珠、石けんを作る 二の巻
朝です!
ご飯です!
今日も石けん作りの実験をしますよ!
お布団から出て、女中に着物を着せてもらい、髪も綺麗に結い直してもらいました。
簪は、お気に入りの鈴が付いたものにします。
動くたびに、ちりんと音がして、可愛いのです。
今日の朝餉は女性陣だけでした。
男性陣は、何やら会議をしているみたいです。
私に関係があることは、政兄が教えてくれるか、こたこたが報告してくれると思います。
さて、ご飯を食べたら、早速本丸広場へ!
と、その前に、春姉からお手紙がきているので、お返事を書くのです。
『我らが掌中の珠、氏規のお嫁さんはどんな方でしたか。珠を可愛がってくれる方かしら。この姉に教えてちょうだいな』
うーん、困りました。
規兄のお嫁さんとは、まだお話できていないので、為人はよくわかりません。
それと、このお手紙の暗号での内容は何だったのですかね?
ひょっとして、やっすんのことだったりして。
やっすん、元気にしていますかねぇ。
とりあえず、お返事はお嫁さんに会ってからにしますか。
「では、母上、いってまいります」
お外に遊び行くと母上に告げると、しんちゃんとこたがすかさず側に現れました。
私の側にいない時は、何をやっているのでしょうか?
謎が多い二人です。
本丸広場に到着すると、すでによっしーが来ていました。
よっしーも早いですね。
作業に入る前に、昨日作ったものがどうなったのかを確かめます。
そーっと蓋を取ってみると、変わらずどろっとした状態のままでした。
「失敗ですかね?」
よっしーもそう思いますか?
でも、石けんって寝かせる時間が必要だったと思うのです。
つまり、この中の水分が蒸発すれば、固形になってくれるのではないのでしょうか。
だったら、今のうちに小分けした方がいいかもしれません。
「もっとじかんをおいてみましょう。今のうちに分けたいのですが…」
よっしーが準備してくれたのは、一升枡でした。
しかし、これだと固形化した時に取り出せません。
すると、よっしーが枡の底を外したではありませんか!
「末姫様が固まると仰っていたので、底が外れるようにしております。隙間は紙で埋めれば、漏れることもないでしょう」
よく見ると、枡の端には紙らしきものが挟まっています。
本当に、よっしーって何者なんでしょうか?
政兄が気に入っているのもわかる気がします。
痒いところに手が届くってやつですね。
枡に小分け作業を開始して気がつきました。
枡の大きさが微妙に違うのです。
本当に少しですが、それでも気になる程度には違います。
「…大きさがちがうのはどうしてですか?」
「作っている職人のところによって、差異があるようです」
職人のところってことは、工房みたいなものですかね?
しかし、流通している枡の大きさが違うのは、まずいのではないですか?
「ぜんぶ、いっしょにはできないのですか?」
「おそらくできるかと思いますが、何か問題でも?」
よっしーともあろう者が、この問題に気がつかないのですか!?
「大きさがちがうということは、ふこうへいではないですか!おなじお金を出して、りょうがちがうのは、うる方にもかう方にもよくありません」
小さい枡を使えば、売る側が得をして、買う側は損をする。
逆に大きい枡を使えば、売る側は損をして、買う側が得をする。
枡の大きさが一緒であれば、そのような不公平は起こらないはずだ。
「そう言われれば、そうですね。確かに問題です」
「まさにぃに言って、いっしょにしてもらいましょう!」
「では、某の方がからご報告しておきましょう」
そうよっしーが言ったので、お任せすることにしました。
私からも口添えはしておきましょう!
さて、気をとり直して、作業の続きです。
枡に移し終えると、それを百間蔵で安置します。
よっしーが場所を確保してくれたようで、何から何まで順調です。
枡を大きな板に乗せ、よっしーとこたで運びました。
私はその間に、昨日の樽から灰汁を取り出しましょう。
樽の下にお鍋を置いて、樽の栓を外します。
バシャッと勢いよくお水が出てきて、しんちゃんが慌ててお鍋で受け止めます。
「姫様、栓を!」
最初の時より勢いは落ちていますが、もうお鍋の半分近く溜まっています。
急いで樽に栓をして、二人でほっと息を吐きます。
私は灰汁で右足と両手が濡れてしまいました。
しんちゃんが手ぬぐいで拭いてくれましたが、水っぽいのに、ぬるぬるするのが不思議です。
拭いてしまえば、それもなくなったのですが、灰汁ってぬるぬるするものなのですかね?
お鍋を竃にかけてしばらくすると、二人が戻って来ました。
「こちらの煮た方も胡麻油からでよろしいですか?」
「はい。その方がくらべやすいです」
火にかけるかかけないかで、どれくらい違いがあるのかわかりませんが、まずは一つずつ検証してみましょう。
沸騰する前に胡麻油を入れ、グツグツと煮立つ中、しんちゃんが汗をかきながら混ぜていきます。
こちらも、油分がしっかりと混ざるまでかき混ぜると、色が変わってきました。
まだサラサラしているみたいですが、白っぽさも出てきたので、ちゃんと変化は起こっているようです。
前回より、茶色が強いでしょうか?
火から下ろして様子をみます。
こちらも、一晩置いてみますか。
ふぅっと一息吐き、あることに気づきました。
手足にピリリとした痛みがあります。
手足を見てみると、やけどしたように真っ赤になっていました。
今まで気づかなかったのは、集中していたからですかね?
「あっ!」
「末姫様、どうされました?」
よっしーは私が見ていた両手に視線をやると、慌てて駆け寄ってきました。
「どうしたのです!?」
考えられるのは、灰汁を触ってしまったことですね。
事情を説明すると、よっしーは土下座をし、申し訳ございませんと叫んだ。
「よっしーがいないときにさわった私もわるいのです」
「姫様、至急手当てを」
しんちゃんも深刻そうな顔をしています。
とりあえず、この場をよっしーにお任せして、私はお屋敷に戻って手当てですね。
「手当てをなさる前に、水でよく洗ってください。そのあと、薬を塗り、綺麗な布で保護を」
よっしーがしんちゃんに告げ、私がしんちゃんに抱きかかえられお屋敷に戻る間、ずっと頭を下げていました。
私の不注意で起こった事故なので、よっしーに咎がいかないよう、政兄にお願いしないといけません。
迷惑かけて、すみません。
お屋敷の井戸に到着すると、こたが水をすくい、どんどん桶に溜めていきます。
一つには右足をつけ、もう一つに両手を浸します。
ピリピリした感じから、ジンジンに変わっていたので、つけた瞬間は気持ちよかったです。
ただ、ちょっとしみます。
「姫様、できるだけでいいですので、洗ってください。我々が触ると痛いでしょうから、ご自分でお願いします」
確かに、しんちゃんたちにやってもらうより、自分でやった方が痛くなさそうです。
ゆっくりと赤くなった部分を洗います。
やっぱり、動かすとピリピリしますね。
なので、触ったりせずに、水をかけて流すようにします。
両手より、右足の方が酷いみたいです。
足の甲全体が赤くなっていますが、下駄の緒の跡がくっきり残っています。
水を交換して、三度ほど洗い、再びしんちゃんに抱きかかえられてお屋敷の中へ。
途中にいた女中にお薬をお願いして、私のお部屋へ到着。
しばらくすると、女中が三人も来て、さらには乳母の富も来ているではないですか!
「姫様、お話をお聞かせくださいますか?」
富は政兄と同じくらいの歳だったと思いますが、とにかく怒らせるととても怖いのです。
母上よりも怖いです。
「……あのですね…」
富に説明している間も、女中たちが手当てをしてくれていましたが、遠慮などなく、痛む場所にぐりぐりと薬を塗り込んでいきます。
痛いです!めちゃくちゃ痛いです!!
薬を塗ったところが、ビリビリします!
涙目になりながらも、ぐっと我慢です。
そんな中、富が北条家の姫としての振る舞いがどうとか、姉上たちを見習ってどうとか言っていましたが、痛すぎて覚えていません。
「左様でございますか。では、大御方様にご報告して参ります」
終わりました。
手当ても終わったのですが、母上に報告ということで、私も終わりました。
石けんは確実に取り上げられます!
その前に手を打たなければ!!
「しんちゃん、急いでまさにぃにほうこくしてきて!そして、よっしーをおこらないでってことと、今やっていることをやめるのをやめてって!」
焦りすぎて何を言っているのかわからなくなってきましたが、何でもいいので母上より先に政兄に接触しないといけないのです!
「しかし、姫様が怪我をしてしまった以上…」
「今やっていることがせいこうすれば、おだわらはもっと大きくなれるはず。ここでやめるわけにはいきません!」
そして、それをよっしーの手柄にすれば、今回の件だって水に流れると思います。
「母上より先に手をうたねば。よっしーはほうじょうにひつような人だと、しんちゃんにもわかるでしょう?」
あの頭のキレは、子守させるにはもったいないほどです。
戦より政向きではありますが、今後の北条に必要なのは確かです。
力ばかりでは、国を治めることはできませんからね。
「俺が行ってこようか?」
こたがそう言ってくれましたが、こたにも仕事があります。
「こたは、父上のところに行ってほしいの。これはまさにぃとはじめたことだから、父上は手を出さないでって」
父上にまで入ってこられると、余計に混乱しそうなので、静観していてほしいのです。
「承知した。じゃあ、行ってくる」
こたの方はすんなり行きましたね。
「致し方ありません。新御屋形様のとこへ参ります」
「うん。お願いね」
しんちゃんも折れてくれました。
二人ともいなくなりましたが、私の護衛がいなくなったわけではありません。
不慮の事態に備えて、風魔の者が何人か控えています。
「こたこたを呼んでくれる?」
独り言みたいですが、控えの風魔の者は姿を見せないのでしかたありません。
しばらくすると、部屋の外から声がかかりました。
「珠姫様、お呼びで?」
「入っていいよ」
こたこたへのお願いは、よっしーについてです。
よっしーが気に病んで、何かしでかさないか見張っていてみらいたいのです。
まぁ、自暴自棄を起こすような性格ではないと思うのですが、念のためです。
「畏まりました。本人に接触はしない方がよろしいですか?」
「こたこたのやりやすいほうほうでだいじょうぶです」
こたこたは頭を下げて、部屋から出て行きました。
これで、やれることは全部ですかね?
母上が来るまで、大人しくしていますか。
鬼と化してなければいいのですが…。
補足:
灰汁をかぶって火傷のような怪我をした珠ですが、ぬるぬるする程度のアルカリ性(でも強アルカリ)では、すぐに洗い流せば問題ありません。珠は拭いただけで放置してしまったため、赤くかぶれたみたいになってしまいました。
調べてはみましたが、pH11〜12の強アルカリ性では火傷のようにはならないみたいです。
藍染で灰汁を使用しますが、職人さんは素手で作業をしていました。
灰汁(pH11〜12)が皮膚に触れ、放置した場合の症状をご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてください!
時間があれば、自分で石けんを作ってみたい…。