珠、お勉強をする
今日こそは、竹兄と勉強するのです!
早速、竹兄のお部屋に突撃です!
「たけにぃ、ご本よんで!」
見張りの女中と一緒というのが面白くありませんが、しんちゃんとこたは政兄のところにお使い中なので仕方ありません。
「準備はしておいたよ。こっちにおいで」
竹兄の元へ行くと、文机と硯、筆などが用意されていました。
うん、準備万端ですね。
竹兄に問題の本を渡します。
「これか。懐かしいな」
う?竹兄はすでに読んだことがあるみたいですね。
「まずは、本の名を読めるかな?」
表面に書いてある漢字は、「論」と「語」です。
「うーん、ろんご?」
「うん。よく、読めたね」
論語ですか。どこかで聞いたことあります。
「これは、昔、大陸にいた偉い先生が書いたものなんだ。孔子って聞いたことあるかな?」
孔子の論語!
朧げながら記憶があるような、ないような…。
「じゃあ、この学而からやるよ。最初の子曰くだけど…」
竹兄がさらさらっと何か文章を書いていきます。
うーんと、しいわく、まなびてときにこれならう?
全てひらがなで書いたあと、漢字を使った文章を書きます。
どれどれ、子曰く、学びて時にこれを習う。
「学びてはわかるよね?では、この習うは?」
「だれかにおしえてもらう?」
「残念。何かを学んでいる時に、その何かをもう一度習うことなんだ」
う?つまりは復習ってことですか?
「それで、次の文が、そのもう一度習うことは喜ばしいことだと書いてある」
「なぜ?」
「何度も同じことを学ぶことによって、それが自分のものになるからだよ」
わかるような、わからないような。
「珠が漢字を覚えて、姉上たちに文をかけるようになったら、嬉しくないかい?」
それは確かに嬉しいです。
綺麗な草書体をかけるようになりたいです。
「はい、うれしいです」
「それが、学んだことが身についたという喜びなんだよ」
なるほど。
つまり、私が遊びで全力を出した時の達成感のようなものですね!
「たけにぃもうれしいって思う?」
「そうだね。得た知識を使う場があるのかはわからないけれど、それがいずれお家のためになると思うと嬉しいかな」
うん、竹兄もやはり武家の子ですね。
いや、北条の子と言うべきでしょう。
「じゃあ、たまもがんばるね」
本当に一歳しか違わないのか疑問ですが、竹兄も預けられていたお寺でいっぱい勉強していたようです。
私も見習わないといけませんね。
一応頑張ったのですが、私の集中力がお昼くらいまでしか持ちませんでした。
でも、学而の八までいけました。やればできるんです!
君子なんちゃらって文章が、どことなく父上のことを言っているようで、これはわかりやすかったです。
竹兄にお暇を告げ、お部屋を出ると、女中とこたがいました。
「新御屋形様がお呼びだってよ」
こたの砕けた口調に、女中が睨みつけていますが、当の本人は知らん顔しています。
待っている間に、何があったのですか?
それはさて置き、政兄が呼んでいるのなら、早く行きましょう!
剣呑な雰囲気の二人を引き連れて、政兄のお部屋に向かいます。
政兄のお部屋には先客がいましたが、私の知っている人でした。
「よっしー!」
一昨日ぶりではありますが、ずいぶんと会っていなかったように思います。
「末姫様、この度は誠に申し訳ございません」
土下座でお出迎えですか。
「あれは、こちらがわるかったのです。しかし、よっしーがもうしわけないと思うのなら、このたまにまだつきあってくれますか?」
「末姫様がお望みならば」
「はい、のぞみます。まさにぃ、いいですよね?」
よっしーを私からまだ離さないでくださいというお願いです。
「我らが掌中の珠の願いだ、否とは言わぬよ」
さっすが政兄です!
というか、私の兄たちは私のことをよくわかっています。
ここで否と言われたら、泣きますよ?
「ありがたいです」
ちゃんと、わがままを聞いてくれた政兄にお礼を言います。
「して、珠たちが作っていたものの話を聞こうか」
政兄の横に座り、よっしーが持ってきたものを覗き込みます。
一升枡に見覚えがありますね。
「まず、こちらが先日、末姫様と共に作ったものでございます」
あらら。
これは失敗ですね。
油が分離して、上に溜まっています。
下の層は白っぽくて、ぱっと見は石けんのように見えなくもないですが。
「そして、こちらが馬の油で作ったものです」
器に入っていたのが、油の塊ですか?
「こちらも灰汁に入れてみたのですが、冷えたら油が固まってしまったようです」
うぅぅ。
どうしましょう…。
これではラードではないですか。
混ざった状態で固まらないといけないわけで…。
油が違くてもだめなら、灰の種類を変えるとかですか?
木の灰がだめなら、草?
…そういえば、海藻の石けんとかハーブの石けんってありましたよね?
海藻やハーブの灰で作ってみるのはどうですかね。
それとも、固める材料を入れた方がいいのでしょうか?
ゼラチンは無理ですよね。
寒天?天草って手に入るのでしょうか?
あ!手に入ったら、ところてんが作れるではないですか!
いやいや、食べ物の方にいってはいけません。
あとは、お豆腐のにがりとか?
…何か引っかかりますね。
お豆腐って、何でにがりを入れると固まるんでしたっけ?
豆乳みたいなものに、にがりを入れて、余分な水分を絞り出したらお豆腐だった気がするんですが…。
「こた、おえかきどうぐを出して!」
考えがまとまらない時は、とりあえず絵にしてみるのです。
細い筆に墨をつけ、和紙に色々描いていきます。
灰汁と油を混ぜることによって、何らかの化学反応が起こっているのです。
おそらく、それによって、白っぽくなるのだと思います。
しかし、時間が経つとその反応がおさまり、水分と油分に分かれてしまうわけです。
これをお豆腐に例えるなら、大豆とお水ってことですよね?
にがりは、大豆とお水をくっつける作用があるってことになります。
にがりって、海水から作られていたような…。つまりはお塩ですか?
お塩…塩化ナトリウム。塩基…アルカリ性…。
よくわかりませんが、私の勘がお塩だと叫んでいます!
何かを思い出せそうなのですが…。
あ、汁物にお豆腐入ってました!
いつの汁物だったかな?
お正月か、結婚式か、とにかくご馳走の時だったと思います。
ということは、大豆もにがりも存在するってことですよね。
大豆があれば、色々食べ物が増えます!
もやし、枝豆、納豆。
味噌と醤油もどきはあるとして、お豆腐から、油揚げと厚揚げもできますね。
量産体制を整えれば、普段の食事でも食べられる…。
よし、大豆の栽培もしましょう!
「よっしー、まずはじゅんばんをかえましょう。あぶらの中にあくを入れて、白くはんのうしたら、おしおを入れてみてください」
「順番を変えてみるのはわかりますが、塩ですか?」
「はい。うまくすれば、おとうふのようにかたまってくれるかもしれません」
「豆腐…」
よっしーは考え込んでいますが、大丈夫です。
お豆腐も石けんも似たようなものです。
「わかりました。ひとまずやってみます」
結局、実験はよっしーに丸投げする形になってしまいましたが、私のお外禁止令がとけたら、一緒に作りましょう。
あ、政兄、北条の領地で、大豆ってどれくらい作られていますか?
あと、天草を探してください。
ところてんを作りたいのです。
補足
論語:皆様、学校で習う有名な漢文です。
作中の竹兄の解釈は、作者が現代語訳を読んで独自解釈したものです。
石けん②:珠も色々と知識を捻り出しているようですが、豆腐がにがりで固まるのは塩析というらしいですよ。これも学校で習うらしいですが、生憎、作者は生物の授業しか記憶がありません(笑)
さて、天草やら大豆やら、珠はまだまだ花より団子のようです。
幼い頃、ところてんとおきゅとは同じものだと思っていました(笑)