珠、お絵描きをする
夕餉を食べたあと、父上に呼び出されました。
なんでしょうね。
しんちゃんをお供に父上の部屋に向かうと、父上だけでなく、政兄と規兄、じぃとやっすんもいます。
どうして?
「珠が作ったという船を、絵に描いて父に見せてはくれぬか?」
「う?」
「珠姫の天才ぶりを話ししたら、ぜひとも見たいと仰られてな」
そういうことでしたか。
政兄はまだしも、じぃがいるのはなんででしょうかね?
とりあえず、お絵描き道具を用意してもらいました。
小さいと格好よくないので、和紙をつなげて大きく描きます。
砂で作ったのと同じような、格好いい帆船が描けた。我ながら、芸術の才能があるじゃないですか。
「ほう。これは見事だ」
父上が褒めてくれました。
やったね!
「珠姫、この帆はなぜここにあるのだ?」
興味を示したのはじぃでした。
「かぜがあっちこっちからふくからだよ」
「では、この帆が切れているのは?」
「かぜがばーってきたら、きゅってたたむの」
「ではこれは?」
「かぜであっちにいったり、こっちにいったりできるの」
一生懸命伝えてみたものの、じぃは頭を抱えてしまった。
「お主ら、おわかりか?」
「大体はな」
「さっぱりだな」
やはり、愛情の差でしょうかね。
父上にも政兄にも、ちゃんと伝わったようです。
じぃとやっすんはちんぷんかんぷんみたいですけど。
「他にも形はあるのか?」
規兄の目がキラキラしていますね。
やっぱり男の子は乗り物が大好きってことですね!
「あとねー」
規兄のリクエストに応え、今度は縦帆の大きい帆船を描きました。
縦帆は横帆に比べて迫力がないので、見栄えはイマイチ。
「この帆が違うのは意味があるのか?」
「ここがねくるくるするから、ふねもくるくるするの」
「なるほど。では、この横になっている帆は?」
「ここがくるくるしちゃうから、かわりにかぜでがばーってなるの」
質問してくる政兄や規兄に説明する。
帆船にとって、帆の形がいかに重要か理解してくれたようです。
「では、横の帆は風が捉えやすく、縦の帆は小回りが利くということか」
「たぶん、こっちのほうがはやいよ?」
「横の方が多く風を受けれるのにか?」
父上は横帆の方が速く走れると思っているようです。
ですが父上、風の力を甘く見てはいけないのです。
「かぜがつよいとおれちゃう」
風が強いと、柱が折れることもあるので、帆を畳まないといけません。
縦帆は風を流すことも出来るので、総合的に言えば縦帆の方が速いのです。
「父上、幾つか帆の種類を変えて造ってみてはどうでしょう?」
政兄は私のお絵描き道具を使い、様々な帆の絵を描き始めました。
「例えば、全て横帆にしたら、船を大きくしても動くと思います。これを大将と考え、その周りに足の速い縦帆の船、つまり騎馬隊とし、横と縦の帆を持つ船に大将を守らせる。さらに、小さな船を足軽と見立てれば、戦にも使えるでしょう」
たったこれだけの説明で、帆の応用も考えつく政兄は本当に頭がいいのだと思いました。
そして、絵も上手い!
しかし、海戦はとっても難しいので、おすすめは出来ないですよ?
「お主らがなぜ珠姫の言葉を理解できるのか、理解できん」
じぃは再び、頭を抱えていますね。
じぃ、悩むとハゲちゃうよ?
じぃが可哀想なので、まだふさふさしている頭をぽんぽんしてあげました。
「おわかりいただけましたか?自分がどれだけ驚いたのか」
「父上、造ってみないか?」
「そうだな…」
う?なんの話?
ひょっとして、帆船造るのですか!?
ぜひともお願いしたいです。
見たい見たい。格好いい船に乗りたい!
「噛ませていただけるなら、協力は惜しみません」
やっすんも乗り気ですね。
造りましょうよ、父上!
「やってみるか」
その後、いろいろ取り決めだとか、役割分担だとか決めて、血判状まで用意していましたが、同盟でも組んだのですかねぇ?
それよりも、私は眠くなってきたのです。
まだまだ続きそうなので、政兄の膝で寝るとしますか。
目が覚めたら、布団の中でした。
政兄が運んでくれたのかな?
母上と一緒に朝餉を取り、今日は何して遊ぼうかと考えていたら、規兄とやっすんに拉致られてしまいました。
昨日のお絵描きの続きだそうです。
大きな船のネタはないので、今度は小さいのにしますか。
いや、大きな船もあるにはあるんだけど、日本近海には向かないというか、船として格好よくないというか。
でも、規兄の期待のこもった眼差しが、怖いので、とりあえず描いておきます。
「このたくさんある棒はなんだ」
「ひとがたくさんよいしょよいしょするの」
ガレー船に似た船がありますよね?
ガレー船は奴隷が漕ぐというイメージなので、船としては格好よくないです。
やっぱり船は風を切って颯爽と走るものでないと。
「櫂ということは、安宅船か」
う?あたけ船?
それがガレー船に似た船ですか?
でも、櫂を漕ぐのは大変なので、帆船の方がいいですよ!
まぁ、帆船も帆を動かす時は大変ですけど。
次に描いたのは三胴って呼ばれるものです。
二つの船をくっつけた、ちょっと変わった船。その代わり、安定性は高いのです。
刺し網の回収にはうってつけかもしれない。
「これはね、かぜがばーってきても、ばーんてたおれないの」
船ばっかりも飽きてきたので、他のものにしましょう。
何がいいかな。
海つながりでいきますか。
魚さかなサカナ〜。魚を食べると〜。マグロが食べたくなりますねぇ。
鯨も美味しいですねぇ。
あわび、さざえも食べたいなぁ。
食べ物ばっかり!
海うみウミと言えば、冒険ですかね。
無人島で釣りをして、いかだを作って…。
いかだだと壊れちゃうから、丸太をくり抜いてカヌーにしよう!あれ?カヤックでしたっけ?
カヤックにしておきますか。
先端は反るようにとんがらせて、後ろは丸くしましょうかね。
すいすい川を渡って、滝があって、滝の裏に洞窟が!!
「これはなんだ?」
今いいところだったのに…。これから洞窟での冒険が始まるのに…。宝物を見つけるはずだったのに…。
「おおきなきをくりぬいてふねにするの」
「丸木舟か…。それにしては小さいな」
これ以上大きかったら、くり抜くのが大変でしょう。それに、冒険には小さい方が便利なのです。
「ひとりしかのらないのに、おおきかったらはこべないよ?」
「…そういうことか。して、ここはつながっているのか?」
「あいていたら、おみずはいってくるでしょ?」
足を中に入れるものでも、水は入ってきますけどね。
「中だけを掘っているのか!」
おかしいな?カヌーやカヤックはもっとも原始的な船と言ってもいいはずなのに。この時代にないわけないのに。
丸木舟は知らないけれど、絵を見てその言葉が出てくるってことは、似ているわけでしょう?
それで、なんで驚くのかがわからないです。
「いや、本当に珠姫の発想には驚かされてばかりだな」
う?私にはやっすんの驚く理由が本当にわからないです。
「そりゃそうだ。我らが掌中の珠は天才だからな!」
そこでなぜ規兄がドヤ顔するのかもわからない。
とりあえず、お絵描き続けていいですかね?これから宝物探しなのだ!
調べても調べても、先が見えない帆船でした。
ヨーロッパではガレオン船やキャラック船があるので、不可能ではないと思うのですが、現代の帆船を当時の技術でどこまで再現できるのかという点で難航しています。
でも、帆船は好きだ!日本丸を見学してこようかな。
あと、難解なのが珠語です。がばーとかくるくるとか擬態語擬音語オンパレードです。珠、説明するの下手くそすぎます(笑)
補足:丸木舟とは、古代より漁に使われている船。木を刳りぬいて作られており、日本版カヌーとも言える。艪を使って動かすので、沿岸部、流れの緩やかな川、湖で使われていた。
カヌーとカヤックの一番の違いはパドルです。片側だけがカヌー、両方なのがカヤックです。