珠、石けんを作る 四の巻
ようやく、お外禁止令が解かれました!
待ちに待ったお外ですが、いまだ論語も和歌集も読破できていません。
私の方から教えてとお願いしているので、ここで止めるのも申し訳ないのです。
午前中は竹兄や苗姉とお勉強の時間になり、遊ぶのはそれが終わってからです。
お外を禁止されていた間、私が大人しくお勉強していたので、母上も少しは安心したみたいです。
禁止令が解かれても、お勉強していたら、母上が褒めてくれました!
一緒に竹兄も褒められて、嬉しそうだったので、私も嬉しくなりました。
ただ、八重殿の育てがよろしいのだなと言っていましたが、竹兄は八重様と一緒にいた時間は短いので、竹兄の性格だと思いますよ?
さて、苗姉との一局も終わったことですし、お外に行きますよ!
早速、本丸広場へ向かいます。
石けん作りの道具がどうなったのか、よっしーが撤去してしまったのかを確認するためです。
本丸広場の端っこに、そのまま残っていました。
いや、私が最後に見た時より、規模が大きくなっている気がするのはなぜでしょう?
竃は一つだけだったのに、小さな竃が二つ増えています。
樽も大小様々な大きさのものが、置いてあり、作業用の机もあります。
何だか、台所みたいです。
そこにいるのも、よっしーだけではありませんでした。
知らない男性が三人もいます。
三人とも、よっしーと同じくらいの歳でしょうか?
家臣だとしても若いので、一族で仕えてくれているお家の方たちかもしれません。
「よっしー!」
私の声に気がついたよっしーの口角が、ほんの少しだけ上がったような気がします。
段々、よっしーの表情が読み取れるようになってきました!
「末姫様、お許しが出たのですね」
「はい!」
さぁ、色々と遊びますよ!
まずはよっしーに、現状の説明をしてもらいます。
石けん作りに興味を持った者たちが、よっしーに声をかけ、協力してくれることになったらしいです。
「山角康定が子、定之と申します。末姫様に拝顔できて、嬉しゅうございます」
定之青年は、どこか人懐っこい感じの人です。
童顔なとこが、尚更そう感じさせるのかもしれません。
「お初にお目にかかります、大道寺重興が子、重久でございます」
重久青年は、まさに戦国武将みたいです。
たくましい体つきに、他の人よりも頭一つ分も身長が高いのです。
これでは、重久青年が乗る馬は可哀想ですね。
山角さんと大道寺さんは聞いたことがあります。
山角康定さんは、やすという字があることからも、父上が名前を与えた家臣でしょうし、大道寺さん家は祖父の時代から仕えていると聞いた気がします。
「そして、こちらは私の弟で尚道と申します」
「兄共々、よろしくお願い致しまする」
よっしーの弟!?
いや、子沢山な時代なので、兄弟がいない方が珍しいのですが。
それにしても…似ていませんねぇ。
よっしーは醤油顔系の冷たいというか、鋭い感じの微形です。美形ではありません。微形です。
微妙な美形で、微形なのです。
弟さんは逆に、柔らい感じの醤油顔です。
一言でいうならば、優しそうってやつですね。
さて、正直、名前をちゃんと覚えられる気がしませんので、恒例のあだ名を決めたいと思います。
定之青年はゆっきーですね。
重久青年は…ひっぴーって呼んだら怒られそうですよね。うーん、ひさっちにしますか。
尚道青年は、なおぴーにしましょう!
「こちらこそ、よろしくおねがいします。これからは、ゆっきー、ひさっち、なおぴーとよびますね」
三人にそう告げると、ぽかーんとしています。
やはり、あだ名を付けた時に反応があるのはいいですね。
よっしーは変わらなかったので、つまんなかったです。
「姫様の癖みたいなもんだから、気にするなよな!」
こた、元服前の子供に言われても、嬉しくもなんともないと思いますよ。
「では、どこまですすんだのか、おしえてください」
よっしーは、三人のあだ名にも反応しなかったが、ようやく増設にいたった経緯を説明してくれた。
大きな鍋で作ると、失敗作の処理が大変になるので、小さな鍋で実験をしているとのことでした。
大きな鍋はもっぱら、灰を煮るのに使っているそうで。
そして、実験する種類が増えたことによって、机や一升枡を置く場所が必要になり、また、失敗作を入れる樽が増えていったということでした。
このまま増設が続くようであれば、他の場所に小屋みたいなものを建ててもらった方がいいかもしれませんね。
「人を増やしたのは、これを商品として売る際に、作り方を教えることができる者が欲しいと思いまして」
「しょうひん、ですか?」
「えぇ。成功すれば、この城だけで使うのはもったいないですし、それならば、市井に流し、金銭を得た方がよいかと」
なるほど!
石けんで商売をするのですね。
作った後のことなんて、全く考えていませんでした。
とりあえず、シャボン玉で遊べれば十分だと…。
「それに、先日拝見した、こころていの道具も、売れるのではないでしょうか?」
うにゅーってやつは、ぜひともみんなに使ってもらいたいですね。
うにゅーっを体験したら、病みつきになるの間違いなしです!
「そういうわけで、これが成功したら、商いを立ち上げようと思っております。新御屋形様にも、承諾は得ておりますので、末姫様は御心のままに、好きなことをなさってください」
ちょっと、流れについていけないのですが、いつの間に商いの話まで進んでいたのですか?
政兄からは、何も聞いていませんけど!?
しかも、よっしーはすでに洗濯場のおばちゃんに泡立った石けんもどきを使用してもらっていました。
さらに、灰もすぐ手に入るものは準備されていました。
藁だけを燃やして作った灰と、海藻です。
それと、幾つか見たことのない植物も用意されています。
海藻は真水で洗い、今は天日干ししている段階だそうです。
からっからに乾燥させてから、燃やして灰にすると言っていました。
…私がやることがないような気がするのですが。
「竹は手配しておりますので、もう少しお待ちください」
これは…。
竹が来るまで、大人しく見ていろってことですよね?
もう、怪我したりしないのです!
だから、私にも何かやることください!!
結局、今日はみんなが石けんを作るのを見学していただけでした。
しかし、私がやっていたものより、本格的になっているのです。
たとえば、天秤を使って、分量をきっちり計っています。
そして、作業担当が決まっていました。
灰汁を作るのはよっしーで、それをなおぴーに教えています。
ゆっきーは温度の管理をしているようです。
油の温度がギリギリ手で触れるくらいにして、少しずつ灰汁を入れ、温度が戻ってからまた入れるを繰り返しています。
その横で、ひさっちがひたすら混ぜ続けています。
「今、ゆっきーたちが作っているのは、どのくみあわせですか?」
「あれは、荏胡麻油と藁の灰ですね」
どうやら、これまでにたくさん実験をしているようですが、いまだ固まる気配が見えません。
乾燥させてみないとわからないものもありますが、どれもまだぶよっとしています。
藁の灰はどうでしょうか。
荏胡麻油と藁の灰も、徐々に白っぽくなっていきます。
そして、灰汁を全部入れ終わると、今度はお塩を入れます。
ここからの変化は初めて見るので、しっかりと観察しておかないといけません。
「塩は今までの中でも、一番多い量にしてあります」
ひさっちが額に汗を流しながらも、ぐるぐる混ぜます。
すぐに変化が起きるようなことはないようです。
一度、混ぜるのを止めてもらいました。
やはり、どろっとした、とろみがある状態ですが、私が見た中では一番白い色になっていると思います。
ちょっとだけ、黄色がかった色をしていますが、手作り石けんにはありがちな色じゃないでしょうか。
あとは、粗熱をとって、一升枡に入れるだけなのですが…。
う?
表面に薄く膜のようなものが浮かんできました。
ひょっとして、油分が分離したのでしょうか?
ちょっと触ってみましょう!
水っぽい感じがしますが、少しだけ柔らかいというか、感触がありますね。
たとえるならば、麻婆豆腐やあんかけみたいに、片栗粉でつけた感じですかね。
液体に近いのだけれども、とろみがあるみたいな。
油とも違いますし…これ、何でしょうか?
「よっしー、これを見て!」
よっしーに変化を伝えると、お塩を入れるようになってからこのようになるのだと言いました。
もう一度混ぜると出なくなるので、混ぜが足らないのだろうと。
「これをさじですくって、へらしましょう」
こういう実験で変化があった場合、いらない成分の可能性もありますからね。
何事も試してみないとわかりません。
匙でえっちらおっちら、ちまちまと、浮いている謎の液体を掬います。
本当にこれは何なのでしょうか?
もし、不純物だったとして、どうやって処分すればいいですかね?
…案が出るまで、保存しておきますか。
謎の液体を取り除くと、石けんもどきに変化がありました。
どろどろだったものが、ぼってっとした感じになったのです!
これはもしかすると、固まるかもしれませんよ!
補足
石けん:ようやく、化学が苦手な作者でも理解できる資料が見つかりました!
古来からの石けんは、現在でいうカリ石けんで、こちらはほぼ液体石けんということでした。
珠が製作しているのは、石けんが歴史に登場し始めた初期の石けんですので、中和法と呼ばれているようです。
塩析によって、不純物(グリセリン等)を除去すると、液体ではなく、柔らかい石けんになります。
よっしーが作った物は、塩析をしても、不純物を取り除かずに混ぜてしまったので、どろどろのままでした。
現在のような硬くしっかり泡立つ石けんは、製法上難しいことがわかりましたが、もどきまでは作れそうなので、よっしーに頑張ってもらおうと思います。
新キャラ
山角定之:山角康定の三男。オリジナルキャラです。
祖父の代より、北条家当主の側近を勤める一族に生まれたが、父親や叔父たちが凄すぎて、兄弟そろって活躍の場がない不憫な子。
大道寺重久:大道寺重興の次男。オリジナルキャラ。
上杉謙信(当時は長尾謙信)による、関東遠征・小田原城の戦いにて初陣を飾る。
三人の中では一番若いが、体格は一番いい。
本来なら重興の長子ではあるが、養子となった従兄弟・政繁が家督を継いでいる。
安藤尚道:安藤良道のすぐ下の弟。オリジナルキャラ。
よっしーとは似ておらず、社交的。
しかし、自ら何かをやるよりも、よっしーの補佐的なお仕事の方が多い。
今回も、忙しくしているよっしーを見かねて、手伝いを申し出た、兄思いな青年。