珠、結婚式にでる
さて、明後日には規兄の結婚式です。
でも、その前に、父上と政兄と規兄と一緒に打ち合わせです。
あ、結婚式の打ち合わせではないですよ?
帆船です。帆船!
「珠が言っていた、木炭を作るときにできる油とやらを調べてみた」
事前に、政兄に木タールのことを聞いていました。
政兄は知りませんでしたが、いろいろ調べてくれたようです。
「ありましたか?」
「あぁ。船大工たちが焦油と呼んでいるものだと思う」
…焦がし油って、何だか美味しそうですね。
「丸木舟や農具に塗ったりするそうだが、かの者たちは、帆船には使えないと言っていたが?」
う?ううーん??
首を捻って考えてみても、なぜ使えないのかがわかりません。
「帆船は木組みで作っているのだが、どうしてもできてしまう隙間があると書いてあったが、漆で埋めるのではだめなのか?」
規兄も質問してきますが、漆ですか…。
でも、漆って、工芸品の装飾に使うものではないのですか?
「うるしって、くろくてつやつやの?」
「珠は知らないのか。漆には物と物を付けることもできるのだぞ」
つまり、接着剤ってことですか?知りませんでした。
確かに、漆も乾燥すれば、水に強いですね。
でも、全面漆塗りの船って、めちゃくちゃ豪華じゃないですか。お金がもったいないです。
「あとは、漆喰でもいいと思うが?」
「しっくいって…かべのやつ?」
「そうだ」
政兄…船が沈みそうです。
「…お前たち、悩む前に試してみたらどうだ?」
「「「あっ!!」」」
兄妹仲良くハモりましたね。
父上の言う通りです。
作ってみて、失敗しましたではすみませんから。
いろいろ試行錯誤して、いいものを作らないといけません。
こうして、父上の一言により、焦油、漆、漆喰で隙間を埋めた三つと、さらに、焦油で表面を塗った三つ、合計六つの模型を作ることになりました。
まぁ、忙しくなるのは、船大工さんたちなのですが…。
いよいよ、明日は規兄のお嫁さんが来る日です!
お昼すぎに、お嫁さんをお迎えに行くため、八重様の兄である、遠山綱景さんと弟の康光さんと数人でお城を出発していきました。
それにしても、家老衆の一人で、もういいお年な綱景さんをお迎え役にするとは。
父上に抗議してみたら、本人がやりたがったらしいです。
綱成の娘を奪い、悔しそうな顔を見られる機会だと張り切っていると言うではないですか。
綱景さん、奪うのではなく、嫁にもらうのです!
この二人、仲が悪いのでしょうか?
お嫁さんが到着するのは、明日のお昼以降ということなので、それまで暇ですね。
今日は香ちゃんと遊ぶことにしましょう!
「珠姫様、まもなく、嫁入り行列が大手門へ到着されます」
いきなり現れたこたこた。
びっくりしました!
もう少ししたら、陽が沈みそうな時間です。
とは言っても、まだ明るいですけどね。
規兄のお嫁さん、早くお会いしたいです。
なんて思っていた私が甘かったです。
…お嫁さんが到着して二日経っていますが、
まだ、お会いできていません。
嫁入り行列とやらも見れませんでした。
何とも面倒臭い作法のせいで、明日、親族にお披露目をするそうです。
それより、その間は何をするのでしょう?
さて、ようやくお嫁さんのお披露目です。
お屋敷の広間には、人がびっしり詰まっています。
父上、母上、その後ろに八重様がいます。政兄と小梅姉、香ちゃんが控え、照兄以下の兄たちが並び、そのあとに姉たち、そして私は…端っこです。
えぇ、末っ子ですから、端っこは慣れっこですよ。
私たちの後ろには、おじぃとその家族がいます。本来ならその次は綱成おじじなのですが、新婦側なので参加していません。代わりに、綱成おじじの弟さんが参加しています。
綱成おじじの弟さんの次は…ハゲがいました!
あ、龍山じーちゃんだ!!
龍山じーちゃんは、私の曽祖父の早雲からの家臣ですが、いろいろあって北条を名乗ることを許されたらしいです。
初めて会ったときに、説明してもらいましたが難しくて、今は隠居しているってことしか覚えていません!
あとは…知らない人ばかりです。
お嫁さんが白無垢ではないのです!
すっごく豪華な打掛です。白無垢を楽しみにしていたので、とても残念です。
旦那さんしか見てはいけないのでしょうか?
お嫁さんはずっと頭を下に向けていますが、これも作法の一つなんですかね?顔が見えないのです…。
ただ、いっぱい簪をつけているので、重そうですけど、辛くないですか?
さて、結婚式はというと、誰かがお祝いの口上を言い、三々九度をするまでは厳かに進みました。
その後は、まったり空気です。
美味しいご飯とお酒を楽しみ、身内同士の気がおけない仲とでもいいますか、会話も弾んでいるようです。
かと言って、前回のように馬鹿騒ぎをする感じでもありません。
やはり、同じ祝い事でも、結婚式と元服の儀では違うみたいです。
どうやら、規兄とお嫁さんには構ってもらえそうにないので、じぃのところへ突撃します。
「じぃ!」
「珠姫、如何した?」
じぃの正面には、龍山じーちゃんもいました。
これは好都合です。
「りゅうざんじーちゃんもお久しぶりです!」
「大御屋形様の末姫でしたか。老いぼれを覚えてくださったとは、嬉しいですな」
しわしわの顔をくしゃっとして笑う龍山じーちゃん。
じーちゃんなのに可愛いとは、反則ですね。
「二人におねがいがあるの」
「この爺に叶えられることだとよいが」
龍山じーちゃんは笑顔で承諾してくれましたが、じぃの顔は少し険しくなりました。
何でですか?
「あのね、ふねのこころえみたいなのをかいたしょもつを知らないかな?」
身につけた技術は基本、弟子などに直接伝承させるので、文面にするってことがないのです。
しかし、帆船の操船技術を持っている者がいないので、どう教えるかが問題なのです。
ベテランの船乗りさんなら、勘みたいなものでどうにかできるかもしれませんが、航海に必要な観測はそうもいきません。
海に出たら、現在位置の把握は命に関わることですからね。
じぃも龍山じーちゃんも、博識で人脈も広いですから、中国から伝わった書物なんかも知っているかもと思ったのです。
「…そう来たか…」
「わしが読んだ書物の中にはなかったな。知人の僧に大陸に詳しい者がおるので、当たってみよう」
「ほんと!ありがとう、りゅうざんじーちゃん!!」
して、じぃはいつまで険しい顔をしているのですか?
「北条のためじゃ。こちらでも調べてみよう」
じぃは険しい顔のまま、引き受けてくれました。
だから、何で険しい顔なのですか?
補足
焦油:木タールのこと。造語です。平安時代にはあったようですが、何と呼んでいたかまではわかりませんでした。
中国語でタールは焦油とあったので、しょうゆではなく、こがしあぶらにしてみました。
ラーメンに入ってるやつではないですよ!
じぃ:北条幻庵のこと。北条早雲の四男。幼い頃から僧籍に入っており、兄の氏綱の代になるとお寺に入り出家した。
その後、氏康の代になると、政治面にも関わるようになる。
また、文化面でも優れた人物であり、氏康の娘に嫁入りの心得や教養を教えるなどしていた。
ただ、珠には振り回されっぱなしのようである。
北条龍山:北条綱高のこと。早雲の外孫にあたる。父親が亡くなり、早雲に育てられる。
氏綱の代にて、氏綱の猶子となり、綱種の名をもらい、北条の屋号も許された。
戦で多くの功を挙げ、特に二十年にもおよぶ河越城の戦いで貢献している。
氏康の代にて、名を綱高と改めて、赤備えを率いて戦いに身を置くも、甲相駿の三国同盟が成ると、落髪して仏門に入る。龍山と号を変えた。通称は龍雲斉。
戦国時代の結婚式:これもいろいろと見解があるようですが、おいとま請いの式というのをお嫁さんの家で行い、次の日、嫁入り行列。
到着したら門に入る前に儀式があり、その後お嫁さんは座敷に通されます。ここでお嫁さんを休ませるために一夜おくこともあるそうです。
お婿さんが揃うと、「式三献」が始まります。
初日はお嫁さんから、二日目はお婿さんから。三日目にお色直しして式三献を行い、その後にお婿さん側の親族にお披露目となります。
お披露目にて、固めの儀というのがあり、ここで盃を交わすそうですが、三三九度はお家によってはやらない場合もあるそうです。
式三献は省略されることもあるらしいですが、こんなに時間がかかる結婚式は嫌だと思う(笑)