プロローグ
簡易ロック状態で放たれたミサイルは目標に全て躱され、爆発の煌めきだけを黒一色の世界に残した。
――左肩部二式ミサイル残弾0、パージ。
左肩部にボルトで繋がれていたミサイルポッドが宇宙の闇へと溶けていく。使い切った武装は基本的にはできるだけパージするべき、という教官の教えを忠実に守った選択だった。
――もう戦闘が開始されてどれくらいたったのかな
実際は分かってた、まだ五分も経っていない。にも関わらず、私の限界は近かった。肉体的にも、精神的にも、だ。
疲労で朦朧とする意識を、けたたましく鳴るアラート音が無理矢理に覚醒させる。
目標から放たれた追尾式フォトン粒子弾が高速で接近。その数、四。
目前のパネルに表示される軌道、着弾、被害予測を見るまでもなく、それが私の乗る機体に多大なダメージを与えるということは容易に想像できた。
「うぅ……」
――回避行動をとらなきゃ
うめくような声を出しながら、左右それぞれの手に握っているレバーを目一杯引き、フットペダルを足がつりそうになる程力を込めて踏み込んだ。
機体を半身に制御、円を描くように後方へ向け緊急回避。急激な加速によるGで、私はまた意識を失いそうになった。
数秒後、微かな衝撃と震動が体に伝わってくる。幸い、機体の外装を軽く掠った程度で今の攻撃を凌ぐことができた。
緩やかにスピードを落とし、機体を安定させる。
大きく息を吐いた。パイロットスーツの下に着ているインナーも、はいている下着も髪も、汗でべっとりと張り付き気持ちが悪い。
荒い呼吸を少しでも落ち着けようと深呼吸した。瞬間。
「お馬鹿! 後ろですわよ!」
ヘルメットに搭載されたスピーカーから怒号が聞こえたのとアラートが鳴ったのはほぼ同時で。
――回避、間に合わない……!
そう思った瞬間に被弾。
後ろから突き上げるような衝撃が襲ってきた。
「ぐぅ」
ガクガクとコクピットが揺れ、警告を伝えるアラート音がコクピット内に響く。まだ揺れる視界の中、私はすぐに被害状況を確認するため、パネルへと視線を移した。だけど。
――背部スラスター二基稼働率0%――大破
――外装第三装甲板まで破損
――エーテル機関出力39%低下――エーテル伝動率には問題無し
「どうしよう……」
表示された機体の数値、各部が危険域を示す真っ赤に染まったパネルを見て、一瞬、ほんの一瞬だけど私は思考を停止させてしまった。プチパニック。
その時の“どうしよう ”は可能性の模索や状況の整理、判断の為の物じゃなくてただ単に、何も分からない、考える事を放棄した逃げの言葉。後でそう言われた。反省、してます。
「駄目だよひかるっち! エーテル感応値を下げちゃ!」
通信回線を通して聞こえた先程とは違う声での叫び。
ハッとした時には目前に目標。機体の頭部に付けられたメインカメラが映し出すのは、六本足の昆虫を連想させるフォルムをした敵。ギョロリとした、赤い目玉のような部分と目が合い、私は息を呑んだ。
敵が前足を振り上げる。高濃度のフォトンが凝縮されたそれは、私が乗る機体を頑丈なコクピットごと真っ二つに切り裂くはずだ。熱したナイフでバターを切るように、いともたやすく。
足が振り下ろされた。
私は目を閉じた。
それで。
終わり。