珠、もの申す
今日は朝からソワソワしています。
だって、養子に入った三男の氏照兄と四男の氏邦兄が来るのですよ!
本当は一族と家臣一同そろえての会議なのですが、それでも照兄と邦兄に会えるのは嬉しいです!
会議はお城の方でするみたいなので、終わるまで我慢です。
庭で遊んでいましょう。
「お前が珠姫か」
いきなり目の前に現れたのは、十歳前後の男の子でした。服装からして、風魔の者でしょう。
「あなたは?」
「風魔小十郎だ」
聞いたことないですね。しんちゃんの弟かな?
「風魔が死に物狂いで戦っているというのに、お姫様っていうのは気楽なものだな」
風魔が間者として頑張っていてくれているのは知っています。
「たまがおそとにでてなにになるの?たまのおしごとはとついでからなのに?」
そう。時は戦国乱世なのです。姫として生まれても、政略結婚の駒か家臣を繋ぎ止めておくために下賜されるのです。
つまり、嫁いでから実家に貢献するのが女の役割なのです。
だから、今は蝶よ花よと可愛がられているのですよ。
「それでも、風魔はお前たち北条を主として認めているわけではない。風魔は駒でもなければ奴隷でもない!」
話がかみ合いません。
どうしたらいいのでしょうか?
「どうしてほしいの?」
私がたずねたその時。
少年は地に伏せていました。
「いくら小十郎様でも、それはなりません。我らの問題に、珠姫様は関係ありません!」
しんちゃんが一瞬で取り押さえていたからです。
「…せめて、給金をあげてほしい!そうしたら、残された家族を心配せずに、死地に向かえる」
それでもなお、少年は訴えてきます。
よし、わかった!!
「んーと、こじゅうろう?…こじゅ…こじ…」
「小十郎様は次代頭領なので、お名前は変わりますが…」
しんちゃんのときのように、私があだ名を考えているのがわかったのか、しんちゃんが忠告してきました。
次代頭領ってことは、風魔小太郎かぁ。じゃあ、こたでいいや。
「うん。じゃあ、しんちゃん、こた、いこうか」
「…どちらへ?」
「ちちうえのことろ!」
お城につくと、こっそりバレないように移動します。
しんちゃんがいるので楽勝ですよ。
会議の場所は、二の丸の二階にある大広間。
サクッと終わらせて、照兄と邦兄に遊んでもらいましょう!
ここは勢いよく、ふすまをスパーンと。
開けたら、集まっていた全員が刀に手をかけました。
「珠!」
そんなのを無視して、父上のところまで行きます。
「どうやってここへ?」
「おねがいがあってきました」
「屋敷に戻ってから聞こう」
「だめです。いますぐ、ふうまたちのあつかいをよくしてください」
私の発言に、固唾を飲んで見守っていた者たちがざわめき出した。
「信太郎、お前の差し金か!」
声を荒げずとも、背筋が震えそうになる。
これは本気で怒っていますね。
「ふうまはがんばっているのに、なぜちちうえはみとめてあげないのですか?どうやってここにきたかとおききになりましたよね?もちろん、しんたろうにつれてきてもらいました。ふうまにとっては、おしろなどにわとおなじです」
「ほう、裏切るというのか?」
さすが父上。伝えたいことをちゃんとわかってくれました。
そう、風魔が裏切れば、要塞と呼ばれるこの小田原城だって簡単に落とせるでしょう。
「このまま、ちちうえたちがくんしゅとしてふさわしくなければ、それもありえるかもしれません」
父上は鋭い眼光で私を見つめています。
私も負けじと父上を見つめます。
「ちちうえ、ちゅうせいとはおしつけるものではなく、しぜんとあらわれるものなのです。たまはちちうえもははうえも、あにうえもあねうえもだいすきです。それはちゃんとたまをみていてくれるからです。では、じぶんをみくれないくんしゅに、いつまでもちゅうせいをちかうものがおりましょうか?」
「あい、わかった。しかしのう珠。たった今、当主の座は氏政に譲った。決めるのは氏政じゃ」
え!?
「ちちうえ、どこかわるいの!?たまをおいてしんじゃやだ!!」
嫌な予感がして、父上にすがりつく。
なのに、父上はガハハと品のない大笑いをして、私を胡座の上に乗せた。
「父はまだ死なん!いたって元気だからな。それに、珠の花嫁姿を見るまでは、死ぬに死にきれん!」
よかった。本当に病気とかではないみたいだ。
それなら、なんで突然、政兄を当主にしたのでしょうか?
「なに、今回の飢饉、氏政と幻庵のおかげで、被害が最小限に抑えられたのでな。そろそろ、氏政に任せても大丈夫だろうと判断したまでよ」
「その件については、珠のおかげだと何度も説明したのだがな…。押し切られてしまった」
我が兄ながら凄いです。
たったあれだけの説明で、新しい漁法を開発したのですか?
「まさにぃ、すごい!」
「ありがとう、珠。さて、珠の言いたいことはわかった。次は、お前たちの言い分を聞こうか」
答えたのはもちろんこただった。
「風魔がほしいのは、金と死ぬ理由だ」
「やはり、金か」
「あぁ、金はほしい。このままでは風魔は滅びるからな」
「どういうことだ?」
風魔は元々、少数精鋭の一族だったらしい。
戦が続くこの時代。親を亡くした孤児たちを保護し、風魔の技を授け、風魔一族を大きくしていった。
しかし、給金が安く、一人前になった風魔の者たちは次々と死んでいく。
そんな状態では、とても次世代を育てる余裕なんてない。
「今の者たちは頭領のために任務をこなしているにすぎない。だが、風魔は忍びだ。主あってこその忍びだ。今の北条に忠誠はない」
「なるほど。ならば、死ね」
「まさにぃっ!!」
「勘違いするな、珠。風魔よ、北条のために死ね。武士として、取り立ててやろう。もちろん、武勲を立てれば報酬も用意しよう。だが、主はお前たちが選べ」
「…どういうことだ?」
「この北条の中に、お前たちの主に相応しい者がいるだろう。父上でも構わないし、弟たちでもいい。主はお前たちで選ぶのだ」
え?北条の中ならだれでもいいってことですか?
最終的に北条につくなら自由に選んでいいと。
政兄、太っ腹!
「ならば、風魔小十郎、次代頭領として、珠姫様に忠誠を誓おう」
「同じく、風魔信太郎、珠姫様に忠誠を誓う」
「う?」
珠姫って私でしたっけ?
「よかったなぁ、珠。家臣ができたぞ」
父上、私女の子だから家臣いりませんよ?
嫁いだら、風魔も一緒についてっちゃうよ?
「んんん?」
「だた、当代頭領の意見は…」
こたが発言している途中で、こたの前に人が降ってきた。音もなく、ただそこにあった。
「当代風魔小太郎としては、新御屋形様に全てお任せしよう。ただし、我らが風魔の忠誠は珠姫様にある」
本物の風魔小太郎でしたか。
かなり大きい。私の二倍くらいあるかもしれない。大きい小太郎…メガこた?ギガこた?こたこただ!
こうやってあだ名をつけていかないと、覚えられないんですよね。なんかこの時代の人って名前がころころ変わりますし。
「そうなるだろうと思っていたよ。我らが掌中の珠だ。その魅力には抗えまい」
「読み通りだったわけか。慧眼、畏れ入った」
「ひとができないことができるって、それだけいろいろなことをどりょくしているってことでしょ?とつぜんあらわれたり、きえたり、あにうえでもできないよ」
あ、兄上たちがしょんぼりしちゃいました。
どうしよう、なんかフォローしないと!
「ほかにもね、ふじにぃはまいあさかなたふっているし、あそこのふたりもまいにちどうじょうでけいこしているよ」
大広間の奥の方にいた二人を指す。
末席ではあるが、この会議に出席できているってことは、そこそこの身分なのでしょう。
他にも、屋敷の門番の一人は、交代の時間に遅れたことがない。屋敷の廊下拭きの端女は一度も休んだことがない。
いろいろな人が様々な形で何かを頑張っている。
それを上に立つ者が見て見ぬふりなんかしちゃいけませんよね。
「ここにいるひとたちも、したのひとをちゃんとみてあげてください」
って言ったら、なぜか拍手が沸き起こりました。
う?
「やれやれ。珠のお披露目になってしまったな」
父上も苦笑しています。
そうだ!今日の主役は当主になった政兄でした!
「まさにぃ、ごめんなさい」
「珠が一生懸命考えて、北条のためにとやったことだ。謝ることはない」
こんなに甘々で、この先北条は生き残れるのか、かなり不安です。
そういや、徳川が天下統一するんでしたっけ?
徳川家康って、今いずこ?