珠、兄を困らせる
うどんと蕎麦を出していたのですが、まだ一般的ではないということで、切り麦に変更しました。
朝餉に、いつもとは違うおかずがありました。
私が言ったからだとは思うのですが、違うのです!
ところてんを食べたいと言いましたが、その前にうにゅーって出すのをやりたかったのです。
「こころていが食べたかったのだろう?」
政兄が台所にお願いしてくれたようです。
ところてんでは通じなかったのですが、私が何度もところてんを連呼していたら、間違って覚えていると思われました。
名前が違うなんて知らなかったのです。
「はい!」
うにゅーはできませんでしたが、ところてんは食べられるので、よしとしましょう。
早速、匙を握り、ところてんを食べようとするのですが、ところてんが太くて中途半端な長さのため、すぐに落ちてしまいます。
何度挑戦しても、すくえませんでした。
見かねたのか、葉姉がお箸で食べさせてくれましたが、味が違います!
これは、からしですか?
ところてんは三杯酢が一番美味しいのに…。
「珠には少し辛すぎたんじゃない?」
はい、辛いです。
これでは、ところてんとは別ものです。
醤油もどきがあるのですから、三杯酢を作りましょうよ…。
ないのら、作ってみせます、ところてん!
とはいえ、午前は竹兄とのお勉強があるので、動き出すのはお昼からです。
今日は学而の九からです。
さて、初っ端からちんぷんかんぷんなのです。
曾子曰く、曾子さんは孔子さんのお弟子さんでしたね。
その曾子さんが言うには…。
慎終追遠、民徳帰厚矣。
慎ましやかに遠くで終わるのを追いかける!
「珠、順番が違うよ。終わりを慎み遠きを追えば、だよ」
なぜそうなるのですか?
次のはわかりますよ!
徳は民に厚く帰ってくるのだ、ですよね?
ムに矢という漢字は読まないけれど、役割があると竹兄は言っていました。
「ちょっと違うけど、まぁ当たってはいるかな?正しくは、民の徳、厚きに帰す、だね」
最初の文とこの文がくっついても、意味がわからないのです。
終わりを慎み遠きを追えば、民の徳、厚きに帰す?
「どういういみですか?」
「終わりを慎みってことは、人の生、つまり誰かの死を悲しみ、ちゃんと供養をするってこと。この誰かはわかるかな?」
民ってあるくらいですから、治めている人ですよね?
「父上みたいな人!」
「そう。政を行う、人の上に立つ人のことだね」
正解しました!
偉い人が亡くなった時は、ちゃんと供養をしましょうと言っているのですね。
でも、それが民の徳になるのですか?
「次の遠きを追えばは、その供養を長きにわたって続ければってことで、それが民の徳に繋がるのは…」
孔子が説く五徳がどうとか、その五徳が王道にどうとか、竹兄が一生懸命説明してくれていますが、よくわかりません。
結局、徳って何ですかね?
人として必要な、よい部分みたいなことでいいですか?
そのあとは、ずっと徳とは何かを質問して、五徳が何なのかは、何となくわかりました。
でも、ようは徳のある者に政を任せた方がうまくいくよってことですよね。
それで、その徳がどうして民に戻ってくるのですかね?
「だからね、例えば、この小田原の基礎を作った祖父様を、小田原の民がずっと感謝したり、素晴らしい人だったと思い、祖父様のことを大切にしていてくれたら、珠は民のことをどう思う?」
父上やじぃから、話でしか聞いたことありませんが、とても強い武将だったらしいですね。
お祖父様の時代を知っている者は少なくなっているとは思いますが、そんな人がいたら、よっぽどできた人物だと思います。
と言うか、そんな奇特な方、いるのですか?
古参の家臣たちならまだしも、民はよりよい暮らしをさせてくれる人の方がいいのではないですか?
「民に思われるということ自体が徳であり、そんな人を長く供養するということも、また徳になるんだよ」
深すぎて、実感をともわないのです。
つまり、民に思われるような、徳のある人になりなさいってことでいいですかね?
今日は、学而の九だけでお勉強の時間が終わってしまいました。
うぅぅ。昨日はよほど頭が冴えていたのですね。
読破するには、まだまだかかりそうです。
竹兄とのお勉強が終わり、気分転換にお絵描きタイムです。
ところてんをうにゅーって出す道具がないようなので、よっしーに作ってもらいましょう!
まずは、設計図を書かないといけませんね。
正方形の筒の先に、金網を…。
金網ってあるのかしら?
ない場合は、糸とかでも代用できますかね?
押し出す棒の先に、四角い板を付けてます。
…何か、似たようなものを知っていますね。
これ、竹で作れば水鉄砲ができそうじゃないですか!
竹筒の先に穴を開けて、棒の先には布を丸く巻いて。
うん、いけそうですね。
急いでよっしーを召喚しましょう!
「しんちゃん、よっしーをよんでほしいの」
「安藤殿をですか?」
「まーた、変なこと始めるつもりか?」
こた、一度そこに直りなさい!
「へんなことではありません。こころていをおいしく食べるためのどうぐと、わたしのあそびどうぐをつくってもらうのです!」
「遊び道具って、姫様も懲りないな」
子供のうちは、いっぱい食べ、いっぱい遊び、いっぱい寝るのです。
それが子供の仕事なのです。
私が健康に育てば、大人になって健康な子供が産めるではないですか。
ちゃんと、武家の娘としてのお務めはわかっていますよ。
さて、しんちゃんに呼び出してもらったよっしーですが、よっしーは私のお部屋までは来れないのです。
基本、女性陣が住まう棟なので、父上と政兄、元服前の子供くらいしか男性は入れません。
しんちゃんとこたが特別なのです。
しんちゃんは元々、私の護衛でしたので、父上の命により、この棟にも立ち入ることができます。
そして今は、私の家臣兼護衛として、しんちゃんとこたが入ってもいいように、父上にお願いしたのです。
なので、よっしーはお屋敷の別の場所で待ってくれているはずです。
待たせては悪いので、早く行きましょう。
よっしーがいるお部屋まで、しんちゃんに案内してもらいます。
「末姫様、何かございましたか?」
「はい。よっしーにおねがいがあるのです。これを作ることはできますか?」
先ほど描いた、ところてんをうにゅーって出す道具と竹の水鉄砲の絵を見せます。
「これは?」
「上のものが、こころていをほそながくきるどうぐで、下のものが水であそぶものです」
「こころていを細長く?切り麦のようにするということですか?」
切り麦って何でしょうか?
細長くで連想したということは、麺みたいな食べ物ってことかしら?
金網の部分は、細い紐状の鉄、つまり針金のようにするか、薄い板でも可能だと説明します。
鉄だと錆が心配ですが、丈夫な糸でもできるかもしれません。
「なるほど、こころていは柔らかいので、庖丁で細く切るのは難しい。これを使えば、簡単に細くすることができるというわけですね」
その通りです!
難しい作りではないので、すぐに作れそうですが、どうですか?
「帆船作りのために集めれている鍛冶師たちに聞いてみましょう。庖丁と同じもので作れば、錆びにくくなると思いますし」
あ、それもそうですね。
でも、包丁って何でできているんですかね?
刀と一緒なのでしょうか?
まぁ、よっしーに任せておけば大丈夫でしょう。
「水で遊ぶ道具の方は、しばしお待ちを。末姫様のお怪我が治りましたら、一緒に作りましょう」
お手製の水鉄砲ですか!いいですね!
それにしても、よっしーも私のこと、わかってきましたね。
「そう言えば、馬の油をもらった知人が教えてくれたのですが、馬の油は怪我にいいと。よろしければ、こちらをお使いください」
よっしーが渡してきたのは、貝殻に綺麗な絵が描かれた入れ物でした。
「生憎、末姫様に似合いそうな香合がなく、申し訳ない」
いえいえ、とても綺麗な絵なので、私にはもったいないくらいですよ。
「もらっていいの?」
「もちろんです。早く外で遊べるようになるようにと」
よっしーからの贈り物ですよ!
中身は遠慮なく使うとして、入れ物は大切にとっておきましょう。
補足
学而の九:曾子曰、慎終追遠、民徳帰厚矣。
竹兄が大変な思いをして、珠に教えた一文。
こちらも、作者独自の解釈となっておりますのでご注意を。
ところてん:心太と呼ばれていたものが、室町時代の頃にはこころていと呼ばれるようになったとか。それが更に変わって、ところてんになる。
伊豆の方でテングサがとれていたようですが、それでもちょっと贅沢な食べ物だったようです。
当時はからしとお酢で食べていたらしいです。
珠が、味噌だまりとお酢を混ぜて、三杯酢(酢醤油)を作ることでしょう。
ちなみに、珠が言ううにゅーってやつは、天突き、またはところ天突きとありました(笑)
竹の水鉄砲:いつ頃からかというのは諸説ありましたが、中国では古くからあったようです。
鉄砲というくらいですので、鉄砲が伝わった時代当たりから認識されだしたのでは?とありましたので、珠のおもちゃに。広まったのは江戸時代とされていて、火消しにも使われていたとか何とか。
香合:茶道や香道の道具の一つ。お香を入れる蓋付きの容器です。
陶磁器、漆器、貝類と、用途に合わせて種類があるそうです。
ちなみに、お焼香を入れる仏具も香合だそうです。
切り麦:うどんも一般的ではない時代ということでしたので、うどんの前段階の切り麦にしてみました。
ねった小麦粉を伸ばして切るから切り麦というらしいです。
ちなみに、よっしーの庖丁はわざとです。
珠は漢字が違うのを知りません。