婚約破棄されたので、城を破壊してやりましたわ
少しでも笑っていただけたら嬉しいです。
王立魔法学院主席にして、王国最強の魔術師──それが、レイシア・ブッコワース。
才色兼備の誉れ高く、この国の王子マイルド殿下の婚約者として誰もが羨む存在だった。
しかし──
「レイシア、君との婚約は破棄する」
王宮の大広間に響いた、突然の婚約破棄宣言。
理由は単純明快。マイルド王子が平民出の令嬢に心を奪われた──それだけのこと。
よくある話だった。
レイシアは……泣いた。
「う、ううっ……ぐすっ……うえーん、うえーん……」
必死に堪えていた涙が、ついにあふれ出す。
「で、殿下の……殿下の……ばぁかぁーっ! こんなお城……こんなお城、壊してやるんだからーっ!! うえーん……!」
その叫びとともに、彼女の魔力が暴走した。レイシアの身体から、眩いばかりの光が放たれる。
レイシアの魔力は極めて繊細で強大。情動と魔力がリンクしているため、感情が高ぶると周囲に影響を与えてしまう。
その場にいた全員が身構える。
シーン……
「な、なんだ……何も起きないではないか……。驚かせおって……」
だか、目に見えないところで、城全体に大きな異変が起きていた。
「大変です! 殿下!」
慌てて飛び込んできたのは、城の厨房の料理長。
「どうした」
「調理場の火力が、ものすごく弱くなっております!」
「なにっ!?」
「あれでは、目玉焼きを作るのに一時間はかかります!」
「馬鹿な……」
「パンを焼こうとしても、表面が乾くまでに半日はかかります。中はもちろん生焼けでしょう」
「なんだと……!? ス、スープは……スープはどうだ?」
「まったく温まりません。あれでは、具材を煮込むことは不可能。ゴリゴリのままでしょう……」
「ぐ、具がゴリゴリ……」
「殿下! たいへんでございます!」
続いて、今度はメイド長が駆け込んできた。
「今度は、どうした!」
「シャワーの水圧が……まるで鼻息ほどの勢いしかありません!」
「“鼻息”!? その比喩は謎だが、それほどまでに水圧が弱いのか?」
「はい! “チョロチョロ”というほどの強さすらありません。“チ……ョ……ロ……チ……ョ……ロ……”くらいの勢いです」
「そんなバカな……それでは時間がかかりすぎるではないか!?」
「ええ、髪を濡らすのに三十分。泡を流すには二時間はかかるでしょう」
「ぐっ……それでは…… “泡と一緒に汚れが落ちた~”という気持ち良さが味わえないではないか!?」
「殿下、殿下ァ!」
衛兵が一人、顔を蒼白にして飛び込んでくる。
「次は何だ!?」
「……ベッドが……ベッドが、やたらと硬くなっております!」
「硬い……だと?」
「まるで石です。誰が寝ても腰を痛めます」
「昨日までのふかふかの“羽毛”は!?」
「そ、それが……、謎の“剛毛”になっています!」
「“剛毛”!? 何の……何の“剛毛”なの? 怖いんだけど……。硬さよりも謎の“剛毛”とともに寝るのが嫌なんだけど……」
「ひぃぃぃぃっ! 城が、城が……!」
今度は建築技師が絶叫しながら走ってくる。
「今度は何だ!」
「城の……石造りのはずの壁や床が、すべて……こんにゃくになっております!!」
「……何だと!?」
「触るとぷるぷるしています!」
「ぷるぷる!? それでは、こんにゃくをベッドにすれば…… いやいや、謎のヌメヌメ感で安眠できん!」
そのときだった。見張り塔から、鋭い叫びが響く。
「モ、モンスターの大群が接近中!! 東の森からです!!」
「なにぃ!? ……くっ、全軍、迎撃体制! 大砲隊は配置につけ!」
全員が配置につく。
「撃て!」
マイルド王子の号令で大砲が火を噴く──はずだった。
だが、放たれたのは、しょぼしょぼとした水鉄砲のような水流。
城門前に迫るモンスターの顔を、ちょろっと濡らすだけ。
「こ、これは……水鉄砲……?」
「どうして大砲が水鉄砲に!?」
その間にも、モンスターたちは城壁に到達。
そして、こんにゃくの壁を見て、ひと舐め。
ペロッ。
パク。
モグモグ。
「ウマイゾ、コレ!」
「プルプルシテイル!」
「コレガ、人間ノ贈リ物カ!」
モンスターたちは歓喜しながら、城の壁や床のこんにゃくを次々と平らげていく。
騎士たちが唖然と見守るなか、数時間後、すっかり満腹になったモンスターたちは、ひとこと礼を言って森へと帰っていった。
「ゴチソウサマー!」
「…………」
王城は跡形もなくなっていた……。
「我が城が……モンスターに食べられた……。なんで…… なんでこんなことに……?」
マイルド王子は泣きながら問いかける。しかし、その問いには誰も答えられなかった。
その後、レイシアは静かに王都を後にした。
彼女が残した最後の言葉は、ただひとつ。
「“婚約”破棄だけに、“こんにゃく”……なんてね」
これが、歴史に残る“こんにゃく破棄”事件の真相だった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。
7月24日の昼夜、7月25日朝昼夜、7月26日朝昼夜、7月27日朝の更新で、日間コメディー短編ランキング1位を獲得しました。皆様のご支援のおかげです。
本当にありがとうございます!
嬉し過ぎて泣きそうです ( T∀T)
号泣してるやん!