勇者が異世界から呼ばれる理由
「あのさー」
「はい」
「俺って勇者じゃん?」
「そうですね」
「異世界から呼ばれたわけじゃん?」
「そうですね」
「そもそもな疑問なわけだが――――勇者が異世界から呼ばれる理由、ってなんだ。この国にだって俺より強いやつだっているだろうに」
「それはですね……」
☆
はるか大昔、ラッセラ王国は、否、全世界は未曽有の危機に陥っていた。
アビスという魔王が魔物を率いて、世界征服を行っているのだ。
それを危機と感じた国から、様々な精鋭が送り込まれた。
国一の剣使いであったり、大陸一の魔法使いであったり、世界一の槍使いであったり。
中には勇者と謳われる壮絶な力を持つ戦士もいた。
――――だが、それではまだ甘い。
闇を統べ、海を割り、山を砕き、天を落とした魔王アビスの前では、有象無象に過ぎない。
魔王のカリスマ性を持って集められた魔物達でも、十分対処できるほどであった。
そして、次はラッセラ王国が迫られ、国の軍を使い魔王軍に対して対処していた。
国で出せる兵にも限りはあるが、あちらは次から次へと湧いて出てくる。
ラッセラ王国も限界寸前であった。
そんな時、召喚魔術に長ける魔術師がこう言った。
「王よ、この世界の者で打倒できぬのであれば、異なる世界から強き者を呼び出せばいいのではないでしょうか」
「魔術師よ、そんなことができるのか?」
「私であればできましょうとも」
王は思案するとこういった。
「ではそのようにするがよい」
国を挙げて、異世界から勇者を呼び出す、というプロセスができたのは、このころからである。
☆
「なるほど、まあ自分達でもできないなら他から持ってくるってか。理に適っちゃいるがなあ……」
「それでもですね、この時呼び出された戦士はあっけなくやられちゃったんです」
「あらら? なら普通呼び出さなくなるんじゃないの?」
「いえ、まあその後呼び出しても、役には立たなかったのですが……ただ一人、例外がいたのです」
☆
これで十回目という召還をしたとき、その戦士は現れた。
腰の鞘に短剣をさし、黒い髪を一つのくしでまとめあげ、黒い光のない瞳をした、女性のような美しい顔立ちをしている剣士であった。
「ここはどこだ。なぜ俺を呼び出した」
その剣士に呼び出した魔術師は事情を説明した。
「ほう、色んなものを殺してきた俺だが、魔王とはこれまた面白そうだ。俺に行けと言うのであれば、退治してこよう。ただし、一つ条件がある」
「その条件とは何でしょう」
「膳夫が欲しい。とびっきり美味い料理の作るやつを頼む」
「料理人、ということでございましょうか? なぜそのようなものを?」
「ばっか、俺の親父だって旅に出すときはカシワデ寄越したんだよ! 俺を魔王退治させたくば、極上の料理を作る者にしろ!」
☆
「はあ? 料理人。なんでそんなものを?」
「なんでも、料理一つでも大切な儀式だったそうで」
「日本人にも変わったやつがいたんだなあ……」
「私からすれば勇者様も相当な変わり者なんですけどそれは……」
☆
国一番の料理人を従者にした剣士は、名をタケルと名乗りいざ旅立った。
彼の力は凄まじいモノであった。
剣を一度抜けば、魔王軍は薙ぎ払われたと言われている。
料理人曰く、大体風を操って魔物達を倒していったと言われている。
☆
「おう、チートだな」
「ちーと?」
「反則級に強いって事」
「なるほど」
(異世界召喚補正、その頃からあったんだなあ)
☆
四天王を素手で倒したタケルは、とうとう魔王城へとたどり着いた。
☆
「待って待って、おかしい。四天王を素手で倒したってどういう事!?」
「といわれましても……」
「俺だって魔術やスキルや仲間たちと一緒に倒した相手だよ。それが素手ェ!? 従者料理人だけだろどうなってんの!?」
「こう、『平定じゃー!』とか言いながら殴り殺したらしいです」
「だいたいそれならなんで風魔術を使って魔物達を倒したんだよ!」
「『魔物達は群れで来るから、風で薙ぎ払った方が手っ取り早い』って言ってたらしいです」
「アッハイ」
☆
山奥にある魔王城にたどり着いたタケルは、料理人に酒を用意させ、自分は女装をした。
☆
「待って待って」
「なんですか勇者様、ぶった切るところ多いですよ」
「なんで女装なの?」
「女顔だったんで、美女を装ってお酌して酔っぱらってから殺そうと下らしいですよ」
「ワーオ、何てジャパニズム溢れる戦法……」
「でも魔王アビスって実は女だったんでお色気作戦失敗しました」
「女だったかァー!」
「金髪で金色の瞳をしていて、真っ黒なドレスを着たお美人さんだったみたいです」
☆
女装のばれたタケルは、懐に隠していた短剣を取りだした。
「俺の女装を見破るとは、流石魔王と言ったところか」
「下らん。そのような装いの勇者がいるとは嘆かわしい。とく失せよ」
魔王アビスも玉座から魔剣を取り出し、勇者タケルに向ける。
「断る。そんな事よりも、夜の街で俺達二人で漕ぎ出さない?」
「断る。貴様にそんな価値があるとは思えん」
「ふむ、残念だ。アビス、お前程絶世の美女もそうはいないだろうに」
「今のお前も相当な美女だろうよ」
「ハッハー、こりゃ一本取られたぜ」
魔王と勇者は笑いあう。
「しかしだ。そう思うなら勇者タケルよ、我が軍門に降らないか?」
「ほう? 勇者の俺が魔王のお前に降る理由はなかろう」
「考えてみろ。私は国を襲い、侵略してきた。――――それの何が悪い?」
魔王アビスは語る。
「私も一つの国の長だ。国同士いざこざもあれば戦争もするだろう。
ただ、その中に魔物がいるだけ。それだけの話の事。
いざこざが無くとも、領地が欲しければ他の土地を奪おうとするだろう。
私はそういった理由で国を襲った。
――――だが、征服した民を無下に扱ったことはない。
お前も見ただろう。我が民の笑顔を。我が民の幸せを。
私は誰もが幸せになる理想郷を作りたい――――それの何が間違いなのか。
お前も知っているだろう。他国が人を人と扱わず、奴隷として酷使していることを。
私は、そういった無下に扱っている者達を救いたいだけなのだ」
その言葉に、嘘は感じられなかった。
魔王アビスは、理想に準じた一人の女だったのだ。
その過程が、侵略という悪逆であったと言うだけ。
アビスはタケルに近づき、天使とも、悪魔ともとれる、魅惑の笑み。
「――――だから、協力してくれないか?」
「――――断る」
一刀両断だった。
「救いの手が欲しいと呼び出されてね、そいつらも必死だった。
――――なら、応えてやらねば。それこそやつらは救われん」
「それが、この国を滅ぼすことになってもか?」
アビスは、どこか残念そうに、問いかける。
「そうだ。魔王を討つ。この約束を守らねば、日本最強の名が廃る」
なるほど、とアビスは頷いた。
「そういったまっすぐなところは好ましい。だからこそ残念だ」
「ああ、違う形で会えば、本当に抱いてやりたかったよ」
二人は、剣を構え、先ほどの朗らかな会話をしていたとは思えないほどの形相になり替わる。
「ほざけ――――!」
それが開戦の合図だったかのように、二人の剣はぶつかり合った。
☆
「待って待って、そこの会話だけなんで事細かに説明されてるの?」
「なんでも、料理人が一番印象に残った会話らしくて……」
「料理人ンンン!?」
☆
二人の戦いは互角だった。
互いの一撃が交差すると、魔王城は粉々に砕け散った。
「よくもやってくれたな」
魔王は翼を生やし、飛翔しながら、地獄の釜を煮るために使われる業火を勇者へと放つ。
「俺に炎を扱うか。はなはだしいわ!」
落ちていく勇者は、それを全て風で薙ぎ払った。
流石の勇者と言えども、空は飛べない。
着地した勇者は、空を飛ぶ魔王を見上げる。
飛べると飛べないでは、圧倒的なアドバンテージがある。
ただ風を操るだけでは心もとない。
「よし、いいことを閃いた」
タケルが剣を振うと、雲が空を多い、雨が降り出す。
さらには、どこからともなく、水が攻め上げてきた。
どんどんと魔王の全ていた国を浸水して生き、どんどんと魔王との距離の差が、無くなっていく。
「貴様の魔力はまさしく湯水のごとくだな……! こんな水どこから沸いて出てくるというのだ!」
「海」
「な……!? そっちの方が非効率的だろう! どれだけ距離があると思っている!」
「そうは言われても、天候を操り、水を操るのがこの剣の本懐よ。貴様との距離を埋めるにはこれぐらいしかあるまいて」
タケルは荒れ狂う波の上に立ち、アビスへと切りかかる。
「水の上に立つとは、奇怪な術を使う」
「術ではない。惚れた女の命の加護で、俺はこういった芸当ができるようになっただけだ」
自分の頭をまとめ上げている串を指さし、ウインクをする。
「……そうか。まあいい。ここまで国を荒らされ、腹が立ってきた」
魔王アビスの魔剣から、黒い力の奔流が溢れだす。
人々が恐れおののく闇の力、絶望であり、親身共に震え凍らせる闇の力。
それが世界から一本の剣へと収束されていく。
アビスはその件を、下段で構える。
「私を拝み奉れ――――」
対して、勇者タケルはその短剣を空に掲げる。
「天照大神よ! 闇を打ち払う光を我に与えたまえ――――!」
一振りの剣から、黄金に輝く力の奔流が溢れだす。
人々が求める光の力、希望であり、心と身体を満たす暖かな太陽の光。
それが一本の剣から造られている。
「頭が高い。即地に落ちよ――――蒼天は失墜する!」
「神々の鍛え直したこの一振り――――いけ、草薙の剣!」
闇は光を呑みこもうと、光は闇を切り裂こうと、互いに殺し合っていく。
二つの力の奔流に、世界は震えあがった。
大地は震え、山は炎を吹き出し、海もさらに荒れ狂う。
この世界の神々も、世界の崩壊を防ぐために抑止するのに精いっぱいだったという。
しかし、必殺とは言えども、互いに一振り如きではまだ死すことはない。
二人はその必殺の一振りを、何度も何度も打ち付け合った。
とうとう世界は崩壊し、時空と次元を捻じらせ。
そして、そこに残ったのは、倒れた魔王と、立っている勇者。
「……こうして全力を出したのも、敗北したのも、初めてだ」
「そうかい。だが、お前は誇ってもいい。日本の神々を殺した俺に全力を出させたんだからな。
ちなみに、それはこれを持っていない幼少の話だ」
草薙の剣を見せながら、タケルはそう答える
魔王は驚いた顔で勇者を見つめると、笑みを浮かべた。
「そうか、私の力はお前の国の神々さえも超えて見せたか……。
そういえば、貴殿の名を聞いてなかった。名を何というのだ?」
「日本武尊――――国とその最強を背負う名だ」
「なるほど、それは縁起が良い……」
魔王の言葉は、段々と力を失っていった。
「何か言い残すことはないか?」
そうさな、と魔王は、目をつぶる。
「強いて言うならば――――私が勝ちたかったなあ」
こうして、世界は崩壊しながらも、魔王は討ち滅ぼされた。
しかし、崩れ落ちた世界は、未来か過去かに新たな異世界として独立するのであった。
数多の剣と魔法の異世界が数多く存在するのは、この為だと言われている。
☆
「――――と、まあ先代異世界勇者様が色んな意味で魔王越えしていたので、多少劣っていても魔王が現れた際はごひいきにしているわけです」
「…………」
「? どうかなさいましたか勇者様?」
「あー、いや……なんでもない」
「はい?」
現異世界勇者、フナイヒロシは思う。
日本武尊、アンタハードル上げ過ぎだろう、と。
「ちなみにその会話を記していたのは?」
「料理人です」
「料理人パねえ!!」
☆
なお、料理人は大層昇進し、子孫も国を繁栄していったそうな。
そして、その末裔が勇者の従者の一人であることは、誰も知らない。
すまない……むしゃくしゃしてやった。すまない……。
日本神話も結構チートだが世界を崩壊するまでではないんだ。
そこらへんは各々調べてほしい。無責任な作者ですまない……。