魔王のやめ方
「そろそろ寒くなってきたから、毛糸の帽子を入れとこうね」
言いながら、男はいそいそと宝箱に毛糸の帽子をつめる。
それに背後の2人は、ため息を零した。
帽子を宝箱につめているのは黒の上下を身に着けた衣服をまとう
20代後半の美青年。
人好きのする笑顔を常に浮かべ、楽しそうに鼻歌を歌っている。
彼の名は、黒の魔王。
短髪だが忌み嫌われる漆黒の髪は闇の中ですら輝きを失わない。
そして、赤瞳は、闇の中でも煌々と光る。
魔界を総べる魔王。
彼が動けば山すら動き、吐息を吹きかえれば焦土と化し、湖は干上がり、人々は逃げ惑う。
全ての生きとし生けるものの天敵。
憎悪の化身とされ、500年前に封印された伝説の生き物。
彼は一見すればただの顏と体の整った兄ちゃんである。
「けっ、何で魔王がこんなことしてんだよ」
洞窟の壁に寄りかかってその様を見ていた赤髪の青年が吐き捨てる。
茶色く焼けた褐色の肌に青い瞳。
20代後半位の印象は同じだが、魔王が優男風なのに対し、彼は筋肉質で長身だ。
赤の師団長。
一見すれば筋肉馬鹿に見える男だが、経験則における彼の働きは素晴らしく、
部下たちを鼓舞し、動かすことに長ける。
額の上の盛り上がった両角。尖った耳。
三白眼と八重歯をのぞかせる今の彼は、眉間に皺を寄せて不機嫌そうだ。
龍の文様が入った鎧を身につけ、全体的に赤黒い格好をしている。
肩位はあるであろう彼の赤髪はどういう原理かトゲのように
ひと房ごとに空中に浮いており、M字型の額と共に
彼を不良青年のように見せていた。
「そうですよ魔王様」
師団長の言葉にこくりと頷くのは、長い髪を持つ青年。
青い髪に常に身に着けているローブも青い為に、青の副将と呼ばれている。
常から閉じている瞳は、開いた時に封印が解けるのだと専らの噂だ。
魔王軍の司令塔であり、魔法にかけては魔王を凌ぐとも言われる頭脳派である。
魔王の即位前から彼を支え、
今の魔王軍があるのは副将の支えによる所が大きいという。
黒の魔王。青の副将。赤の師団長。
魔王軍最強の3人が集まっているのだが、ここは魔王城ではなく、
はじまりの村付近のダンジョンのひとつだ。
その事実に再び頭を抱えたくなる赤の師団長だったが、
軽く首を降って魔王をいさめる口調の仲間を見やる。
青の副将は、魔王の古参侍従であり冷静沈着な男だ。
赤の師団長は、同じ気持ちを抱く仲間に眉根を寄せていた皺を減らし、
口元に笑みを浮かべた。
「おう、副将お前も言ってやれ」
ニヤリと笑みを浮かべて促すと、青髪の男は開かない目を
魔王の方に向けると、何かを懐から取り出した。
「そちらは防御力が低いのでこちらの剛毅の帽子を」
「てめぇも何で協力してんだ副将馬鹿か!」
きらりと光った銀色の帽子を、赤の師団長の拳が叩き落とした。
ことの始まりはこうである。
魔王が復活した。
魔界においての魔王という存在は魔力の源の復活であり、不老不死を約束する契約である。
食料を必要としなくとも生きていることが可能になり、
倒れても暫くすると回復するような魔力が世界に満ちることになる。
これに困るのは人類軍。
特に力を持たない村人たちだ。
魔の者達は、田畑を荒らし人々を食い破り、世を混沌とさせる。
それが倒しても倒しても復活されたのではたまったものではない。
混沌とした世界は、血の色に匂いに染まり、人々を魔の者へと落としていく。
人類は魔王を倒そうと勇者を派遣するも、魔王の強大さに敗れ、
数度戦ったのちに500年の眠りにつかせることに成功した。
500年。
人の世では長き年月であるそれは、魔物にとっても厳しい冬の時代であった。
魔王が眠る間に師団長となった赤の青年は、
魔王様さえ目覚めればという先代たちの言葉を信じていた。
側近である青の副将は、特に何を言うこともなくその日々を過ごし、
緩くなった封印を壊すことに成功した。
だが封印は強力であり、10数年もすれば元の封印に戻ってしまう。
完全に封印を消す為に、生贄を、血を流す必要があった。
魔王が目覚めればそれは容易く叶い、封印の呪など直ぐに消えるはずだったのだ。
魔王は、目覚めて言う。
「俺、魔王飽きたから、勇者に倒されるわ」
「何でだよ!!」
赤の師団長がつっこむのも無理は無い。
500年間待ちに待った自分たちの統領のやる気が無い。無いと言うか
敵側に塩……主に武器をお届けするほどに友好的だ。
どうしてこうなった。
赤の師団長でなくともそう言いたいだろう。
だが、黒の魔王は、へらへら笑いながらダンジョンを作成し、
勇者たちのレベルに応じた敵を配置して、影に日向にと世話を焼いている。
魔王軍の悲しい性。
強い者には逆らえない。
ボンクラに支配される人間どもと違って、
実力主義なんだと誇っていたその法則にこんな盲点があろうとは。
赤の師団長が魔王に毎日楽しそうで良いなと嫌味を言えば、
そうだろう!と強くかえってくるのだ。
やってられない。
呑気なパワハラもあったものである。
今日も今日とて、魔王は勇者の行く先々に薬草を配置する仕事に精を出している。
それを視界に入れないように愛斧を磨く赤の師団長。
俺は今、無だ。
悟れ。俺。これは何かの間違いだ。
いまいち悟りきっておらず、現実逃避の入った感情を抱く。
青の副将は今、ダンジョン内の設置に忙しいらしい。
そちらも手加減したほどほどの何かなのだろうなと思えばぬるい笑みが浮かぶ。
青空に俺は何をしているんだろうなどと、魔界ナンバー3がぼやきかけた時、
がさりと木々が揺らめく。
「……」
さっと身構えた赤の師団長。
筋肉質な二の腕が愛斧を構える姿は麗しい見目に相応しい。
彼の三白眼が前を向いたまま、大きく見開く。
ぞわり。
向かってくる膨大な憎悪。
黒い掌のようなうねうねとした何かがこちらを飲み込もうとしている。
空間の中、満ち引きを繰り返しながら現れた黒い海に、師団長は無意識に唾を飲んだ。
「おーい。しだんちょー」
「……っ!」
ぞわりとした感覚のまま、背後に現れた黒い美男子に驚く。
警戒を解いたつもりはない。
だが、いつの間にか背後をとられていた。
流石は魔王。
思わず膝をついて頭を垂れそうになるのを堪え、小さく息を吐く。
この魔王に弱みを見せるのは癪だと矜持が働いたせいだろう。
「……あんだよ」
彼は、ちっと舌打ちまでして誤魔化した。
それに腹を立て斬首する王ではないだろうと思いながらも、少しばかり無礼過ぎたかと
黒い青年の動きを見やる。
黒の魔王はそれどころではないらしく、
両手で口元を覆って何かに驚いたような顏のまま、眉尻を下げた。
「勇者がミニスカートを履いてるんだどうしよう」
ゆうしゃがみにすかーとをはいているんだどうしよう。
一瞬何を言っているのか分からないと脳みそが拒否したが、魔王は再び同じ言葉を唱え
赤の師団長は現実を受け入れざるを得ない。
勇者は美しい顏をした中性的な人間だ。
金の髪に青い瞳。
耳の辺りまで伸ばした金髪に隠れるように揺れる耳元の青いピアス。
元々は村人だったが、騎士になる為に努力してきたらしい。
だが、剣の腕はそこそこ。
魔法もそれなりに使えるかといった具合の
良くも悪くも普通より少しだけ強い人間に見える。
女神の祝福を受けた剣と盾を持ち、選ばれ者として使命を帯びて国王から
送り出された勇者。
4人パーティで100銅貨に剣と盾だけの
装備で魔王軍に突っ込んで来いという無茶ぶりをした馬鹿王も王ならば、
それに「はい。頑張ります」と答えた勇者も馬鹿である。
お前は死にたいのか。
あと、王は死ね。そんな装備で出すぐらいならお前が死ね。
赤の師団長ですらレベルいちの勇者を冒険に出した馬鹿に対してこう思った程なので、
黒の魔王はその時点で勇者にかなり同情的だった。
あんな粗末な格好で追い出されるなんて、勇者可哀想!
何度回想してみるが、魔王の言葉に一字一句間違いはなかったと
脳が教えてくれる。
赤の師団長はそのことに頭痛を覚えつつ、
じゃあどうするのかと聞いた自身の言葉を思い出す。
今思えば、その一言がまずかったのだと分かる。
やめろ、言うんじゃないと過去の自分を止めたい。
だがもう既に起こったことは変えられない。
例え魔界の半分を焦土に変える力を用いても魔王の気持ちを変える術はないのだ。
「勇者にこっそりプレゼントすれば良いじゃない」
それがダンジョンに不自然にある宝箱のからくり元になった。
そんな回想だか現実逃避だかをした後、師団長は嫌な予感を覚えて眉根を寄せる。
勇者がスカートをはいたという。
まさか、魔王が勇者にスカートを贈ったんじゃねぇだろうな?
魔王がチョイスする武器防具は勇者たちのレベルに合わせた特別製であり、
どこから持ってきたのか分からない服も含まれる。
魔王のセンスは良くも悪くもないが、500年眠っていたからか、
時折訳の分からない品も嬉々として入れているのだ。
だが、流石に男女の服装の見分け位はついているようで、男に女物を当てがう真似も
女に男物を宛がう真似もしたことがない。
では、何故勇者はスカートを履いたのか。
お前が履かせたんじゃねーのか。お前の趣味で。
喉元までその言葉が出かかる。それを聞いたら何かが終わる気がした。
流石に男にスカートを送る趣味は無いだろう。
「ダンジョンが進まな過ぎておかしな趣味に目覚めたのか?
ったく、しょーがねぇな」
師団長はそうまとめると、勇者一行が見える高台からそうつぶやく。
魔王の言うとおり、勇者はミニスカートを履き引き締まった太ももをさらして
歩いている。
中性的な美しさと相まって中々似合っているが、生憎と男に興味は無いと
師団長は目を逸らす。
隣では黒の魔王も同様に高台に上がり、少し頬を染めて
うっとりと勇者を見下ろし
「勇者可愛い」
ぽつりと呟いた。
赤の師団長は、右横にいる自分より頭一つ分小さな背格好の上司が何を言ったか
暫く拒否した後、
「魔王ーーーー!目ぇ覚ませぇえええ!」
ガシリと黒の魔王の首元を掴んで揺すった。
無礼だなんだと考えて居たのが嘘のように容赦がない。
勇者を助けるだけじゃ飽き足らず、男に目覚めたのか!
ライバルを同等の位置まで高め、勝負するのは赤の師団長も悪い気はしていなかった。
だが、それとこれとは別である。
目を覚ませ。目を覚ますんだ。このボケ!
大概失礼なことを思いながら、揺すっていればニコリと手の中の人物は笑った。
「冗談です。てへ」
コツーン☆
魔王は、可愛らしく右手で額辺りを自分で叩いた。
美少女がやれば決まるであろうそのポーズは、美青年である彼に似合っていた。
似合ってはいたのだが。
「お前が、最強じゃなきゃ、殺してやるのに……!」
ゴォオウ。
憎悪の炎が辺りを燃やす。
イライラが最高潮に達したらしい師団長の褐色の肌には青筋がいくつも浮かび、
ブチブチと切れかけている。
ギリギリギリと犬歯を食いしばってふざけたことをぬかす上司を睨みあげ、
今にも切り裂かんばかりの爪が空を切る。
「わーこわーい」
やだーとケタケタ笑う黒の魔王。
言いながらも余裕で赤の師団長の攻撃をかわし、楽しそうに揺れている。
しねばいいのに。
幼い頃、憧れていた魔王様。
それを呪い殺す呪詛を念じている現在の矛盾を感じながら、師団長は最強の技を使う。
これ位じゃ死なないだろと、信頼だか自信だかをぶつける為、
滅多に使わない呪文詠唱作業を駆使し、その日を終えた。
その地の山は地形が変わって、温泉が出るようになったらしい。
魔王城、魔王の間。
その扉がゆっくりと開き、青いローブの人物が入ってくる。
「勇者がきました」
その報告が入ったのは、勇者が旅に出始めてから数年経った頃。
青の副将が目を開くことないまま、こちらに報告した。
それにコクリと気安く頷く赤の師団長。
「おう。まあ、1階で死んだみたいだがな」
魔王が頻繁に勇者を見に行くのもどうなのだと、開発した『魔王の目』こと
水晶玉には、倒れている勇者一行の姿が見える。
確かにレベルいちの頃とは比較にならないほど強くなったのだろう。
魔界の瘴気にあてられずに入ってきただけでも、その強さは褒めてしかるべきだ。
勇者一行は死んでも女神の祝福を受けている為、神殿で蘇ることが出来る。
再び魔王城を目指してくるだろう。
だが。
「うーん」
黒の魔王はどこか納得がいかないような、いつもの悪巧みのような顏をして
首を傾げている。
それに付き合わされてばかりいる赤の師団長はげんなりと助言する。
「……やめろよ? 1階をスルーさせようとかしても無駄だぞ。
レベル足らずに他の階で死ぬからな」
魔王城は5階層からなる。
最も弱いエリアが1階であり、最強の王がいるのが最上階の5階、ここである。
今まではあれこれと世話を焼き、
武器防具や金銀を仕込んだことがあるが、流石にここでそれは出来ない。
黒の魔王の力が膨大とはいえ、他の魔物も虎視眈々と魔王の座を狙っている。
いくら魔王が倒されたがっていても、
はいそうですかと素通りさせた挙句、魔王が倒されれば魔界の面子が丸つぶれであり、
混乱のまま魔王選抜になれば、魔王のサポートが無い勇者などひとたまりも無い。
しかも悪い事に女神の加護も、『魔王を倒すための加護』なのだ。
魔王を倒した後、その辺のザコにやられたとしても
女神は奇跡を起こしてくれるかどうか分からない。
流石に数年見守った挙句、あっさり死なれるのは寝ざめが悪い気がした。
「だから迂闊な事すんなよ?」
説明をしてやれば、黒の魔王はむぅーっと唇を尖らせ、
青の副将はニコニコしながら首を傾げた。
「うーん」
あからさまにからかっている。
「副将てめぇも混ざんな。俺の苦労が増えるだろーがッ」
からかわれていると分かっていても釘を刺さずにはいられない。
赤の師団長のそうした性格を分かっていて、ふざけはじめた二人に
自分の血管が切れそうなのを感じながら、動くなと命じる。
するとあっさりと黒の魔王は頷き、信頼の笑顔で答えた。
「難しいことは全て、しだんちょーに任す」
「ほんと滅びろマジで」
赤の師団長が、ちっと舌打ちしたのは苛立ちだけではないのかもしれない。
そのことを誤魔化す為に、自身の赤髪をぐしゃりとかき混ぜた。
結論から言えば、黒の魔王はいなくなった。
というか、魔王と勇者は結婚した。
意味が分からない。
勇者の努力は素晴らしかった。
何度も死んで何度も挑み、そして何度も何度も死んで、それでも魔王城にやってきた。
何が彼をそうさせるのか分からないが、その姿は敵ながら天晴であり、
赤の師団長は感動すら覚えた。
こいつらにならば、倒されても文句は無いと彼らを認めていた。
いくら魔王軍ナンバー3といえど、倒されれば体力が大幅に減る。
だが、魔王がいる時点で、時間ごとに体力が回復するようになっている為、
魔王対勇者一行という構図にすることは難しい。
それでも、彼らの努力に免じて、何より滅びを望む上司に免じて
自分の部屋で倒されれば、その後、黒の魔王の元にはせ参じることはしないでおこう。
そう心に決めて、赤の師団長は彼の任務を全うした。
炎の間。彼の担当する間はそう呼ばれる。
マグマと溶岩の入り乱れる熱く燃える部屋だ。
暑さに参りながらも、最後の一太刀まで目をそらさずに向かってきた金色の勇者。
それに笑って倒されたところまでが彼の記憶である。
それが目を覚ましてみれば、どうだろう。
「勇者ちゃん勇者ちゃん。俺ね、君のこと大好き!ほんと大好きだからね」
「……ば、馬鹿じゃないのっ」
黒の魔王が何かほざいてやがる。
黒の王の間、すっかり焦げた跡や抉れた王座と赤い絨毯。
あちこち煤けたその場に来てくれと呼ばれてみれば、何故かラブシーンが始まっていた。
青の副将と勇者の仲間たちもそれを遠巻きに見ていることから、
赤の師団長は、自分だけが妄想でこんなものを見ているのではないのだと勇気づけた。
そうでもしなくては心が折れそうだとは思ってはいけない。
魔王は両手を互いの手に絡めたまま、うっとりとした眼差しで相手を見ている。
ハートを空中に浮かべては消しているのは何だ。嫌がらせか。
対する勇者は真っ赤な顏で、眼を吊り上げているが、どう見ても悪い気は
していなさそうだ。
燃やして良いか。こいつら。
事情が分からないなりに、
師団長がメラリと掌に炎玉を作ってしまったのは仕方が無いことだろう。
本能だ。
危険を察知する危機管理能力だ。
だが、それは黒の魔王の珍しく真剣なまなざしにはばまれ不発となる。
「……なんだよ」
ちっと舌打ちすれば、黒の魔王は勇者の手から手を離し、こちらに歩いてくる。
手を離す位の理性はあったのかと妙な所で感心した赤の師団長だったが、
目の前の上司がにっこり笑った為に、苦虫を噛み潰したような顏になる。
「師団長と副長にはとてもお世話になったね。お疲れさま。
俺を補佐し続けてくれて嬉しかったよ。
俺は、勇者ちゃんに魔力を封じて貰った。だから、もう魔王としては何も持ってないんだ。
俺は、これからは、ひとして生きようと思う」
決定事項だといつものように後から告げて来る無茶ぶり王。
それにクラリと倒れそうになるのが常だというのに、
その答えは赤の師団長も、青の副将も、元から知っていた答えのような気がした。
魔王の強く重たくも眩しかった魔力の渦は、既に無い。
城の中でさえ感じていた重たいそれが、突如無くなれば気づくだろう。
少なくとも、常日頃から魔王と行動を共にしていた側近が気づかないはずはない。
その上で、無事な姿を見れば推測が確信に変わる。
「そうかよ。
ったく、毎回言ってんだろーが。計画は最初から話さねぇと意味がねぇって。
そうならそうとさっさと言えばこんな面倒くせぇことにならなかったんだろーが」
ガシガシと赤髪を掻き回す師団長の反応に驚いたように黒の魔王は目を見開く。
その様子にクスリと笑う青の副将。
「あなたにはいつも迷惑を掛けられておりましたから、何となく察してはおりましたよ。
寂しくなりますね」
常は開かない青の副将の瞼が開いて、しっかりと黒の魔王を見つめる。
ぱちりと開いているたれ目の中は金色。
何がしかの呪術を掛けてあるのだろうその両目には、文字のようなものが見て取れた。
青の副将も全力を尽くしたのだろう。
赤の師団長は同僚にチラリと目線を向けた後、そう結論づける。
「あ、あれー? あの『馬鹿か!人間なんざ信用できるわけねーだろ』とか、
『魔王様、魔力を失った魔王がどうなるかお分かりですか、まず皮を剥ぎ……』みたいな
お説教とか説明とか無いの?」
面食らった魔王が、整った眉を情けなく下げる。
それに肩を竦めて彼の部下たちは
「無いな」
「無いですね」
あっさりと結論付けた。
そもそも、勇者が女だったと知った時から、こうなるのではないかと
赤の師団長は納得と共に諦めの境地に達していた。
青の副将など、もっと以前から勇者の性別を知っていた為に、
散々小言を言っていたのだが、それら全てが無駄だったのだ。
「さっさと行けよ。勇者ご一行サマ」
気だるそうに赤の師団長が手を振る。
クスリとそれを横目に見ながら、青の副将が笑う。
「私たちは、魔王として眠りにつきます。
500年経ちましたら、
また我らが魔王として人類殲滅させて頂きたく存じますので」
「おい、それ丁寧に言ってるけど、ぶっ殺すぞてめぇらって意味だろ」
赤の師団長は呆れながら同僚を見てから、黒の魔王を見る。
「君たちも一緒に……!」
元魔王は情けない顏で両手をこちらに伸ばした。
そういう訳にもいかないのだと、元魔王は魔王でなくなった瞬間に理解しただろう。
この部屋の奥に魔王を封じた部屋がある。
封印は魔力を使う。だが、封印を施した人物は死に絶えて久しい。
それが尚も機能しているかといえば、魔王の魔力を吸い取っているからだ。
魔王の魔力を半永久的に封じる部屋。
500年に一度その機能を停止し、勇者が魔剣を刺すことで再起動する。
人類の希望。倒すことの出来ない魔王への唯一の砦。
起動方法は、魔王本人が部屋に入ること。
もしくは魔王本人が部屋に入らずとも、勇者が魔剣を扉にさせば再封印完了となる為、
普段あちこちふらふらしていた魔王も、魔王城に帰らずを得ない。
知らないうちに勇者が魔剣を差し込めば封じられてしまうからだ。
しかし、その便利な封印装置も、
魔王の魔力が居なくなった今、血の生贄を求める大量殺人兵器に近い。
魔王を封じるか、
付近の住民たちの魔力を吸い上げるかという細かい設定が出来ていないのか
あるいは作った相手がよほど悪趣味だったのか。
半永久的に動く封印装置の動力を求める力は強い。
『魔王』がいなくなったと感知すれば、辺り一帯の魔力を吸いつくし
『魔王』として封じるだろう。
人類の希望は欠陥品だったのだ。
人も魔物も好きであるお人好しの魔王。
腹心たちがそのことを言わなかったのは、人の話を聞かない魔王だったからか
それともこうなる予見があったのか。
腹心たちの前にいる黒髪の青年と、
金髪の勇者は情けない顏と険しい顏でお似合いだった。
師団長はニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、
「死滅しやがれクソどもが」
精々お幸せになと言うつもりの口で、喧嘩を売る。
もう迷惑上司に血管をブチブチ切る心配をしなくて済むと思えば安いものだ。
元魔王が笑い、その笑みに青の副将が困った顔をする。
「魔王様、あまりご無理はなさらないように。
勇者殿とのあれこれは一日一回程度に留めないと、勇者殿が壊れてしまいますからね」
「何ナチュラルにセクハラしてんだてめぇはッ」
真っ赤になった勇者を目の端に入れながら、パカーンと同僚の青髪を叩く。
痛いですよとちっとも痛くなさそうな青の副長にため息をつき、
魔王が封じられていた扉を開く。
扉は右を赤の師団長。左を青の副長が押さねば開かないほど大きい。
一歩踏み出す前に、
背後の彼らを記憶に刻みつける。
満足そうな笑顔の元魔王。じっと見つめたままの勇者。
それぞれ思う所のあるであろう勇者のパーティ。
ま、結構楽しめたから良いか。
どこぞの呑気魔王のような言い分を考えて、赤の師団長は眠りにつく。
その笑みにつられるように隣の青の副長も笑った。
こうして魔王は勇者によって封じられ、世界は平和になった。
勇者は褒め称えられ、各地で伝承が伝えられている。
金の髪の勇者の銅像も建てられ、町は祭りの雰囲気に沸く。
だが、恐ろしい魔王は、500年の後に必ず復活するのだと人々は教訓を忘れない。
勇者一行の一人は、人としては長い人生の中、封印に関する知識を追い求めた。
500年に一度の魔王降臨を止める為、奔走したであろう彼を
人々は彼の髪の色から黒の魔導騎士と呼び、その方法をつきとめたとも
突き止めることなく力尽きたとも記されている。
END