珠、石けんを作る 一の巻
お待たせしました!
シャボン玉で遊びたい珠が頑張ります(笑)
さて、昨日はおめでたい話を肴に、父上たち男衆はお酒を飲んでいましたが、政兄、二日酔いしていないですよね?
とりあえず、政兄は二の丸にいるということで、しんちゃんに連れて行ってもらいました。
二の丸は、案内してくれる人がいないと、確実に迷子になってしまいますからね。
政兄には石けんと言わずに、灰を加工すれば、もっと汚れが落ちるのではないかと説明しました。
そのための実験をしたいのです。
政兄は悩んだ挙句、ある名前をあげました。
「安藤良道を呼んで参れ」
政兄が側仕えの者に告げます。
はて、安藤さんって誰でしたっけ?
私が一生懸命思い出そうとしていると、当の安藤さんがやってきました。
「新御屋形様、安藤良道参りました」
「入れ」
政兄に促され、入ってきたのは若いお兄さんでした。
どこかで見たことある顔なので、どこかで会っているはずです。
どこかはわかりませんが…。
「ご用命でしょうか?」
「すまないが、少し妹に付き合ってくれないか?」
「末姫様に…ですか?」
すごく困惑した表情をしています。
…何かすみません。
「して、末姫様は何をなさりたいので?」
というわけで、もう一度説明しました。
灰を加工して、洗濯を楽にするものを作りたいと。
真の目的である、シャボン玉のことは言いません。
「その加工とやらの方法はどのようにするのですか?」
…えーっと。確か、石けんって灰と油でできているんですよね?
灰を煮詰めて、ろ過したものに油を入れるだけでいいのでしょうか?
いや、わからないからこその実験です!
「まずは、大きなおなべではいをにるのです」
「灰を煮るのですか?」
「はい!そして、それをこします。それをかためないといけないので、とりあえずあぶらを入れてみます」
「つまり、やってみないとわからないってことですか?」
「そうとも言いますね」
安藤さんは何やら考え込んでいますが、政兄の命令なので逃げられないですよ?
というか、逃がしません!
「…わかりました。新御屋形様、大工を一人お貸しいただけますか?」
「構わないが、大がかりになりそうなのか?」
「いえ。少し変わった道具が必要になりそうなので」
私はまだお鍋しか必要な道具は言っていませんが?
「では、いろいろと準備がございますので、御前を失礼いたします」
そう言って、安藤さんは出ていってしまいました。
何だか、とっつきにくい感じの人です。
うまくやっていけるでしょうか?
あ!あだ名つけるの忘れてました!
良道なので、よっしーですね!!
その後は、政兄に帆船の進み具合を教えてもらいました。
もうちょっとしたら、頼んでいた試験用模型ができあがるそうです。
できあがったら、川で実験ですね!
こちらも楽しみなのです。
数日後、よっしーが準備できたと連絡があったので、石けん作り開始です。
場所は本丸広場。私の遊び場です。
しんちゃんとこたを連れて、本丸広場に向かうと、隅っこの方に小さな竃が作ってありました。
すでに火も起こしてあるようです。
「よっしー、お早いですね!」
「末姫様、危ないですので走らないでください」
…よっしーというあだ名も、見事にスルーされてしまいました。
ほとんどの人が、わけわからないとか、困惑した笑顔になるのに、無表情でスルーです。
これには、こたも驚いています。
その気持ち、わかりますよ。私もびっくりしていますから。
「では、末姫様。灰は水にまぜて煮てよろしいですか?それとも、灰汁を煮るのですか?」
そうでした。何も考えていませんでした。
でも、それでどんな違いが出るかを見てみたいですね。
「えーっと、りょうほうやってみましょう!」
「そう仰ると思っておりましたので、昨日に灰汁を作っておきました」
そう言って見せてくれたのは、樽でした。
「灰汁の作り方を聞いて参りましたが、染物師によると、一昼夜でできるものと、七日ほど混ぜて寝かすものかあるそうですが」
柄杓で上澄みをすくい、お鍋に移していきます。
一晩でも、充分に透明になっています。
灰汁の上澄みとは別に、お鍋に灰とお水を入れて竃にかけます。
沸騰するまでに、よっしーが持ってきた油を説明してもらいます。
「新御屋形様より、好きにしてよいと言われたので、油は質のよい胡麻油と、よく使われている荏胡麻油、あとは知り合いからわけてもらった馬油を用意してみました」
胡麻油はわかりますが、荏胡麻って何ですかね?
あと、馬ですか…。馬…。
「では、うわずみがにたったら、ごまあぶらから入れてみますか」
そうこうしているうちに、灰を入れたお水が沸騰しだしたので、よくかき混ぜます。
少しして、竃から外し、冷めるまで待ちます。
グツグツ煮立つお鍋を見て気づきました。
油に水って、凄く危険な組み合わせではないですか!
作戦変更です!
上澄みの方は少し湯気が出るくらいで、胡麻油を投入し、さらに煮ます。
ふぅ。油が跳ねなくてよかったです。
しかし、油分が混ざりきらず、表面に浮いてしまうので、ひたすらかき混ぜます。私じゃなくてしんちゃんが。
その間、よっしーが別のお鍋を用意して、灰とお水を入れてから竃にかけていました。
いくら大きなお鍋と言えど、一つでは量が足りないということですかね?
「姫様、色が変わってきましたよ」
しんちゃんが混ぜていた方が、白っぽくなってきました。
白に灰色と少しだけ茶色を混ぜたような色合いです。
竃からおろして、様子を見ます。
さらに混ぜていると、白っぽさが増し、どろっとしたとろみも出てきました。
冷めたら固まるでしょうか?
「こんな風になるんですね」
よっしーも少し驚いているみたいです。表情には出ていませんが。
さて、灰から煮出したものは、別の樽に移します。
この樽の底には、さらしを敷いて、その上に藁を敷き詰めてあるそうです。
底には栓があって、ろ過した灰汁を取り出せるということらしいです。
それにしても、よく頭が回りますね。
「何かうつわがひつようでしたね」
いい感じになってきたお鍋を見て、型みたいなものがあればよかったなと思いました。
「そうですね。明日は用意しておきます」
というわけで、上澄みの実験は保留にして、灰を煮ては樽に移す作業に専念しました。
樽がいっぱいになり、竃の火を落とします。
胡麻油で作った石けんは、お鍋に蓋をして、放置です。
竃や樽の周りに縄で囲いをし、触るな危険と張り紙をしておきます。
私の名前を書いてあるので、無闇に触る人もいないでしょう。
「今日はありがとうございました。明日もよろしくです」
「いえ、某も楽しませてもらいましたので」
そう言って、よっしーが微笑みました。
常に無表情だったよっしーが笑ったのです!
何だか得した気分になりますね。
よっしーに手を振って別れ、私はお屋敷に帰ります。
夕餉の時に、政兄に報告をします。
ちゃんとできるかはまだわかりませんが、楽しいので結果は二の次です。
明日も頑張りますよ!
石けん:理論上では、これで石けんができるはずだが、成功するかは謎。
安藤良道:詳細は不明だが、仏門に入った後の名前が安藤良整。良道は創作。
若い頃より、氏政に目をつけられ、色々な仕事を任されるが、珠と出会い、珠係となってしまう。
史実では奉行人として、長く北条に仕える。メインは行政だが、戦で城将を務めることもあった。