珠、兄を出迎える
人形で穢れを祓ったおかげか、病気一つすることなく、六歳になりました。
小田原は天候にも恵まれ、作物もちゃんと育っているそうです。
平和っていいですねぇ。
しかし、今は織田信長が今川義元を討ったという話題で持ちきりです。
桶狭間の戦いってやつですね。
長女の春姉が今川義元の嫡男、氏真に嫁いでいるので心配していたら、春姉から無事だよーと文が届きました。一安心。
しかし、母上が泣いていたのです。
討たれた今川義元は母上の弟なのです。現在の今川の状況を母上の母上、つまり祖母が文で教えてくれたらしい。
母方の祖母は、女だてらに政をする強い女性だと聴いたことがあります。
その反動でか、母上は女が政に関わるのを酷く嫌うのです。
さて、泣いている母上を独りにはできません。
父上が来るまで、側にいることにします。
母上が笑みを浮かべる吉報が届きました!
そう、ついに、規兄のご帰還だー!
春姉の旦那である氏真さんが跡を継いだので、帰っていいよーってなったんだとか。
規兄を驚かせるため、お城の門のところで待機中です。
私だけでなく、空姉、崎姉、豊姉とそろい踏みです。
ちゃんと警護に風魔がたくさんついているので、安全面でも問題なし。
「まだかなぁ」
「落ち着きなさいな、珠」
そういえば、上の三人の姉たちも規兄とは面識がないんでしたっけ。
空姉が生まれたころには、養子という名目で人質に出されていたみたいですし。
元服も今川のもとですませたって言っていたし、十年以上北条を離れていたことになります。
時代とはいえ、規兄が可哀想。
照兄と邦兄は養子といっても、家臣のお家に婿入りという形なので、いつでもお屋敷に来ることはできます。
でも、規兄は遠い駿府で一人、淋しい思いをしていたんじゃないかな?
道の向こうに、馬に乗った集団が見えてきましたね。
馬…ですよね?ポニーみたいですけど。
「しんちゃん、あれかな?」
「そうです。氏規様の一団です」
やっときた。
規兄、どんな人でしょうね?
ずっと文でのやりとりはしていましたが、会うのは初めてです。
「とと様、竹王丸も戻してくれないかしら?」
「そうすれば、兄弟みなそろうのにね」
崎姉と豊姉が言います。
確かに。今川に嫁いだ春姉を除けば、あとは竹兄だけですもんね。
鈴姉も嫁いではいますが、今は小田原に居を構えているのです。お屋敷に来ることはないですが、小田原にいるのであれば同じことなのです。
姉たちとおしゃべりしていると、規兄の一団はすぐ側まで来ていました。
なるほど。北条の血、恐るべし。
規兄はすぐにわかります。照兄に似ているのです。つまり、父上にそっくりってことですね。
「のりにぃ!」
初めて規兄を見れて嬉しくて、つい駆け出してしまう。
後ろで姉たちが慌てているのにも構いもせずに。
もうすぐ規兄に着くというところで、何かにひょいっと持ち上げられてしまいました。
首の横にある棒。宙ぶらりんな私の体。
目の前には知らない男性。
「ふぇ………」
棒が槍であると認識すると、湧き上がるのは恐怖でした。
「のりにぃぃぃぃ…」
泣いて兄を求めます。お願いです、助けてください。
「おぉ、珠か!」
馬から降り、槍の先で宙ぶらりんな私を助けてくれました。
規兄にしがみつくと、安心からさらに大泣きしてしてしまいました。
「珠は元気だな!どうした?怖かったのか?兄がおる。怖いことなんてないだろう?」
たとえ剥き身でなくとも、槍は怖いです。
規兄がなだめてくれたおかげか、ようやく涙が止まりましたが、規兄からは離れません。
「我らが掌中の珠。可愛い顔を見せてくれ」
見せてくれと言いつつも、頬ずりしてくる規兄。くすぐったいです。
「氏規の妹御だったか。だが、馬の前に現れるのは危険だぞ」
槍の人がそう言ったので、自分がいかに危ない行動をしてしまったのか理解しました。人の恋路を邪魔していないのに、馬に蹴られるとかにならなくてよかったです。小さい割りに脚が太いので、蹴られたら死んでしまいます。
「ごめんなさい」
規兄の腕の中では様にならないが、ちゃんと謝ります。命の恩人ですから。
「珠!」
遅れて、姉たちも到着です。
「空に崎に豊か!」
さすが我が兄です。
姉たちを間違えずに当てています。
「氏規兄上!」
姉たちも規兄に会えて嬉しそうです。そして一番嬉しそうなのは、妹たちに囲まれて顔が緩みきっている規兄です。
規兄に抱っこされたまま、城の門をくぐります。
そして、お屋敷にいる父上の元へ向かいました。
「氏規、ただいま戻りました」
「長きにわたり苦労だったな、氏規」
頭を下げている規兄には見えていないでしょうが、父上も大変嬉しそうなのです。
政兄にいたっては、そわそわしているのがバレバレです。早く抱きしめたいと顔に書いてあります。
「父上に紹介します。我が友、松平元康です」
あぁ、規兄の親友さんね。
「よう参った。しかし、三河におらず、大丈夫なのかね?」
「今を逃せば、友の故郷を見ること叶わぬと思い、無理言ってついて参りました」
「長居はせぬよって、三日ほど泊まらせてやってはくれぬか?」
規兄がお願いし、父上は快く引き受けました。
あの顔は何か企んでいますね。
父上が退室し、元康さんも客間へと案内されると、兄弟だけになりました。
「氏規、無事で何よりだ」
「兄上」
抱き合い、再会を喜びあう二人。
ずるいです。
姉たちに目で合図を送ると、すぐに理解してくれました。
私たちも混ぜてください。
兄たちを囲むように、私たちも抱きつきます。
政兄が泣いていたのは、見なかったことにしておきましょう。
元康さん…もうやっすんでいいですよね。
やっすんの歓迎会も兼ねての宴会が開かれました。
北条一族総出です。家老衆もいます。
鈴姉も旦那さんの許しが出たのか、ちゃっかりいますね。これで春姉と竹兄がいたらよかったのにと思わずにはいられないです。
規兄はたくさんの人に囲まれています。
やっすんは照兄と仲良く酒を酌み交わしていました。いつの間にか意気投合。よくわかります。同類ってやつですもんね。
私は久しぶりの鈴姉にべったり中です。
空姉たちが羨ましそうにしていますが、ここは末っ子の特権を使って、少しだけ独占させてもらいます。
「相変わらず、珠は甘えん坊ねぇ」
そうは言っても、ちゃんと甘やかしてくれる鈴姉は大好きです。
久しぶりの一族大集合の次の日。
規兄とやっすんと海にお出かけです。
海で泳ぐわけではないが、砂浜で遊ぶのです。
って、思っていたのに、規兄とやっすんは普通に褌一丁になって泳いどります。兄たちよ、泳ぐにはちと寒いんでないかい?
そして、私おいてけぼり…。
仕方ないので、しんちゃんにも手伝わせて、砂で何か作りましょう。
一体何時間放ったらかしなんでしょう。
かなり立派な船が出来上がってしまった。
縦には無理だったので、浮き彫りのような形で、大きな帆船ができました。
我ながら凄い。
「何を作っているんだ?」
やっすんが戻ってきました。
遅いです。
「ふね!」
「これが船なのか?」
あれ?大きい船は存在しないのでしょうか?
でも、中国やポルトガルとか、貿易していましたよね?
「おっきいふねだと、おそとのくににもいけるでしょう?」
帆船の何が凄いって、その応用性の高さでしょう。船の規模に合わせて、柱の数、帆の数を変えられます。
それによって、近海の漁業から遠洋の貿易まで何でもこなせる。もちろん、軍艦にだってなれるんですよ。あ、でも、火には弱かったです。帆が燃えたら大変なのです。
でもでも、船は大きい方が格好いい!これにつきます。
というわけで、私が作った船は大きいのです。
柱は三本、帆は横帆で、操舵性をあげる縦帆もちゃんとつけてみました。
これぞ帆船という力作です!
「凄いな、珠が作ったのか?」
遅れて規兄登場。
「おっきいふね、かっこいいでしょう!」
「さすが珠!天才だな!」
規兄が高い高いしながら褒めてくれました。
その横で、やっすんは真剣に船を見ていたけれど、どうしたのですかね?
「本当にお前の妹は天才だな」
やっすんにも褒められた!
新キャラ登場でした。
本当はやっすん、こんなところで遊んでいる場合ではないです(笑)
さて、珠が熱く語っているのものが原因で、調べ物が難航しております。
ちょっくら資料探しの旅に出て参りますので、こちらの更新を一週間ほどお休みさせていただきます。