珠、鬼と対峙する
目の前に鬼がいます。
もうすでに泣きそうです。
「聞いているのですか?」
「はい」
「軽率な行動をして、珠の身に何かあれば、周りの者にも責が及ぶと、理解しておいでか?」
母上がお部屋に入ってきた時、心配そうに大事ないかと聞いてくれたので、怒っていないのかなって思いました。
薬のおかげか、ピリピリした感じはだいぶ和らぎました。
しかし、私がピンピンしているとわかると、頭の上に角を生やしたのです。
そして、嫁入り前なのに痕が残ったらどうするんですかとか、私に何かあれば、しんちゃんやこた、よっしーもただではすまないだとか。
怒鳴るのではなく、坦々と言うので、尚更恐ろしく…。
先ほども、主君に怪我を負わせたのなら切腹などと言い出して、それだけは許してほしいと頭を下げたしだいです。
正直、正座は右足が痛むので、とても辛いですが、泣き言を言えるわけもなく、大人しく説教されています。
無事な左足に体重をかけているので、そろそろ痺れてきそうです。足の感覚に違和感が…。
しんちゃんやこたも、後ろで土下座をしたままです。
二人もずっと同じ体勢は辛いですよね。頭に血が上っちゃいますよね。
ごめんなさい、もう少し辛抱してください。
「当分、外へ行くことを禁止します」
「えっ!?」
「文句がおありか?もちろん、帆船などというものにも、関わってはなりません」
母上から殺気のようなものが出ています。
武家の娘であり、武家の嫁でもある母上です。
殺気くらいは操れてもおかしくはありませんが…。
それを娘に向けますか!?
「…ぃ」
「聞こえません」
「はい、わかりました!」
半泣き状態で了承すると、母上は満足したのか、お部屋から出て行きました。
寝っ転がるように体勢を崩しましたが、時すでに遅し。
左足は完全に痺れています。
「うぅぅ」
床の上で唸っていると、再び富が来て、姫様!と怒られましたが、それどころではないのです。
足が痛いと訴えると、富は怒るのを止めてくれましたが、その代わりに大量の本を置いていきました。
これを読めということですか?
ほとんどは、平安時代にはやった物語みたいです。
あ、これは和歌集ですね。
「みよしのはやまもかすみてしらゆきの…」
おぉ!全部ひらがなで書いてあります。
これなら私でも読めそうです。
ひらがななら、多少崩してあっても解読できるようにはなってきました。
あ、あぁ?
次に手に取ったものは、全て漢字でした。
楷書体で書いてあるので、漢字はわかるのですが、送り仮名もなく、白文のままです。
これを読めというのですか?
うーん、これは竹兄に解読してもらうしかなさそうです。
夕餉の時にお願いしてみましょう。
夕餉の時間になるまで、和歌集を眺めていましたが、読めても意味がわかりません。
なので、もう飽きました。
しかし、私がお部屋から出ようとすると、ふすまの前に女中がいて、どちらへと聞いてくるのです。
ご不浄にと言っても、厠までついてくるのです。
完全に見張られていますね。
歩くと少し痛みますが、歩けないほどでもなく、我慢できないほどでもないのがわかったので、よしとしましょう。
仕方ないので、お部屋でお絵かきでもして、時間を潰しますか。
ようやく夕餉の時間になり、女中から声がかかりました。
ご飯!ご飯!
ご飯の部屋に入ると、すでにみんな揃っていました。
というか、照兄と邦兄は、まだいたんですね。
「珠、怪我したと聞いたが、大丈夫なのか?」
照兄が聞いてきましたが、この通りピンピンしておりますよ。
「珠、こっちにおいで。その手では、ご飯も食べられないね」
邦兄においでおいでされたので、遠慮なく邦兄の膝の上に座ります。
私の手は、薬を塗られた後、さらしでぐるぐる巻きにされています。
お箸を握るしか方法がないので、刺すかかき込むしかできません。
「お前たちが甘やかすから珠は…」
母上の眦が上がりますが、そこをすかさず父上が宥めます。
「珠も充分に反省はしておるだろう」
「そうやって、皆が珠を甘やかすから、こういう事になっておるのでありませぬか!」
って、父上に火の粉が飛んでしまいました。
いつもの光景と言えばそうなのですが、父上、申し訳ないです。反省!
邦兄にご飯を食べさせてもらいながら、家族との会話も楽しみます。
照兄と邦兄は、明日には帰るそうです。
城を長く空けるわけにもいかないので、仕方ありません。
照兄は武蔵国の滝山城におり、お城の改修をしているのだと言っていました。
邦兄は上野国を任されています。
まぁ、地名を言われても、それがどこかわからないので意味がないのですが。
「たけにぃ、明日ご本よんで!」
「いいけど、何の本?」
「う?かんじがいっぱいの?」
「竹王丸、珠に読ませるのですよ」
は、母上。それは無理です!漢字ばかりでは読めません!
「…では、漢字を教えるということでよいですか?」
「えぇ。それならば、構いません」
「ということだから、珠、頑張ろうね」
まだ漢字も書けない私に、漢文を読めと言うのですか!?
お、鬼だ…。
やっぱり怒られた珠。
しかし、周りが甘やかすばっかりなので、母上も大変だと思う(笑)