珠、たかじょーと出会う
戦の傷あとも徐々になくなり、小田原の町は平穏です。
いや、活気にあふれていると言ってもいいくらい賑わってます。
実際にはまだ小さな衝突はやっているらしいですが、人間ってたくましいですね。
規兄主体で帆船作りが進んでいて、そのため人をいっぱい集めているとか。
公共事業みたいなものですかね?
で、お仕事で忙しいはずの規兄が、サボっています。
相手してくれるのは嬉しいのだけど、お仕事大丈夫なのでしょうか?
「物を作るには人がいるだろう?それなのに、農民に畑を空けさせるなって言われてもな」
政兄に小言をくらったようです。
「またごはんたべられなくなったらたいへんなのです」
「…そうだな。焦らずにやるか」
ようやく、作物が育ち始めているので、ここで畑を放置させるわけにはいきません。かと言って、女だけで畑仕事というのも大変そうです。
「あさとひるでわけるの。あさのひとは、ひるからはたけにいってもらうのです」
「ん?交代するってことか?」
「そう。もんばんさんみたいにこうたいするの」
「なるほど。いい案だ!さすが珠だな!」
いやいや、少し考えれば誰でも思いつきますからね。規兄はもう少し頭を使いましょう。
それにしても、造船はまだのはずですが、もう人を集めるんですね。
秋になると、収穫で忙しくなり、集まりにくいからかもしれません。
それとも、パーツ作りでもしているのでしょうか?
ご機嫌になって仕事に戻っていく規兄。
しまった!遊び相手がいなくなってしまいました!
仕方ないので、しんちゃんとこたを連れて、お外に遊びに行きましょう。
お外と言ってもお城の敷地ってことには変わりないけれど、本丸周辺までは遊んでいても怒られません。
「しんちゃん、こた、いくよー」
声をかければ、どこらかともなく現れる二人。
普段はどこに隠れているのですか?
風魔の二人を連れて、本丸の広場へ向かいます。
どうやら先客がいるようです。
空から鷹が飛んできて、先客さんの腕に大人しく止まります。
これが噂の鷹匠さんでしょうか?
「すごい!」
私が声をかけると、先客さんは指を口元に持ってきました。しー?
あぁ、大きな声を出すと、鷹が驚いてしまいますね。
こくこくと頷くと、先客さんがおいでおいでをしてくれました。
間近で鷹を見るチャンスです!
ふぉぉ。意外に大きい!
脚の爪なんて、シャキーンとしていて痛そうです。でも、胸元の毛はふわふわしていて、気持ちよさそうです。
「これは珠姫様。今日は外で遊ばれるのですかな?」
どこかで見たことある人でした。
きっと、父上か政兄の家臣の方でしょう。
が、名前は出てきません。
「はい。こたにとっくんをしてもらうのです」
「特訓?」
「きのう、たけにぃにかけっこでまけたから、とっくんです」
「左様でしたか。…風魔よ、姫様に怪我一つ負わせるでないぞ」
う…意外に怖いお兄さんでした。
「心得ております」
未だに風魔をよく思わない人間もいるということですかね?
でも、二人は私の家臣ですよ。これは父上も認めているし、何より二人の頑張りは私がよく知っています。
「あなたにいわれずとも、ふたりはよくやっております」
彼は腕の鷹を空に放つと、膝をつき頭を下げました。
「差し出がましいことを、申し訳ございませぬ」
これでは、私が虐めたみたいですよね?
どうしましょう?
「わかってくれればいいのです」
だから、顔を上げてくれませんかね。
私、虐めてないんで。頭を下げられるとか、慣れていないんです。
ところで、このお兄さん誰なんですかね?
「して、そなたは?」
「申し遅れました。北条綱成が嫡子、康成にございまする」
綱成おじじはよく知っています。たまにしか会えませんが、父上の右腕さんです。
おじじと呼んでいますが、父上の弟、つまり叔父の養子なので、血の繋がらないいとこにあたります。そして、叔母上が嫁いでいます。
本当に誰がどこに養子にいったとか、嫁をもらっただとか、ややこしいです。
結局、いとこ殿でいいんですよね?
でも、あだ名はたかじょーしかありえません。
本人には言えないあだ名になってしまうけれど、しんちゃんが名前を覚えていれば問題ないのです。
結局その後は、たかじょーも巻き込んでのかけっこの特訓でした。
今度は護身術でも教えてもらおうかな。
さて、こんな感じで、私はのんびりすくすくと育っておりますが、周りの変化はめまぐるしい。
まずは規兄が結婚することになりました。
規兄ってば、実はバツイチだったのです。
駿府にいた時に、今川さんの家臣の娘を嫁にしたそうです。小田原に戻ってくる際、離縁したそうですが、連れてくればよかったのに。
やっすんと仲がいいので、気を使ったのでしょうか?いや、規兄はそんな細かいこと気にしないですね。
規兄のお嫁さんは、あのたかじょーの妹さんだそうです。
他の兄たちみたいに、お屋敷を出ていくのかと思いきや、いろいろとお仕事を抱えているので、同居と相成りました。
お嫁さん、優しい人だといいのですが。
あと、照兄に子供が生まれました!女の子だそうです。
一度、お屋敷に連れてきたのですが、ちっちゃくて、ぷにぷにしていて、とても可愛かったです。
照兄は、珠の方が可愛いぞと言っていましたが、自分の娘よりい妹を可愛がるのは親としてどうなんだと、少し説教しておきました。
そんなこんなで、今日も小田原は平和です!
補足
北条綱成:北条家二代の氏綱に気に入られ、氏綱の娘と結婚し、氏康の弟の為昌の養子となる。ただ、養父となる為昌より年上だった。為昌が亡くなったあと、玉縄城の城主となる。
氏康の代になると、1546年の河越夜戦など多くの武勲を立てる。
北条五色備えの黄備え隊を率いる。
北条康成:綱成の嫡男。珠につけられたあだ名はたかじょー。実は松田憲秀と仲良し。
父親に似て、かなり強い。しかし、趣味は鷹の世話。
嫁と死別したため、ただいま独身満喫中。
戦国時代の婚姻関係がぐちゃぐちゃしてて、意外に大変です。