あなた、だれ?
暇つぶしの流行乗っかり
「マリエ・ビビット!ヘレン・ティーゴ男爵令嬢に対する、嫉妬に狂い取り巻き共と行った、権力を笠に着た陰湿にして過激で悪質なイジメの数々!令嬢として恥知らずな、そんな者は王族の一員となるに相応しくない!貴様との婚約を破棄する!」
・・・・・凄い場面に出くわしてしまった。
どうも、通りすがりの伯爵家の次男・レオです。
ちょっと委員会の連絡プリント渡しに来ただけなのに、この騒ぎとかなんなのコレ。通りすがりの俺とか逃げたいのに逃げそびれて動けねーの。
どーすんの、これ。びっくりした隙に周りは逃げ出して俺らの周辺、変なふうに円形に人いないし。
カオスです。
ハニーブロンドの髪の美少女は嬉しげに王子様に擦り寄ってるし、
王子様は女の腰を抱いて密着して怒ってるし、
その側近はギリギリしてるし、
突然宣言された赤髪緑目の美少女はぱっかーんと口を開けてキョトンとしてるし!
・・・・何これ。可愛い。
だけど淑女としての尊厳が可哀相なので、顎に手を添えて口を閉じてやった。
ハッと彼女はようやく再起動して周囲を見回すが誰もいない。いや、俺しかいないけどね。目が合うと首を傾げて聞いてきた。
「一体、何の話ですか?」
「しらばっくれるな!往生際の悪い」
一刀両断した王子様、それに追随する王子の側近つーか、ハニーブロンドの美少女・ヘレン・ティーゴ嬢の取り巻きたちも喚き出す。
「大方、王子妃として権勢を振るいたかったのに、ヘレン嬢が邪魔をするとでも思ったのでしょう。全く見苦しい」
お前がな。何言ってんだ、こいつ?
「ヘレンは物を盗まれたり壊されたり、誹謗中傷されたり、挙げ句の果てには階段から突き落とされたりしたんだぞ!」
はて?そんな事件あったのか?
「愛しい王子が取られそうになっって美しく優しいヘレンに嫉妬したんだろ。女の嫉妬にしたってやり過ぎ。悍ましさすら感じるよ」
そこの優しい(?)ヘレン嬢、みんなの言葉にドヤ顔してるけど?
「貴様のような性悪女より、心優しく美しいヘレンこそが王子妃に相応しい。俺はヘレンと婚約するぞ!」
ドサクサに何訳わかんないこと言ってんのかねぇ、この王子様は!
完全に困惑しているマリエ嬢は首を傾げて俺に聞いてきた。
「よく状況がよく呑めません。簡単に説明してもらえませんか?」
何故俺に、と思わなくもないが、周囲に俺しかいねぇわ。はぁ。
「・・・えっと。」
突然の依頼に思わずマリエ嬢と同じ角度で首を傾げて考え、戻す。完全なる部外者の俺にも分かる程度の事でいいのかねぇ?
「マリエ・ビビット嬢。どうやら、貴女はヘレン・ティーゴ嬢に悪質なイジメをした咎で婚約を破棄されたようです」
「こんやく・・・」
マリエ嬢はやっぱり首を傾げている。あれ、今の説明わかりにくかったかな。その姿は王子様方にはいかにも惚けているように見えたのか、怒りをあらわにする。
「貴様・・・あくまで白を切るというのだな?」
「いいえ。ただ、あなたは誰ですか?」
怒気で顔を真っ赤にした王子様の剣幕に思わず身体が反応しかけたが、次のマリエ嬢の言葉に動きが止まってしまった。
ヘレン嬢の事を言ってるのだと思って視線を辿った先には、まさかの王子様がいた。え?そっち?
王子様も側近たちも、これみよがしな溜息や侮蔑の視線をマリエ嬢に向けている。ちょっと横にいるだけの俺も怖いぐらいなんだけど。
「惚けるのもここまで来ると呆れるな。あれだけの事をしておいて、貴様がこの優しく可憐なヘレン・ティーゴ嬢を知らないなんて言い訳が通るか!」
「いえ、そちらのご令嬢ではなく、貴方です。どちら様でしょうか?」
やっぱり勘違いじゃなかったんだ・・・。え、本気で王子様知らないの?この人夜会嫌いじゃないから、よくパーティーにいるんだけど。
王子も唖然としている。いくら第三王子とはいえ、知らないことはないだろう、この目立つキラキラな容姿の男。逆に何故知らないのマリエ公爵令嬢。
「え・・・婚約者、だったんですよね?こちらの第三王子ジャンクロード・クリア殿下は」
「私に婚約者がいる、というのが初耳です」
自信満々に言い切った。本当に知らなかったのかもしれない。
大衆の面前で婚約破棄宣言した王子様を見ると、その顔に困惑が浮かんでいる。
「殿下、婚約者の名前はマリエ・ビビットで間違いありませんか?人違い、ということは?」
「私は、私の婚約者はビビット公爵家のマリエだと聞いている」
まぁ政略結婚なら当人の意思とか関係ないし、極端な話、本当に結婚式の当日まで顔合わせとかなくっても成立する。
取り敢えず、本当に話すら通ってないマリエ嬢の方を先にしよう。
「本当に知らない?婚約の事も、この方自身のことも?」
「はい・・・わたくし、小さい時から身体が丈夫でなくて。学院にもようやく主治医のお墨付きをもらって去年から来れるようになったのです」
ちなみに、この学院、本来は12歳から18歳まで6年通うのが貴族の義務。諸事情で中途からになる場合は、該当学年の学力試験を受けて一定の成績を修めないと、徐々に下の学年に繰り下がる仕組みになっている。
「デビュタントも、先月漸くして、それ以降まだ何処にも出ていなくて」
デビュタントも本来は15歳前にするものだ。17歳で初めてというのも珍しい。本当に過保護になる程身体弱かったんだろう。
あと、第三王子はいくら夜会好きでも、中堅以下規模で第一王子関連の夜会には出没しない。
まだ一回こっきりの夜会じゃ、そりゃ見たことないかもしれない。
あれ。掘り下げる程にマリエ嬢がジャンクロード王子を知らない、って話に本気で真実味出て来たぞ?婚約破棄どころか婚約すら本当に成立してたのか怪しくなってきた。
「・・・後日、公爵閣下にきちんと確認して頂けますか」
「そうですね。重要なことですものね」
なんかおっとり言われたせいで、重要って口にしてるわりに重要度が低そうな問題に聞こえる不思議。
「王子殿下の方も、確認する必要があるかもしれません」
「そ、そうだな・・・」
流石に自分の存在すら知られていなかった、という事実に少なからずショックを受けた王子が呆然と返事する。自分は万人から注目されて敬われている、という謎の自信があったせいでなんか間抜けな図になってしまった。
「ちょっと待ってください。彼女の言葉が嘘かホントかわかりかねますが、イジメに関しての追及が終わってません」
・・・ちっ!もう帰ろうよ、な空気作ったっつーのに、面倒臭いことする眼鏡の側近がいやがった。確か、宰相閣下の三男坊だったよな。ヤツの言葉で王子も復活しちゃったし。
「そ、そうだ!理由が嫉妬でなくても、取り巻きを使って一対多で行われたイジメは悪質を極め、それだけで罪となる!」
あーあーあー。バカでも王子にツッコミって、不敬罪になるんだろうか。なるよな、なっちゃうよな・・・。ストレス溜まるな。
一応、周囲を見回して、マリエ嬢を見る。
「マリエ嬢。取り巻きどころか、お友達っています?」
「聞かないでください・・・寂しいですけど、人見知りで・・・」
うん、知ってた。食堂でご飯食べてたのに、一人でいるんだもん。女子ってここぞと集まってお喋りするもんだろ?
「何を証拠に、悪質なイジメがあったと思ったのですか?」
「もちろん、ヘレンがそう言っていたからだ」
・・・・もうヤダー。あのドヤ顔うぜぇぇ。
「物を盗まれたり壊されたり、誹謗中傷を受けたり、階段から突き落とされたり・・・・・ですか」
「そうだ」
「そんなことが頻繁だったのでは、きっと誰かが可哀想なヘレン嬢を見ているでしょうね。誰か、その時の哀れなヘレン嬢の様子を教えてくれませんか?」
周囲に呼びかけると、返事がない。野次馬さんは隣同士でこそこそ話し合ってるけど。
側近殿と王子様が何か言おうとするが、掌を出して制止する。
「あれ?階段から人が落ちてくるなんて、そこそこの事件だと思いますが」
本当にそんな事件、あったんですかねぇ?
ヘレン嬢に視線を向けると、びくっと怯えられた。そんな怖い顔してないよ!・・・多分。
「ま。ヘレン嬢へのイジメの詳しい調査は教師に任せましょう。教師が信用できないなら、折角ジャンクロード殿下がおられるし、父君の国王陛下に最後のお願いとして調査していただいたらいかがです?国王直属の隠密が動いてくれるかもしれません」
にっこりと笑って提案してみると王子様はあっさり頷いた。
「それもそうだな。父上に頼めば全く言い逃れできない証拠も揃うだろう。そうしたら貴様の終わりだな、マリエ・ビビット!」
マリエ嬢に渾身のドヤ顔で宣告するが、全く身に覚えのないらしいマリエ嬢はどう見たって平然としている。
・・・ねぇ王子様気付いて。貴方の横で顔面土気色のお嬢様がおられますよ?
「善は急げと申します。陛下とて忙しい身、お話なさるなら早い方が良いでしょう。早くしないと証拠隠滅の時間を与えてしまいますし?」
「それもそうだな!よし、首を洗って待ってろ、マリエ・ビビット!」
去っていく王子様たちの後ろ姿を眺め、はたと気付いた。
「・・・なんで俺が混じってたの、今」
俺無関係の人よ?王子様が俺の顔を忘れてますように、と祈っていると、つんつんと突かれる。
「ありがとうございました。一人だったらわたくし、泣いてしまいそうでした」
「お気になさらず。マリエ嬢も、色んな噂に晒されるでしょうが、気にしない方がいいですよ」
婚約破棄なんて、基本醜聞だ。今回は王子様が悪いだろうが、マリエ嬢にもろくでもない憶測が付き纏うはず。
「そういえば、貴方は誰ですか?わたくしはマリエ・ビビットと申します」
「・・・・マープル伯爵家次男、レオルード・マープルです」
へにゃぁと笑うマリエ嬢は、いろいろ可愛いけど心配な感じだ。
何故かマリエ嬢と仲良くなり、公爵閣下経由でその後の話を聞いた。
イジメに関しては荒唐無稽な事実無根、もしくはヘレン嬢の自作自演である事が隠密の調査でわかった。王子の気を引きたかったらしい。普通に考えりゃ、分かるよなぁ。
第三王子ジャンクロード・クリア殿下は無事、ヘレン・ティーゴ男爵と婚約を承認されて婿入りする事となった。
この国は結構しっかりと貴族以上の子供の継承順位を法で定めてて、長男は跡取り、次男は長男の予備(結婚不可)、三男以降は全て婿入り又は平民落ちと決まっている。当主から特別な指名がない場合はこうなる。
王族にも適用されるコレはつまり、第三王子は王族を抜ける事が確定していた、ということ。
王族として名は残るけど、王族としての義務も権利も全て剥奪されて相手の家の爵位になる。だから、『第三王子妃』なんて存在しないのだ。これ、学校でも学んだ、常識の法律な。
終始的外れな事言ってた今回の騒動、笑い話として社交界を駆け巡りマリエ嬢は同情された。
ヘレンと王子と仲間達はしばらく夜会に笑いを添えてくれる生贄としてしか夜会に出てこれないな。
さて。謎だった王子様とマリエ嬢の婚約だが、実はなかった事だった。
第三王子との婚約がかなり現実的な所まで内定していたのは事実だが、王子は頭が弱くてマリエ嬢は身体が弱かった。普通ならとっくに婚約を交わしている所を、娘と公爵家のその後を心配した公爵閣下は、正式な婚約はマリエ嬢の身体が大丈夫だと主治医からお墨付きをもらった一年後にすると陛下と決めていたらしい。
よって婚約はまだしておらず、マリエ嬢に悪い憶測がつかず同情されているわけだが。
存在しない婚約を破棄した間抜け王子ざまぁ、である。
「レオ様。どうなさいましたの?」
「んー?いや、別に。なんか幸せだなぁと」
そう言うとマリエはへにゃぁと笑い、つられるようにその腕の赤子もへにゃぁと笑う。
俺と同じ髪とマリエと同じ目をして、マリエみたいに笑う男の赤ん坊。
あれからなんやかんやあって、マリエと結婚し、俺は次期公爵としてビビット公爵家に婿入りした。
あの日の婚約破棄がなかったら、この幸せはなかったと、今はそう思う。
*補足説明*
~次男のレオがマリエと結婚できた理由~
長男・跡取り、次男・予備(結婚不可)、三男以降・婿入りまたは平民落ちというのは基本であって、「当主の特別な指名」があれば変動することもあります。
レオの場合は、公爵家からの名指しの打診があったことと、弟がいたため弟と立場を交代する事でマリエと結婚できたのです。
ご指摘が多かったので。わかりにくくてすみません。