珠、船で遊ぶ
こちらではお久しぶりです。
今日は父上に呼び出しされたのです。
お屋敷ではなく、二の丸の方にです。
私、何かやらかしたかしら?
とりあえず、しんちゃんとこたを連れて、二の丸に行ってみましょう。
二の丸に向かうと、規兄がお出迎えしてくれました。
「のりにぃ、きょうはなにするの?」
お手て繋いで、規兄に連れて行かれるがまま、曲がって曲がって曲がって…。これは絶対に一人では戻れませんね。
「今日も絵を書いてもらうことになるな」
と言うことは、帆船ですね!
政兄が色々な帆を描いているのを見て、私も頑張って帆の形を考えたのです。
今日はそれをお披露目しましょう。
規兄に連れて行かれたお部屋には、人がたくさんいました。
広間より狭いお部屋ですが、二間続きで使っているので、そこそこの広さはあります。
上座に父上と政兄。次にじぃがいて、少し離れて見たことのある人がちらほら。
敷居の向こうには、厳ついおじさんばっかりで、近よりたくありません。
「父上、連れて参りました」
規兄と一緒に、父上の側まで行きます。
「この者たちが、造船に関わる者たちだ」
う?つまり、今日は製作会議かなにかですか?
「お前たちは驚くであろうが、此度の船を発案した、末娘の珠だ」
父上の言葉を誰かが繰り返します。
父上の声が小さいとかではないですよ?
作法だと教わったのですが、いちいち面倒臭いなって思います。
敷居の所で父上の言葉を伝えているのは、のりりんでした。
さて、父上に紹介されては、挨拶しないわけにはいかないですよね。
「…よろしくおねがいします?」
こういう場合、挨拶って何を言えばいいのでしょうか?というか、私は話しかけてもよかったのかしら?
知らない人ばかりって、凄く緊張するのです。
しかも、皆さん余り歓迎ムードではないのです。こそこそひそひそ、いやーな空気です。
「では、話を始めようか」
父上の一言で、みなさん静かになりましたが、何やら空気が重いです。
政兄が、これから造る帆船の概要を説明します。
どうやら、足軽と呼んでいた小型の帆船を、最初に造ってみるそうです。
小さいから簡単ってことはないのですが、技術が未熟なまま、大きなものを造っても不安なので、これでいいのでしょう。
では、足軽に必要なものは何でしょうか。
船で言うなら、小回りが利くことと、ある程度の攻撃力でしょうか。
でも、私としては、普段ちゃんと漁船として活躍出来るようにしたいですね。活躍の場が戦しかないなんて、船が可哀想です。
全長は七十尺くらいにして、柱は二本、帆は四枚にしておきましょう。小型だと、そこまで操帆に人手を割けないでしょうから、帆は少なめで。
操業しやすいように、船尾には何か工夫をしておきたいですね。そこは、漁師さんに話を聞いてからにしましょう。
あ、攻撃力はどうしましょうか?大砲とかないですかね?…鉄砲だと届かないでしょうし。弩ならいけるかしら?
大体の考えがまとまったので、絵にしてみますか。
ところで、私のお絵描き道具はどこでしょうか?
私がきょろきょろしていると、規兄が気づき、お絵描き道具を持ってきてくれました。
お礼を言って、早速お絵描きします。
あ、弩をどこに取りつけましょう?やっぱり、中ですかね?大砲みたいに、窓が開くようにした方が格好いいですよね。
二本の柱に四角い帆、船首の部分に三角の帆を二枚。
スクーナーと呼ばれる船のタイプです。
「できました!」
早速、政兄に見せます。
政兄が言っていたことを盛り込んだのですが、どうでしょう?
「この、中の構造も描けるか?」
う?中ですか…。そこまで記憶がないのですが、何とかなりますかね?
とりあえず、政兄の要望通り、内部構造を描いてみましょう。
まず、竜骨と枠組み、一番下にはバラストの石や必要な物資を積む場所で、その上二段の外側には弩を設置して、内部に乗組員の部屋や食堂にしましょう。そして、甲板があって、船尾の方に艦橋という船長の部屋や航海に必要な部屋を作りました。
うーん、ちょっと違う気がします。でも、これから色々と意見を出してもらって、改良していけばいいですよね。
完成した二枚の絵を、父上と政兄が見たあと、じぃや規兄、他の家臣と回して行き、強面集団の方に回されました。
絵を見た途端に唸ったりする人、頭をガシガシする人がいて、その様子が怖くて規兄にくっつきます。
「何か意見はあるか?」
父上の言葉を皮切りに、たくさんの質問が出てきました。
私と政兄とで答えていきますが、ちゃんと理解出来ていますかね?
船大工さんらしき人たちは、竜骨についてしつこいくらい聞いてきました。
和船には竜骨がありませんからね。
私も竜骨については熱く語っておきました。
船の要とも言える部分です。竜骨の出来が船の強度や走行性を左右すると言っても過言ではありません。
私が熱く語れば語るほど、おじさんたちの目がランランとしていきます。
いつぞやの規兄みたいですが、ちょっとキ……。いや、異様な光景です。
私が描いた絵をもとに、船大工さんが設計図を起こし、まずは三尺くらいの模型を作ってみることになりました。
「りょうにつかえるようにしたいのですけど…」
「漁業にか?この船で操業するということか?」
じぃが聞いてきました。
「はい。いくさしかつかわないのはもったいないのです」
「…それもそうだが」
「それに、このふねならもっとおきにいけるので、さかなもいっぱいとれるはずです!」
保障はありませんけどね。漁場の調査からしなければならないので、獲れるようになるまで時間がかかると思います。
漁具の開発もした方がいいかもしれません。
船が出来たら、すぐに漁で使ってもらいましょう。そのついでに操帆に慣れてもらえば一石二鳥です。
「一理あるな。漁で壊れることもあるだろうが、乗り手に経験を積ませるには丁度いいだろう」
父上が漁に使うことを許可してくれたので、足軽船は漁船も兼ねることに決まりました。
会議は解散になりましたが、この後、船大工さんたちからひっきりなしに書状が来ることになり、政兄の他のお仕事が滞る事態になってしまいました。
そこで、五日に一度集まることにして、そこで意見や質問を一気に消化することになりました。
設計図が出来上がってくると、十日に一度に変更し、作業に集中してもらいます。
しかし、技術的な問題もいっぱい出てきました。船大工さんたちはたくさん試作し、調べたり、それらの手助けをしていた規兄もあっちこっち飛び回っていました。
そして、ようやく模型が出来ました!もう、夏ですね。蝉が元気に鳴いていますよ。
早速、酒匂川で浮かべてみましょう!
父上と政兄はお仕事が忙しいらしく、今日は規兄が責任者です。
規兄の愛馬に乗り、待ち合わせの場所に急ぎます。
すごく楽しみです。
川に到着すると、すでにお馴染みとなった厳ついおじさん集団がいました。
相変わらず、異様な雰囲気が漂っています。
川の中にも、何人か入っていて、ちょっと羨ましいです。
多分、お弟子さんとか若い衆だと思うのですが、何時ぞやの規兄みたいに褌一丁だと、冷たいと思います。早くしてあげましょう。
おじさんたちに近づくと、石を集めている最中でした。
一個一個重さを量りながら、石の小山を作っています。バラストに使う石なのでしょうか?
賽の河原みたいになっているので、やめさせた方がいいかもしれません。
「お待ちしておりました」
船大工の集団をまとめているおじさんが、笑顔で迎えてくれました。
もう慣れたのでいいのですが、その笑顔、子供にとっては恐怖ですよ?
全員揃ったところで、船の模型のお披露目です。
三人がかりで運ばれてきた模型は、小さいながらもちゃんと船でした。
三尺と聞いていましたが、柱があるのでもっと大きく感じます。
「ちかくでみてもいいですか?」
「どうぞ」
おぉ。細かな艤装は省略されていますが、ちゃんと船です。って、当たり前ですよね。
「なかなか見事だな」
規兄もわくわくしていますね。私もわくわくしてます。
岸の近くで浮かべて、バラストの石を入れていきます。
本来の大きさなら、内部がある程度仕上がったら石と言うか岩に近いサイズを運び込むのですが、今日は必要な重さを調べるために今入れているようです。
模型の甲板部分が取り外せるようになっており、中は空洞ではなく、一層二層と区切られていました。その板も取り外して、一番下に石を均等に敷いていきます。
徐々に沈んでいく模型ですが、人が支えなくても浮かぶようになりました。
板を戻し、船大工さんたちが模型から離れます。
そして、別の板を使い、人の手で波を作ります。
波に煽られても、模型は転覆することなく浮かんでいます。
ワッと周りから喜びの声があがりました。
しかし、すぐに気を引き締め、今度は帆を張っていきます。
穏やかな風を受け、模型がゆっくりと動き出しました。
これにまたも、おじさんたちの野太い歓声があがります。
私も一喜一憂していたので、人のこと言えませんけどね。
徐々に速くなって行く模型を、風下にいた若い衆が止めました。
岸に引き上げて、問題がある箇所を調べます。
どうやら、浸水があったようです。
隙間にものを詰めたりして、対策はしていたのですが…。
この浸水をいかになくすかが、今後の課題ですね。
いくつか案があるので、政兄に相談しておきましょう。
タールが手に入ると楽なんですけどね。
やっぱり帆船は難しい。
実際に模型を作るしかないのか…。
補足
のりりん:ちょこちょこ出てくる松田憲秀です。