レッドブック
親父がぎっくり腰でサンタクロースを引退した。
急なことだったので代わりのサンタが手配できず、見習いの俺に代役を依頼してきた。
資格試験にはまだ合格していないが、親父の手伝いで要領はわかっている。サンタ協会もそれを承知の上での判断だろう。本来は資格がなければプレゼントを配れないのだ。
この時期になるとニュースに取り上げられる伊達某は、実はサンタOBが自費でランドセルを配っているという話だ。引退してからもプレゼント配りをやめられないのは職業病だろうか。
「こいつを託す」
親父から古びた手帳を渡された。サンタである親父が担当していたエリアの人たちの名前と今年プレゼントする予定の品物が書かれていた。
俺はさっそく準備を始めた。腰を痛めた親父はソファの上からサポートする。
「これ、ただの携帯だぜ。スマホにしておけばいいんじゃないか?」
「その子は単身赴任のお父さんと話がしたいだけで、ごちゃごちゃした機能はいらないんだよ」
親父はしみじみと語る。親父の携帯も年季が入っていた。プレゼントはサンタの個性が出るものなのだ。
「これは?」
丁寧に封をされた手紙の裏に親父のサインがあった。
「そいつは謝罪の手紙だ。わしらにもプレゼントできないものがあるからな」
「プレゼントできないもの?」
手紙は何通も用意されていた。子供宛てが多い。
「ここらはまだ少ないほうだ。東北はもっと多い」
親父は長い溜め息をついた。
俺は胸の奥が苦しくなった。子供たちが望むプレゼントはお金で買えないものだった。
「少し休憩したらどう?」
お袋が心配して様子を見に来た。
「あとは俺がやるから、親父たちはもう休みなよ」
沈んだ様子の親父に肩を貸して寝室まで付き添った。
床についた親父とお袋の迷惑にならないよう、灯りを小さくして手帳を開いた。
「この人は小説か」
初回限定だというホラー小説は赤い表紙がおどろおどろしかった。
「この子は星が好きなんだな」
月のクレーターや土星の輪っかが見たいらしい。天体望遠鏡のレンズに傷がないことを確認した。
「お」
手帳に近所の少年の名があった。希望のプレゼントに斜線が引かれ、親父の字で辞典と訂正されていた。
「思春期だものな」
親父の意向に逆らうことになるが、俺は消されていたプレゼントを用意した。ちょっとした親切心だ。
いろいろな願いを通して彼らのことを身近に感じた。プレゼントを開けたときの顔を想像するとにやにや笑いがとまらない。
「不思議だ」
プレゼントをもらうのは楽しいイベントだ。
それ以上に、プレゼントを贈ることが心を躍らせた。
夜半過ぎにようやくプレゼントを配り終えることができた。
家の裏庭に帰り着くと、とうとう雪がちらつき始めた。トナカイたちをソリから解放して寒空の旅をねぎらい、自分の部屋に戻った。親父たちは先に休んでもらっている。灯りをつけずに赤いコートを脱いだ。小さな雪の粒が水玉に変わる。
「ああ、疲れた」
ベッドに横になったらどっと疲れが出てきた。
すぐに眠気が襲ってきた。
小さな震えで目を覚ました。
「やべ、寝過ごすとこだった」
俺はスマホのアラームを止め、再びコートを羽織る。サンタクロースの仕事を再開する。まだ配っていないプレゼントがあるのだ。
両親へのプレゼントだ。
サンタだった親父は今まで贈るほうだったが、今年からはもらう側になってもらう。
俺は両親の寝室に忍びより、枕元に温泉旅行の目録を置いた。今までご苦労様と心の中で呟いた。
帰る間際、ドアノブにかかった靴下に気づいた。サンタを引退した途端、プレゼントを要求する親父の行動に苦笑いが浮かんだ。
靴下の中身を覗くと赤い本と紙片が入っていた。
「!」
俺は悲鳴を上げそうになって、あわてて老夫婦の部屋を後にした。
「まいったな」
親父たちの願いが何かわかって俺は冷や汗が出た。紙片には「息子のサンタクロース試験合格」と書かれていた。本はサンタクロース試験の赤本だ。付箋がたくさん貼ってある。
「追い込まれた」
俺は頭を抱えた。来年の試験に落ちるわけにはいかなくなった。
翌日。
少年にエッチな本をプレゼントしたことがばれて親父にこっぴどく怒られた。