珠、悩む
おはようございます。
朝餉の時間に、事件が起きました!
「珠、姉上に文を書いてくれないか?」
政兄が姉上と呼ぶのは、春姉しかいません。
春姉にお手紙……。
あ!お手紙にお返事していませんでした!
規兄のお嫁さんがどんな人か、教えて欲しいって書いてあったので、後回しにしたんでした。
「おへんじかくのわすれてた…」
「姉上の恨み…悲しみのこもった文が、こちらに届いてね。淋しがっておいでのようだから、頼むよ」
政兄、今、恨みがこもったって言いかけました?
「それでかな?こっちにも来たよ。俺ばかり珠を独占してずるいだとか、元康がうっとしいとか、すげぇ悪口書かれてた」
「ああ。松平殿が、色々と動いているようだな。姉上も、父上に間に入れないかと言っているようだし」
えーっと、お手紙の内容は、今川の現状だとか、やっすんの動向だとかが書かれていたのですか?
それが、春姉の恨み辛みになるって、暗号が謎すぎるのですが…。
まぁ、苗姉の為人もわかったことですし、春姉にお返事を書きましょう。
というわけで、午前中は苗姉のところに行き、字を教えてもらいながら、お返事を書きます。
竹兄のおかげで、漢字はだいぶ読めるようになりました。
しかし、草書体はまだまだです。
苗姉にお手本を書いてもらい、それを見よう見まねで書き写します。
規兄のおよめさんは、たんぽぽのようにやさしい人です。
珠ともたくさん遊んでくれます。
という内容にしました。
全部ひらがなだった頃より、進歩したと思いませんか?
私だって、やればできるのです!
そのあとは、苗姉に和歌を詠んでもらい、あっという間に時間が過ぎていきました。
お昼になり、そろそろ苗姉のお部屋をお暇しようとした時でした。
「珠、ここにいたか!出かけるぞ!」
いきなり規兄が来て、私を抱きかかえると、屋敷の外に向かおうとします。
「殿、珠姫様、いってらっしゃいませ」
苗姉に見送られ、何がなんだかわからないまま、馬がいる曲輪へ。
「のりにぃ、どこへいくの?」
「小さい船を作らせただろう?それを川で試すのだ」
おぉ!
いくつか作るようにした模型ですか!
確か、木タールと漆喰と漆でしたっけ?
どういうふうに出来上がったのか、凄く楽しみです。
人で賑わっている町を、あっという間に抜け、河川敷に来ました。
そこには、見覚えのある強面集団がいるではないですか。
毎度お馴染み、船大工の皆さんです。
そして、船大工さんたちの側には、黒と白と焦げ茶色の船がありました。
「お待ちしておりましたぞ!」
棟梁のおじさんが、笑顔で歓迎してくれましたが、それどころではありません。
私は早く船が見たいのです!
棟梁のおじさんを急かし、船の説明をしてもらいます。
黒い船は、焦がし油(木タール)を使ったものでした。
まるでペリーさんの黒船のようです。
これはこれで格好いいのですが、べたべたしたりしないのでしょうか?
ちょっと鼻につく臭いがするものの、べたつくとかはありませんでした。
あとは、耐水性ですかね。
白い船は、漆喰です。
表面に薄く、漆喰を塗っているのです。
外側の部分だけなのですが、やはり重さが問題になりそうです。
焦げ茶色の船は、なんと漆でした。
漆といえば、黒いと思っていたのですが、透き漆というものを使ったと言っていました。
ちゃんと、木の質感も残っているので、船らしい味わいがあるのがいいですね。
今回は、長時間の観察が必要なので、三ついっぺんに浮かべます。
短い距離ですが、何度か帆走させて、浸水しないかを確認しなければなりません。
前回同様、褌姿の若い衆が、勢いよく川の中に入って行きました。
ちょっと…いや、かなり羨ましいです。
私も泳ぎたいですよ。
結果としては、どれも浸水はしませんでした。
ただ、もっと長期で調べたいので、船大工だんたちのところで、ずっと水に浸けてもらうことにしました。
それで、浸水がなければ、三つとも採用したいと思います。
ただし、それぞれ使用する船は違います。
今、造船しようとしている足軽船は焦がし油で、騎馬船を漆で、大将船を漆喰で造ります。
足軽船は数が必要なので、一番単価安いであろう焦がし油にして、速さが重要な騎馬船は軽く仕上がる漆で、大きいので重くても大丈夫な大将船を漆喰にします。
それでも、問題になるのは金銭面と必要物資の確保です。
木材はどうにかなると言っていますが、漆喰に使う石灰や漆を大量に揃えるには難しいと言っていました。
漆は小田原周辺でも生息していて、漆を植林している集落もあるというのは調べがついています。
しかし、それだけでは足りないということですね。
「てるにぃやくににぃにも、しらべてもらいましょう!」
北条家の勢力は、ほぼ関東全域に及んでいるそうなので、探せばどこかにあるはずです!
「そうだな。伊豆の方にもあるやもしれん」
というわけで、石灰と漆の大捜索をやるのです。
さて、帆船も順調にいっているようなのですが、私としては不安材料が一つあるのです。
本当に戦に使うのであれば、攻撃力が弱いということです。
海での戦い方といえば、船をぶつけて乗り込む方法と、大砲で沈める方法だと思うのです。
ただ、大砲だと色々と大変なんですよね。
なので、使いたくはないのです。
ぶつけるのも、船が傷つくのでやりたくないです。
ギリギリまで近づいて、火矢ですかね?
でも、こちらもやられますよね。
うーん、どうにか帆船に似合う攻撃方法がないものでしょうか。
まず、火薬を使うものは却下です。
大量生産が難しく、取り扱いも慎重にしなければなりません。
火を使うのも避けたいですね。
こちら側の船が燃えてしまう可能性が高すぎます。
突っ込むのも不可となると…、戦術と罠で勝負くらいしかありません。
攻撃力が持てないとなると、防御力を上げておいた方がいいですよね。
ただ、その防御力も問題なのです。
風と視界を遮るようなことはできませんので、甲板を板で囲むというのは無理ですね。
まぁ、これは船大工さんたちにも意見を聞いてみますか。
「あと、うみのこともしらべたいです!」
「もうやっているから、安心しろ」
規兄がドヤ顔していますが、これは褒めた方がよさそうです。
「さすが、のりにぃです!それで、どのようなほうほうでしらべているのですか?」
「相模の海で漁をしている者たちに、地形や潮の流れといったものを教えてもらっている」
なるほど。
しかし、それだけでは足りませんよ!
「海のふかさもひつようです。ひもにおもりをつければ、しらべられるとおもいます。あと、あまさんたちにもきょうりょくしてもらいましょう」
船が走行できる深さがあるのか、とても重要です。
岩礁などがあれば危険ですし、また戦場になれば罠にも使えます。
海流の速さなどは、漁師よりも海女さんの方が詳しいと思うのです。
あと、できれば駿河湾の方も調べたいですね。
あ!船乗りたちの腕が上がれば、船での運搬もできるかもしれません。
そうなれば、小田原は港町としても発展しますね。
長い時間がかかると思うので、そこら辺は政兄に任せてしまいましょう。
「確かに、海の中を知るのは海女か」
「海の深さもとなると、人が足りないな」
政兄と規兄が、誰かを使って人を集めるだの、報償をいくら用意するだの、何やら話し合っています。
色々と調べないといけないことが多いですが、兄上たちに任せておけば大丈夫そうですね。
そういえば、私、今の船を見たことがなかったです。
やっすんがガレー船の絵を見て、あたけ船と言ったことがありましたね。
大型の櫂で漕ぐ船が存在しているということですよね。
「まさにぃ、お船が見たいです!」
兄上たちの話がまとまったところで、政兄にお願いしてみます。
「帆船ではなく、北条で持っている船を見たいということか?」
「はい。せめるにせよ、まもるにせよ、あいてをしらなければたいさくがたてられないのです!」
政兄の眉間に皺が寄ってしまいました。
小田原に船があるのなら、政兄もこんな顔をしないと思うので、船は遠いところにあるのかもしれません。
となると、小田原の町から出ることになるのですが、それがいけないのでしょうか?
「船となると、下田城か?」
規兄が政兄に問いかけます。
下田城って、どこでしたっけ?
葉姉に教えてもらったお城の中にはありませんね。
「そうだな。珠を連れてとなると、多く見積もって八日くらいか」
「つまり、ひと月欲しいところだな」
その下田城に行くのに、八日もかかるのですか!?
往復で半月かかるとしても、残りの滞在期間は何をするんですかね。
「珠が母上を説得できれば、いいだろう」
何ですと!!
私に最大の難関を押しつけるのですか!?
船が見たいから下田城に行きたいなんて言った日には、母上が再び鬼になるじゃないですか!
当主権限で、どうにかしてください。
「母上におこられるではないですか…」
「怒られるだろうな。今でさえ、帆船に関わるのをいい顔していないし」
規兄!怖いこと言わないでくださいよ!
もう、怒られるの確定ですよ!
どうやって、母上を説得すればいいのか、教えてください!!
すっかり忘れられていた春姉が、兄弟たちに呪いの手紙を…(笑)
12/27 一部変更
下田までの所要時間を延ばしました。
実際に、伊豆の方へ行ってみて、山道が多いと感じたので、珠の体力ではもっと時間がかかるのでは?と思ったためです。