最優秀主演男優賞受賞前夜
千年に一人の天才俳優の話。
ハシモトカガミは俳優だった。
彼の圧倒的な演技力は千年に一人の逸材だと言われ、遂に日本で最も権威のある映画賞の最優秀主演男優賞にノミネートされた。
前々から関係者やメディアの間では受賞の最有力候補だと言われ、世間も本人もそれに納得していた。
そして授賞式前夜。
ハシモトカガミは家のリビングで、目の前にいる全く同じ顔をした双子の弟と対峙していた。
「今更なんだよ、授賞式は明日だぞ?」
ハシモトカガミは面倒臭そうに答えるが、弟は退かなかった。
「兄さん、もう俺嫌なんだよ。演技しているのは俺なのに、賞を貰うのはいつも兄さんじゃないか。それを毎回惨めにTVで見てる俺の気持ちが分かるのかよ?」
またか、とハシモトカガミはため息をつく。
二人は孤児だ。
しかしその事実も、弟の存在も周りには知られていない。
弟は演技が好きだが、目立つ事が苦手だった。
だから二人で一人の『ハシモトカガミ』として演技は弟、メディアやプロモーション活動、授賞式の担当は兄、とお互いに話し合って役割を決めた筈だ。
いくら弟が目立つ事を嫌うとはいえ、自分の演技力が兄を通してしか評価されない事に徐々に苛立ちを覚えたのだろう。
兄は口が上手く、社交的で場を盛り上げる事に長けていた。
だから共演者も口を揃えて「現場にいた時と全然違う」「ギャップ萌え」だと言い、兄はプライベートでも女優や監督と夜の街へ繰り出し、交友関係を深めていった。
弟だって共演者たちと仲良くしたかった。
しかし好かれるのは兄ばかりだ。
「じゃあ演技もこれからは俺がやるよ。
随分とお前の演技を見て学んだし、周りだって演技しか脳がない陰気なお前よりも、明るくて接しやすい『ハシモトカガミ』の方が好きだろ?
もうお前はここにずっと隠れていれば良いさ。」
兄のとんでもない提案に弟は憤慨した。
「……ふざけんなよ」
二人は取っ組み合いになった。
お互い本気で殴り合い、投げ飛ばし、押し倒す。
そして遂に──
一人が大理石のテーブルへと勢いよく叩きつけられた。
後頭部を打ち付ける酷く鈍い音が響き、そしてそのまま頭から血を流し、動かなくなった。
「おい、……おいっ!冗談だろ!?」
揺さぶっても双子の片割れは、ぴくりとも動かない。
照明に照らされたその虚ろな目には、もう何も映っていなかった。
それを見つめたもう一人の男は小さく呟いた。
「……俺が、『ハシモトカガミ』だ」
***
「それでは映えある最優秀主演男優賞は、──ハシモトカガミさんです!」
司会の女性の高らかな声と大歓声に包まれ、ハシモトカガミはステージの上に堂々と立った。
「この度は本当にありがとうございます」
トロフィーを持ち笑みを浮かべながら話す男。
それは持ち前の社交力で場を切り抜けようとしている兄なのか、それとも演技の天才である弟が兄を演じているのか。
輝かしいスポットライトを浴びる男の後ろには、暗いリビングの床で冷たく横たわるもう一人の男の影が静かに伸びている。
最優秀主演男優賞──その栄冠を勝ち取ったのは、果たしてどちらの『ハシモトカガミ』か。
〈終〉




