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透明な傷

作者: 山路 蓮
掲載日:2026/10/14

  透明な傷           

 起

______人が殆ど訪れない島民四百人が住む、沖縄県南方に存在する別離島。別離島とは本来の名前ではなく、本当は恩壽島が正式名なのだが、年々島を去る人が多くなって、そう呼ばれるようになってしまった。

 それはいいとして、わざわざその島の住民となった私、久間光(きゅうまひかり)二十七歳は大の人嫌いだ。かと言って人間を憎んでいる訳ではない。

 そんな私には、他言出来ない特異な才能があった。自分でもその理由は分からない。分からないものは仕方がない。

 話を十年前に戻そうか。


 十九歳になった私は、大学の医学部に席を置いてはいるが、決して裕福ではなく、生い立ちは最悪だった。その私は孤児の身だからだ。

 高校まで、施設の両親の負担になってはいけないと、昼間はバイトをし、借金をこさえてまで医大に入学を果たした。それなのに学生生活は、残念ながら人間関係がうまくいかなかった。


 その理由は、私が容姿容貌に恵まれた事と、成績ばかりか女学生の目をひく私に対するやっかみが、日増しに酷くなっていったのがその原因だ。

 非凡な医学の才能は、既に教授レベルを超えていたが、それを自慢などしていなかったのも、嫌味な奴と思われてしまった要因だった。

 成績が秀才を超えたそれ以上の私は、返済なしの奨学金制度に助けられて無事、卒業を果たす事が出来た。思えば研修医の二年間も酷いものだった。

「才能は伸ばし、世の役に立てるべきなのに、妬みとはおかしな話だと思わないか?」

 

 更に、外科部長の診断ミスを指摘し、それが正しかった事が分かると、益々私への風当たりが強くなったのだ。

私はそれ以降、余計な事を言わないように努めたが、私の不満は徐々に蓄積していった。

 極度の人嫌いになった二十六歳の私は、ストレスを感じないだろう無医村か離島への派遣を希望した。

 無医村や離島の医師を希望する者は稀有。私の希望は即採用された。

「厄介払いが出来て丁度いい」外科部長はそう思いほくそ笑んだ。

______別離島の生活は......粗末な建物の上に、医療機器が圧倒的に不足していて、あるのは体重計、身長測定器、血圧計、診察ベッド、点滴用器具程度の酷いもので、自動体外式除細動器(AED)すら無いのだ。

 では、病気になったらどうしたのかと言うと、島に住んでいる一人の加持祈祷師の老婆の元へと向かうらしい。


「本当に呆れてしまいますよね」

「呆れるってものじゃない」

 そう愚痴るのは、このボロ診療所で、今まで看護師として勤務していた新垣芽生さんで、一応、役場の職員だ。

 南国らしく肌は日焼けしていて、琉球人らしくとても明るい性格の持ち主だった。笑うと白い八重歯が似合っていた。

「ただし、強情な奴だ」


 看護師が一人でボロ診療所と言えば、あのテレビドラマの設定を彷彿させるが、医師のいない離島ならよくあるケースだ。むしろ看護師が一人でも存在するだけでも、奇跡と言っていいだろう。

 新垣芽生さんは看護師の資格を取ると、すぐ島に戻って来たと言う。年齢は二十二歳と若い。

 それでも看護師の資格だけでは適格な治療は出来ない。こんな設備では当然と言える。

 加持祈祷のせいで重体に陥った島民は、大病院に搬送するのに時間がかかり過ぎた。それで命を落とす事など、この島では珍しくもない日常なのだ。


 そこへ人嫌いの私が赴任したわけだ。

「それでも祈祷師は逮捕されないのか?」

「えーと、信心して出向く訳ですから責任となると。キリスト教でも、輸血を拒否する信者もいると訊いています」

「なんだそれは。祈祷師は金も取るんだろうが」

「ですから、こんな島では古い習慣を捨てきれないんです」

「馬鹿な! 命を利用した詐欺だろ」

「でも、どうしようもないんです!」


 これくらいのジャブの応酬なら、軽い方だ。

 ぶっきら棒な物言いの私と、新垣芽生さんと意見の衝突が毎度、日常茶飯事のように起きていた。

 それでも私の診察は適格で、老化と新生児以外の病気なら、原因と治療法が分かるのだ。

 これが私の説明のつかない能力の一つ。私はその能力を「スキャン」と呼んだ。

 島での私の評判は、長身でイケメンだけどぶっきら棒。でも診察は丁寧で薬は出さない。出してもせいぜい湿布薬くらいだ。勿論、診療所にある薬は碌なものがなかった。治療は私のもう一つの能力によるものだ。

 お陰で診察代は安くて助かると、まずまずの評価を得る事が出来た。


 そんなこんなで用もない、暇を持て余したお年寄りたちが、待合室に毎日集まって来るようになった。

 コーヒーメーカー、お茶、茶菓子を持ち込んで、まるで喫茶店のようになってしまったのだ。

「先生、この診療所、何て呼ばれているか知ってます?」

「さぁ? お化け屋敷診療所とか?」

「違いますよ、喫茶、久間です!」

「ほう、いいんじゃないか? 娯楽もない島の事だし」

「先生!真面目に訊いてください!」

 それはそれで結構な事だけれど、中には私目当てに来る、病気でもない老婆と、中年のおばちゃんのなんと多い事か。


「あぁ、久間光先生に、手を握られただけで......私、昇天しそう」

「真知子さん、病気じゃないなら、もう来ないでください。昇天しそうになってから来てくださいね」

「酷い!芽生ちゃん、先生は島のアイドルスターなんだから」

「違います、偏屈なただの医者です!」

「おい」

 新垣さんの文句など、通じる訳がなかった。

「全然大丈夫ですよ、お大事に」

喫茶 久間から他愛のない話が訊ける。待合室と診察室は、白いカーテンで仕切られているだけだからだ。

「祈祷師の念仏ばあちゃんとこのヤギが、よく脱走するんだって」

「夕方には戻るらしいけどね、どこへ行くんだか」

 ヤギの乳は栄養がある。島民の多くも牛は飼っているので、別段珍しい話ではない。漁業と農業、傍らで乳牛を飼うのは、離島ならではの自給自足の生活防衛なのだ。


 なんでもない賑やかな会話は、嫌われているよりはマシで、こんな事でも何となく私が忘れていた笑顔にさせてくれた。

 けれど仮病だろうと、診察代はしっかり取らさせて貰う。

 しかし診察よりも娘を紹介するとか、そんな話ばかりが多くなっていった。まぁ私は結婚など、するつもりは毛頭ないのだが。

「都会で医師をするより、ここはいい」

「でも先生って聴診器を当てて、指圧をするだけですよね」

「それ気になる?」

「そりゃなりますよ」

 本当は聴診器は必要なかったが、医者らしいポーズをしていただけなのだ。


 私のもう一つの秘密。病気の原因を「スキャン」で確認し、指圧で人体の免疫反応を促進する能力だ。人体には病気に対抗する免疫能力があるにも関わらず、それを活発にさせる術が未熟だと言っていい。

 免疫療法と言う分野があっても、私にはまだ初歩の研究段階にしか見えなかった。


 現代医学では、治療の殆どをオペと新薬に頼っていて、免疫がどれほど素晴らしい事かを重視されていないのだ。

ただ、免疫力が最高にある筈の新生児は、私の指圧を施す事が出来ない。体が小さすぎてツボを刺激出来ないのだ。高齢者にしても、一時しのぎにはなるが寿命には勝てない。

 従って、私の指圧療法「活性」は、二十歳から六十歳くらいまでなら効果があった。


 私はただ一つだけ失敗した事があった。

「それは先生のせいじゃありませんよ」

「私は新生児を助けられなかった」

「抗生剤が無かったんです。だから先生の失敗じゃないんです」

 私の能力「活性」は、高熱を出した新生児には施術が出来ないのだ。

 抗生剤も底をついて、Dr.ヘリを要請するしかなかったが、別離島から本土までは時間がかかり過ぎた。Dr.ヘリが到着した時点で、新生児は息を引き取っていた。

 私の医療ミスではないとは言って貰えたけれど、むしろよくやっていると感謝された。

 新生児を生んだ若夫婦も、島がこんなんだからと、泣きながら理解をしてくれた。

 私には能力が二つある。しかし万能の神ではないのだ。


 承

 半年で、離島の若き名医なんて言われるようになり、私の評判が上った頃、一人で崖から蒼い海を眺めていた時だった。

「流石に島から見る景色は......」

 ドン

 私は断崖絶壁から、何者かに背後から突き落とされて死んだ。

 いくらぶっきら棒な私でも、島民から恨みをかっていたなど、思いもしなかった。いや、島民ではなかったのかもしれない。

 

 暗黒が五感を奪い、意識を失ってからどれほど時間が経過したのだろうか。私はようやく目が覚めた。

 私はどこかも分からない場所で泣いていた。

 記憶を取り戻したのは一歳になった時で、私は、施設の玄関に捨てられていたと知った。


 その事実は、自分の小さな手足を見れば理解出来た。

「私は転生したのか?」

「前世でも私は孤児で、今回も孤児で転生とは、どうなっているんだ?」

 しかし、前世で別離島で医者だった事、人嫌いだった事を完全に思い出し、それに人を見れば患部が分かる能力「スキャン」も確認出来た。

 そんな私の名前は、宗田春らしい。


 テレビで現在が2015年4月だと分かった。

「私が別離島で医師をしていたのは2014年。崖から突き落とされたのは4月。死んで一年後に転生した事になる。それにしても、いったい誰が私を」

 一歳の幼児が、前世の記憶を持っているなどと、テレビで騒がれるのは御免だ。

 相変わらず私の人嫌いは健在だった。

 新垣さんは、あれからどうしているんだろう。それが一つ気がかりだった。


 ところでこの施設の位置は、沖縄南方とは真逆の北海道、根室だった。幼児では苦痛に感じても、暫くは年相応の生活をし、ここでも私は高校までバイト生活をした。まるで前世をトレースしているような感覚だ。

 それにまたイケメンとくれば、私は何の為に人生を繰り返しているのだろうと思えてならない。

 違う事と言えば、私は医大を受験せず、バイトを二十歳まで続け、バイト代の半分近くを施設に寄付していた事だ。

そして成人を迎えれば、世話になった施設から巣立つ事になる。

 施設を卒業するまで私には、ずっと考えていた事があった。


 根室の海岸で、ホームレス生活をする事だ。

「施設の両親にはその理由を、ちょっと一人になりたくてと誤魔化したけれど、両親がとても納得出来る理由ではなかった。

「人生を捨ててどうする」かなり怒られた。

 成人した私だから、決めた事を止めろとは言わなくなった。


 貯めた貯金でホームレス生活に必要な物を買い、後は所有者に無断で畑を耕して、のんびり自給自足生活を送る事だ。

 当然、収入はゼロになるのだが、そんな事はおいおい考えればいいと考えていた。

 何故、施設の両親にも言えない、そんな考えになったかと言えば、前世の大学と研修医時代に理不尽な嫉妬と虐めを受け、更に別離島で殺されたからだ。

「私が人里離れた場所で生きるなら、妬みも殺される事もないだろう。施設の両親が言う通り、世捨て人には変わりがないか」


 私の貯金は五十万円あった。

 買い出しの足として原付スーパーカブ、キャンプ用テント、鍋、キャンプ用バーナー、寝袋を買った。細かな必要な物は中古と百均で揃えた。カブの住所と名義は施設長にしてある。迷惑はきっとかからないだろう。


______2026年4月1日。

 残金二十万円で、私のホームレス生活は始まった。これは私の名目上の誕生日であって、本当の誕生日がいつか分かる筈がない。

 海が目の前に広がる海岸にテントを張った。

流れつく青さを拾い、海水でそのまま煮る。食料品はどうしても買い出しに出かける必要があるが、買うのは水ともやし、あれば無料のパンの耳と節約に徹した。

 海が目の前ならと釣り竿も買い、暇な時は糸を飛ばした。

 当然、医師の記憶がある私なら、このままでは栄養失調になる事は十分に分かってはいたが、それでも私は、まだ生き続けている。

 こんな生活でも、餓死はなかなか出来ないものだ。私には生きると言う気持ちが、体を支配しているからだ。

「今はまだいいけれど、根室の厳しい冬が越せるだろうか。テント生活では凍死するかもしれない」

 そんな不安を抱えながら、ホームセンターで買ったジャガイモ苗、サツマイモ苗を買って、不法に耕した畑に植えておいた。

イモは、植えるだけで収穫が見込める。ジャガイモなら夏、サツマイモなら十月末には収穫が出来るだろう。それを保存して食いつなぐ漠然とした計画だ。

 このあたりの知識は、前世で島のお年寄りが畑を耕している姿から得たもので、季節になれば、採れた野菜を持参してくれたお陰でもあった。


 2026年5月______早くも貯金は十五万円に減った。

 買った釣り竿で、イワシか何か分からない魚を釣って、青さと一緒に塩茹でして食べた。

 まだ気候は涼しく、九月になれば寒くなるだろう。


 2026年6月______貯金は十四万円になった。

「年を越せるだろうか」そんな不安が頭を過った。


 2026年7月______貯金は十三万円に減った。

「水と食料、消耗品。いくら節約しても......あと単純に一年しかない」


 2026年8月______貯金は十二万円になった。

「順調と言えばそうなんだが」


2026年11月______貯金は大きく減り七万円に激減したのだ。

 何故なら、越冬用の七輪と練炭を買ったからだ。練炭は結構高い。着火すれば、一個で十二時間くらいは持つけれど単価が高かった。残りの七万円など、すぐに消えてしまうだろう。


 転

 寒風がテントをバタバタと揺らす季節の到来だ。これが十二月から二月まで続くのだろう。

「私は果たして生きていけるのだろうか」

 自分でホームレス生活を選んだ癖に、なんと弱気な事か。

 そんな思いで、黒い海をぼんやりと眺めていた時、私の視界に波に黒い人影を捉えた。

「こんな寒い時期に、海水浴か昆布採りか?いや違う、溺れているんだ」

 私はすぐ救助に向かい、引き上げた海岸で人工呼吸と心臓マッサージを施した。そして私のスキル「スキャン」で、この若い女性は助かると分かった。

「これならいける」

 私はスキル「活性」で、女性の生命力を底上げしながら、マウストゥマウスまで施した。

 ふは けほ けほ

 海水を吐いた。

「よし、もう大丈夫」私は女性が持っていた携帯で、救急を呼んだ。

 事情を一番知る私も救急車に同乗して、病院まで同行した。

 若い女性は私の「スキャン」で見た通り、無事回復の傾向にあった。

 しかし話はいろいろ訊かれた。

「あなたが応急処置を?」

「はい、テレビドラマで見たんです」

「風呂に入っていない私を、担当した医師が臭そうな顔でそう言った」


 問題はここからどうやって帰るかだ。病院からタクシーでテントまで帰ろうにも、私は金を持っていないのだ。

 「人助けはしたけれど、お金はやはり無敵だ。歩いて帰るには遠すぎるし」

 どうしたものかと、待合室で溜息をついていた時。

 私の救助する姿を、偶然、通りかかった車から見ていた人がいたらしい。

 待合室でぐったりと途方に暮れていた私に、四十歳くらいの女性が、声をかけて来たのだ。

「きみ、さっきの手際は凄かったよ。さぞ名のある医者なの? 私は、偶然だけど見ていたの。きみが気になって、救急車を車で追ってしまったわ」

 真剣な眼差しと声、浅黒い肌が......。

「ちょっと待てよ......この目は、あり得ない。絶対に有りえない」

 目をこれでもかと言うほど見開いていたと思う。

 私に声をかけてきたのは、想像すらしなかった......新垣さんだったのだ。

「いえ、普通のホームレスですよ。テントまで帰れなくて困っているんです。暇なら車で送って貰えませんかね」

「まぁ暇しているのは間違いないけど、いいわよ。私もきみに訊きたい事があるから」


 帰りのレンタカーの車中で、私が宗田春である事と、世捨て人となってホームレス生活を始めた事を話した。

「へぇ、その若さで? 私は気晴らしに根室まで来たんだ。島の生活ばかりでは、ちょっとね。これでも一応、看護師なんよ」


 それは知っている。私が死んだ二十年前からずっと、島の医療を一人で支えて来たのだろう。

 私がそう思った通り、別離島に派遣されて来た医師は、ものの三か月で離れていったという。金と診療所の設備が最悪だからだ。

「こんな所で、まともな治療が出来る訳がない。そう言って辞めていったわ。あぁ、久間先生が居てくれたら。あの先生は本当に変人だったけれど、凄い技術で薬も使わずに治療したのよ。欲のない先生だった。だけど偏屈すぎたけれどね」

 あはは

『言い過ぎだろ』

 新垣さんの目には涙があった。

『喧嘩ばかりしていたけれど、私の死を悲しんでくれたのか。救われた気がするな』


 私の身の上を知り、あの応急処置を見たからだろう。私が「スキャン」と「活性」を使った事までは分からない筈だ。

「ねぇ春君、良かったら、私の別離島に来ない? 私の助手をして欲しいんだ」

 島の診療所で、医療行為の出来ない私を、どう使うのだろうか。指圧は准医療行為で免許が必要になる。

「役場に掛け合って手当も出るようにするし、診療所で暮らせばいいし、どう?」

 事情は切羽詰まっているようだ、医師不在なら当然、そんな状況に陥るのは想像しなくても分かる事だ。


 二十数年ぶりに、島に赴くのも悪くはないと思った。

懐かしい島民の人たちが、今はどうしているのか。友人など作らなかった私の思い出は、あの別離島にしか無いのだから。

 私はスーパーカブだけは残して、全ての物を処分した。

診療所には自転車だけしかないのは、分かっていたからだ。

島まではフェリーを乗り継いで、やっと別離島に着いたのは三日後だった。

「診療所の方は大丈夫なんですか?」

恐らく新垣さんは、一週間は休んでいる筈だ。

「私だって人間なのよ。前もって暫く休むって告知しておいたし、喫茶 久間に来る人たちは、皆元気そうだったし」

 それでも私を頼ったところを見ると、休暇を取っても島の事から頭が離れてはいなかったのだろう。

 新垣さんは、そんな人だった。


 診療所は二十年前と何も変わっていなかった。

増えた機器は自動体外式除細動器(AED)が一台。診療所の空き地が整備されて、石灰でHマークがあった。緊急ヘリポートだが、雨に降られれば消える。Dr.ヘリが必要な時にまた石灰をひくのだと言う。

それでも私の一件があってから、抗生剤は切らさないようにしたのは、新垣さんと役場の骨折りがあったからだろう。


 ところでに十年以上も時が経てば、見知ったおばあちゃん、おじいちゃんの姿がなかった。世代交代して若い世代が中高年に変わっているのだ。

 新生児を死なせてしまったあの両親も、今は子供が三人いるらしい。懐かしさと後悔が押し寄せて来て胸が熱くなった。


 私の役割は、二十年前と逆転して新垣さんの助手だ。

でも待合室でこっそり「スキャン」をし、肩もみとか言って、指圧を施した。

「あれ? なんだか痛いところが?」

待合室は、そんな不思議な出来事が多発して、新垣さんの負担が減ったのだった。

「ちょっと春君、あなた、何かした?」

「いえ、肩を揉んであげたくらいですよ」

 うーん?

 私が前世で久間光である事を話すなど、そんなつもりは毛頭ない。

 それにここで必要な看護師、針灸免許を取得するつもりはないのだ。

かつて医師だった久間光は死んだ。私は新しい人生を歩んでいる。それでいい。


 真相

 結局、私は誰に殺されたのか。またこの島に戻って一年、何も手掛かりはなかった。

 此のところ私は、自分が突き落とされた崖に来るのが日課になっていた。

「もうあれから二十三年、証拠など何もない。新垣さんも四十四歳を過ぎている」

 私が、犯人捜しを続ける意味があるのだろうかと、諦めに似た気持ちになっていたのは事実だ。

 昼休みが終わって、診療所に戻ってもそんな顔の私は、新垣さんにはすぐばれてしまうのだ。

「私はね、絶対に諦めないから」

「しかしですね」

「しかしも案山子(かかし)もないの!」

 新垣さんがどうしてそこまでするのか。その理由は知っているけれど、完全に婚期を逃していた。

新垣さんは、久間光に好意があったと話してくれたのだ。

『喧嘩ばかりしていたし、頑固なところは変わっていないな』

 ふふ

「春君、何がおかしいのよ!」


 2028年4月1日

 私は昼食を済ませた後、またこの崖に立っていた。

崖には「敬愛する久間先生 ここに眠る」と書かれた墓碑の横だ。

 この墓碑を見る度に、私はここにいるのにと妙な気分にさせられる。

 あれから私は思い出した事が一つあった。

それは匂いだった。なんの匂いだかは分からない。草の匂いだったのか、もう思い出す事は出来ない。


 私は前世でしたように、崖の下を覗き込んだ。

そして振り返ると、顎に髭をはやしたそれが、私を突き落とそうと突進して来た。体制を戻す事はもう出来なかった。

 あぁ!

 私は前世のように、また落ちて行った。

 海に落ちて行く私を、そいつはずっと見降ろしていた。

「お前、横長のスリット状瞳孔か。そうか、そこに生えている草はお前のもので、縄張りを主張しただけだったのか」

 落ちて行くのに時間が止まったように感じた。

 私は常に嫉妬に晒されて来た。それが人間嫌いになった原因だった。私を突き落とした犯人は、私に嫉妬した誰かだと思い込んでいたのだ。


「しかし、また転生だけは止めて欲しいものだ」

 私の記憶はそこで途切れた。




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