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コミックス1巻発売記念SS ~しあわせな誕生日~

4/11(土)コミックス1巻が発売(漫画:栗尾ねも先生)になります!

栗尾ねも先生の美しい絵で、元気いっぱい可愛いアンネリーエと翻弄されるアルノーをお楽しみください。

「本当にそれでいいのか」

「はい! とっても嬉しいです」


 アンネリーエはスカートを膝まで持ち上げて、鏡の前でくるくると回って見せた。鏡に映るその表情は桃色の瞳が見えなくなるほど嬉しそうに微笑んでいる。

 アルノーは額に手をあてて大きなため息をついた。


「はあ。君の考えていることはよくわからないな。いつものことだが」

「そうですか? こういうのが欲しかったので、ちょうど良かったですわ。見てください。ほら、サイズもぴったり」


 アンネリーエはそう言って、右足をアルノーに向けて上げた。


「きれいな色だし、紐がついているから中に水が入ってきにくいんです、――この長靴。今までのはぶかぶかだったので、歩きやすくなりました」


 腕を組んだアルノーが呆れ顔でじろりと長靴を見下ろす。


「何だって誕生日プレゼントに長靴がほしいだなんて」

「大事ですよ、長靴。畑仕事はもちろん、庭の手入れをする時も履きますし。朝は芝生が濡れていますからね」

「待て。畑仕事は聞いているが、庭の手入れもしているのか」

「一部だけですよ。アルノー様があのお花が可愛くて好きだっておっしゃったから、なるべく長く咲かせようと思って」

「かわっ……、そ、そんなこと、私は言っていない!」

「言ってましたよ。遠回しにですけど、そんなニュアンスのことを早口で」

「断じてそのようなことは言っていない! 私は、あの花は何となく君に似ている、と、そんな感じのことを……」


 そこまで言って、アルノーがあわてて振り向いた。そこには三人の侍女たちが静かにたたずんでいた。笑いをこらえながら。

 頬に手をあてたアンネリーエが恥ずかしそうにはにかむ。


「まあ、アルノー様ったら。私のこと可愛くて好きだなんて」

「だから、言ってないと」

「私も聡明で優しいアルノー様のことが大好きですよ」

「君は! 突然、何を言い出すんだ!」


 全く突然ではなかったと思うけど。アンネリーエはそうこたえようとしたが、アルノーが怒りつつも顔を赤くして照れているので口を閉じた。

 あ、手で口を隠してる。喜んでくれてるみたい。アルノー様、可愛い。

 言ったら絶対にもっと怒られてしまうので、アンネリーエはにまにまと笑うだけにしておいた。それが余計に気に障ったらしい。アルノーが眉を吊り上げる。


「ふん、そんな話はどうでもいい。今は君の誕生日プレゼントの話だ。そんなに長靴が好きなら、外出用のレインブーツも買ってやろう」

「いりません。雨の日は極力出かけませんから。それに、長靴が好きなのではないですわ。アルノー様のお好きなものを用意するのために必要だから欲しいのです」

「だ、か、ら! 私のためではなく、自分の欲しいものを言いなさいと言っているんだ」


 手でこめかみを押さえたアルノーがどさりとソファに腰を下ろした。


「世の女性たちは宝石だのドレスだのをねだるというのに。全く、君は、絹糸を作りたいから桑畑がほしいだの、新鮮な牛乳がほしいから牛を飼いたいだのとばかげたことを」

「あら。桑畑と言ったって、ちょっとした小さなものですし、牛乳があればおいしいグラタンが作れますので」

「市販のものは専門家が手塩にかけて作ったものなのだから、彼らの努力のを称えるためにもそれらを使いなさい」

「うーん、そうですかぁ~?」


 アルノー様がそうおっしゃるのなら。もにょもにょと口の中でつぶやきながら、アンネリーエは長靴を脱いで、アルノーの向かいに腰を下ろした。長靴は裸足の両足の横に揃えて置いた。そして、きりっと眉を吊り上げると、責めるような口調でアルノーに詰問した。


「宝石もドレスも使う予定がないのでいりません。それはさておき、アルノー様。女性はそういうのをねだるって、それどこからの情報ですか? まさか実体験……」

「ライナーだ。女性は記念日ではなくても日々そういったものをねだるものだと言っていた」

「それはライナー様の奥様限定のお話では」

「む……、そう……かもしれん」


 そう相槌をうって、アルノーはあごに手を置いて考えこんでしまった。アンネリーエの言葉に少し思うところがあったらしい。そりゃあそうだ、女性は高価なものをねだるものだ、なんて、おおざっぱすぎる。

 アンネリーエは元々、あまり物欲がない。裕福な家の生まれだし、欲しいものを全て与えられるほど甘やかされたわけではいけれど、それなりに家柄に見合った暮らしをさせてもらっていた。だから、アルノーに誕生日プレゼントは何がいいかと聞かれたって、特に何も思いつかなったのだ。背伸びをするような性格でもないので、現状で十分満足できる質なのだ。


「アルノー様のおかげで、普段から満ち足りた生活を送らせていただいておりますわ。これ以上を望んでは、私の手に余る結果になってしまいます。丈夫な長靴、これだけでとっても嬉しいですわ。ありがとうございます、アルノー様」


 アンネリーエがしおらしく頭を下げると、アルノーがばつの悪そうに口を歪める。


「まあ、無理強いするものでもないしな。君が満足したならいいだろう。食べたいものがあるなら料理長に頼むといい。ああ、ケーキは王都の店に注文しておいた。もうすぐ届くだろう」

「ありがとうございます! 楽しみですわ」

「大きめのものを四つほど頼んだ。皆で食べなさい」


 アルノーの言葉に、侍女たちがわあっと声を上げた。


「新品の長靴をいただいたので、雨の日に畑に入る際の心配事がなくなりました。おかげで、心置きなくアルノー様の誕生日の準備に取り掛かれます」

「ほう」

「あっ、内緒にするんだった」


 話のついでにうっかり話してしまったアンネリーエが、口をきゅっと閉じた。一緒に目も。


「そこまで言ったのなら言うべきだろう」

「そうですよね」

「私はサプライズ的なものは好まないと伝えたはずだ」

「そうですよね」


 頬にゆびをあて、アンネリーエは少しだけ言い淀んだものの、すぐに明るく笑った。


「そうですよね、アルノー様の誕生日まで内緒にしておける自信ありませんわ。言っちゃいます」

「そうしてくれ」

「先日、ミヒャエル様が鼻歌を歌っていらして、それをきっかけに思いついたのですけれど。アルノー様のお誕生日のために素敵な音楽を贈ろうと思いまして」


「なるほど」アルノーが満足そうにうなずいた。


「物ではなく、形のないもの。それはなかなか良い発想だと思う」

「だって、アルノー様こそ、欲しいものをおっしゃってくださらないのですもの」


 アルノーの様子に調子づいたアンネリーエが、ポンと手を叩いて微笑む。


「ですから、私はまず指揮の練習をはじめますわね」

「……しき、とは」

「指揮は指揮です」


 アンネリーエは振り上げた両手を三拍子のリズムで大きく動かした。


「は? 指揮者ということか?

「ええ。ある程度の指揮の練習をしましたら、オーケストラの募集をいたします。ピアニストには心当たりがあるんです。私の同級生で学生時代にコンテストで準優勝した子がいますの」

「待て、オーケストラ?! そんな大掛かりなことを考えていたのか」

「ちゃんとはじめに、アルノー様の誕生日を祝うためって言ったじゃないですか」

「聞いた上で言っている。てっきり、君が歌でも歌うのかと、もしくは、作詞作曲くらいはするかも、とは思ったが。まさかオーケストラとは。子供でもあるまいし、私の誕生日にそんなに労力をつかうものではない。やめなさい」


 アルノーはそうはっきりと言うと、大きなため息とともにソファに深く身を沈めた。アンネリーエが困ったように眉を下げる。


「そんな。ミヒャエル様は太鼓の練習をしていますし、王太子妃殿下はフルートを新調されたんですよ」

「王太子妃!? 誰に声をかけているんだ!」

「話の流れで」

「何をどうやったら王太子妃殿下に流れ着くんだ。彼女が来たら、必然的に王太子殿下も来るじゃないか。却下だ。絶対に却下だ。面倒なことになる予感しかしない。まあ、君がオーケストラの指揮をやりたいというなら止めはしない。しかし、私はその場には行かないからな、絶対に」

「そんなあ」


 しょもしょもと肩を落とすアンネリーエをちらりと横目で見つつ、アルノーは頑なに口を閉じたままだった。ここで折れてはいけない。折れたら、侯爵家に訳の分からない人々が訪れ、よく分からない状況で誕生日が祝われてしまうのだ。アンネリーエは私に恨みでもあるのか。


「では、せめてミヒャエル様の太鼓だけでも聴いてあげてください」


 頭を抱えて考えたものの、良い折衷案が思いつかなかったらしい。アンネリーエが白旗を上げた。

 アルノーはにこりと微笑んだ。


「それは、もちろん聴こうではないか。それなら、君は太鼓に合わせて歌えばいいじゃないか」


 太鼓に合わせて歌う歌とはなんだ。そう思いつつも、めずらしく自分に有利な方向に風向きが変わってきたのでアルノーは上機嫌だった。


「私は歌が苦手なんです。楽器も苦手だし。どうしましょう。私にはケーキを作ることくらいしか。作ったことはないですけど」

「すばらしい。誕生日の祝いとは本来そういうことだと思う」

「では、まずは小麦……」

「そうだ、王太子殿下がお忍びで買いに行くケーキ屋がある。有名店ではないが、舌の肥えた王族が好む店だ。きっと君やミヒャエルも満足するだろう。屋敷の者たちも分も買ったらいい。そうだ、そうしよう。様々な種類のものを並べよう」

「クリームは……」

「その店が用意しているチョコプレートは、店主が自ら作っているオリジナルのものらしいぞ。一般的なものよりも大きめで、たくさんメッセージが書けると聞いた。どうだろう、君はそのプレートに書く文言を考えてみては」

「まあ!! 楽しそう!」


 ぱあっと明るい表情になったアンネリーエが手を叩いて喜ぶ。


「ミヒャエル様と一緒に書きますわ! ケーキもたくさん用意するんですものね。だったら、その台数分プレートも必要ですね。お手紙を書くつもりで、文言を考えますわね」

「まだ日程には余裕がある。ゆっくりと考えるといい」


 ソファでぴょんぴょんと飛び上がって楽しそうにしているアンネリーエはとても可愛かった。

 アルノーはちらりと窓の外を眺めた。ここからは見えないけれど、庭に咲いていた色とりどりの花が風に揺れる様は、やはり彼女によく似ている。

 チョコプレートには何て書いてあるのだろうか。

 ふと、そんなことを思って笑ってしまった。自分の誕生日を待ち遠しく思う時が来るなんて。そんな単純な自分がおかしくて、笑ってしまった。





ちなみに、短編に大きく加筆した小説(イラスト:すらだまみ先生)はSQEXノベルから発売されています。

アンネリーエ、アルノーの過去とその先のお話、また、二人の元婚約者たちのお話となっております。

コミックス1巻と合わせて一緒にお手に取っていただけると、エヘ、とっても嬉しいな……エヘヘ……

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