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――凄く、凄いです。
そんな日本語的におかしな言葉を漏らしてしまう程に、私は驚いた。
艦から降りた私の目に飛び込んで来たのは、まさに未来都市! といった感じの街。
元々、地球でも田舎に部類する場所に私はいたのだ。全ての分野で最先端を行くこの学園、この巨大な街で目にする物全てが珍しく、気持ちをワクワクさせた。
ええ、艦の中での不安など完全に忘れましたよ。
見た事が無い乗り物に、これほど高い建物も見るのも初めてです。こんなに沢山の人達を見るのも。
「わぁ……」
目が回りそう。キョロキョロと辺りを見渡し、視線を両手に広げたパンフレットと景色との間を何度も往復させた。
なんだか、遊園地に来たみたいな気分。
「だらし無く口を開けて、田舎者丸出しですわね」
ホワホワとした高揚感に包まれていた私は、不意に後ろから声をかけられた。
「へ?」
私? と思い振り向くと、そこにはスラリとした金髪の美少女が立っていた。
「まったく。あなたも今期の入学者でしょう? 道の真ん中で立ち止まってキョロキョロと、今からそんな事では先が思いやられますわね」
金髪の美少女は長い髪を揺らし、少し釣り上がった強気そうな瞳で腕を組み、ため息と一緒にそう吐き出した。
――綺麗な人だなぁ
女の私から見てもそう思う。白いワンピースを上手く着こなした姿は、お人形さんみたいで。スラリと伸びた手足も艶やかだ。厭味を言われているのに、全然気にならない。
あれ?
――あなたも?
「あの……」
「なんですの?」
あ、なんか不機嫌そう。ちょっと怯んだ。けど聞かなきゃ。
「今期の入学者の方、ですか?」
「馬鹿」
間髪入れずにそう言われ。流石に耳を疑った。
「え? ば――」
「馬鹿ですのあなた? 事前にバッジを貰ったでしょう! その胸に付けている青いバッジですわ! わたくしも胸につけているこのバッジ! 何の為に付いていると? そのような馬鹿な質問はおやめなさい!」
何か言おうとした私を遮り、ずずずいと詰め寄ってきた金髪美少女は、私の胸を指差しながら一気に捲し立ててきた。背も私より大きいから覆いかぶさるような形になり、威圧感が凄い。恐い。怖い。の三拍子です。
「す、すみません」
思わず謝った。言い負かされたと言うよりは、その剣幕、勢いに負けた。
「わかれば、よろしいですわ」
フンスと満足気に頷くと金髪の美少女は思い出したように尋ねてきた。
「あなた、お名前は?」
「と……遠崎ひかるですぅ!」
情けない程に声が裏返ってしまった。だって、ここでモタモタしてたらまた怒られるかと思ったから。
「遠崎さん」
「はいっ!」
ビクッと反射で返事。一瞬、また怒涛の口撃が始まるかと思ったのだ。
けど。
「わたくしの名前は、桐宮玲菜ですわ。あなたもこのノアガーデンに入学した以上、もう少し自覚を持つ事。お分かりになりまして?」
「は、はひ! えと、キリミヤ、さん?」
もう怒ってない?
上目づかいに、顔色を伺ってみる。
「ええ。では、失礼しますわ」
言うだけ言うと、颯爽と彼女――桐宮玲菜さんは去っていった。
彼女の後ろ姿が見えなくなった頃。
「ぷは~~」
ようやく解放。
息が詰まるかと思った。ああ、呼吸が出来るってこんなに幸せな事だったんだ。
おばあちゃん。今私は、普段何気なくしている小さな事の大切を知りました。
それにしても、たいへ――
「大変だったね~♪ あんな恐い人もいるんだね。うんうん」
右隣から声、そうそう同感です。
「そうですよね。どうしよう、他の人達もあんな感じだったら」
「大丈夫大丈夫♪ 恐い人もいれば、きっといい人もいるよん」
「ですよね」
「そうそう。前向きが1番だよ、ひかるっち♪」
「あははは♪」
と明るい笑い声。
「あははは……」
と私もつられて笑い――
って――誰?
ガバっと右へと振り向いた。
――触覚?
振り向いた私の目に先ず飛び込んできたのは、ピロリと伸びた一本の触覚……ではなく。
「ひかるっち、下だよ下!」
キャピっとしたその声に導かれるまま視線を下へと移すと。
「ヤッホー」
と叫ぶ、触覚みたいな髪を伸ばした少女がいました。
「ええっ?!」
ズザっと後ずさる。ギャグじゃないよ。いや、あまりにも距離が近くてびっくりしちゃったからです。不可抗力。
「うお! 急にどうしたのひかるっち?」
「え、え? いや、あの」
落ち着け私、目を閉じて大きく深呼吸。
……よし。改めて相手をよく見る。
――愛い(うい)です。
私の素直な感想だった。背は私よりも頭半分程小さく、黒のブーツに、上も黒を基調としたワンピースっぽい服をきているのだけど、これが変わっていた。背中には天使の羽のような飾りが付いていて、服装全体で見れば魔女っ娘。たが天使の羽が生えてるという一見ミスマッチとも取れる服装。でもでも、この子の幼い顔立ちによってそれらは見事な調和を果たし。水色がかった髪にはカチューシャが付けられ、そこから、最初に私が見た触覚のような髪がピロリと飛び出していた。
「愛いです……」
思わず口に出していた。
先程の桐宮さんが綺麗寄りな可愛いさだとしたら、この子はあれです。プリティ的な、フワキャピファンシー小動物みたいな可愛いさ?
「どしたのひかるっち?」
ハッ?
妄想ブースト全開だった私は、その一言で再び現実へと戻れた。
「えと、どちら様……ですか」
私がそう尋ねると「待ってました!」と言わんばかりの――。
「待ってました!」
……訂正。私がそう尋ねると「待ってました!」と叫び。彼女は続けた。
「ボクの名前は風見舞花。 ひかるっちと同じで、今期の入学者だよ」
ニパっと笑った笑顔が眩しいです。
「カザミさん?」
「同じ一期生なんだからさ、もっと砕けた呼び方にしてよ」
「え~と、マイカ、さん?」
「もう一声!」
……値切りじゃないんだから。
「舞花、ちゃん?」
「うん、オッケー!」
親指を立て、満面の笑みを浮かべた舞花ちゃんは朗らかに言った。
その後、舞花ちゃんの案内もあり無事にノアガーデンへとたどり着くことができた。