件になってしまいました。
父上、本当に私がお出かけするのが嫌なんですね?
「やくそくですよ!」
「ああ。男に二言はない!」
父上はそう言って、豪快に笑っていますが、私とてやればできる子なんです!
父上をびっくりさせてやりますからね!
さて、父上との謁見が終わったら、急いで作戦会議をしなければなりません。
しんちゃんとこたはもちろん、こたこたも呼び出します。
「こたこた、みたさんのしっていることを、ぜんぶおしえてください!」
私に勢いに驚いたこたこたが、何があったとしんちゃんに説明を求めます。
しんちゃんも事のなりゆきを話しますが、こたこたの顔が真剣なものになっていきます。
「姫様、ご覚悟はあるのですね?」
それは、戦に発展するようなことに、首を突っ込む覚悟ってことですか?
ありますとも!
帆船を造るために、全力ですから!
「もちろんです!」
「…わかりました。三田に潜入している者たちからの情報をお教えします」
三田さんの一族は、平将門の時代より武蔵国を治めていた武将だそうです。
お祖父様の時代に、我が北条の傘下に入ったそうですが、長尾さんとの戦いのときに寝返ったとか。
再び、北条の傘下に入るよう促してはいるそうですが、抗戦の構えを見せているらしいです。
それだけ地域に根付いた一族だとすると、曾祖父様が興した北条は新参者に感じるかもしれませんね。
三田さん家の当主は七十を越えるご老人ということも考えると、ちょっと難しいかもしれません。
跡取りの嫡男もいいお歳でしょうに。
若い者に場所を譲らないと、嫌われますよ?
…そこか!!
あ、でも、我が家のように仲がよかったら無理ですね。
それにしても、当主がその歳だと、嫡男はもう五十代でもおかしくないですよね?
人生五十年と言われているこのご時世です。当主になることなく、亡くなられる可能性も…。
やはり、一族存続を訴える方がよさそうです。
「こたこた、嫡男さんのことを調べてください」
「嫡男と言いますと、十五郎ですが…」
「はい。その方のことを、くわしくしりたいのです」
「御意に」
そう言って、こたこたは一瞬で消えてしまいました。
相変わらず、凄い技ですね!
「姫様、どうするつもりなんだ?」
こたが聞いてきますが、どうすると言われても、なるようになるとしか言えませんけど。
「ちゃくなんさんの方をおとそうと思っているのよ」
「嫡男を落としてどうするんだよ?」
「ちゃくなんとしてそだてられていれば、とうしゅになりたいと思っているかもしれないでしょう?このままだと、とうしゅになる前にほろぼされてしまう。だったら、とうしゅにするからこちらがわについてねっておねがいするつもりなの」
「そんな簡単に、そうしますって言うわけないだろ」
こたの意見はごもっともだが、戦となれば多くの民が被害にあうし、一族もろとも滅ぼされることだってありえます。
治めている土地を大切に思っているならば、少しは考えてくれると思うのです。
「ですが、一族の誇りもあるでしょう。誇りを穢されるくらいならば、戦って死を選ぶのでは?」
確かに、そうなる可能性の方が高そうです。
だから、調べて欲しいとお願いしたのですよ。
嫡男さんが、民を思い、一族を思う人であれば、そこにつけこめますからね。
竹兄が教えてくれた、徳のある人ということになりますが、土地を、そこに住まう民を統べるには、徳とともにつけこまれないための冷酷さも持っていなければならないようです。
そう考えると、三田さん家の当主は凄い方なのでしょう。
偉大な父を持つと、子供は苦労するんですね。
…政兄は大丈夫でしょうか?
政兄の冷酷なところって、想像できません。
もし、兄弟姉妹の誰かを人質にでも取られたら、冷静に判断できるのでしょうか?
ちょっと、心配ですね。
そう簡単にはいかない珠でした。
母上の前に、父上という難関が立ちはだかるのだ!